変調二人羽織

  • 分類:短編小説
  • 初出:「幻影城」1978年1月号
  • 雑誌時挿絵:山本博通
  • 収録短編集:変調二人羽織
  • 受賞:第3回幻影城新人賞入選

あらすじ

 誤って薄墨でも滴り落ちたかのようにゆっくりと夜へと滲み始めた空を、その鶴は、寒風に揺れる一片の雪にも似て、白く、柔らかく、然しあくまで潔癖なひと筋の直線をひきながら、軈て何処へともなく飛び去ったのだと言う――と言ってもお伽話めいた郷愁の里の出来事ではない。昭和五十×年という時代の先端、日本の首都、つまりは東京の、それも丸の内界隈と言うから、そう、謂わば高層ビルのてっぺんが四次元に突き刺さったような超近代的空に起こった現実である。

「破れ鶴」の異名をとった落語家・伊呂八亭破鶴。声を失った彼は、最後の高座で弟子と二人羽織を演じている最中に怪死を遂げた。集められた五人の客のうち、四人までが破鶴に恨みを抱いている。衆人環視の中、誰がどうやって破鶴を刺殺したのか?

登場人物

  • 伊呂八亭破鶴
    • 落語家。古典の改作を得意とし、テレビでも活躍して「八方破れでございます」の流行語を生んだが、その言動で各方面に多くの敵をつくり、人気も急速に凋落。声が出なくなったのを機に、芸人生活最後の高座に上がるが、弟子の小鶴と二人羽織を演じている最中に怪死を遂げる。
  • 伊呂八亭小鶴
    • 破鶴の弟子。破鶴の死ぬ瞬間まで二人羽織の手を演じていた。
  • 本里京平
    • テレビ局ディレクター。当日現場に集められた人物の中で唯一、破鶴殺害動機を持たない客観的証人。雑誌時の名前は本里一平。
  • 黒川源次
    • 雑誌記者。破鶴の依頼で週刊誌にスキャンダル記事を書いたところそれが裏目に出て、破鶴から名誉毀損で訴えられた。
  • 菊花亭円葉
    • 落語家。人間国宝。破鶴の師だが、破鶴からは公然と罵倒されたり客を奪われたりと散々な目に遭わされていた。
  • 菊花亭円花
    • 落語家。破鶴の兄弟子。師匠同様に破鶴に散々な目に遭わされており、本人は認めないが破鶴の芸自体は評価していた。
  • クララ三崎
    • バー「花子」のマダム。破鶴に弄ばれた挙げ句、脅迫まがいの手段で権利書を奪われ自殺未遂を起こした過去を持つ。
  • 亀山勝治
    • しょぼくれた中年刑事。本作の探偵役。
  • 宇佐木信介
    • 亀山の元部下。探偵小説マニア。亀山との手紙のやりとりで推理を繰り広げる。

解題

第3回幻影城新人賞に入選した、連城三紀彦の記念すべきデビュー作。
暗色コメディ』幻影城ノベルス版の解説で、「幻影城」編集長・島崎博は応募原稿で本作に触れた際の興奮を熱っぽく語っている。

 大晦日の東京の夜空に鶴が飛んだ。この「変調二人羽織」の冒頭にでてくる挿話を、原稿で読んだときのことを、今でもハッキリ覚えている。
 これが連城三紀彦さんとの出合いであるが、八月の暑い土曜日の午後、デスクの上に積み上げられた第三回〈幻影城〉新人賞の応募原稿を、読みすすめているうちに、この一篇を見出したとき、これが〈幻影城〉創刊以来、主張し続けてきた〝新しい探偵小説〟の実作だと感じた。
(中略)
 では、新しい探偵小説とは何か? 決して、トリック・オンリーの古い型の探偵小説であってはならないし、リアリティに忠実すぎて犯罪小説におちいった推理小説とも違う。
 新しい探偵小説は、探偵小説と推理小説のそれぞれの長所をいかしたものでなければならない、と常日頃考えてきた。つまり、リアリティあるロマンだ。
「変調二人羽織」の冒頭の、大晦日の東京の夜空に鶴が飛んだ挿話は、この物語全体からいうと、ひとつの点景である。物語の大筋とあまり関係ない。極端に言えば、この挿話がなくても物語は成立する。
(中略)
 昨今の推理小説だと、大晦日の東京の夜空に鶴が飛んだことは、非現実すぎて、書かないものだ。これを物語の点景として書いたところにロマンがある。
 物語の中心である破鶴の死についての推理は、刑事が登場し、その家庭内での出来事からヒントを得て、物心両面から推理していき、そこにはリアリティがあって、充分納得できるのだ。
(『暗色コメディ』幻影城ノベルス版 島崎博「プロフィール・連城三紀彦」より)

一方連城三紀彦本人はというと、受賞のことばから、既にそのスーパー謙遜ぶりが溢れ出ているのが微笑ましい。

 文章・構成・トリックと、すべてミスだらけの小説だから、入選という〈幻影城〉最大のミステイクをひきあてたようです。
 恥ずかしさ、恐ろしさの方が本音で、こうなったら居直るより他ないでしょう。
 トリックのミス探しは、マニアの意地悪な楽しみでしょうが、そのミス探しだけをせめての興味に、できれば最後まで読み通していただけますよう。
(「幻影城」1978年1月号 受賞のことば「恐ろしさが本音――連城三紀彦」より)

選評では、都筑道夫が二人羽織の使い方に疑義を呈したり、中井英夫と中島河太郎がオチに不満を述べたりと、必ずしも褒められてばかりではないが、実際の選考では中井と中島が入選相当、権田萬治・都築・横溝正史が佳作相当と採点、李家豊「緑の草原に……」に次ぐ評価となり、入選という結果に落ち着いたようである。

 連城三紀彦の「変調二人羽織」は(略)謎解きの面白さはこれが一番であった。(略)破鶴、鶴の間、鶴というふうに小道具として鶴がよく生かされているともいえよう。しかし、この作品の中核をなすのは、題名からもうかがえるように「二人羽織」のトリッキーな利用である。落語が好きな私は面白く読んだけれども、作品全体に何か違和感を感じたのは、日本の伝統的な落語とホテルの宴会場という取り合わせであり、何か落語家が背広を着て高座に上がって来たような妙な気分にさせられた。二人羽織について私は余り知識がないから作中での扱いの是非については触れられないが、先に触れた何か全体にチグハグが感じが最後までつきまとったのである。二転、三転する謎の設定はとても面白いのだから、もう少し舞台装置に工夫を凝らせばもっと雰囲気がよく出たのではないだろうか。また、原稿では改行が少なかったせいか文章が読みにくく、やや生硬な感じもあった。
(同号掲載選評 権田萬治「若い個性への期待」より)

 私ごのみで、おもしろい作品になりそうだったが、小味になんども話をひっくり返そうと、すこし欲張りすぎましたね。声がでなくなりかけている落語家が、二人羽織で話をやろうってのも、ちょっと変だ。落語をひとつ創作しているところなんぞは、大いに凝っていて、けっこうです。だが、あなた、二人羽織をご覧になった――いや、観察したことがないんじゃないかな。
(中略)
 男用の長羽織をつかったって、もうひとつの手――しゃれじゃないけど、例の手の問題、あんなことをやったら、あなた、まっ正面から見ていたって、すぐわかっちゃうよ。せっかく達者に、細かいところまで工夫して書いているのに、惜しいなあ。
(同号掲載選評 都筑道夫「期待される新人達に」より)

③『変調二人羽織』は大正か昭和初期の探偵小説めく題にもまして、優れた結末を自分から壊してしまった点が致命的で、その要らざるどんどん返しと嫌味な最後の一行とで、すべての魅力は鶴のごとく彼方へ飛翔し去った。(略)
③はまた結末部分を覗けばもっともよく考えられたトリックで、古き良き探偵小説の味も濃厚だし、もともと落語に題材を取ったからには、いささか野暮であっても全体の筆づかいからオチに到るまで作者の力量そのものと見做すべきであろう。
(同号掲載選評 中井英夫「見えない翼」より)

 連城三紀彦氏の「変調二人羽織」はおもしろかった。大晦日の東京の空を鶴が飛んだ話で、冒頭を飾った手際も憎いほどである。
(中略)
 刑事とその後輩との間に交わされた検討といい、また刑事が自分の家族の歌留多とりからヒントを得るなど、ただ足と耳でつかんだ情報だけで終わっていない。作者はいろいろ気をつかって、サーヴィスにつとめているのだが、そのため最後の一行まで落語のさげにこだわって、かえって品格をおとしてしまった。
(同号掲載選評 中島河太郎「新しい時代の到来」より)

 私はこの小説を最後に読んだのだが、はじめなにげなく読んでいたものの、途中からつぎからつぎへと提出される新しいデータに、刑事とおなじおうに鼻面とって引きずり引きまわされるようなところに興味をおぼえた。ただこのことは私の杞憂かもしれないが、これは落語家という特殊な世界に住む人物の怪死事件を扱った小説であるだけに、一般の読者に素直に受けいれられるかどうかに不安を覚えずにはいられない。もっともテレビの普及でたいていの噺は一般に滲透しているのかもしれないが、かくいう私も表題の「二人羽織」は若いころ何度か高座で接しているが、「盲目かんざし」という噺はしらなかった。これは珍しい噺とみえて、作者もその梗概を述べているが、小説のなかで他の物語の筋書きを書かねばならぬほど味気ないものはない。しかし、その辺を過ぎると達者な筆で、ドンデン返しまたドンデン返しで、読者の興味を引きずりまわしていく手法は凡手ではない。小説の冒頭に点出された一羽の鶴が最後を締めくくっているのも見事であるというべきであろう。
(同号掲載選評 横溝正史「選考を終えて」より)

栗本薫も「幻影城」1978年3月号の「短篇月評 ミステリ遊歩道」で本作に触れている。

 まず「変調二人羽織」連城三紀彦氏。おおかたの選評もこの人の持ち味に好意的であったようだけれども、たしかに一読して否応なしにひきつけるおもしろみがある。ただし、ささいな点でいちばんミスが、それもつまらぬミスが多いのも連城氏であるようだ。おそらく、実地調査や資料にあまりたよることなく、イメージと勢いにまかせて書いていられるからではないかと思う。
 都築氏の選評で指摘されたミスは重大だが、他にも、たとえば「黒門町のアパート」というような語感のそぐわなさを、氏はなんとも感じないだろうか。それと落語家の師匠と弟子の関係。実際に短篇ひとつを書くにあたって二人羽織を見学せよ、黒門町を散策せよ、というのではないが、それを納得させるのが描写力であって、それがしっくりしていたら選評で反発をかったオチの一行が浮き上がらずにかえって魅力になっただろう。
 ただ連城氏の欠点というのは、全部、一見してただちに目につく。つまり、かんたんに直せるものばかりなのである。それを上越して氏の持ち味を出せたら、おそらく相当に幅広くゆたかな才能を持っておられると思う。着実な脚力でもって今回の本命。野暮をひとつのファッションにまでしっくりと着こなしてしまえればいい。
(「幻影城」1978年3月号 栗本薫「短篇月評 ミステリ遊歩道」より)

これらで指摘されたミスは、単行本化に際して修正されている。雑誌版と単行本版を比べると、それ以外はほぼ細かい語句の修正、一文を削ったところが数カ所ある程度で、大きな変化はない。

都筑道夫の選評で触れられている通り、作中に登場する「盲目かんざし」という噺は連城三紀彦の創作である(横溝正史は見事に騙されている)。当然、作中に引用される門田清六「落語の系譜」という書物も存在しない。こういった実在しない作品や作家をもっともらしく実在のように語る作風は「戻り川心中」などに受け継がれる。

本作については、ハルキ文庫版『変調二人羽織』での法月綸太郎の解説が素晴らしい。

 処女作には、その作家のすべてが含まれているという。第三回〈幻影城〉新人賞に入選した、連城三紀彦の記念すべきデビュー作「変調二人羽織」には、この法則が見事に当てはまる。
 いや、単に法則通りというだけでなく、あまりにも当てはまりすぎて、かえって異様な印象を受けるほどだ。(略)あたかも作者はデビュー前から自分の将来を見越して、その作品世界を網羅する完璧な予告篇を作ってみせたかのようである。否、ひょっとしたら「変調二人羽織」は、実は連城三紀彦の最後の作品なのではあるまいか――過去の傑作群を彩るありとあらゆるモチーフが、走馬灯のようにめまぐるしく映りゆくさまを、はかなくも鮮やかな一閃の光茫としてとらえた辞世の作、そんなふうに錯覚しても不思議ではないような雰囲気が漂っている……。
 もちろん、これは倒錯した見方である。われわれは連城三紀彦のその後の作風の展開を知ったうえで、結果から原因に向かって、いわば後ろ向きに「処女作に芽吹いた可能性」を恣意的に取り出しているにすぎないのだから。(略)――しかし、「変調二人羽織」を〈幻影城〉新人賞に投ずることによって、連城三紀彦というミステリー作家が誕生したという事実は動かしがたいものだし、また原因と結果がひっくり返ってしまうような視点の倒錯こそ、連城ミステリーの真骨頂ではなかったか。ということは、初々しい気負いに満ちた処女作が、最後の作品と見まがうような相貌を示してしまうという逆説、終りが始まりであり、始まりが終りであるような円環の中に、この作家独自の探偵小説観が根ざしていると言っても、けっして的外れではないだろう。
(『変調二人羽織』ハルキ文庫版 法月綸太郎「解説」より)

長くなるのでこれ以上の引用は避けるが、このあとに続く部分で法月は本作から中井英夫『虚無への供物』へのオマージュを見出しており、連城三紀彦のミステリー観を探る上でも非常に示唆に満ちた名解説である。

各種ランキング順位


収録アンソロジー

  • 鮎川哲也編『ミステリーの愉しみ4 都市の迷宮』(1992年、立風書房)
  • 『甦る「幻影城」1 新人賞傑作選』(1997年、角川書店)
  • 二上洋一編『ほっとミステリーワールド15 連城三紀彦集』(2000年、リブリオ出版、大活字本)
  • 山前譲編『落語推理迷宮亭 ミステリー名演集』(2017年、光文社文庫)

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最終更新:2017年05月11日 01:23