渠川について


永和の暮らしと歴史の中に渠川(せせなきかわ)について記述がありましたので引用します。

 永和小学校校歌に歌われる川ですが、「せせなぎ」は汚れた川を意味します。上流の会津若松市一箕町金堀には、会津最大の金山があり、最盛期には1400戸ありました。その金山の汚れた水が不動川と合流するところから、せせなぎ川と呼んでいます。「せせらぎ」も元は汚れた川の意味でしたが、今では反対の意味を指すようになりました。せせなぎ川の支流に大工川があります。上流に金堀金山の大工か稲荷原の石工大工が住んでいたことに由来します。または、河東町藤倉から平塚まで大工が材木を流したことに由来するという伝承があります。

また、北柳原村内の記述を見ると「上流を滝沢川と云う」とあります。 藤原村内の記述では滝沢川となっているので、どうやら北柳原村近辺で呼び方が変わるようす。


参考