ある東京の扉

  • 分類:短編小説
  • 初出:「幻影城」1978年3月号
  • 雑誌時挿絵:山本博通
  • 収録短編集:変調二人羽織

あらすじ

「今度のはちょいといい話だが、買う気はねえか」

ミステリとポルノが売りの雑誌「SM(ショート・ミステリー)」の編集長・咲島の元に、作家の男が〝小説の構想〟を売り込みにやってくる。男が言うには〝東京という巨大な密室〟をテーマにしたアリバイ崩しだというのだが……。

登場人物

    • 小説家。名前不明。月に一度咲島の元を訪れ、小説のネタを売り込んでいく。過去に売り込んだ作品は、糖尿病の亭主を女房が饅頭責めで殺す話、若い娘が冷凍ブラジャーで愛人を殺す「アイスパイ殺人事件」など。
  • 咲島
    • 月刊誌「SM」編集長。
  • ハイミスの編集部員
    • 潔癖症。

解題

幻影城新人賞受賞第一作として「幻影城」1978年3月号に掲載された短編。
ほぼ全編、作家がミステリの構想を語り、聞き手の編集長がツッコミを入れるという構図で話が進む。
その後の連城三紀彦の作風を考えるとかなりの異色作で、連城が密室テーマを扱った数少ない作品のひとつ(他に「化石の鍵」や『虹のような黒』、また『褐色の祭り』のエピソードのひとつなどに密室ネタがある)。密室テーマのアンソロジーにも採られている。

 これまでにない密室というと、連城三紀彦氏の「ある東京の扉」(『幻影城』昭和53・3 講談社文庫「変調二人羽織」収録)は、大都市東京を密室と見做してしまう大胆な発想が斬新だ。雑誌編集者を訪れた男が、推理小説の筋を売り込んできた。東京と川ひとつ隔てたところで殺人が起る。ストと渋滞で、都心にいた容疑者には現場に行けないというアリバイが成立した。はたして、容疑者は東京という巨大な密室から抜け出せたのか。密室の概念をフレキシブルに考えるならば、疾走する新幹線も、天空の飛行機も、洋上の船も一種の密室である。あるいは急峻な山の頂上や、奥深い洞窟といった天然の密室もあるだろう。存在自体がサスペンスを呼び、トリッキィな謎を構築する密室が、意外に身近なところに存在している。
(『密室殺人事件 ミステリーアンソロジー』収録 山前譲「解説」より)

「左手のための協奏曲」や右腕を失ったピアニストというモチーフは『敗北への凱旋』で再び用いられる。また「戻り川心中」を想起させる心中にまつわる話など、「変調二人羽織」と同様に連城三紀彦がその後の作品で用いることになるモチーフがあちこちに息をひそめている。

 ラヴェルの〈左手のための協奏曲〉を引きながら、無名のチンピラ作家は、「絶対に聞くことのできない右手の無音に俺の理想を聞くことができる」とうそぶく。右腕を失ったピアニストと空白の五線譜というイメージの鮮烈さもさることながら、それ以上に驚かされるのは、この短篇で連城三紀彦が自らのミステリー作法の楽屋裏をすべて明かしてしまっていることだ。その意味では、処女作同様、この小説も「予告篇」なのである。
(『変調二人羽織』ハルキ文庫版 法月綸太郎「解説」より)

実際に連城三紀彦がこういう風に作品を作っていたのかどうかは定かでないが、伊坂幸太郎は本作からミステリーの書き方を学んだという。

 初めて読んだのは初期の短編集で、『変調二人羽織』と『戻り川心中』(ともに光文社文庫)。(中略)『変調二人羽織』の中の「ある東京の扉」は、小説の伏線の張り方を覚えた教科書です。
(「読売新聞」2014年11月21日朝刊 「熱烈なファン 伊坂幸太郎さん 騙される幸せ感じて」より)

編集長の〝咲島〟という名前は、おそらく「幻影城」編集長・島崎博のもじりだろう。しかし「幻影城」でこういうネタの売り込みが行われていたわけではないようだ。なおこの作品を書いた頃には、島崎編集長によって没にされた作品もあったらしい。

 ちなみに『幻影城』では、編集長が直接原稿を読んで採否を決めるので、このような経験はしていない。
(『変調二人羽織』光文社文庫版 島崎博「解説」より)

島崎 (略)原稿持ってくるときはみんな白山(引用者註:島崎博の個人事務所)に持ってくるんですよ。どうしてかというと、ぼくは編集部でやりやくないから。編集部には人がいますよね。そんな中で将来ある作家に対して編集長が威張るのは悪いですから(笑)。
 みんな、その場で直しました。連城さんだってそうですよ。連城さんは『ある東京の扉』を書いた頃、ボツにした原稿があります。
――そうなんですか。連城さんは好きなんです。信じられないですね。
島崎 連城さんも泡坂さんもおそらくどこかで島崎の原稿に対する厳しさを書いていたと思いますよ。
(『幻影城の時代 完全版』収録 「「幻影城」編集長 島崎博さんに聞く」より)

連城三紀彦自身の当時の認識か、それとも探偵小説専門誌を標榜する「幻影城」のカラーを考えてなのか、作中には社会派ミステリーを揶揄するネタが仕込まれていたりする。

 終戦から二十年余、現在の咲島は、「SM」という割と発行部数の多い月刊雑誌の編集長を勤めている。性の解法運動が変態者までに暖い手を差し伸べ始めた昨今では誤解されかねない誌名だが、レッキとしたショート・ミステリーの略語である。尤も数年来の傾向としてその種の趣味の読者が誤解して買っていったとしても不満を与えない程、その面の内容も充実している。この堕落は咲島の責任ではない。数年前、偶然にも雑誌名と同じ頭文字を持つ大作家が載せた「エロの頂点」という社会派ポルノが大反響を呼んだ際、先代の編集長が踏みきった新方針で、以前は「あんなトリックは現実には可能でしょうか」という真面目な抗議が多かったが、最近では主婦の、その方のマニアらしい女性達から「あんな体位は可能でしょうか」と桃色がかった上ずり声で電話が掛かってくる。売れ行きと反比例して、SMの英文字の陰にどんどん小さくなっていくミステリー誌という活字に、だが咲島は自分の青春が収縮していくような一抹の淋しさを覚えないでもない。
(本文より)

言うまでもないが、パロディ元は松本清張『ゼロの焦点』のことである。単行本ではなぜかカットされたが、「幻影城」掲載版では「エロの頂点」のあとに「昨年もこれも偶然SMの頭文字になる俊英作家が発表した「人体の証明」という母ものポルノが話題を集めた。」と続く(こちらも言うまでもないが、元ネタは森村誠一『人間の証明』である)。

各種ランキング順位


収録アンソロジー

  • 『密室殺人事件 ミステリーアンソロジー』(1994年、角川文庫)

関連作品


名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年04月05日 00:28