消えた新幹線

  • 分類:短編小説
  • 初出:「幻影城」1978年8月号
  • 雑誌時挿絵:山本博通
  • 収録短編集:密やかな喪服、『変調二人羽織』(ハルキ文庫版のみ)

あらすじ

 午後四時四十分。
 こだま二七九号大阪行は、東京駅十六番ホームを定刻通りに発車した。

医学部を中退し富士山麓での財宝探しに明け暮れていた葉島艦一は、星崎家の令嬢・美弥に恋し、美弥からピアノを習っていた。ある日艦一は、美弥から奇妙な依頼を受ける。父親の乗っていた新幹線、こだま二七九号を探してほしいというのだが――。

登場人物

  • 葉島艦一
    • 東大医学部に通う頭脳明晰なエリート学生だったが、大学を中退し富士山麓で財宝探しに明け暮れる、いかつい顔に壊れた眼鏡を掛けた青年。美弥に恋している。
  • 星崎美弥
    • 星崎長次郎の一人娘。屋敷でピアノを教えている箱入り娘で、銀行の御曹司との婚約が決まっている。
  • 七村
    • 艦一の医学部の先輩。
  • 星崎長次郎
    • 大会社を経営する実業家。2年前に突如会社を甥に譲り渡しスイスに移住。
  • 佐伯令子
    • 長次郎の元秘書。

解題

「幻影城」1978年8月号に、《特集・連城三紀彦》の一作として「藤の香」「メビウスの環」とともに掲載された短編。
新幹線に〝森の石松〟が登場するユーモラスな冒頭や、冴えない青年と美女の恋など、『運命の八分休符』の原型というべき作品。実際、「オール讀物」の編集者から本作のような作品というオーダーを受けて「運命の八分休符」を書いたという。

「(略)だから一番初めの幻影城の時に、(中略)一度に三つ出した時があったんですけど、それぞれの社からひとつひとつの、――「藤の香」と「消えた新幹線」と「メビウスの環」というの出したんですけど、例えば講談社は「藤の香」みたいなのが欲しいって云う。それから文春は「消えた新幹線」みたいなものが欲しいっていう感じできましたんで、一応合わせて書いてます」
(「地下室」1982年9月号 「特別例会報告4」より)

なぜか『変調二人羽織』には収録されず、『密やかな喪服』に収録された。
ハルキ文庫版『変調二人羽織』の解説で、法月綸太郎は本作が「ある東京の扉」と対になる作品であると指摘している。

なお、「幻影城」掲載時と単行本で主人公の名前(幻影城版:郡司一平、単行本:葉島艦一)と設定が大きく異なる。

 郡司一平はあらゆる意味で、その洋館の一室の美弥の前に座るには不似合いな男だった。まだ二十六だというのに髪の少しうすい頭、葬儀写真の黒枠を思わせる眼鏡、ガニ股気味の脚。
 そんな一平が何故そこに座っているかというと、経緯はこうである。
 一平は二年前まで名古屋の某国立大学の医学部の、つまりエリート学生だった。ところが余暇活動でやっていた空手が二つの意味で一平の人生に祟った。一つは彼の脚がO脚になったこと、今一つは酔った勢いで警察と乱闘し全日本空手選手権大会の出場資格を剥奪されたばかりか停学処分にあったのである。
 郷里に戻った後、憎き空手に復讐するために空手で鍛えた節くれだった手に最も似合わないピアノの練習を始めた。
 どうせ練習するなら先生についたらどうだと言って、大学時代の親友の七村が紹介してくれたのが、何と星崎美弥であった。美弥は去年からの一人暮しの退屈をまぎらすため、近くの少女達にピアノを教えていたのだ。
(「幻影城」1978年8月号より)

上記のように単行本での眼鏡が壊れている設定が幻影城版では存在しないため、星崎の病室に潜入する場面では女装(!)することになる(眼鏡を交換する行為をより自然にするために単行本収録時に眼鏡が壊れている設定を追加したのだろう)。また、幻影城版ではラストが艦一の決断の手前で切れており、艦一の決断は単行本化の際に加筆された部分である。

この名前と設定の変更に関しては、『密やかな喪服』講談社文庫版解説で新保博久が言及している。

 ちなみに、「消えた新幹線」は単行本収録のさい探偵役のプロフィルがそうとう変えられており、名前も初出誌では郡司一平といった。『運命の八分休符』の主人公名・田沢軍平につきすぎるのを避けるためだろうが、葉島艦一と改めたのは、ヒロイン美弥の名前から貫一お宮を連想し、間貫一をもじったに違いない。艦一の埋蔵金の夢も、貫一が金色夜叉と化したことによっているのだろう。こういうユーモラスな発想は、やがて『恋文』に結実するほのぼのした雰囲気と無縁ではあるまい。
(講談社文庫『密やかな喪服』解説より 執筆者:新保博久)

収録アンソロジー

  • 山前譲編『鉄ミス俱楽部 東海道新幹線50』(2014年、光文社文庫)

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最終更新:2017年05月18日 23:30