MazM: ジキル&ハイド

【えむえーぜっとえむ じきるあんどはいど】

ジャンル ADV
対応機種 Windows(Steam)
Nintendo Switch
発売元 シーエフケー
開発元 Growing Seeds
発売日 2020年4月2日
定価 1,650 円
プレイ人数 1人
レーティング CERO:B (12歳以上対象)
判定 なし
ポイント まともに遊べる「ジキルとハイド」
他に類を見ない原作準拠へのこだわり
ゲーム性に残念なところあり

概要

古典的名作をアドベンチャーゲーム形式で体験する『MazM』シリーズの一作。
1886年に出版された怪奇小説『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』(後発の映画などを含め『ジキル博士とハイド氏』の邦題が有名)を原作としており、弁護士アターソンと怪人ハイドの2つの視点で、ジキル博士の奇妙な晩年を追っていく物語となる。

ジキルとハイドのゲーム化といえば迷作『ジーキル博士の彷魔が刻』があるが、当然ながら全くの別物であり、原典に沿った内容となっている。

システム

  • 基本的な進行
    • ゲームは「マップの探索」→「ストーリーの発見」の繰り返しで進む。
    • プレイヤーはアターソン、またはハイドを操作してクォータービューのマップ内を探索し、気になるところを調査する。
      • 特定の箇所を調べるとストーリーが見つかるので、それを開始・進行することによってゲーム全体のシナリオフローを進めていく。
  • タイムライン
    • ニューゲームからエンディングまでは一本道で、いつでもタイムライン画面で好きな時点の話から再開することができる。
    • 一本道ではあるものの合間合間に追加シナリオがあり、そこでは主にアターソンの視点だけではわからないハイド側の行動が描かれている。
      • 原作はアターソン視点での語りとジキル博士の手記による種明かしの二部構成となっており、ジキル博士側のパートですべての真実が一気に明かされる流れだが、それを分解してアターソンパートとまとめて時系列順に並べたような構造となっている。
  • ロンドン手帖
    • マップ内にはストーリー本筋に関係するものしないもの含め、調べた際に「ロンドン手帖」へと情報が蓄積される箇所がある。
    • これは攻略とは無関係な収集要素であり、19世紀後半当時の情勢や風俗を示す豆知識集となっている。

登場人物

  • アターソン
    • 弁護士業を営む50代の紳士。
    • 自制心が強く、ワインは祝いの席でしか飲まず、大好きな演劇も20年我慢しており周囲からは堅物と思われている。
    • ジキルから遺言状を預かっているが、その内容は「ハイド」なる人物に財産のほとんどを託す旨のものであったため訝しんでいる。
  • ジキル
    • アターソンの古い友人であり、医学博士、民法学博士、法学博士でもある知識人。多大な名声を持つが、かつては快楽的に放蕩する遊び人気質な面もあった。
  • ハイド
    • ロンドンに突如現れた怪人。商店街の先の路地で子供に怪我を負わせた際、示談金としてジキルのサインが入った小切手を出したことをきっかけに、アターソンと関わることになる。
    • その後も悪事を重ね、その度に人の目に触れながらも、容貌に関する証言は「不快」「不気味」といった主観的な印象ばかりという不思議な人相をしている。
  • エンフィールド
    • アターソンの遠縁にあたる男性。日曜日にアターソンと路地を散歩することを趣味としており、その際にハイドとの出会いを話題にする。
  • ラニョン
    • アターソンとジキルの共通の友人である高名な医者。現在ジキルとは科学に対する見解の違いから交流を絶っている。
  • カルー卿
    • 下院議員である人当たりの良い老紳士。
    • 映画では娘がジキルの婚約者*1であったり、ジキルが作中で行う研究のきっかけを作ったりと重要なキーマンとなっているが、本作では原作通り「ハイドに道を尋ねた直後撲殺される」だけの役である。

評価点

  • 実は貴重な「原作準拠」指向
    • 『ジキル博士とハイド氏』はこれまでに何度も映画化、舞台化、 ゲーム化 されているが、これらはほぼ全てでキャラ設定がアレンジされており、対して本作は原作に忠実であることを目指した内容となっている。
    • 特筆すべき点として実質的な主人公であるアターソンをプレイアブルキャラに据えている点があり*2、更に映画にいたような「ジキル博士の婚約者」や「ハイドが自宅に連れ込んだショーガール」といった人物はおらず、せいぜい、ジキルの交友に立ち絵のないネームドキャラが追加されているか、あとは名無しのモブが複数存在する程度である。
    • また、原作で一行程度触れているだけの細かい点もゲームに取り込まれている。
      • 例えばハイドの自宅に飾られた絵やハイドのステッキが落ちていた位置、ラニョンがジキルとの関係を古代ギリシャ伝承の「デイモンとピシアス」で例えるエピソードなどはまさに原作の地の文を拾ってきたそのままを流用しており、元となる物語をそのままゲームに起こそうとしたこだわりが感じられる。
    • 無論、セリフの量やその一言一句まで同じということはなくオリジナルのシーンもあるが、それでもここまでの原作準拠は珍しく、映画、ラジオ、テレビ、舞台など各種媒体と比較してもかなり珍しい作りといえる。
  • 親しみやすい絵柄
    • 本作のマップは太めの輪郭線で描かれており、視認性が高く、またあえて崩されたパースからどこか絵本的な(物語的な)雰囲気を有している。そのため「古典的名作」とはいえ肩肘張らずとっつきやすさを感じられる。
    • 一方各登場人物の年齢層は高めだが、立ち絵の頭身が高く、老け顔らしさもある程度描けているため、いわゆる漫画チックな軽薄さは少ないといえるだろう。
      • 特に主人公のアターソンは黒髪に白いメッシュの入ったオールバックで、細面ながら肩幅もあり、俗に言う「イケオジ」に類する容姿となっている。
  • ちりばめられた当時のロンドン文化
    • マップにはポスターや新聞売りがおり、その内容は1880年代当時の流行や世相を感じられるものとなっている。
    • 例えば「オペラ座の怪人」のポスター(初演:1886年)が路地に貼られていたり、新聞売りが隣国でのエッフェル塔建設(1887年建設開始)の見出しを叫んでいたりといったもので、一部はシステムで述べた「ロンドン手帖」にも記されるようになる。
      • これらの多くは原作とは無関係なオリジナル要素であり、ロンドン手帖の収集要素のためだけに配置されたNPCも多いが、19世紀ヨーロッパという雰囲気作りの一端を担っているといえる。
    • また主人公・アターソンには「自制心が強いため、普段はワインを我慢してジンを飲んでいる」という設定がある。現代の価値観で見ると全く意味不明な分別だが、これも当時ジンが安価で庶民的な酒であった背景が影響している。
  • ローカライズの質が良い
    • 海外製インディーズゲームとしては非常に翻訳の質がよく、一部漢字が中国で使用される文字とはなっているものの全編通して物語の理解を妨げることがない。
    • 誤字もないわけではないが、かなり少ない方である。

賛否両論点

  • ハイドの見た目が劇中の評価と合っていない
    • 劇中のハイドは悪事を目撃されても「不快」や「身の毛もよだつような」といったぼんやりとした印象で語られるのみで、全く身体的特徴に触れられることがない。しかし一方でその立ち絵はボリュームのあるくせっ毛に色白痩躯、裂けるような笑みに白目の多い瞳……とビジュアル的にかなりキャラが立っており、目撃者たちの評価が大変不可解なものに感じられる。
    • 一応これもまた原作に拠っており、外見的特徴より「見る者に不安を与える」という属性が勝るという設定があるのだが、本来「肌の青黒い毛むくじゃらの小男」だったところを「くせっ毛だが小奇麗ですらっとした若い男性」に変えてしまったこともあり、説得力のない描写になっている。
    • しかしマーケティングやゲーム的キャラクターデザインを踏まえると仕方ない面もある。実際本作のハイドは一部のプレイヤーに人気があり、少量ながらファンアートやコスプレの対象となっている。

問題点

  • シナリオに「新解釈」されたところがない
    • 本作はオンラインストアにおいて「新たな観点で再解釈し誕生したアドベンチャーゲーム」との宣伝文句が書かれているが、既に記載の通りシナリオの本筋は概ね原典に沿っており、せいぜい想像可能な範囲で書き加えられたシーンや会話が枝葉に存在する程度である。
    • つまり、新しい観点も再解釈された登場人物の挙動も無いわけで、この売り文句に関して言えば誇大広告に近い。
    • さらに言えば上記で触れたオリジナルの会話も特別気の利いたものではなく、むしろハイドがカルー卿を殺害するシーンでは、両者にそれぞれ台詞を足したせいでハイドの行動に若干の違和感が生じている*3
  • 登場人物の動作や感情を描ききれていないシーンがある
    • これまでに記載したような「原作準拠のこだわりポイント」がある一方で、うまく表現できていない場面もある。特に人物の一連の行動や感情表現のうち一部だけ抜けていることが多く、結果的に何が起きているのかわかりにくいことが多い。
    • 例えば終盤、ジキルがアターソンやエンフィールドとの会話を一方的に切り上げるシーンは、原作にある「ジキルが前触れなく絶望的な表情をして窓を閉じたので、二人が驚いて路地を引き返した」という描写のうち「窓を閉じる」部分だけが抜け落ちているため、ジキルが突然変顔を見せつけて会話を終わらせたような印象になってしまっている。
    • 序盤にも「アターソンが数日間の張り込みの末、ハイドに顔を観察させるよう迫る」というシーンがあるが、ジキルとハイドの関係性に対する不安や曖昧な人相情報から「夢に見るほどハイドへの好奇心を募らせた」といったエピソードがオミットされているため、プレイヤーからはわけもなく顔を凝視してくる無礼な中年ストーカーに見えてしまう。
    • 他にも、原作の描写を中途半端に拾い上げているせいで結局そのシーンで伝えられるべき印象や空気感が損なわれている場面が複数あり、結果的に小説の世界観をゲーム表現へ落とし込みきれなかった感は強い。
  • ミニゲームのちぐはぐさと設定的矛盾
    • テキスト主体のアドベンチャーゲームにはありがちではあるが、途中途中で無駄なミニゲームが挿入されている。
    • 主なものに「①物を破壊する」「②動き回るモブにぶつからないよう目的地を目指す」「③手紙を読む」があり、いずれも問題がある。
    • ①はハイドパートの序盤に頻出するミニゲームで、時間内に表示されたボタン入力をすると物品を破壊できるというもの。
      • 15秒以内に「同じ入力を4回×3セット*4」程度の超スローペース、かつ、画面上には破壊対象が静止画で描かれているだけ(破壊途中の画はなくミニゲームに成功して初めて壊れる)のため全く迫力がないし、わざとでなければ失敗しようもない。
    • ②もハイドパートのミニゲームで「カルー卿を殺害するためモブ通行人をかわして追いかける」などのシーンで使われるが……
      • このカルー卿殺害事件は「たまたま月明りに誘われて外を眺めていたメイドが唯一の目撃者になる」という筋立てであるため、殺害直前までうろついている通行人など存在するはずがなく、設定矛盾を起こしている
    • ③はアターソンパートのミニゲーム。でたらめな曲線で書かれた文面の上をカーソルが高速移動していき、カッコで括られた特定箇所でタイミングよくボタンを押すと単語を読み取ることができ、3~4個の単語が集まると手紙全文を読めるというもの。
      • 拾い読みにも程がある。アターソンは遺言状であろうと晩餐会の招待状であろうと、友人が今際の際にしたためた秘密の暴露であろうと、全てこの「幾つかの目立つ単語をピックアップしないと全文を認識できない」スタイルで読むため、強い違和感を生じさせている。
    • 即ち、いずれもミニゲームとしては「面白くない」「場面に合ってない」「そもそもミニゲーム仕立てにする必然性がない」ものであり、物語の進行に水を差すだけの要素となっている*5
  • 画面演出が陳腐
    • 本作では会話の際に演出として画面全体がシェイクされることがあるが、重要でない台詞でも演出が発生するためいまいち感情移入しにくい。
    • 特に序盤のエンフィールドとの会話で多く、ハイドのハの字も出ないうちに「ここでひどいことがあったんですよ!(シェイク)」「女の子が踏みつけられていたのです!(シェイク)」と何度も画面を震わせるため、上滑りを超えて天丼ギャグのような印象を受け得る。
    • シェイク演出の他に画面全体の色相を変えるパターンもあり、こちらも狙いを外していることがままある。一応終盤に向かい真実が明らかになるに連れて有効な演出となっていることもあるが……
  • 誤操作しやすいメニュー周り
    • メニュー画面、特に「ロンドン手帖」上での操作が誤爆しやすい。
    • ロンドン手帖は最大で「大カテゴリ*6」>「ページタブ」>「項目見出し」>「詳細」の4階層で構成され、それらが横に並列して表示されている。しかし、明暗やカーソル表示などのメリハリが弱く、いまどの階層が操作対象となっているのかがわかりにくい。
    • 加えて、大カテゴリが操作対象となっている際もそれ以降の階層でカーソルが表示されっぱなしなため、特にロンドン手帖を開いた直後は見出しを選んだつもりが大カテゴリが切り替わってしまうということがしばしば発生する。
    • また、ロンドン手帖を開く前段階のメニュー画面には、他に「場所移動」「実績確認」「ゲーム設定」などの機能があるが、いずれもそれら画面に遷移後キャンセルするとメニュー画面に戻るのではなく「メニュー画面ごと閉じられる」挙動となっている。
      • 利便性が悪いと言うほどでもないが、段階的な画面遷移を経てからの「戻る」操作という認識に合わず、いまいち直感的ではない。

総評

「ジキルとハイド」という慣用句こそ一般的でありながら、いざ原作を知っているかと言われると現代ではほとんど読まれていないものである。
それをADVゲーム仕立てで、とっつきやすく体験できる形としたことについて評価できる一作。
うまく原作の雰囲気を出し切れていない惜しい点はややあるが、大筋ではきちんと沿っているため古典作品の理解の入門には向いているといえる。

余談

  • オンラインストア上では「美しいBGM」というのも売り文句になっているが、本作のBGMは全てフリー素材である。
    • 場面には合っているし美しいのも確かなのだが、普通そういう場合セールスポイントにしないのでは……と思えなくもない。
最終更新:2022年01月10日 17:33

*1 ちなみに『ジーキル博士の彷魔が時』に出てくる婚約者はこちらがモデル

*2 実は原作の主人公はジキル博士やハイド氏というよりこの「ジキルの遺言状を預かっている弁護士」であり、前述の通りアターソンの視点で一連の事件を観察し終えるまでが主要部分となっている

*3 カルー卿には「アターソンに届けたいものがあるので道を尋ねたい」旨の台詞、ハイドには「アターソンの名を聞いて感情が昂った」という動機が追加されたが、凶行に用いたステッキを破棄した(証拠隠滅を図った)一方で、アターソンの宛名が書かれた手紙は原作通り置き去りにしたため自身に繋がる手がかりを残した状況になっている。原作ではカルー卿がアターソンの名を出したかは描写されておらず、ハイドは鬱屈した凶暴性のみによって犯行に及んだためこの問題はない

*4 「AAAA、右右右右、上上上上」など

*5 ちなみに失敗してもミニゲームの頭から即仕切り直しさせてくれるが、①であれば「なぜ壊れない……?」や③なら「眼鏡を新調しなければな……」のような気の抜けた一言コメントが表示されるため、これも興を削ぐ

*6 人物プロフィール、事件の手がかり、先述の豆知識集の3つ