「自分を愛するように、汝の隣人を愛しなさい」
―マタイによる福音書22章39節より。*1
旧約・新約聖書の登場人物達が入り乱れて格闘するフラッシュゲーム『Bible Fight』のキャラクター。
七月鏡一氏原作・
藤原芳秀氏作画による同名漫画の主人公とか、
車田正美氏の漫画『リングにかけろ』の漫画史上最長クラスの技の使い手、
はたまた
黒ひげ海賊団の一番船船長でもない(最後の彼は基本的には下の名前の「バージェス」呼びされるけども)。
普通に考えたらその辺の人達の方がMUGEN入りしそうではあるが。そんな中この御仁を格ゲーキャラ化するとはなんなんだBible Fight
キリスト教の基礎を築いた「イエス・キリスト:Jesus Christ」その人。
『Bible Fight』の「Jesus」は英語読みで「ジーザス(・クライスト)」だと思われるが、以降は日本で通りの良いラテン語読みのイエス・キリストと表記する。
「イエス」は人としての名前だが、「キリスト」は
救世主(
メシア)としての称号みたいなもの。
史上あらゆる人物の中で、最も後世に影響を与えた人であろう。
ここでは一般的なイエスという人物の情報について軽く記述するに留める。
B.C.4年頃、古代イスラエルにユダヤ人の大工ヨセフとマリア夫妻の間に生まれる。
新約聖書に誕生日の記載は無いが、一般的には
12月の25日とされる。
……
福音書の記述からすると実は無理のある日付けなのだが
(馬小屋の飼料を入れる桶の中に寝かされ、そこで両親と共に世を明かしたとあるが、12月にそんな所で夜通し過ごせば凍死してしまう)。
実はこの日が誕生日になったのは、
古代のローマ帝国統治下社会で行われていたローマ神話由来の冬至の祭り(
豊穣神サトゥルヌスに感謝をささげる収穫祭)に、
イエスの生誕祭を被せてきたという、ある意味
宗教戦争が行われたため。
更に現代で言う「紀元前(B.C.)」とは「キリスト紀元前(Before Christ)」の事であり、「西暦(A.D.)」は「主の年に(anno Domini)」と言う意味。
なので西暦元年にキリストが生誕したとされていたが、現在の研究では実際の生誕年とずれていると考えられている
(そもそも西暦元年自体が、西暦525年に神学者エクシグウスにより考案された、乱暴に言ってしまえば「
後付け設定」である)。
マリアはヨセフと未だ
清き関係であったが、
神によりイエスをその身に授かった。
当然ヨセフは当初マリアに不倫の疑いを持ったが(当時の姦淫の罪と言えば殺人より重い罪であり問答無用で石打ち処刑)、
妻への愛で密かに縁を切ろうとした。
が、『マタイによる福音書』では夢に現れた天使の受胎告知によってマリアと結婚した。
その後洗礼者ヨハネにより洗礼を受け、断食の後救世主としての使命を自覚。ガリラヤやエルサレムなど各地で活動。
自らを
父の子にして使いと称し数多くの教えを人々に説き、
奇跡を行い人を救って見せた。
レギオンと名乗る悪霊の調伏の際に二千頭の
豚が代わりに死んだ時には
サタンの力を以て手下の悪霊に命令していると恐れられたが、
イエス自身は「ならばサタンの国は仲間割れで自滅しているというのか」と反論し、これらの御業はサタンの力を退ける権威を与えられていたからだと言われる。
最後はユダヤ教徒達により異端者として裁かれ、
ゴルゴタの丘にて
十字架に磔の刑に処される。
実際、イエスの言う神の教えと理解は、ユダヤ教のそれとは実の所かなり差があり、
ユダヤ教徒達が危機感を持ったのも不思議ではない。
しかしその死後三日目
*2の日曜日早朝に
復活を遂げ、また数多の教えを残し改めて天へと昇った。
その後、イエスの弟子達がキリスト教を唱え、イエスの教えはさらに広がる事になる。
新約聖書によれば、現在は天国界にて神の隣席に座し、いずれ訪れる
最後の審判の日を待ちながら下界の人々を見守っているとの事。
後発のイスラム教、シーク教などでも(神の子とは認めなくとも)神の言葉を伝えた偉大な人物として尊敬されている。
なお、新約聖書は飽くまでイエスらの伝えるキリスト教の精神を伝える教えであって、歴史書ではない。
これらの情報にはそれなりのバイアスがかかっている事に留意すべき。
現存する一次史料が少なすぎるため、実際のイエスの人生は未だ謎に包まれている。
歴史的な考察は専門の参考文献やWikipediaの
ナザレのイエス
の項(外部リンク)などを参照されたし。
ただし仮に聖書の内容が真実ではなくとも、イエスの行いが人々の精神の支えになっていたのは事実であろう。
聖書に書かれたイエスの行動・言動には非常に「
魚」が絡む節が多く、後述する『BibleFight』での技の元ネタにもなっている。
特に有名なものとしては漁師ペテロに「これからは魚ではなく人を捕る漁師になりなさい」と諭す節や、
たった2匹の魚と5つのパンをイエスが起こした奇跡により5000人の人々が食べる事ができたという節など。
これらの逸話から、イエスの血肉とされるパンとワインに加えて魚もイエスを表すシンボルであるとされており、
イクトゥス(ichthys)と呼ばれる「横から見た魚を2本の単純な曲線で表した」マークが初期のキリスト教徒達の間で用いられており
(当時は
弾圧を逃れるための暗号としての用途もあった)、
現代でも十字架に次いで、イエス・キリストのシンボルマークとしてアクセサリーやキリスト教系の企業ロゴなどにも用いられている。
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サブカルチャーにおいては |
キリスト教圏では非常に重い存在で無闇にネタに出来たものではない事から、
「天使」や「悪魔」を題材とした作品ではその存在をぼかしつつも重要な人物として登場する事も多い
(例:『 ゴーストライダー』で主人公ジョニー・ブレイズが己の中の悪魔と相対し、
屈しそうになった時「友人」を名乗る長髪に髭を蓄えた男が現れ、彼を助けた後何も語らずに去る)。
総本山にあたるカトリックが創作物に登場するイエス・キリストに対して寛容な扱いを許している事もあり、
モロに「イエス・キリスト」の名前で登場したり、 マッチョなイエスが自ら悪魔と戦ったり ゾンビを蹴散らす、
彼のクローンが世紀末の世界で人類の唯一の希望として戦う…などはっちゃけた扱いになっているものや、
ギャグアニメ等ではブラックジョークとして宗教の創始者とは思えぬキャラで登場する事もある。
メディアによっては何と ゲイポルノに登場する事も。
『 北斗の拳』の作者である武論尊氏によれば「自己犠牲・慈悲深い聖人」のイメージから トキのモデルになった他、
サウザーの要求に対し、人々の代わりに シュウがただ一人聖帝十字陵の頂上に据えられる聖碑を担いでその階段を登り、
最後には矢を受けてて絶命するという壮絶なシーンはイエス・キリストの最後をモチーフとして発案したと語っている。
他に、同作にはイエスを裏切った使徒から名前を取った ユダなども登場する。
日本では立川にてブッダと同居するイエスのほのぼのした日常を描く『聖☆おにいさん』が有名。
この漫画の中では、ブッダと共に有給をとって地上でのバカンスを楽しんでいる。
基本的には浪費家・楽天家で、ネトゲにはまってたりブログを開設しているなど、
同居しているブッダが質素倹約を好み家事も行うカーチャンな人物であるのとは対照的な子供っぽい人物として描かれている。
この辺はイエスの周囲の天使達がやたら 狂信的過保護なのも理由なのかもしれないが。
また、市民プールで知り合った極道の人に磔刑から三日で復活した話をした際、どこかの組の二代目と誤解され、以後 「兄貴」と慕われている。
イエスの家族も登場する時があるが、
- 父(神の方):何かと考え方のスケールが大きい。鳩やカラスに変身できる。携帯のメールが苦手で虹で代用している。
悩みは天界大戦争の筋肉痛が未だに来ない事。
- 父(大工の方):大工仲間に神と崇められている。三十過ぎでようやくイエスが覚醒したため一時期ノイローゼになりかけた。
- 母:氷○きよしと山嵐(恐らくジャ○ーズ系)ファンで時々降臨している。Tシャツ収集癖あり。来歴が来歴なので恋愛経験が無いのを気にしている。
夢はキャンパスライフ。
…と言ったようにイエスに負けず劣らずの変な設定になっている。
ちなみに頭の茨だが、 雨水で花が咲いた事から生きてるらしく、
ブッダを巡って観葉植物や畳がヤンデレ化した回では「 蔵馬みたいな必殺技(イエス談)」でブッダを締め上げるなど、
まるで自我が芽生えた(以前からあった?)ような描写もあった。
変わった所では『魔界転生』で主人公の 柳生十兵衛が ルシュ・ファルによって生み出された存在である事が発覚した際、
同様に生み出された存在として名前が挙げられている他、
漫画版『ストリートファイターZERO』では ガイの口から当時の殺意の波動の使い手により葬られた事が語られている。
その他、『 HELLSING』で知られる平野耕太氏による、
「歴史において消息不明や凄惨な最期を遂げた偉人らがエルフやドワーフ、オークやゴブリンのいる異世界で戦争する」
ファンタジー漫画『ドリフターズ』において、
「掌に杭を打たれたような傷がある」「食べ物や素材を無限に複製し増やせる力を持つ」「致命傷を受けた兵を傷を撫でるだけで治す」他、
「人を救おうとしたが救いを拒絶された、なら人以外を救う」という信念を掲げ、
キリスト教に縁ある殉教者 ジャンヌ・ダルクや ラスプーチンを従え世界を支配しようとする、
作中の悪役「廃棄物(エンズ)」らの首領「黒王」なる人物が登場しているが、果たしてその正体は…?
また、2012年に海外で自主製作された映画にこんなのも……。
なお、ほぼ全ての媒体で長い髪がトレードマークとなっているが、聖書において髪の描写は無く、
ユダの裏切りの描写からローマ兵はイエス一行の中からイエスを外見的特徴では見分けられなかったとも考えられる事や、
使徒パウロの『コリント人への第一の手紙11章』において、
「男が長い髪をしていたら男として恥ずかしいことであり、女が長い髪をしていたら女として光栄であるということ」
と書かれている事などから、実は髪は長くなかったのではないかという説もある。
……と言うか、十字架に磔のシーン=獄中で髪を整えられなかった=自分の意志で伸ばした訳ではない、と考えた方が妥当だろう。
また、エルサレム周辺はユダヤやアラブ系の有色人種が分布する地域であり、ならばイエスも有色人種だったと考えるべきとする説もある。
まあ「信仰は肌の色に左右されるものにあらず」なので、どうでもいい話ではある。インド系のお釈迦様も割と白い肌で描かれがちだし。
ネット上では、
「私は許そう」
「だがこいつが許すかな!」
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『Bible Fight』におけるジーザス
ブラウザゲーム『Bible Fight』にも選択可能なキャラクターとして登場している。
茨の冠を被り
褌のみを身に付けた長い髭と髪の痩身の男性。
これ処刑時の格好だろという突っ込みは無粋(ちなみに彼の
ステージはゴルゴタの丘の処刑場)。
人にぶたれたらもう片方の頬も差し出せとまで説いた彼が、なにゆえ殴り合いを始めてしまうのか。
この理由はわしにも分からん・・・・。
必殺技は頭に被った茨の
冠を投げる飛び道具「Crown of Thorns Toss」、
巨大な十字架を叩き付ける「Cross Smash」、
パンや魚を降らせる奇行奇跡を起こす超必殺技「Fishes and Loaves」の3種類。
2ボタンのうちパンチとキックはどちらも発生がそこそこ速く、飛び道具と判定の強い必殺技が揃った、
オーソドックスなキャラクターとなっている。
特にCross Smashには強制ダウン性能があるため、「十字架でダウンさせ、
起き攻めで魚を重ねる」という行動が強力。
原作のCPUも後半に出現した場合は十字架からの起き攻めを狙ってくるため手強い相手となる。
ちなみに余談だが、『
ワールドヒーローズ』の
ラスプーチンは、初代キャラ中英雄のイメージが1人だけ無いため、
「イエスのつもりでデザインされたが
あれでは不謹慎と、名前と
ステージだけラスプーチンに変更された」という説がある。
言われてみると髭と長髪はイエスをイメージさせるし、両手を広げた
勝ちポーズ、博愛精神を説いたり(劇中ではバイセクシャルな意味にされているが)、
相手を「ひとの子」と呼ぶなどそれっぽくも見えるが……
とにかくイエスでなくてよかったのは確かである
MUGENにおけるジーザス
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storm0062氏製作 『Bible Fight』仕様 |
- storm0062氏製作 『Bible Fight』仕様
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googoo64氏製作 フレスコ画のキリスト |
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フレスコ画のキリストについて |
2012年8月に起きたニュースで、スペインの教会のキリストのフレスコ画が経年劣化で著しく剥げ落ちてきており、
それを見かねた信徒の女性セシリア・ヒメネス氏が周囲にも押される形で素人ながら修復した所、
原型どこいったなレベルになってしまった。
あろう事かもうすぐプロの修復師が依頼でやってくると後日発覚した中での 喜劇悲劇であった。
しかしこの珍妙な 猿キリスト修復画がどういうわけか世界でウケ、地元に観光客激増、
「直さないで!」と署名運動まで起こる始末。果たしてどうなる事やら。
映画版『 Mr.ビーン』のワンシーンを思い出したという人も多数。
その後、修復後のキリスト画はワインボトルのラベルなどの様々な商品展開をし、
一年後の2013年8月には件の女性の個展が開かれた。
2025年12月29日、修復者ヒメネス氏が死去。
やらかした事が事であるが、地元や教会への観光者参拝者が増え活気を取り戻させたことには、
素直に地元住民や教会関係者は感謝しており、惜しまれながら葬儀が行われたという。
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日本のネット上でもフレスコ画修復の話は話題を集め、googoo64氏により モンキー・D・キリストが製作された。
件のキリスト像が絵から飛び出して来たり、 頭を飛ばしたり火を吐いたりムンクの叫びになったり、
十字架に磔られたまま対空したりして戦う。素体は恐らく 某宗教家。
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出場大会
*1
イエスのオリジナルではなく、旧約聖書レビ記19章18節からの引用。
律法の中で最も重要なものは何かと問うた律法学者に対し、「神を愛すること」(申命記6章5節)に次ぐ掟として挙げた。
ローマ人への手紙13章9節でも引用されている。
所謂「隣人愛」だが、「他人に親切に」という思想と誤解されがちなのは、前半部分を知らない人が多いためである。
全文があると、中々深い思想である。
*2
マルコによる福音書15章42節にイエスの処刑は「準備の日、安息日の前日」と書かれており、ユダヤ教の安息日は土曜日なので、
「木曜 最後の晩餐」→「金曜 処刑&日没前に埋葬」→「土曜 休み」→「日曜 復活」と解釈される。
三日三晩っていうけど合計1.5日くらいしか墓に入ってない
ニサンの月(グレゴリオ暦では3~4月頃に相当)の15日の満月の日から2週間、ユダヤ教の過越祭があり、前日の14日は過越祭の準備の日である。
処刑の日付けは、ヨハネ福音書では、過越の前日(ニサンの月の14日)に処刑。
共観福音書では、14日に最後の晩餐で過越の準備の食事を摂り、15日に処刑。
ニサンの月の10日にも過越の準備があるのでそちらの説も一応ある
(なお
13日の金曜日は、イエスが処刑された不吉な曜日と、不吉な数字である13を組み合わせたもの)。
一方、マルコによる福音書8章31節では復活は「三日後」とされている。
通常の安息日(土曜日)と高安息日(過越祭初日)が別々と考えて、
「14日火曜(過越前日)最後の晩餐」→「15日水曜(過越初日)処刑」→「日没で日付けが変わるとされていたので日没で16日木曜になり埋葬」
→「三日後の19日日曜の早朝に復活」という解釈もある。
最終更新:2026年05月03日 09:33