ファミレスを享受せよ

【ふぁみれすをきょうじゅせよ】

ジャンル アドベンチャー
対応機種 Windows(Steam)
Nintendo Switch
発売元 わくわくゲームズ
開発元 月間湿地帯
Studio Dragonet(Steam/Switch版移植)
発売日 【Steam】2023年8月1日
【Switch】2023年11月15日
定価 1,500 円
プレイ人数 1人
レーティング IARC7+
備考 itch.ioにて無料公開されている作品に
各要素が追加された移植版
判定 良作
ポイント 脱出不能なファミレスが舞台
独特なグラフィックとテキスト


概要

インディーズゲームメーカー「月間湿地帯」によるテキストアドベンチャーゲーム。
本作は元々無料公開されているブラウザゲームであったが、アレンジBGMや追加テキスト、エンディング後に解禁されるオマケ要素を追加したうえで有料版として販売された。
独特な絵柄と文体、しっとりとしたBGMなどにより、非常に落ち着いてはいるが暗くはないという不思議な空気感がプレーヤーを魅了している。

本項は筆者のプラットフォームに基づきSwitch版をベースに執筆されている。
他プラットフォームにおける相違点等があれば編集されたい。


導入

あなたは試験勉強の息抜きに、深夜のファミレスへ出かけた。
ふと目に留まったムーンパレスというファミレスに立ち寄ってソフトクリームを注文し、ノートを広げて試験勉強を再開する。

しばらく経ち、ソフトクリームが届くのが遅いと思ってあたりを見回してみると様子がおかしい。
床やテーブルは見慣れないものに変わっていて、店員もいないし出口もない。
その場にいた客に話を聞くと、ここムーンパレスには飢えも老いも死もなく、外へ出ることも叶わないが永遠の時と永久に使えるドリンクバーだけがあると言う。
「なあ君、ファミレスを享受せよ。月は満ちに満ちているしドリンクバーだってあるんだ。」


登場人物

ネタバレを含まない範囲の紹介に留める。

  • ガラスパン
    • ノンアルコール酒を好み、享楽的に振舞っている女性。
      ムーンパレスで過ごしている人物の中では2番目の古株であり、他の人物についても詳しい。
      しかし、ムーンパレスに来たばかりの頃はこのような態度ではなかったようだ。
      テーブルの向かいには誰も座っていないが、グラスが常に置かれている。
      「君のため、はじめに伝えておこう ムーンパレスからは出られない せいぜい楽しもう アッハッハ……」
  • レイルロード・スパイク
    • 過去に滅びたフォースプーン王国の国王。
      やや時代がかった言葉遣いをするが、思いやりがあり親しみやすい人物。
      ファミレスがない時代の人間でありながら、この状況を最も落ち着いて受け入れている。
      現代人であるガラスパンより後にムーンパレスに現れており、時間的な矛盾や、ファミレスが無い世界からどのようにしてムーンパレスに至ったのかなどの謎を抱えている。
      「せっかくだ 貴公に歴史の特別授業をしてやろう」
  • セロニカ
    • ウェーブヘアと泣きボクロをもつ中性的な容姿の男性。主人公が来るまではムーンパレスでは最も新参だった人物。
      考えることに長けており、「月が見えるなら月を照らす恒星があるはずだし、それが無いならあれは月ではないのかもしれない」など現実的な目線で状況を分析したり、ムーンパレスから脱出する方法を考えている。
      その一方でムーンパレスは異常な空間であるということも認識しており、今後半永久的にムーンパレスで過ごすことを踏まえてクリアまで数百年かかるTRPGを暇潰しのために考案するなど、多角的にムーンパレスと向き合っている。
      「僕はここから抜け出す方法を模索するのは無駄ではないと思いますね」
  • ツェネズ
    • ムーンパレスの外の世界に怯え、キッチン付近の窓の無い部屋に閉じ籠もっている女性。
      最も古くからムーンパレスにいる住人であり、ガラスパンがムーンパレスに取り込まれた時から既に部屋に閉じ籠もっているため、誰も彼女の姿を見たことがなく、ツェネズの部屋も謎に包まれている。
      扉越しに会話はできるが、どもったり過呼吸になったりしがちで、口数もやや少なめ。
      住人との関わりを拒絶しているわけではなく、主人公が暇を持て余していると間違い探しの本を渡してくれる。
      「事情があってここから出られないんです 広い場所が怖いというか……」
  • 主人公
    • 本作はプレーヤー≠主人公という構図の作品であり、主人公にも名前などそれなりの設定がある。
      比較的早い段階で女性であることが判明するが、名前が判明するのは最終盤になる。
      非常にエネルギッシュな性格の持ち主であり、ある場面では他の人物が引いてしまうような「途方もない作業」に取り組むことになる。
      この有り余る行動力をもって、漫然と時を過ごしていたムーンパレスの住人たちと積極的に関わっていく。
      「こんなに月が綺麗な夜はファミレスに行こうかな」

システム

  • 大まかには、ポイント&クリック形式のテキストアドベンチャーに近いシステムとなっている。
    • ブラウザゲーム版では対象にマウスカーソルをあわせてクリックする方式だったが、Switch版ではスティックや十字ボタンを押すと調べられる箇所にカーソルが合うようになっている。
  • プレーヤーが調べた物、話した事に応じて、プレーヤーは「話題」を入手することができる。
    • 例えば、エントランスの開かないドアを調べると「店の外について」という話題が手に入る。
      この話題は全ての人物に持ち掛けることができるが、ある人物にこの話をすると新たに「脱出方法について」という話題を入手することができる。
      中には特定の人物にのみ選択可能な話題もある。
      このように、基本的には「ムーンパレスに残された客と会話すること」が本作の主旨であり、ムーンパレスを脱出する方法を探すとかムーンパレスの真相を探るといったことはどちらかと言えば主題というより舞台装置に近い。

評価点

独特の空気感

  • ムーンパレスは永久に時間が流れる異常空間でありながら、時計も昼夜も老いもないため、時が止まったかのようでもある。
    そこに取り残された、元々縁もゆかりもなかった他人どうしの者たちが、お互い不干渉になるわけでもなく、かといって必要以上に親しく振舞うわけでもなく、各々が1人で座って無為に時を過ごす微妙な距離感が上手に表現されている。
    これは主に以下の3つの要素によって表現されていると感じられる。
  • ビジュアル
    • 絵柄は歪んだ線画に黄色い光と青い影のみで着色された独特なものだが、きれいで見やすいものとなっている。
      • アニメーションなど動的なビジュアルは少ないが、それが逆に動的なビジュアルシーンを印象的に際立たせることにも繋がっている。
  • テキスト
    • 「なあ君、ファミレスを享受せよ。」や「ドリンクバーだ!いいですね……」など、独特の文体は本作でも特に評価されている部分。
      この文体は作者であるおいし水自身の独特の感性によるもの。作者のブログの記事からも、不思議と引き込まれ続きを読みたくなるような魅力が感じられる。
    • システムの項目で記述した通り、本作の会話はシナリオやストーリーを進めるためのものではなく、会話それ自体が目的となっており、入手した話題のほとんどは登場人物全員に持ち掛けることができる。
      もちろんシナリオ進行に必要な会話というものは存在するが、選択した話題がシナリオ進行には必要のないものだったとしても「それについて思うことは特にない」といったテンプレ的な反応は一切なく、必ず各人物がそれぞれ考えたことを述べてくれる。
      • 「会話それ自体が目的である」ということを最も色濃く示すのがゲーム序盤であり、そのまんま「〇〇の雑談」というような話題が大量に手に入る。
        これらの話題が掛ける人数ぶん、すなわち数十にも及ぶ雑談が用意されている(この「〇〇の雑談」は無料ブラウザ版から製品版へ移行するにあたって追加されており、本作における雑談の重要性がうかがえる)。
        そしてそのどれもがその名の通り他愛のない雑談でありつつも、余さず全員ぶんを聞きたくなるような興味を引かれるもとになっている。
        挙句の果てに、各雑談を聞き終えると「話すことがない」などという話題まで入手できる。こんな話題を使ってまで人に話しかけにいくあたり主人公の行動力も相当なものがある。
  • BGM、SE
    • ややローファイ風で聞きやすいしっとりとしたBGMからは、ほとんど変化のないファミレスで永久に過ごすことを受け入れた住人たちが漂わせる空気感が伝わってくる。
      • BGMは常に流れているわけではなく、シーンの切り替わりのタイミングで不定期に消えたり流れたりする。
        人との雑談をひたすら繰り返すという単純なゲーム内容でありながら、突然BGMが消えたり流れるといった変化があるためマンネリ感を覚えにくくなっている。
      • 主人公が「ある作業」に数万年かけて挑むシーンがあるが、そこで流れるBGMはわずか2小節のメインフレーズが繰り返されるものとなっており、途方もない単純作業を続ける主人公の心情を巧みに表現している。
      • 目立たないことだが、グラスを叩いたような「カン」という効果音も小気味良く、深夜のファミレスという雰囲気にもマッチしている。
    • 無料ブラウザ版にない要素として、製品版では各BGMのピアノアレンジが収録されている。オプションでプレイ中のBGMを原曲・ピアノアレンジのどちらかに設定でき、クリア後は両BGMをサウンドギャラリーで聞くこともできる。

良好な読後感

  • 各人物には嫌味や悪意がなく、取り立てて友好的なわけでもないが人を気遣える善人ばかりなので、後腐れがない。
  • ストーリー面においても、ムーンパレスの真相が明らかになっていく終盤は雑談というより会話を通してシナリオを追っていく展開になっていくが、後味の悪いエンディングや、謎を投げっぱなしにした消化不良感はない。
    謎が全く残らないわけではないが、プレーヤーが考察できる余地を残す程度のもので、シナリオの中核はほぼ明らかになる。

充実したクリア特典

  • エンディングは2つあり*1、うち片方のエンディングを見るとサウンドギャラリーとイラストギャラリーが解放される(普通にプレーしていれば条件が気付きにくい方のエンディングが解放条件となっている)。
    • ゲーム中に使用される立ち絵の全体像や開発中に描かれた設定画像等が閲覧できるというのは有りがちだが、本作のイラストギャラリーは全てが新規描き起こしとなっており、さらには舞台や世界観、各人物の性格やムーンパレスに至る前のことやエンディング後の行動などがかなりの文字数で書かれている。
      本作をSwitch/Steamで初めてプレイしたユーザーが楽しめるのは言うに及ばず、ブラウザ版で無料で遊んだことのあるファンにとっても世界観をより深く知るための設定資料集として購入する価値を感じる人もいるかもしれない。
      • なお、Switch/Steam版はクリア特典だけでなく各人物との雑談、作中BGMのピアノアレンジといったブラウザ版にない追加要素もある。
        もちろん、サウンドギャラリーでは原曲とアレンジバージョンの両方が聴ける。
    • ちなみにエンディングの分岐条件については、作中の会話を注意深く聞いていれば「この話題をあの人物に持ち掛けるとどうなるんだろう」と自然に疑問を持てるようになっている。

問題点

  • 主人公の手持ちの話題は画面左側のアイコンで表示され、カーソルをあわせるとアイコンが黒い枠で囲まれるのだがカーソルの縁取りがないため、黒い背景の上に置かれたアイコンにカーソルをあわせるとアイコンの縁が1ドット小さくなる変化しか表れず、視認が困難。
    • 元々のブラウザ版はマウス操作であり、マウスカーソルが表示されるためアイコンを囲む枠が見えずとも困ることは少なかった。そのままのUIでコントローラ操作に変更したことによるSwitch版特有の弊害と言える。
  • セーブデータは1つしか作れない。そのため、重要な分岐点などでの保存や やり直しが やりにくい。
  • 時点→地点など、多少の誤字がある*2
  • テキストの早送りやスキップ、チャプターセレクト、バックログ等のユーティリティ機能は一切ない。
    文字送りが遅いゲームではないので通常のプレーで不便を感じることは少ないが、誤って既に聞いた話を選んでしまった時などに読み飛ばすのに時間がかかりやすい。
    • また、セーブデータが1つしか作れないこととチャプターセレクトが無いことを踏まえると、何か見たいシーンや会話があったとしても、最初からプレーし直すことを余儀なくされやすい。
  • ゲームスタートの際「本編を開始」を選択の後、開始(最初から始める)か再開(セーブデータをロード)するかの選択肢が表示されるが、カーソルの初期位置が「開始」なので、ボタン連打しているとオープニングが始まってしまう。
    • これも、「カーソル初期位置」という概念がマウス操作には存在しないがコントローラ操作には存在するため、Switch版特有に発生した問題と言える。

総評

1,500円と安価でボリューム自体も一周クリアまで2~3時間程度と価格相応ではあるが、例えるなら濃厚なソフトクリームのように内容が濃密であり、短時間のプレーでも高い満足度が得られる作品。
どこかゆるい雰囲気でファミレスを享受する住人たちが醸し出す永遠の停滞とでも呼べるような空気感は、主人公ではなくプレーヤーの方へ「この空気を享受せよ」とゲーム自身が訴えかけているようである。
腰を据えてじっくりプレーするよりも、風呂上りに寝そべるソファや、夜布団に潜り込んだベッドの上などリラックスした状態でプレーして欲しい。
本作のプレーを通して、何か言葉では言い表しにくい癒しのような気分が得られるはずだ。


余談

  • 本作は「月間湿地帯」というサークルによって作成されたが、本作「ファミレスを享受せよ」を含むこれまでのゲームは企画からビジュアル、サウンド、プログラム等、全て代表の「おいし水*3」1人により作成されている。
    • なお、本作の開発期間はわずか3か月であることが作者のブログによって明かされている。
  • AUTOMATONで、本作のインタビューが掲載されている。

最終更新:2024年09月05日 08:39

*1 2通りのエンディングに加えて、プレーヤーが取った行動によって更に一部演出が変化する

*2 ブログでもこの誤字が使われているため、作者が誤って覚えているのかもしれない。意図した変換という可能性もあるが…

*3 「おいしすい」と読む