登録日:2012/04/29 Sun 00:19:22
更新日:2026/08/17 Mon 12:40:28
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アメリカ合衆国およびカナダに所在するチームで構成された、世界最高峰の野球リーグである
メジャーリーグベースボール(MLB)。
かつては縁遠い存在だったが、1995年に当時
大阪近鉄バファローズに所属していた野茂英雄のドジャースへの入団を皮切りに日本人選手が相次いで加入していったことにより、今や本邦の野球ファンにも広く認知されるようになった。
本項ではそのMLBのうち、「
アメリカン・リーグ」に所属する全15チーム(各地区5チーム)と選手たちを紹介する。
ナショナル・リーグについては
当該項目を参照のこと。
※()は在籍経験のある日本人選手と年度(メジャーで出場した選手のみ、太字は現所属)。
「☆」は現役選手。
「○」はOB。
また、非NPB出身の選手に関しては、MLBでの成績が芳しくなくても「NPB選手としての知名度が高い」方については掲載しているため、OB紹介に名前があるからと言って当該球団でも活躍していたわけではない点には留意。
【チーム一覧】
東地区
1969年の球団拡張によって創設。レッドソックスとヤンキースという名門2球団に唯一のカナダ球団であるブルージェイズなどを擁し、6地区の中でも例年のように屈指の激戦区と言われる。
◇ボルチモア・オリオールズ
(上原浩治:2009~2011、
藤浪晋太郎:2023、菅野智之:2025)
略称は「
BAL」。本拠地球場はオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ。「オリオール」は地元の州鳥であるムクドリモドキに由来し、同名のチームが過去にはいくつか存在している。そのうちの1つが後のヤンキースである。
現在のチームは1894年にミルウォーキーで創立し、その後セントルイスに移転した後に1954年からボルチモアを拠点とする4代目。
本拠地のオリオール・パークは現在のMLB新球場のトレンドとも言える「新古典主義」の先駆けとも言える球場で、当球場の構造や球団のマーケティング戦略を元にした「ボールパーク構想」はMLB他球団の取り組みを経て現在ではNPBなどにも広がっている。
ジョージ・シスラーやカル・リプケンJr.などのスターを輩出した古豪だが、投手陣の不振などのさまざまな要因が重なって1990年代末期から長らく不振気味だった。その後も復活の兆しを見せながらも結局低迷するパターンが続いていたが、ファーム組織の強化が実を結び、2023年に9年ぶりの地区優勝を達成している。
○ジョージ・シスラー(
一塁手)
MLB最初期のヒットメーカー。2度の
打率4割に加えて2004年に
イチローに破られるまでシーズン257安打のMLB記録を持っていた。
しかし、同時代にはベーブ・ルースが存在していたことで彼のようなスピードとテクニックの選手は少なからず軽視されており、イチローの登場によって脚光を浴びるまでは知名度がそこまで高くない、知る人ぞ知る選手でもあった。
ちなみにキャリア初期は二刀流でもあり、24試合に登板した。
引退後にはドジャースのスカウトを務めており、この時に見出したのがあのジャッキー・ロビンソンである。
○ブルックス・ロビンソン(
三塁手)
「
Human Vacuum Cleaner」の異名を取り、23年に渡ってボルチモアのホットコーナーを守り続けたフランチャイズ・プレイヤー。
愛称の通り圧倒的な守備力を誇り、三塁手として歴代最多となる16年連続のゴールドグラブ賞に加えて
通算2697刺殺・618併殺数・6205補殺もMLB記録である。
三重殺打4回もMLB記録である。
通算2848安打を放ち、1964年には打点王を獲得するなど打力も備えていたが晩年は打力の衰えが隠せず、通算打率.267・OPS.723は他の殿堂入り選手と比べれば控えめな数字ではある。
それでもなお資格初年度で90%を超える得票率で殿堂入りを果たし、背番号「5」は球団の永久欠番に指定されている。
○カル・リプケンJr.(
遊撃手)
現役時代の21年間全てをオリオールズで過ごしたフランチャイズ・プレイヤー。負担の大きい遊撃手を務めながら今もなお燦然と輝く
2632試合連続出場の世界記録保持者で、この間に8243イニング連続出場や903試合連続フルイニング出場のMLB記録も樹立した「
Iron man」。
2度のMVPやゴールドグラブ賞に輝いた実力もさることながら、1983年から引退する2001年まで19年連続でオールスターに選出されるなど高い人気を誇っていた。
引退後は98.5%という当時史上最高の得票率で初年度での殿堂入りを果たし、背番号「8」は球団の永久欠番に指定されている。
ちなみに父のカル・リプケン、弟のビリー、息子のライアンもオリオールズでプレーした野球一家である。1987年には父がオリオールズの監督に就任し、ビリーもメジャー昇格していたために親子3人が同じチームに所属していたという珍しい記録も持っている。
○デニス・サファテ(投手)
主に日本の
ソフトバンクで守護神として活躍し、2017年にはNPB記録となる
シーズン54セーブを樹立してMVPと外国人選手初の正力松太郎賞に選出されたクローザー。
この年の
DeNAとの
日本シリーズ第6戦では3イニングを投げ切り、サヨナラ日本一を呼び込んでシリーズMVPにも輝くという大車輪の活躍を見せた。
外国人選手初の250セーブも期待されたが、その後は股関節の故障に悩まされて2018年を最後に登板できず、2021年をもって引退した。
○アダム・ジョーンズ(外野手)
MLB通算1939安打・282本塁打・ゴールドグラブ賞4回などの輝かしい実績を誇るスラッガー。
2017年の
第4回WBCではアメリカ代表として優勝に貢献。2次ラウンドでのドミニカ共和国戦における、当時オリオールズでチームメイトだったマニー・マチャドのホームラン性の打球を好捕したホームランキャッチは大会屈指の名場面として語り継がれている。
引退直前の2年間は来日して
オリックスに所属。中でも自ら代打起用を志願した2021年の活躍は著しく、打率.429・出塁率.568・得点圏打率.462という圧倒的な勝負強さで25年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献。
ヤクルトとの日本シリーズ第5戦では3連敗して後がない中、9回表に代打で値千金の勝ち越し本塁打を放つという崖っぷちのチームを救う活躍を見せた。
その後の2023年に古巣のオリオールズと1日契約を結んで引退したため、結果的にこれが現役最後の試合になった。
現在は世界各地で野球振興に務めている様子で、2026年の第6回WBCではアンバサダーを務めた。その傍らでオリオールズに加えてオリックスのことについても時おりSNSで触れるなど古巣のことを大事にしている様子である。
○クリス・デービス(一塁手)
内野手かつ「C」の方のクリス・デービス。
2011年途中に上原浩治とのトレードでレンジャーズから移籍。2013年にはミゲル・カブレラを制して本塁打王と打点王の2冠に輝き、MVP投票でも3位に入るなどの輝かしい実績と晩年の死刑囚ぶりの双方が語り継がれる男。2014年には薬物検査に抵触して出場停止処分を受けたことがあり、「クスリ・デービス」と揶揄されることもある。
2021年をもって引退。ちなみに年俸の支払いは一部を引退後分割払い方式にしていたため、2037年(51歳)まで続く。
☆フェリックス・バティスタ(投手)
プロ入りからメジャーデビューまでに11年、2016年にマイナー契約で加入したオリオールズではルーキー級からそのキャリアを歩んできた新守護神。
「MOUNTAIN(山)」の異名を取る2mを上回る巨体から振り下ろすように繰り出される、球速・球威ともに抜群の投球で奪三振の山を築く。
2022年に遂にメジャーデビューを果たすと、続く2023年はクローザーとしてブレイク。シーズン終盤に負傷離脱したもののオールスター初選出に加えてリーグ最優秀救援投手に輝き、9年ぶりの地区優勝に大きく貢献した。
◇ボストン・レッドソックス
(大家友和:1997~2001、野茂英雄:2001、
岡島秀樹:2007~2011、
松坂大輔:2007~2012、
斎藤隆:2009、田澤純一:2009, 2011~2016、上原浩治:2013~2016、澤村拓一:2021~2022、
吉田正尚:2023~、上沢直之:2024)
略称は「
BOS」。本拠地球場はフェンウェイ・パークで、1912年の開場と現存する30球団の本拠地の中では最古の歴史を持つ。
アメリカの古都ボストンの誇り。1901年に「ボストン・アメリカンズ」として創設されて以来本拠地を移したことが一度もなく、一貫してボストンに身を置く最東端のチームでもある。
本拠地のフェンウェイ・パークはその歴史的経緯から非常にいびつな構造をしており、左翼方向は約95mと非常に狭い代わりに約11mの高さの巨大フェンス「
グリーン・モンスター」が行く手を阻む構造で、逆に右翼方向は広い代わりにフェンスが低い。ファウルグラウンドも非常に狭く、外野手の視界に太陽が入りやすいことからボールを見失うケースもしばしば起こるなど、全体的に打者有利の球場として知られる。それゆえに伝統的に長打力を重視するビッグボール派のチームとして知られている。
グリーン・モンスターの下にあるスコアボードは歴史を感じさせる手動式になっており、打球が突き抜けた場合はエンタイトル二塁打扱いになる。
松坂大輔を当時のポスティング史上最高額で獲得するなど日本でも有名なチームで、日本人選手の所属も多い。
○サイ・ヤング(投手)
いずれもMLB記録となる通算511勝・316敗・815先発・749完投・7356イニングなど数々の偉業を誇り、19年連続10勝のうち20勝15回・30勝5回を記録。
1956年からはその年の最優秀投手を表彰する「サイ・ヤング賞」にその名が残る不滅の投手。
○テッド・ウィリアムズ(
左翼手・監督)
MLB記録となる
通算出塁率.482・84試合連続出塁に三冠王2回・
打率4割などの偉業を達成し、「
史上最高の左翼手」と称された、実働19年をレッドソックス一筋で活躍したフランチャイズ・プレイヤー。
背番号「9」は球団史上初の永久欠番に指定されている。
○レオ・カイリー(投手)
実働1か月ながら、NPB史上初となる元メジャーリーガーの外国人選手。
1952年に兵役に就き、進駐軍として朝霞基地に配属されており、当時の
毎日オリオンズをはじめとする在京二軍球団と練習試合を行っていた。1953年に投手不足に悩んでいた毎日はMLBで投手経験を持つ彼に目を付け、半ばアルバイトでの選手契約を交わした。
当初はシーズンいっぱいまでの予定だったが、この年の7月に朝鮮戦争の休戦協定が調印されて除隊命令が出たことで9月に帰国した。
チームに合流するのは試合日のみで、遠征時はアメリカ軍のヘリコプターで球場に直行していたという。
○ウェイド・ボッグス(三塁手)
同時期に活躍したトニー・グウィンと双璧を成すヒットメーカー。
通算打率.328に3010安打、4年連続含む首位打者5回とグウィンに比肩するほどのバットコントロールに加え、悪球にも手を出して安打を積み重ねるグウィンに対して彼は4割を超える出塁率を誇るなど抜群の選球眼を持っていた。
レッドソックスとヤンキースという東の名門で合計16年プレーし、晩年は結成されたばかりのデビルレイズへ移籍して引退。
引退後は殿堂入りを果たし、背番号「26」は最も長く所属したレッドソックスで、背番号「12」は最後に所属したレイズでそれぞれ永久欠番に指定されている。
○ロジャー・クレメンス(投手)
歴代最多となる
7度のサイ・ヤング賞に輝いた実績を誇る、MLBを代表する投手の1人。
強いプロ意識と厳しい鍛錬に裏打ちされた投球術は高い評価を得ており、憧れの対象にしている選手も多い一方、同時に短気と荒い気性の持ち主でもあることから打者の頭に故意に投げる「ビーンボール」使いとしても知られており、後年には
薬物問題も報じられるなど
賛否両論が激しい。
4人の息子たちも野球選手で、長男から順にコービー・コリー・ケイシー・コディと名前の頭文字はいずれも三振を意味する「K」になっている。
日本ではネットミームの「画像クレメンス」の元ネタの選手としておなじみ。
○マイク・グリーンウェル(外野手)
日本の野球ファンには
「神のお告げ」でおなじみのネタ助っ人としての印象が強すぎる選手。
しかし、MLBではレッドソックス一筋で活躍し、安定した打率と勝負強さで「ミスター・レッドソックス」と呼ばれて球団殿堂入りも果たしている名選手である。
2025年に死去し、日本でもその死を悼まれた。
○ペドロ・マルティネス(投手)
サイ・ヤング賞3回に最優秀防御率5回・最多勝1回・最多奪三振3回の実績を誇り、1999年には球団史上初となるシーズン300奪三振を達成したドミニカン。
常時90マイル後半の唸りを上げるフォーシームや鋭く落ちるパワーカーブ、シンカー気味に沈むチェンジアップをコーナービタビタに投げ込むコントロールを武器に打者を牛耳り、イチローをして「
完璧な投手」と言わしめた。
それだけの精密さを誇りながら与死球は多く、2000年には217回を投げてわずか32四球に対し14もの死球を与えているが、これは相手への恐怖心を煽るため狙ってビーンボールを投げていたためであり、後に自伝にて「死球の90%はわざと」と語っている。
勝利数こそ通算219勝と控えめだが、上記の活躍に加えて2000イニング以上投げた投手の中では歴代3位となる通算奪三振率10.04を記録するなど優れた実績を持つ。ステロイドが蔓延した1990年代後半から2000年代前半にかけての打高投低環境において無双とも言える支配的なピッチングを披露し、マーク・ワグワイアにサミー・ソーサ、
バリー・ボンズといった最強打者たちとも鎬を削ってきた。特にリーグ平均防御率が4.91と周辺年に比べてもより打高だった2000年に残した
防御率1.74にMLB記録となる
WHIP0.74は歴史的な傑出度として語り草になっている。
背番号「45」は球団の永久欠番に制定されている。
○デビッド・オルティーズ(指名打者)
歴代17位となる通算541本塁打を誇り、2006年には球団記録となるシーズン54本塁打を放った「ビッグ・パピ」の愛称を持つドミニカン。
2004年の日米野球では東京ドームの看板上への特大本塁打(推定約160m)を放ち、日本のファンの度肝を抜いた。
引退を表明して臨んだ2016年は41歳ながら打率.315・38本塁打・127打点・OPS1.021と引退する選手とは到底思えない完成された打者としての成績を残し打点王を獲得。最後まで健在ぶりを見せつけ、「まだやれる」と引退を惜しむ声も多かった。背番号「34」は球団の永久欠番に指定されている。
現在は同時代を彩ったヤンキースOBのデレク・ジーターやアレックス・ロドリゲスとともにFOXスポーツの名物解説者として活躍。ジーターの解説デビューの日にはヤンキース一筋の彼にレッドソックスのユニフォームをプレゼントして即座に投げ捨てられたり、ヤンキースが負けるたびに「Yankees Lose!」と煽ったりするなど畜生なお茶目な一面を見せている。
○ジャコビー・エルズベリー(外野手)
通算343盗塁を決めた盗塁の名手。アメリカ先住民であるナバホ族初のメジャーリーガーでもある。
特に語り草になっているのは、2009年に当時盗塁王の絶対王者として君臨していたカール・クロフォードに10個差を付けた70盗塁で盗塁王を獲得したことである。しかも彼はネイティブ・アメリカン。つまり黒人ではないのである。
この年に残した70盗塁の記録はネイティブ・アメリカンの歴代シーズン最多盗塁記録であり、盗塁における人種の差をひっくり返した彼の偉業は単純な数字以上に偉大なものとして歴史に残っている。
しかし、2018年から故障に悩まされて出場できず、2019年に球団の承認を得ない医療機関の治療を受けるという契約違反を巡ってヤンキースから契約解除。MLB選手会の仲裁の申し立てによって凍結された年俸の残りと解雇予告手当は結局支払われたが、その現役晩節はメディアにおいても「ヤンキース史上最悪の契約の1つ」として報じられ、零落物語扱いされることになった。
○
松坂大輔(投手)
甲子園からMLBまで日米でその名を轟かせた「平成の怪物」。彼と同学年にあたる1980年度生まれはプロ野球選手から著名人まで広く「松坂世代」と総称される。
2006年の第1回と2009年の第2回WBCではエース級の活躍で連覇に大きく貢献し、2大会連続のMVPにも輝いた。2007年のロッキーズとのワールドシリーズでは日本人初の勝利投手になり、チームは4連勝でスイープして3年ぶりの世界一を達成。
WBCとワールドシリーズの両方で優勝した史上初の選手として名を刻んだ。
○
岡島秀樹(投手)
投げる際に目線を切るあっち向いてホイ投法で知られる左腕。
日本では制球難のイメージが強かったが、渡米後は改善。滑りやすいボールで制御が利かず、カーブを封印して「
Oki-Doke」と称されたフォークの握りから繰り出される独特の軌道のチェンジアップを武器にセットアッパーとして活躍し、松坂とともに2007年の世界一に貢献した。ワールドシリーズで初めて登板した日本人投手でもある。
○田澤純一(投手)
2008年に新日本石油からレッドソックスとメジャー契約。NPBを経由せずにアマチュアからMLB球団と契約し、メジャー昇格した史上3人目の日本人選手にして、マイナーではなくメジャー契約を結んだ初の日本人選手でもある。
2013年は自己最多となる71試合に登板。ポストシーズンでも好投を続け、6年ぶりの世界一に大きく貢献した。
○上原浩治(投手)
日米通算100勝・100セーブ・100ホールドを達成した唯一のアジア人選手。2013年には日本人初のリーグ優勝決定シリーズMVPとワールドシリーズ胴上げ投手になっている。
2013年は73試合に登板して防御率1.09・101奪三振・K/BB11.22・WHIP0.57は救援投手としてMLB記録という難攻不落ぶりであり、140km/hそこそこのフォーシームとスプリットで並み居る強打者をねじ伏せた快投乱麻ぶりはメディアから敬意を持って「Mr.Automatic」「Yoda with a spritter」などといったニックネームで呼ばれるほどであった。
ワンバウンドしやすく制球が難しいフォーク(スプリット)を武器にしながらもその制球力は球史に残るほどであり、奪三振を与四球で割ったK/BBという指標では1000イニング以上投げた投手の中ではNPBでも断トツとなる通算6.68を誇る。MLBでも通算100イニング以上投げた投手としては歴代最高の8.96を記録している。加えて日米通算20年間の中で暴投も19回しか記録しておらず、そのコントロールがうかがえる。
○リッチ・ヒル(投手)
2005年~2025年の21年間のキャリアの中で14球団を渡り歩いてきたMLB屈指のジャーニーマン。
2024年の第3回プレミア12では44歳にして初めてアメリカ代表入り。侍ジャパンとの試合にも先発し、熟練の投球術で4回1安打無失点の好投を披露。大会全体でも10回と1/3イニングを自責点0に抑える活躍で大会ベストナインと最優秀防御率に選出された。
○ダーウィンゾン・ヘルナンデス(投手)
イニング数を上回るほどの高い奪三振能力を誇るベネズエラ出身左腕。
マイナー時代の2023年には第5回WBCに出場しており、7月末に来日してソフトバンクに入団。続く2024年はシーズン初登板から26イニング連続奪三振のNPB記録を樹立するなど勝ちパターンの1人として好投し、4年ぶりのリーグ優勝の胴上げ投手になった。
日常生活ではどのような時でも常に結婚指輪を着用しているが、「投手は手首より先にロジン以外のものをつけてはならない」というルールが頭から抜け、うっかり試合中にもつけてしまったことで相手チームからの指摘を受けたことがある。
○
澤村拓一(投手)
2013年の第3回WBCに出場しており、2020年9月に
巨人からロッテへトレード移籍し、オフに海外FAでレッドソックスに入団。
栃木県および同県の高校出身選手として初のメジャーリーガーになった。
2年間で104試合に登板し、2022年をもって帰国。数か月しか在籍していないにもかかわらず快く送り出してくれた義理を通してロッテに復帰し、2025年まで現役を続けた。
○
上沢直之(投手)
長らく
日本ハムでエースとして活躍した後、2023年オフにポスティングシステムでMLBに挑戦。
新庄剛志監督が「マイナー契約は避けるべき」と忠告したにもかかわらず、メジャー契約のオファーを蹴ってまでレイズとのマイナー契約を選択したが、開幕メジャー入りを逃したことでオプトアウト権を行使して退団。
金銭トレードでレッドソックスに加入したものの2試合の登板に終わり、右肘を痛めたこともあってマイナーでも7月を最後に出番がないまま帰国。4年10億円規模の好条件でソフトバンクに加入した。
下記の有原航平と似たケースだが、「わずか1年で帰国して移籍」「球団への譲渡金が約92万円」「帰国後は日本ハムの球団施設で練習」などあちら以上に議論を呼ぶとともに、ひいてはポスティングシステムのあり方に一石を投じた展開にもなった。
☆トリストン・カサス(一塁手)
マイナー時代の2021年には東京五輪にアメリカ代表として出場し、侍ジャパンとの試合で勝ち越し3ランを放つなど銀メダル獲得に大きく貢献。大会ベストナインにも選ばれた。
2022年にメジャーに昇格。
☆
吉田正尚(外野手・指名打者)
暗黒期だったオリックスを引っ張り、リーグ連覇と日本一に導いたマッチョマン。
2022年の日本一を花道にポスティングシステムで野手史上最高額となる大型契約で移籍し、翌年の
第5回WBCでは異例となるメジャー1年目で参加。準々決勝から4番を務めると、準決勝では起死回生の同点3ランを放つなど大会新記録の13打点を記録して14年ぶりの優勝に大きく貢献し、大会ベストナインに選出された。
WBCでの実績を引っ提げてシーズンインすると、当初は適応に苦しんだものの1か月少しであっさりと本来の調子を取り戻して中軸として活躍。
しかし、地元メディアの間では高年俸と守備難がネックと評されており、チーム内に他に若手外野手が多く台頭してきたこともあってたびたびトレード候補として挙げられている。
☆ウィルヤー・アブレイユ(外野手)
2023年にメジャーデビューし、2024年から
右翼手のレギュラーに定着したベネズエラ出身外野手。
2026年の第6回WBCでは侍ジャパンとの準々決勝で逆転3ランを放つと、アメリカとの決勝でも貴重な追加点となる1発を叩き込むなど大会優勝に大きく貢献。日本の野球ファンにとってはレッドソックスのチームメイトである吉田から外野のレギュラーを奪っている彼が大会では7番打者を務めていたこともあり、改めてMLBのレベルの高さを実感させられる結果になった。
☆アロルディス・チャップマン(投手)
MLB史上最速となる170.3km/hを誇り、世界記録にも認定されたキューバ出身の剛腕。
通算奪三振率が15.0と極めて高く、2014年にはリリーフ史上最高となる17.7を記録し、続く2015年には史上最速となる292イニングで通算500奪三振を達成。その一方で通算与四球率4.2と制球面もまたアバウトだが、本人によればコントロールを全く意識せずに投げていたらしい。
2025年からレッドソックスへ加入。キャリアで初めてコントロールを意識して投げた結果平均球速160km/hの技巧派という何なのか分からない投手となり、防御率1.17・32セーブを記録してカムバック賞と最優秀救援投手賞を受賞した。
☆パトリック・サンドバル(投手)
左打者に対して圧倒的な被打率を誇るメキシコ系アメリカ人左腕。
エンゼルス時代の2023年には第5回WBCにメキシコ代表として出場。当時のチームメイトだった
大谷翔平を擁する侍ジャパンとの準決勝に先発し、5回途中4安打無失点と彼を筆頭に左打者が多い日の丸打線を封じた。大会ベストナインにも選出されている。
しかし、6月のドジャース戦で違和感を覚えたことでトミー・ジョン手術を受け、2024年をもってFAに。奇しくも最後に対戦した打者は大谷であった。
2025年から2年契約でレッドソックスに加入。
◇ニューヨーク・ヤンキース
(伊良部秀輝:1997~1999、
松井秀喜:2003~2009、
井川慶:2007~2008、
五十嵐亮太:2012、
黒田博樹・
イチロー:2012~2014、田中将大:2014~2020)
略称は「
NYY」。本拠地球場はヤンキー・スタジアム。
地区優勝21回・リーグ優勝41回・世界一27回という圧倒的な実績を誇る、ピンストライプのユニフォームとイカした球団エンブレムでおなじみの名門球団。本拠地の地名から地元では「ブロンクス」という別名でも親しまれる。
1901年にボルチモアで創設され、1903年からアメリカ最大の都市ニューヨークを拠点とする。レッドソックスに並ぶ伝統の球団で永遠のライバル関係でもあり、日本で言えば巨人と
阪神に例えられる。
数多くのスターを輩出し、
松井秀喜を筆頭に
黒田博樹や田中将大といった日本人選手の在籍も多いことから、日本の野球ファンにもよく知られたチームでもある。中でも2009年はワールドシリーズで松井が日本人初のMVPを受賞するなどの大活躍で9年ぶりの世界一を達成した。
その歴史にふさわしく
永久欠番も多数存在し、特に「1」~「9」は全て欠番になっている。
本拠地のヤンキー・スタジアムは同名の旧球場時代から左打者が有利な構造で知られるが、指標上は右打者にとっても中立的な球場であるとも言われる。
○ベーブ・ルース(投手・外野手)
言わずと知れた「野球の神様」。背番号「3」は球団の永久欠番に指定されている。
投手として通算94勝、打者としても歴代3位の通算714本塁打にMLB記録となる通算長打率.690・OPS1.164・本塁打王12回など数々の功績を残し、史上最も偉大な野球選手と称えられている。
旧ヤンキー・スタジアムはその建設経緯から「ルースが建てた家」と呼ばれていた。
○ルー・ゲーリッグ(一塁手)
三冠王を筆頭に数々のタイトルを獲得した「
史上最高の一塁手」。そして何より
2130連続試合出場という当時の世界記録を樹立した鉄人。
ルースからは弟分のように可愛がられ、「殺人打線」の中軸を担った。
しかし、1938年に
筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症して、身体が満足に動かなくなってしまう。1939年に入ると症状はより悪化し、5月に自らの申し出により連続出場記録をストップさせ、その年の独立記念日の試合を最後にユニフォームを脱いだ。
この時のスピーチの中の言葉「
私は今日、この世で最も幸せな男です」は非常に有名。
背番号「4」は
MLB史上初の永久欠番に指定された。その後も病状の悪化は止まらず、1941年に37歳の若さで亡くなっている。
ALSは彼の名をとって「ルー・ゲーリッグ病」とも呼ばれている。
○ビル・ディッキー(
捕手・監督)
17年間ヤンキース一筋で活躍したフランチャイズ・プレイヤー。優れたリードと強肩に加えて6年連続打率3割を記録するなど扇の要として1936年~1939年の4連覇に貢献。現役最終年の1946年には監督も兼任した。
闘争心も盛んで、1932年には本塁でのクロスプレーから相手選手の顎の骨を折り、30日間の出場停止と1000ドルの罰金処分を受けたこともある。
背番号「8」は球団の永久欠番に指定されている。
○
ヨギ・ベラ(捕手・監督)
現役最終年のメッツ時代も含めてニューヨーク一筋で活躍した名捕手。当初は捕手としては今ひとつだったために外野手として出場することもあったが、コーチを務めていたディッキーから守備を徹底的に鍛えられたことで才能が開花。
世界一の証たるチャンピオンリングは歴代最多となる10個を持ち、その実力もさることながら、「ヨギイズム」と呼ばれる独特の発言でも人気を集めた。
背番号「8」はディッキーと連名で球団の永久欠番に指定されており、2人同時に登録された史上初のケースである。
○ドン・ラーセン(投手)
現役時代は2桁勝利が2回のみでこれといったタイトル獲得例はなく、オリオールズ時代の1954年には3勝21敗と大きく負け越すなど通算81勝91敗と一見平凡な投手に見える。
だが、彼の最大のハイライトは1956年にベラとのバッテリーでワールドシリーズ史上初の完全試合を達成し、シリーズMVPとベーブ・ルース賞に選出されたことだろう。
ポストシーズン唯一の完全試合にしてワールドシリーズ唯一のノーヒットノーランでもある。
◯ミッキー・マントル(外野手)
「史上最高のスイッチヒッター」の呼び声高く、スイッチヒッターとしては歴代最多となる536本塁打を放ったスラッガー。またスイッチヒッター唯一の三冠王も達成している。
1950年代~1960年代にかけての黄金期を牽引し、現役18年間で7度の世界一に貢献した。ワールドシリーズ通算18本塁打もルースを上回るMLB記録である。
スラッガーでありながら俊足でもあり、左打席では絶妙なセーフティバントを決めることもあった一方で膝に爆弾を抱えており、怪我に苦しめられたキャリアを送った。
後に資格初年度にして殿堂入りを果たし、背番号「7」は球団の永久欠番に指定されている。
○レジー・ジャクソン(外野手)
歴代14位となる通算563本塁打を放ったスラッガー。通算2597三振はMLB記録である。
ヤンキースに所属していた1977年のドジャースとのワールドシリーズ第6戦では3打席連続本塁打を全て初球打ちで記録し、「Mr. October」のニックネームが付けられた。アスレチックス時代の1973年も含めて2度のワールシリーズMVPの実績を持つ。
その豪快な性格と歯に衣着せぬ物言いから常に周囲との問題を引き起こしており、尊大な発言も数知れず。
背番号「44」はヤンキースで、背番号「9」はアスレチックスでそれぞれ永久欠番に指定されている。
現在はGM特別アドバイザーを務める。
○デレク・ジーター(遊撃手)
1995年のデビューから2014年の引退までヤンキース一筋で活躍し、ニューヨークのみならず全米規模で注目を集めたスーパースター。通算3465安打は球団記録で14回のオールスター出場を誇り、5度の世界一に大きく貢献。
背番号「2」は球団の永久欠番に指定され、これにより「0」を除く球団の1桁番号全てが永久欠番で埋められた。2020年にはわずか1票足りずに満票こそ逃したものの、資格1年目にして野手史上最高得票率となる99.75%でアメリカ野球殿堂入りを果たした。
現在はFOXスポーツの名物解説者として活躍している。マーリンズCEO時代は黒歴史。
○マリアーノ・リベラ(投手)
世界記録となる通算652セーブを誇る史上最高のクローザー。「電動ノコギリ」と呼ばれたカットボールの名手で、ほぼ1球種のみで数多の強打者のバットをへし折りセーブを積み重ねた。ついでにイチローの銅像のバットすら折った。
ヤンキース一筋のフランチャイズ・プレイヤーで、ジャッキー・ロビンソンの永久欠番である背番号「42」の着用が特例で認められていた最後の1人(歴代最後の背番号「42」着用者)でもある。
寿命の短いとされるリリーフ投手、それも抑えとしての実働は脅威の19年。故障歴もほぼなく、ポストシーズンでは8勝1敗・防御率0.70と圧倒的な強さを見せていたことでも知られる。
引退後は当然のように背番号「42」がロビンソンと連名で球団の永久欠番に指定された上に、野球殿堂にも史上唯一となる満票での選出を果たしている。
数々の栄誉を称え、アメリカン・リーグの最優秀救援投手賞は「マリアーノ・リベラ賞」と名を冠されている。
○ジョー・ジラルディ(捕手・監督)
1996年~1999年に所属し、正捕手として3度の世界一に大きく貢献。引退後は2008年~2017年にヤンキースの監督を務め、2009年には9年ぶりの世界一に導いた。
在任中は松井やイチローなど日本人も多く指導しており、日本でもよく知られた人物。
○伊良部秀輝(投手)
NPBにおけるポスティングシステムの確立につながったきっかけの選手。
1998年には出場機会こそなかったものの日本人初の世界一経験選手になり、その後はエクスポズやレンジャーズでもそれぞれ球団初の日本人選手になるなど歴史に名を刻んだ。
○
松井秀喜(外野手)
日米通算507本塁打を記録した
ゴジラ。
2009年のフィリーズとのワールドシリーズではマルティネスから本塁打を放つなど9年ぶりの世界一に大きく貢献し、
日本人初のワールドシリーズMVPに選出された。指名打者としてフル出場しての受賞も史上初である。
現在はGM特別アドバイザーを務めており、何かと応援の言葉を述べるなど古巣への愛着は強い。
○アーロン・ブーン(三塁手・監督)
祖父のレイ・父のボブとともに親子3代でオールスター出場を経験し、さらに兄のブレットもオールスター出場経験者という生粋のメジャーリーガー一家の3代目。
2003年のリーグ優勝決定シリーズ第7戦では9回から登板したリベラが3イニングを無失点で抑え続けた11回裏にサヨナラ本塁打を放つという劇的な形で優勝を決めたが、そのシーズンのオフに契約で禁止されているバスケットボールで遊んでいた時に靭帯を故障するというトホホな理由で解雇されてしまった。
2018年から監督としてヤンキースに復帰。監督として史上初の就任から2年連続シーズン100勝を達成し、ポストシーズン進出7回・地区優勝3回・リーグ優勝1回に導くなど確かな手腕を発揮している。
その一方で血の気が多いためかありとあらゆる理由で頻繁に退場処分を食らっており、2022年からは4年連続で退場王になるなどネタ監督としての一面も持つ。2024年には試合開始直後に人違いで退場処分になるという前代未聞の事態に巻き込まれたことすらある。
その退場芸はもはやおなじみの光景になっており、球場では彼が退場になるたびに大歓声が上がる。
&fonl(l){なお、現役時代の1997年にレッズとのメジャーデビュー戦でも本塁でのクロスプレーを巡る判定で退場処分を食らっている。}
○アレックス・ロドリゲス(遊撃手・三塁手)
キャリア前半はマリナーズで、後半はヤンキースでいずれも強力打線の中軸を担った「A-Rod」。
マリナーズ時代の本職は遊撃手だったが、ヤンキースではジーターの存在から主に三塁手を務めた。
しかし、2014年には薬物問題で全試合出場停止処分を受けたことがあり、その影響で歴代5位となる通算696本塁打という輝かしい実績を残しながらも未だに野球殿堂入りを果たせていない。
ドミニカンの両親を持つことからドミニカ共和国の国籍も持っており、2009年の第2回WBCではドミニカ共和国代表としての参加を表明したが、合宿中に故障したことで出場には至らなかった。
引退後はNBAのミネソタ・ティンバーウルブズのオーナーを務める一方、FOXスポーツの名物解説者として活躍している。
○王建民(投手)
2005年~2009年の5年間に渡ってヤンキースに所属し、2006年には19勝を挙げる活躍でアジア人史上初の最多勝に輝いた台湾出身投手。
2008年は開幕投手を務め、引退後の2024年には1980年以降生まれの選手として初の台湾野球殿堂入りを果たすなど、MLBで実績を残した初の台湾人選手として名高い。
○ロビンソン・カノ(
二塁手)
歴代2位となる13年連続30二塁打を放ったドミニカン。2013年の第3回WBCでは大会MVPに輝く大活躍で優勝に大きく貢献した。
殿堂入り間違いなしとも言われるほどのキャリアを積み重ねていたが、2018年には禁止薬物が検出されて80試合の出場停止になり、2020年にも再び禁止薬物によって1年間の出場停止処分を受けるなど自ら汚点を残してしまい、殿堂入りの可能性は限りなくゼロに等しくなるほどキャリアが暗転してしまった。
○
井川慶(投手)
2003年にはセ・リーグ最後となる20勝を挙げてMVPに選出された元阪神のエース。
ポスティングシステムによって2007年から5年契約でヤンキースに入団したが、2年間の16試合で2勝4敗・防御率6.66と振るわず、2009年以降は一度もメジャーに昇格することなく帰国した。
その期待外れっぷりは日本でも
海を渡る前はレッドソックスの選手だった「グリーンウェルの借りを返した」などとネタにされているが、特にアメリカでは伝説的なダメ日本人の典型例として語り草になっており、日本人投手が期待外れの投球をするとしばしば「Kei Igawa」と揶揄される。
○C.C.サバシア(投手)
インディアンス・ブルワーズ・ヤンキースで活躍した、2000年代を代表する左腕エース。
特に奪三振能力とイニングイート力が高く、後者に関しては特に2008年のブルワーズ時代におけるわずか半年でリーグトップの7完投3完封・中3日登板3回という驚異的な稼働が語り継がれている。
2024年にはイチローと並んで資格1年目で野球殿堂入りを達成した。
○
田中将大(投手)
MLB史上最強のモノノフ、つまりアイドル
オタク。
2013年には
24勝0敗という神がかり的な成績で
楽天を球団史上初のリーグ優勝と日本一に導き、オフにポスティングシステムで渡米。
当時の日本人最高額となる7年1億5500万ドルの契約でヤンキースに入団し、伝統あるチームの厳しい目の中で7年間ローテーションを守り続けた。
この在籍期間におけるNYタイムズ記者の掌ドリルっぷりはネット上で格好のネタになっている。
2021年からは楽天に復帰したもののも衰えは否めず、2024年に至っては手術の影響もあってわずか1試合の登板に終わり、プロ入り初めて未勝利に終わるなど4年間で20勝33敗と大きく負け越し、契約更改で減額制限を超える提示を受けた際に球団から期待されていないことを感じ、自ら自由契約を希望。
幼なじみの坂本勇人が所属する巨人が手を差し伸べる形で獲得し、9月30日に
日米通算200勝を達成した。
○ドミンゴ・ヘルマン(投手)
2023年、MLB史上24人目にしてドミニカン初の完全試合を達成した投手。
○マーカス・ストローマン(投手)
2017年の第4回WBCではアメリカ代表として優勝に大きく貢献し、大会MVPに輝いた投手。2023年の第5回大会ではプエルトリコ代表として出場した。
2024年からヤンキースに加入したが、2025年8月にロースター枠の調整の関係で放出された。
☆アーロン・ジャッジ(外野手)
「オールライズ」の愛称を持つヤンキースの第16代キャプテンにして、大谷と並んで2020年代を代表するスーパースターの1人。
2016年のメジャーデビュー戦にて前の7番打者のタイラー・オースティンとともに初打席初本塁打を放ち、「メジャーデビューの初打席アベック初本塁打」というMLB史上初の快挙を達成した。
2017年には57本塁打を放って新人王を受賞。2022年にはリーグ新記録となる62本塁打を放ってMVPに輝き、オフに9年契約を結んだ。
☆ジャンカルロ・スタントン(外野手・指名打者)
MLBでもダントツのNo.1と言われるほどのケタ外れのパワーの持ち主で、どう見ても流し打ちの右オーバー二塁打にしかならないようなライナー性の打球をそのままスタンドインさせるという超人ぶりを発揮。「アレックス・カブレラなど目ではない」とまで限りないパワーだと評されている。
マーリンズ時代の2017年には第4回WBCではアメリカ代表として優勝に貢献、シーズンでも59本塁打を放って本塁打王とMVPに輝いたが、オフの電撃トレードでヤンキースに加入。
2019年以降は故障もあって不振に終わるシーズンが多いが、2021年からはどうにか4年連続で20本塁打をクリアし、2025年は77試合の出場にとどまりつつも打率.273・24本塁打・OPS.944と復活のシーズンになった。
マーリンズ時代は脚力もそれなりにあり、右翼手としてDRSという指標で13を記録した年もあったが、たび重なる故障の影響で脚力が恐ろしいまでに低下し、球界屈指の鈍足になってしまったためにもっぱら指名打者として出場している。遅い脚で必死にベースランニングする姿を見て「運動会のお父さん」と言われることもある。
☆ゲリット・コール(投手)
名門のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)出身で、同期のトレバー・バウアーと2枚看板を形成した屈指の好投手。
プロ入り後はパイレーツの若きエースとして頭角を表し、アストロズでも2019年のリーグ優勝に貢献。
2020年には幼少期からのファンだったヤンキースへの移籍が実現。ここでもエースとしての活躍を見せていたが、2024年のドジャースとのワールドシリーズ第5戦では一時5点リードしながら彼のベースカバーミスもあって追いつかれ、最終的に逆転を喫して敗退してしまった。
追い打ちをかけるようにここまでのフル回転の代償で2025年3月にトミー・ジョン手術を受け、早々に全休。2026年より復帰している。
☆コディ・ベリンジャー(外野手・一塁手)
卓越したバットスピードを誇る選手。ドジャース時代の2019年にはMVPを受賞。
その後はカブスへの所属を経て2025年からヤンキースに加入。
☆ポール・ゴールドシュミット(一塁手)
MLB史上初となる5か国でのMLB公式戦出場を記録した選手。
カージナルス時代の2022年にはMVPを受賞。2025年からヤンキースに加入し、ジャッジ・スタントン・ベリンジャーとのMVPカルテットが話題になった。
◇タンパベイ・レイズ
(野茂英雄:2005、岩村明憲:2007~2009、松井秀喜:2012、
筒香嘉智:2020~2021)
略称は「
TB」。本拠地球場はトロピカーナ・フィールドで、MLBでは唯一の密閉型ドーム球場である。チーム名はフロリダ湾に多く棲息するイトマキエイに由来する。
1998年の球団拡張によって「タンパベイ・デビルレイズ」として創設された新興チーム。創設以来万年最下位クラスの低迷が続いていたが、それゆえに有望株を次々と上位指名するなど地道な育成が実を結んだことで急成長し、光線を意味する「レイズ」に改称した2008年には球団史上初の地区およびリーグ優勝を達成。全米に「レイズ旋風」を巻き起こした。
2004年には日本で開幕戦を開き、野茂が日米通産200勝を達成するなど意外と日本とも縁が深い。
総年俸や観客動員数はリーグ全体でも低く、現在に至るまで世界一の経験はないが、育成力や独自の采配術によって群雄割拠の東地区でもコンスタントに結果を残している。
本拠地のトロピカーナ・フィールドのバックスクリーン前の外野席には球団名の由来であるエイが入った巨大水槽があり、観客が直接触れて楽しめるようになっている。直接打球が飛び込むと「タンクヒット」と呼ばれる。
2024年10月にはハリケーンによってトロピカーナ・フィールドの屋根が崩壊してしまい、2025年はヤンキース傘下1Aの球場であるジョージ・M・スタインブレナー・フィールドを暫定本拠地として試合を行った。
○カール・クロフォード(外野手)
2002年に弱冠20歳でメジャーデビューを果たした俊足巧打の外野手。
盗塁王4回に40盗塁7回・50盗塁5回と不動のリードオフマンとして走りまくり、在籍9年間で記録した通算409盗塁・105三塁打は球団記録である。
2023年に設立された球団殿堂にも初年度に選出された。
2009年5月3日のレッドソックス戦で1試合6盗塁のMLB最多タイ記録を達成したが、1900年以降では1996年に記録したエリック・ヤング以来史上4人目の偉業だった。レイズファンにとっては伝説的な光景ではあったが、実際のところはレッドソックスの投手陣のクイックがかなりお粗末だった面も大きかったようで、監督が次々と盗塁を許す投手に呆れて懲罰交代と思しき交代を命じた場面があり、実況者か解説者が試合中に「明日からクイックの練習ですよ!」と投手陣を切り捨てた発言を残している。
○岩村明憲(内野手)
ヤクルト時代は2年連続30本100打点を記録するなど強打の三塁手として活躍。
MLB移籍後は粘り強くライナー性の打球を放つ打者へとモデルチェンジした。2年目の2008年には慣れない二塁の守備へも適応し、弱小球団だったレイズ初のリーグ優勝の原動力の一員になった。この時の功績が称えられ、チーム創設25周年の式典で銅像が建てられている。
しかし、2009年の二塁の守備中に走者による激しいスライディングによって左膝の前十字靭帯を断裂する大怪我に見舞われ、これが今後のキャリアに影を落とすことになってしまった。
○エバン・ロンゴリア(内野手)
2006年ドラフト1巡目全体3位で指名されたトッププロスペクト。
2008年にメジャー昇格を果たすと岩村を二塁にコンバートさせて不動の三塁手として定着。初年度からいきなり27本塁打を放って球団史上初のリーグ優勝に大きく貢献し、新人王に選出。2017年に移籍するまでチームの顔であり続けた。
通算342本塁打・1159打点を記録した強打はさることながら、ゴールドグラブ賞を3度受賞するなど守備も一流。
2025年にレイズと1日契約を結んで引退。背番号「3」は球団の永久欠番に指定されている。
○ケビン・キアマイアー(外野手)
外野守備なら歴代最強とまで評された守備職人。UZRという指標ではアンドリュー・ジョーンズに次ぐ通算2位で、守備におけるキャリアハイである2015年には2002年以降の外野手として史上最高値となるDRS37という驚異的な数値を叩き出した。
その反面打撃は微妙と言わざるを得ないが、ランニング本塁打3回に通算60三塁打と走力は高い。
後にブルージェイズへ移籍し、2024年に引退を表明。その年のトレードデッドライン(TDL)でドジャースに移籍し、引退する選手のはずなのに守備固めでバリバリ活躍して世界一を花道に勇退した。
現在はブルージェイズに戻って球団特別補佐を務めつつ、球界のさまざまな外野手から個人コーチの依頼を受けている。
○マット・アンドリース(投手)
2016年8月13日のヤンキース戦にて、この日メジャーデビューしたオースティンとジャッジにMLB初打席アベック初本塁打を献上した投手。2015年のメジャーデビューから2018年途中に移籍するまでは先発・リリーフの両方でマルチな役割をこなしていたが、その後はほぼリリーフ専門。
さまざまな球団を転々とする中で2022年は日本の巨人に在籍し、ダイヤモンドバックス時代の2018年には日米野球にMLB選抜として出場した経験もある。
☆ヤンディ・ディアス(指名打者)
キューバからドミニカ共和国に亡命後インディアンスでメジャーデビューし、2018年オフに三角トレードでレイズに移籍。その後は長年チームの主軸として活躍している。
高いコンタクト能力で広角に打ち分けるバット捌きが印象的な安定感のあるクラッチヒッターで、2023年には首位打者のタイトルを獲得。2026年にはキューバ出身選手としては史上20人目となる通算1000本安打を達成した。
脚力はないが選球眼に優れており、出塁率の高さから1番打者を務めることもしばしばある。
☆ジュニオール・カミネロ(三塁手)
2023年にメジャーデビューを果たしたドミニカン。2025年にブレイクし、オールスターではホームランダービーで準優勝の活躍を見せた。
2026年の第6回WBC準決勝のアメリカ戦では大会新記録となるチーム15本目の先制本塁打を放った。シーズンでもチームの主砲として躍動し、史上最年少かつ球団記録に並ぶ6試合連続本塁打を放つなど活躍している。
☆チャンドラー・シンプソン(外野手)
テレンス・ゴアを思わせるスピード全振りの選手。
スピードだけなら一級品で、マイナーではシーズン104盗塁という実績をウリに2024年の第3回プレミア12にアメリカ代表として出場。そのまま2025年にメジャーデビューを果たした。
一方で守備や走塁判断といった点はまだまだ粗削り。25歳と若いことに加えて1年強のメジャー経験でまだ0本塁打と長打力はないにもかかわらず、どちらかというとあまり動けない打撃専の選手が起用されることも多いポジションである左翼手としての起用がメインになっている。
☆セドリック・マリンズ(外野手)
クローン病の手術明けの2021年に打っては30-30、守備でも389刺殺を記録して大きくブレイクしたスピードスター。2023年の第5回WBCではアメリカ代表に選出され、侍ジャパンとの決勝でも先発出場した。
2026年よりレイズに加入。2割程度の超低打率ながら一発の怖さを秘めた打撃で、主に相手先発投手が右投げの際にスタメンを務める。実は『
NARUTO』の大ファンでもある。
☆ニック・マルティネス(投手)
2018年~2021年は日本の日本ハム・ソフトバンクでもプレーした投手。2021年には東京五輪にアメリカ代表として銀メダル獲得に貢献し、侍ジャパンとの決勝に先発した。
2026年よりレイズに加入。打たせて取る球数の少ない省エネ投球術で先発ローテーションの一角として定着し、オールスターへの出場も果たした。
◇トロント・ブルージェイズ
(マイケル中村:2004、大家友和:2007、五十嵐亮太:2012、川﨑宗則:2013~2015、青木宣親:2017、山口俊:2020、菊池雄星:2022~2024、加藤豪将:2022、岡本和真:2026~)
略称は「TOR」。本拠地球場は世界初の開閉式ドーム球場であるロジャーズ・センターで、エクスポズが移転した2005年以降、現在のMLBではカナダに本拠地を置く唯一のチームである。「ブルージェイ」は州鳥であるアオカケスを意味する。
1977年の球団拡張によって同国最大の都市トロントに誕生した、比較的新しいチームの1つ。当時の東地区の6球団を前に6年連続最下位という洗礼を受けながらも地道に成長し続けた結果、1992年・1993年には連覇を達成するなど黄金時代を迎え、MLB初の観客動員400万人を達成したが、それからは再び成績が低迷し、2015年まで21年連続でポストシーズン進出を逃していた。
2024年オフには大谷の争奪戦に参加し、一時は「トロント行きの飛行機に乗った」などの情報が飛び交って「合意間近」と報じられたものの、まもなくドジャース移籍が決定したことで現地は落胆の声に包まれた。
2025年は32年ぶりのリーグ優勝を達成し、ドジャースとのワールドシリーズでは次々と新記録が樹立するほどの名勝負を展開。第7戦にてあと2アウトで世界一という場面から痛恨の逆転負けを喫してしまい、あと一歩のところで32年ぶりの栄冠を逃したが、それでも久々の大舞台にトロントは大いに盛り上がった。
本拠地の試合では前述の経緯から大谷に強烈なブーイングや「We don’t need you」の大合唱を浴びせる場面も目立った。
カナダのチームらしく、ブルージェイズの試合前にはアメリカ国歌だけではなくカナダ国歌も演奏され、オールスターにおいてもブルージェイズやカナダ国籍選手の出場の有無に関係なく演奏される。
試合中にはカナダ国旗が掲げられ、国内ではエクスポズから引き継いだフランス語対応の中継番組が放映される。ポストシーズンでの熱狂はさながら国家対抗戦。
それゆえにコロナ禍だった2020年と2021年は厳しい渡航制限を受けており、2021年7月31日にカナダ政府の許可が下りるまでは傘下チームの球場を暫定本拠地として試合を行った。
○ブーマー・ウェルズ(一塁手)
主に日本の阪急→オリックスで活躍し、外国人選手初の三冠王など数々のタイトルを獲得した名助っ人。
しかしながら当時はセ・リーグとパ・リーグの人気格差が著しく、同じく三冠王を達成したランディ・バースとは当時のCM出演料で10倍近くもの差をつけられており、日本の野球殿堂入りも果たされていないなど不遇な面も目立つ。
○シト・ガストン(外野手・監督)
現役時代はブレーブス・パドレス・パイレーツに在籍し、パドレスでは球団創設時の発足メンバーでもある。
引退後の1982年からブルージェイズのコーチを務め、1989年から監督に就任。1年目から4年ぶりの地区優勝を達成すると、1992年・1993年には球団史上初の世界一を含めた連覇に導いている。
1997年をもって退任したが、2000年からの2年間はコーチとして復帰し、2008年途中~2010年にも監督を務めた。
○ロベルト・アロマー(二塁手)
1992年・1993年の連覇に大きく貢献したプエルトリコ出身の二塁手。打っては通算2724安打、守備でも二塁手最多となるゴールドグラブ賞10回と攻守に素晴らしい実績を残した。
引退後には球団殿堂入りと背番号「12」が球団史上初の永久欠番に指定されたが、2021年に過去の野球関連事業の女性従業員に対する性的行為が発覚したことで球団における一切の名誉を剥奪されてしまった。
ブルージェイズ在籍中はロジャーズ・センター併設のホテルに住んでいたという。
○ジョー・カーター(一塁手・外野手)
1991年よりアロマーとともにブルージェイズに加入。1992年のワールドシリーズ第6戦では一塁手としてウイニングボールをキャッチして球団史上初の世界一を達成すると、1993年のワールドシリーズ第6戦では逆転サヨナラ3ランを放って連覇に導くという、2年連続で世界一決定時の当事者になっている。
○ロイ・ハラデイ(投手)
2003年と2010年にサイ・ヤング賞を受賞した、2000年代のMLBを代表する先発投手の1人。
凡打の山を築くグラウンドボールピッチャーとして知られ、230イニングを6回記録するなど高いイニングイート能力を誇るが、シーズン200奪三振を5回記録するなど奪三振能力も高水準。
2010年からはフィリーズに移籍し、右肩が限界を迎えたことで通算200勝を達成した2013年をもって引退。2000年代最高投手との別れに多くのファンが惜しんだ。
その後は趣味の飛行機操縦に勤しんでいたが、2017年にメキシコ湾へ墜落して死去。その死を悼み、背番号「32」はブルージェイズで、背番号「34」はフィリーズでそれぞれ永久欠番に指定された。
日本ではネットミームの「画像ハラデイ」の元ネタとなった選手としてもおなじみ。
○ホセ・バティスタ(外野手)
2010年・2011年に2年連続で本塁打王に輝いたドミニカン。身長183cmとメジャーリーガーにしては小柄だが、強靭な下半身を活かしたパワフルなスイングで本塁打を連発した。
特に2015年のレンジャーズとの地区シリーズ第5戦で逆転3ランを放った際のバット投げは未だに語り継がれている。
2021年の東京五輪では銅メダル獲得に貢献。2023年にブルージェイズと1日契約を結んで引退した。
○エドウィン・エンカーナシオン(一塁手)
メジャー16年間で通算424本塁打・1261打点を記録したドミニカン。2013年の第3回WBCでは一塁手として優勝に大きく貢献し、大会ベストナインに選出された。
○R.A.ディッキー(投手)
レンジャーズ入団直後の1996年にはアトランタ五輪で銅メダル獲得に貢献した投手。
メッツ時代の2012年にはナックルボーラーとして初のサイ・ヤング賞を受賞し、オフにトレードでブルージェイズへ移籍。サイ・ヤング賞投手が受賞年のオフにトレードされるのは史上4人目。
○
川﨑宗則(内野手)
ダイエー→ソフトバンクで活躍した選手。
2012年から海外FAでMLBに挑戦し、大のファンであるイチローが所属するマリナーズにマイナー契約を結んででも入団してメジャー昇格を果たすも、そのイチローがシーズン中にヤンキースに行ってしまったためかオフには放出され、ブルージェイズとマイナー契約。2013年の途中にメジャーに昇格すると、重量打線の中でも四球を選んで打線をつなぎ、
犠打の技術も高かったことから成績以上にチームに献身。
さらにはムードメーカーでもあり、ひたむきな性格
やおもしろ外国人な言動でファンとチームメイトのハートを掴んだ。
この後移籍したカブスでは「ロースター枠から外れているのにベンチに招集され、長年の呪いを打ち破った幸運の置物」としても有名。
2017年に日本に戻ってきてからは心身ともに振るわず、一度は表舞台から退いたが、野球熱を思い出して再起。
台湾に渡った後、日本の独立リーグで選手兼任テクニカルアドバイザーを務めつつ、解説者として活動している。
○ジャスティン・スモーク(一塁手)
MLB通算196本塁打を誇るスラッガー。2021年には来日して巨人に入団し、主に5番打者として34試合で7本塁打を放っていたが、コロナ禍の影響で家族の来日の見通しが立たず、緊急事態宣言の発令によってストレスも溜まっていたことから、このような状態でチームに混ざるのは申し訳ないという理由で6月末に退団してしまった。
○
加藤豪将(内野手)
あくまで生粋の日本人だが、カリフォルニア州で生まれたことからアメリカ国籍も持つ。
2013年ドラフト全体66位でヤンキースに入団。MLBのドラフトで全体順位100位以内に入った初の日本人になった。ちなみにヤンキースのドラフト同期にはジャッジやネスター・コルテスがいる。
その後はマイナーを転々とし、2022年にブルージェイズでメジャーデビュー。日本国籍を持つ選手でMLBドラフト指名による入団を経てメジャーデビューした史上初の選手になった。
オフにはNPBのドラフト会議で日本ハムに3位指名を受けて入団。MLB経験者がNPBにドラフト指名で入団するのは
多田野数人以来で、野手としては史上初。さらに新人では異例となる、いきなり秋季キャンプへの参加も発表された。
2023年は2リーグ制以降のNPBタイ記録である新人選手によるデビューから10試合連続安打の活躍を見せ、62試合に出場。
2024年をもって引退し、古巣ブルージェイズの球団職員に転身。
☆ヴラディミール・ゲレーロJr.(一塁手)
ドミニカ共和国出身の野手として初の殿堂入りを達成したヴラディミール・ゲレーロを父に持つサラブレッド。父のエクスポズ時代に産まれているためにカナダ国籍も持っており、このためにカナダではフランチャイズの英雄として扱われている。
2019年にデビューすると球団史上最年少で本塁打を放つなど活躍し、2021年には史上最年少のオールスターMVPに加えて本塁打王も獲得。2023年のホームランダービーでは史上初の親子優勝を果たした。2025年からは14年契約を結んでいる。
熱烈なヤンキースアンチとして知られ、ヤンキースを倒すことに情熱を燃やしている。2025年の地区シリーズ勝利後でのシャンパンファイトではオルティーズとともに「Yankees Lose!」と合唱し、ジーターとA-Rodを困惑させた。
☆ジョージ・スプリンガー(外野手)
リッキー・ヘンダーソンに次ぐ歴代2位となる先頭打者本塁打を記録した俊足強打のリードオフマン。
アストロズ時代の2017年にはワールドシリーズMVPに輝く活躍で球団史上初の世界一に大きく貢献し、先頭打者本塁打シーズン12本は球団記録。
2021年からブルージェイズに加入。2025年のマリナーズとの地区シリーズ第7戦では7回に逆転3ランを放って32年ぶりのワールドシリーズ進出に導き、バティスタに並ぶ英雄としてトロントを沸かせた。
☆アディソン・バージャー(内野手)
2024年にメジャーデビューした若手内野手。シアトル育ちで、地元のスターだったイチローへの憧れから元々右打者だったところを左打席にも挑戦してスイッチヒッターになり、プロ入り後の2020年からは左打席に完全転向した。
2025年のドジャースとのワールドシリーズ第1戦ではシリーズ史上初となる代打満塁本塁打を叩き込んで勝利に貢献した。
☆マックス・シャーザー(投手)
サイド気味のスリークォーターから最速160km/h近いフォーシームと
スライダー、チェンジアップを組み合わせて三振の山を築く剛腕。2010年代を代表する投手の1人と言われる。
サイ・ヤング賞3回に最多勝利4回・最多奪三振3回を達成し、1試合20奪三振・史上最年少での全30球団勝利などのMLB記録を持つ。通算でも200勝・3000奪三振を超えるなど将来の殿堂入りもほぼ間違いなしと言われている。
マウンド上での気性が激しく、名前をもじった「マッドマックス」というニックネームをつけられている。ブルージェイズに移籍した2025年のリーグ優勝決定シリーズでも交代を告げようとベンチを出たジョン・シュナイダー監督に対して激怒し、追い返して続投するという40歳を超えてなおという荒々しさを見せた。
☆シェーン・ビーバー(投手)
2018年5月にインディアンスでメジャーデビューして以降、チームの屋台骨を支える右腕。
2020年は短縮シーズンとはいえ勝利数・防御率・奪三振数の3冠に輝き、2022年には「ガーディアンズ」として初の開幕投手を務めると31試合で13勝8敗・防御率2.88の好成績を残した。
2025年途中にブルージェイズへ移籍し、32年ぶりのリーグ優勝に貢献。
ちなみにベースボールカードで「JUSTIN」と書かれたことがあり、本人もユニフォームの背ネームを「NOT JUSTIN」にするなどネタにしている。
☆トレイ・イェサベージ(投手)
2025年、1Aでプロデビューしてからワールドシリーズの舞台まで一気に駆け上がったシンデレラボーイ。
9月15日のレイズ戦でメジャーデビューを果たすと、地区シリーズ第2戦では6回途中無安打11奪三振の好投でヤンキース打線を手玉に取り、ドジャースとのワールドシリーズ第5戦でも7回1失点12奪三振の快投を披露。新人のワールドシリーズ最多奪三振記録を樹立した。
☆岡本和真(三塁手)
6年連続シーズン30本塁打に史上最年少となる打率3割・30本塁打・100打点を達成するなど、令和の巨人を代表する第89第4番打者。
2023年の第5回WBCでは一塁手として活躍し、イタリアとの準々決勝では3ランを含む5打点やアメリカとの決勝でも貴重な追加点となる1発を記録するなど、14年ぶりの優勝に大きく貢献した。
2025年オフにポスティングシステムで渡米し、4年6000万ドルの契約でブルージェイズに入団。
☆ディラン・シース(投手)
2019年にホワイトソックスでメジャーデビューして以降、安定した活躍を続ける右腕。2022年には先発14試合連続で自責点1以下というMLB記録を達成した。
2024年からパドレスに所属し、球団史上2人目のノーヒットノーランを達成。2026年からはブルージェイズに所属する。
☆パトリック・コービン(投手)
ダイヤモンドバックス時代はデビュー2年目の2013年に前半戦だけで11勝を挙げる驚異的な活躍でその名を広め、ナショナルズ時代の2019年にはポストシーズンで先発・リリーフどちらもこなす脅威のフル回転で球団史上初の世界一に貢献した左腕。
この年の命を削るかのような大奮闘の代償からか近年は精彩を欠くピッチングを続けていたが、いくら打たれてもイニングだけは稼ぎ続ける地味な仕事で再建期に入ったチームに貢献。
ナショナルズとの長期契約が満了した2025年にレンジャーズへ移籍し、ある程度数字を戻してチームの躍進に貢献。2026年は先発の故障者続出に苦しむブルージェイズに加入している。
中地区
1994年の3地区制導入によって新設。ア・リーグでは唯一所属する全球団が世界一の経験がある地区でもある。
◇シカゴ・ホワイトソックス
(高津臣吾:2004~2005、井口資仁:2005~2007、福留孝介:2012、村上宗隆:2026~、西田陸浮:2026~)
略称は「CWS」。本拠地球場はレート・フィールド。
ア・リーグ創設前の1900年に2代目「シカゴ・ホワイトストッキングス」として誕生し、創設以来一貫してアメリカ第3の都市シカゴに本拠地を構えるチーム。球団公式などは「SOX」という略称を使用することもある。1994年より西地区から移籍。
1919年に全米を震撼させた「ブラックソックス事件」以降はざっと100年近くも呪いと言わんばかりに長く苦しい時期が続いたが、井口資仁が加入した2005年には88年ぶりの世界一を達成。
その後は振るわない時期も多く、2023年からは3年連続100敗を記録するなど厳しい戦いが続き、2024年に至ってはア・リーグ記録に並ぶ21連敗を含めたシーズン121敗を喫するなど、近代MLBではワーストとなる最多敗戦記録を更新してしまった。
バラク・オバマ元大統領や2025年に史上初のアメリカ人ローマ教皇となったレオ14世が大ファンであると公言するチームであることも知られている。後者は2005年のワールドシリーズを現地観戦していた映像も発掘された。
○トミー・ジョン(投手)
ホワイトソックス・ドジャース・ヤンキースなどのべ6球団を渡り歩き、ドジャース時代の1974年に世界で初めて側副靱帯再建手術、すなわち「トミー・ジョン手術」を受けたことでその名を残す左腕。
左腕としては歴代7位となる通算288勝を誇り、手術以降の14年間でその半分以上にあたる164勝を挙げ、46歳のシーズンまで現役として投げ続けた。
○フロイド・バニスター(投手)
1990年には日本のヤクルトに所属しており、MLB通算133勝はNPBの助っ人投手として最多記録。
しかし、開幕からローテーションに入って3連勝したものの左肩の故障が完治せず、先発で9試合に投げただけでシーズン途中の6月19日に解雇された。
残念ながら結果を残すことはできなかったが、彼自身は非常に真面目な性格だったらしく、トレーニング方法やそれに対する姿勢といったチームに与えた影響は大きかったという。
○フランク・トーマス(一塁手・指名打者)
1990年代を代表する右の強打者。主要タイトルこそ首位打者1回のみだが、全盛期は安定して打率3割・35本塁打・OPS1.000をクリアする強打者だった。薬物問題が騒がれる以前からアンチドーピング活動を行っていたことでも知られ、当然ながら本人もクリーンな打者の1人である。
ホワイトソックスの世界一を見届けた2005年にチームを離れ、以降はアスレチックスやブルージェイズに所属。2010に引退を表明し、背番号「35」が球団の永久欠番に指定された。
日本の野球ファンには某スポーツバラエティ番組における帝京高校出身の藤増君として有名。アメリカ野球殿堂入りもしているレジェンドに対しての異例の扱いにはMLBをよく知るファンやゲストの清原和博などからツッコミの嵐だったことは言うまでもない。一方で視聴者からは「来年あたりジーターが来てももう驚かないレベル」とテレビ局の本気を再認識する声が聞かれた。
○ポール・コネルコ(一塁手)
30本塁打・100打点以上を5度達成した頼れるスラッガー。2005年はリーグ優勝決定シリーズでMVPを受賞する活躍で88年ぶりの世界一に大きく貢献した。
右打者であることに加えてMLBでも有数の鈍足として知られ、歴代19位となる通算282もの併殺打を献上した。
背番号「14」は球団の永久欠番に指定されている。
○マーク・バーリー(投手)
140km/h前後の動く速球を軸にスライダーやカーブ、チェンジアップなどをテンポよく投げ込み打たせて取る技巧派左腕。
大きな怪我による離脱もなく、メジャー定着した2年目から引退年まで15年連続2桁勝利、引退年こそわずかに届かなかったものの14年連続200イニングを達成するなどローテーションを守り続け、通算214勝を挙げてチームに貢献し続けた。
ゴールドグラブ賞も4度受賞するなどフィールディングも鉄壁だが、イチローには通算で4割を超える被打率を許すなどカモにされていた。
背番号「56」は球団の永久欠番に指定されている。
○高津臣吾(投手)
NPB歴代3位となる日米通算313セーブを誇るクローザー。韓国と台湾でもプレー経験があり、日米韓台の4か国に在籍した初の日本人選手でもある。
2020年~2025年はヤクルトの監督を務め、リーグ連覇と2021年には20年ぶりの日本一に導いた。
○井口資仁(内野手)
ダイエー時代は「ダイハード打線」と呼ばれた強力打線の一翼を担った選手。
2005年は加入1年目で88年ぶりの世界一に貢献。日本人では伊良部に続いて2人目だが、実際に試合に出場したのは彼が初めて。日本シリーズとワールドシリーズの両方を制覇した初の日本人でもある。
帰国後はロッテで活躍し、2017年の引退とともに監督に就任。2022年には佐々木朗希が完全試合を達成するなど明るい話題もあったが、チームは3年ぶりのBクラスとなる5位に終わり、球団側からコーチ陣の刷新を続投の条件として求められたことでシーズン終了セレモニーにて電撃辞任を表明した。
○ダヤン・ビシエド(一塁手・外野手)
2016年~2024年に日本の中日に所属し、首位打者や最多安打のタイトルを獲得するなど球団外国人選手の通算打点記録を持つ名助っ人。
2025年はメキシカンリーグに所属していたが、オースティンの不在による打線の強化のために7月にDeNAへ入団した。
☆ドミニク・フレッチャー(外野手)
イタリア人の母親を持つイタリア系アメリカン。
ダイヤモンドバックス傘下時代の2023年には第5回WBCにイタリア代表として出場。侍ジャパンとの準々決勝では大谷から2点差に迫る2点適時打に
ダルビッシュ有から1発を放つなど3安打3打点の活躍を見せた。
シーズン開幕後にメジャー昇格を果たし、オフにホワイトソックスへ移籍。
☆村上宗隆(一塁手)
2022年に史上最年少で三冠王を達成した「村神様」。
オフに結んだ3年契約が満了した2025年を最後にポスティングシステムで渡米し、2年3400万ドルの契約でホワイトソックスに入団。確実性への懸念から意外なまでの短期契約にはなったものの、メジャーデビューから3試合連発、さらにその後5試合連発と早速本塁打と四球・三振を量産する和製アダム・ダンと化し、5月末時点では本家のアダム・ダン率を超えそうな勢い。この間に二塁打・三塁打を全く打たなかったため、デビューから12長打全てが本塁打という珍記録を達成した。
この快進撃にはヤクルト時代に「真摯さが足りない」と一部で批判されることもあった練習態度が嘘のような猛練習が関係している。
なお、ヤクルト時代はデータ上・印象面双方で速球に弱いとするのが定説だったが、元々の選球眼の高さもあってか渡米後は際どいコースへの変化球を見極めた上で速球を投げたところをやすやすとスタンドに叩き込むケースが多い。本当に日本で三冠王を獲った男かというほど、プライドをかなぐり捨てて打撃改造したことが窺い知れる。
この他にも入団に際して設置を要望した温水洗浄便座がチームでブームになり、遠征先では寿司ディナーを主催するなどグラウンド外でもチームをけん引。ユニフォームの売上も1人でチーム全員を上回るなど、瞬く間に地元のファンも虜にしている。
しかし猛練習とハッスルプレーが祟り、5月30日のタイガース戦で右ハムストリングス肉離れを発症。4週間から6週間の戦線離脱を余儀なくされた。シカゴ記者は怪我での途中交代後に「もう終わりだ」と狼狽したが、戦線離脱時点で打率.240・20本塁打・41打点と、本塁打数だけ見れば2025年のチーム打撃成績3位タイに相当する。
何しろそれまでチーム1の打者であったレニン・ソーサの2025年のシーズン打撃成績の22本塁打・75打点は、本当に2025年のMLBのチームの主砲で本塁打・打点共にチーム1位かと疑うほどであるのだから。同年のヤンキースなら7番打者相当の打撃成績と言えばわかるだろうか。
☆アンソニー・ケイ(投手)
最速157km/hの直球に多彩な変化球を駆使する左腕。
2024年~2025年は日本のDeNAに所属。2024年は26年ぶりの日本一に貢献し、2025年は球団新記録となる防御率1.76を記録した。
一方、来日当初は味方の拙守や球審の判定などに苛立って投球を乱す場面がたびたびあり、マウンド上でFワードを連発したり、降板後にグラブを投げつけたりするなど短気な一面もあった。
シーズン途中からはアンガーマネジメントが大きく改善されたが、これは「イライラしたらグラブを噛め」とコーチに教えられたためとのこと。
2026年より2年契約でホワイトソックスに加入。
☆西田陸浮(二塁手・外野手)
東北高校卒業後は経営学の勉強のために渡米し、2023年8月に野球留学や編入のサポート、少年野球教室といった事業を手がける会社を企業。オレゴン大学に編入後、全体342位でホワイトソックスに入団したという変わった経歴を持つ。
2026年のスプリングトレーニングに村上のサポーターも兼ねて招待され、その後5月にメジャー初昇格を果たした。
◇クリーブランド・ガーディアンズ
(
多田野数人:2004~2005、小林雅英:2008~2009、大家友和:2009、福留孝介:2011、村田透:2015)
略称は「
CLE」。本拠地球場はプログレッシブ・フィールド。
こちらもア・リーグ創設時の1901年から一貫してクリーブブランドに身を置く存在する古豪で、かつては映画『
メジャーリーグ』のモデルにもなるなど、弱小の代名詞的存在だったチーム。1994年より東地区から移籍。
2007年に6年ぶりの地区優勝を果たした後もしばらく低迷していたが、2016年にリーグ優勝を達成すると、続く2017年にはMLB新記録となる
シーズン22連勝を達成。
2016年にカブスが108年ぶりの世界一を達成して以降は「最も世界一から遠ざかっている球団」という不名誉な記録を得ることになったが、成績自体は割と安定して上位に食い込み続ける好チームになりつつある。
2022年からはポリティカル・コレクトネスに配慮し、100年以上続いた「インディアンス」から市内のホープメモリアル橋に建ててある「交通の守護者像」に由来する「ガーディアンズ」に改称した。
2025年は7月8日時点でタイガースとは15.5ゲームもの大差をつけられていたが、9月に入ると破竹の10連勝を達成するなど月間20勝7敗と猛追。同時にタイガースが失速したこともあり、シーズン最終戦の9月28日に地区連覇を達成。地区制が導入された1969年以降ではMLB史上最大の逆転劇を演じた。
○ボブ・フェラー(投手)
クリーブランド一筋で「火の玉投手」という愛称を持ち、通算266勝・2581奪三振を記録した、1940年代から1950年代を代表する剛腕。また、グリーンバーグと同様に20代前半から中盤という全盛期手前を従軍で棒に振った選手としても知られ、離脱がなければ最低でも300勝投手になっていたとも称されている。
当時最高峰の軍事用レーダーで球速を計測したら初速が約190km/hという嘘のような逸話を持つほどの豪速球が武器だったが、シーズンで奪三振と与四球をともに200近く記録するなど荒れ球でも知られた。加えて左足を大きく上げる独特なフォームゆえにしばしば盗塁も許していたが、暴投自体は通算69回と多くなかった。
背番号「19」は球団の永久欠番に指定されている。
○ジム・トーミ(一塁手)
歴代8位となる通算612本塁打を放った名スラッガー。
圧倒的なパワーを誇った一方で鈍足かつ守備難、四球も三振も多いというコテコテのスラッガーの元祖とも言える選手で、本塁打・四球・三振の3部門全てで歴代10位以内に入っている。
薬物時代においてトーマスなどとともに薬物とは無縁だった「クリーン」な選手でもあり、資格初年度で90%に迫る得票を得て見事殿堂入りを果たした。
背番号「25」は球団の永久欠番に指定されている。
2018年にアメリカ野球殿堂入りを果たした際には当時の監督だったチャーリー・マニエルに最大限の感謝を述べており、これはNPBで活躍したマニエルの引退後の名伯楽ぶりを印象付ける一幕、彼とマニエルの親子同然の絆の表れとして名高い。
○ケニー・ロフトン(外野手)
メジャー17年間で通算2428安打を放ち、5度の盗塁王に輝くなど歴代15位となる622盗塁を記録した韋駄天。ポストシーズン通算34盗塁は堂々の歴代1位を誇る。
ゴールドグラブ賞にも4度輝き、出塁率も高い理想的なリードオフマンとして長年活躍してWARでも殿堂入りの当落ボーダーと言われる60を上回る通算68.4を記録したが、資格を得た2013年の候補者がいろいろな意味で錚々たる顔ぶれだったために票が大いに分散し、3.2%しか得票を得られなかったことで早々に足切りされてしまった。
のべ11球団を渡り歩いたジャーニーマンだがインディアンスでの在籍が最も長く、2010年に球団殿堂入りを果たした。
○フリオ・フランコ(内野手)
1978年にフィリーズと契約してから2015年の日本の独立リーグまで37年もの間現役生活を続けたドミニカン。1995年と1998年には日本のロッテ、2000年には韓国リーグにも所属しており、その長い現役生活の中でのべ5か国で13球団を渡り歩いたジャーニーマンでもあった。
スコーピオン打法と呼ばれる独特の打撃フォームで知られ、当時の野球少年の中では定番のモノマネネタとして有名。実績面でも当時有数のアベレージヒッターとして首位打者1回に加え、MLB通算88位でドミニカンとしては歴代3位となる2586安打を記録している。
長いキャリアもあってかMLBの数々の最年長記録(野手)を保持しているが、実は年齢詐称疑惑がある。現役時代ですら生年が3年訂正されており、50歳の時点でまだMLBでプレーしていたとさえ言われる。
とはいえ、仮に公称通りだとしても2015年の現役最終年では57歳にして打率.312を記録しているため、いずれにしてもとんでもない選手であることに違いはないだろう。
○アルバート・ベル(外野手)
レギュラー定着から実働10年、キャリア通算12年の稼働ながら1726安打・381本塁打・1239打点を叩き出した1990年代有数のスラッガー。
ところがトラブルメーカーとしては90年代どころかMLB史上でも有数であり、ファンにボールを投げつけて骨折させたり、頭部死球への報復として暴行を加えたり、審判に没収されたコルクバットをチームメイトにすり替えさせたり、ガールフレンド宅で大暴れして逮捕されたりと問題児ぶりは枚挙に暇がない。
当然ながらマスコミ受けも最悪であり、数字だけ見れば一流の成績を残しながら全く票を得られず、当然のごとく殿堂入りの投票も早々に足切りされてしまった。
○オマー・ビスケル(遊撃手)
ベアハンドキャッチを得意としたベネズエラ出身の名遊撃手。
遊撃手として歴代最多となる2709試合出場・1734併殺・通算守備率.985を誇る守備の名手で、アロマーと組んだ1999年~2001年の二遊間は鉄壁としてア・リーグのゴールドグラブ賞を独占し続けた。
通算2877安打は後にミゲル・カブレラに抜かれるまでベネズエラ出身選手としては最多で、ゴールドグラブ賞もオジー・スミスに次ぐ11回と殿堂入りも有力視されていたが、夫人へのDV報道によってダーティーなイメージがついてしまい、得票数が伸びていない。
○
アレックス・ラミレス(外野手)
日本のヤクルト・巨人・DeNAでプレーし、外国人選手史上初となる
NPB通算2000安打を放った名助っ人。MVP2回・首位打者1回・本塁打王2回・打点王4回・最多安打3回に外国人および右打者初のシーズン200安打、8年連続100打点など数々の輝かしい実績はさることながら、本塁打を放った時のパフォーマンスなど陽気な性格でも注目を集めた。
早打ちであるために四球や出塁率は低いが球種的な弱点は少なく、高い得点圏打率に加えて左打者も苦にしないなど卓越した打撃技術を持っていたが、守備では拙守が目立つなど守備難の選手としても知られた。さらに2004年8月8日から2011年7月14日まで外国人選手の最長記録となる985試合連続出場を記録するなど故障も非常に少なかった。
引退後は2016年~2020年の5年間に渡ってDeNAの監督を務め、2017年には3位から日本シリーズ進出に導いた。
○
多田野数人(投手)
インターネット上では
あるビデオに出演し、結果的に同作の人気を押し上げた印象が強すぎる選手。
2002年のドラフト会議の目玉投手として期待されていたが、直前になって
大学の監督がたまげたことが原因で指名を受けられず、渡米してインディアンスとマイナー契約。2004年にメジャーデビューし、史上2人目となるNPB経験のないメジャーリーガーになった。
2007年に晴れて日本ハムから1位指名を受け、2014年まで所属した。
○フランミル・レイエス(外野手・指名打者)
2019年と2021年に30本塁打を放つなどMLB通算108本塁打の実績を誇る重量級スラッガー。
2024年からは来日して日本ハムに入団。序盤は振るわなかったが、二軍調整を経てからは持ち前のパワーを存分に発揮し、球団新記録となる25連続試合安打を達成。最終的に25本塁打・69打点の成績でチームの2位浮上に大きく貢献し、複数年契約を勝ち取った。
続く2025年は本塁打王と打点王の2冠に輝いた。
☆ホセ・ラミレス(内野手)
本職は三塁手だが、二遊間や外野もこなせるオールラウンダーにしてクリーブランドの象徴。
打撃の方も2016年からOPS.800超えをマークし続けており、2022年・2023年には2年連続でリーグ1位の敬遠数を記録している。
2024年には1試合を残して40-40まであと本塁打1本に迫っていたが、最終戦が悪天候で流れてそのまま試合が消滅したことで惜しくも快挙を逃してしまった。
☆スティーブン・クワン(外野手)
「ベイビー・イチロー」の異名を持つ、走攻守に定評がある外野手。
中国系アメリカ人の父と日系アメリカ人の母を持ち、2023年の第5回WBCでは侍ジャパンへの加入に前向きだったが、大会の出場資格を満たさなかったことから実現しなかった。
☆トラビス・バザーナ(二塁手)
2024年にオーストラリア出身選手として初めて全体1位で指名されたトッププロスペクト。
☆フォスター・グリフィン(投手)
切れ味鋭いカットボールなどを投じる左腕。
2023年~2025年は日本の巨人に所属し、3年連続6勝にとどまりながらも2024年には4年ぶりのリーグ優勝に貢献。
来日後はチェンジアップの精度への不安から周囲のアドバイスを受けてフォークを習得。2024年からはブルージェイズ傘下時代に習って以来メジャーでは全く投げていなかったスライダーも解禁している。
2026年よりナショナルズでメジャー復帰すると、安定感抜群の活躍で前半戦だけで12勝を挙げてオールスターにも選出。TDLでガーディアンズへ移籍した。
◇デトロイト・タイガース
(木田優夫:1999~2000、野茂英雄:2000、前田健太:2024~2025)
略称は「
DET」。本拠地はコメリカ・パーク。
1894年に創設された工業の街デトロイトの古豪で、一貫して本拠地も球団名も変わっていない唯一のチームでもある。1998年より東地区から移籍。
2003年には当時のワースト記録となるシーズン119敗を喫するなど長らく低迷期が続いていたが、剛腕エースの
ジャスティン・バーランダーに45年ぶりの三冠王カブレラを筆頭とした超重量打線を擁して2011年から地区4連覇を達成。しかしながら一度も世界一なく終わってしまい、再建期に突入。
2024年には加入した前田健太を含めた多数の選手たちが不振にあえぎ、トレードデッドラインでは売り手に回ったが、中盤以降は調子を上げて10年ぶりのポストシーズン進出を果たした。
続く2025年は序盤から圧倒的な強さで首位を快走し、7月8日時点でガーディアンズに15.5ゲーム差をつけており、9月10日時点でも9.5ゲーム差あって優勝確率99.9%とさえ評されていた。しかし、9月に入ると痛恨の8連敗を喫するなど月間7勝17敗と失速。この間にガーディアンズが圧倒的なペースで猛追した結果、最後の最後でV逸が決定。1978年のレッドソックスの14ゲーム差をも上回るMLB史上最大の逆転負けを喫してしまった。
ワイルドカードシリーズでの再戦では2勝1敗で下してリベンジを果たしたが、マリナーズとの地区シリーズ第5戦では延長15回の死闘の末に力尽きた。
ジャイアンツほど明確な根拠はないが、日本の阪神タイガースとの関係性も全くないわけでもなく、あちらの代名詞「タテジマ」はタイガースのかつてのユニフォームがモデルとされている。なお、人気面では大幅に劣っているためか、阪神ファンの間ではMLBの方を俗に「デトロイト支部」と呼ぶ動きもある。
○タイ・カッブ(外野手)
20世紀前半の球史において欠かせない「球聖」。
史上唯一の打撃タイトル完全制覇やMLB記録となる通算打率.367、9年連続を含む12回の首位打者など到底ここに書ききれないような量の実績を持つ。
と同時に「最低の人間」と称されるようなぐう畜と言われているが、そのほとんどがマスコミによって作られた人物像であり、実際の彼はむしろ人格者であったという。
もちろん粗暴な一面もあったが、あくまで彼なりの信条に基づいた結果であり、相手に非がある場合のみでしか暴力を振るわず、またどれだけ怒っても怪我だけはさせなかったという。
さらに永久追放されて「俺のことなんか誰も覚えていない」と言う選手に「そうだな、お前が優れた選手だったこと以外忘れてしまった」と言って励ましたエピソードも有名。
また、当時のアメリカ人にしては珍しく有色人種に対して差別的な意識は少なかったらしく、来日時に少年野球に飛び入り参加して盗塁を刺された際に「やるな坊主」と褒めたり、ニグロリーグをよく見に行ったり、黒人の少年を付き人にしたりしていた話もある。
とはいえ、短気で傲慢かつプライドの高い一面もまた事実。そういう意味では非常に複雑な人間と言えよう。
背番号がない時代の選手ではあるが、彼の名前の「COBB」は永久欠番扱いで表彰されている。
○ハンク・グリーンバーグ(一塁手・左翼手)
1930年代から1940年代にかけて活躍した最初のユダヤ人スターであり、「幻の最強打者」。
実際の成績もシーズン58本塁打を含めた本塁打王4回・通算331本塁打と十分一流クラスの成績だが、特筆すべきは全盛期になるはずの20代後半から30代前半を従軍で棒に振ってこの成績を叩き出している。
実働13年間のうち100試合以上に出場したのは9年のみで、1936年も骨折のために12試合の出場にとどまっていた。
1945年に終戦して競技に復帰してからもブランクを感じない程度に無双してチームの世界一に貢献しており、離脱がなければ500本塁打は期待されていたとも評されている。
その出自ゆえに彼もまた多くの軋轢を経験しており、1938年にはルースの保持する60本塁打の当時のシーズン記録にあと2本のところまで迫ったが、反ユダヤの感情を持つ投手が意図的に四球を与えたために果たせなかったとする意見もある。
背番号「5」は球団の永久欠番に指定されている。
○スパーキー・アンダーソン(二塁手・監督)
1970年~1978年はレッズの監督を務め、1975年・1976年には球団史上初の連覇に導く。
1979年途中からはタイガースの監督として1995年まで指揮し、1984年にはかつて敗れたディック・ウィリアムズが監督を務めるパドレスと対戦。どちらが勝っても史上初となる「両リーグ世界一監督」の対決を制し、リベンジを果たすとともに歴史に名を刻んだ。
なお、1996年オフには当時低迷していた日本の阪神から監督就任のオファーがあり、契約合意寸前まで進んでいたものの妻が猛反対したために合意には至らなかった。
背番号「10」はレッズで、背番号「11」はタイガースでそれぞれ永久欠番に指定されている。
○ジム・リーランド(監督)
現役時代は2Aが最高でメジャー経験はなかったが、監督として通算1769勝を記録し、1997年には球団創設5年目のマーリンズを当時最速で世界一に導いている。
2006年~2013年はタイガースの監督を務め、最後の3年間は地区3連覇を達成。退任後の2017年にはアメリカ代表を率いて第4回WBCを優勝に導いた。
背番号「10」は球団の永久欠番に指定されている。
○アラン・トランメル(遊撃手)
キャリア20年タイガース一筋のフランチャイズ・プレイヤー。
通算2365安打に加えてシルバースラッガー賞3回・ゴールドグラブ賞4回に1984年にはワールドシリーズMVPに選出されるなど1980年代を代表する攻守に優れた遊撃手。
しかし、同世代にはカル・リプケンJr.やオジー・スミスなどのスターがいたこともあって地味な扱いを受けており、過小評価されがちな選手でもあった。
その後はセイバーメトリクスの浸透もあって再評価され、ベテランズ委員会によって殿堂入りを果たした。
背番号「3」は球団の永久欠番に指定されている。
○ルー・ウィテカー(二塁手)
キャリア19年をタイガースで全うしたフランチャイズ・プレイヤー。
1977年の同じ試合でトランメルとともにメジャーデビューを果たすと、1978年には新人王を受賞。以降長きにわたってトランメルと二遊間を組み続け、2人が完成させた併殺数はコンビとしてはMLB記録である。
通算2369安打・244本塁打に加えて通算四球数が三振数を上回るなど攻撃面でも非凡な能力を持ち、シルバースラッガー賞を4回・ゴールドグラブ賞を3回受賞している攻守に優れた二塁手。
しかし、トランメルと同様に過小評価された選手でもある。サンドバーグ、ビジオ、アロマーら殿堂入りを果たした他の二塁手たちを凌ぐ通算WARを記録しながら記者投票では票が得られず資格初年度で足切りされてしまった。彼もまた再評価を受けての殿堂入りが期待されている。
背番号「1」は球団の永久欠番に指定されている。
○ミゲル・カブレラ(三塁手)
2012年に45年ぶりの三冠王を達成した、ベネズエラ最強打者の1人。
マーリンズの「ファイヤー・セール」によって2007年に移籍。2011年から3年連続を含めた首位打者4回に通算でも30本塁打10回・打率3割11回に加え、7年連続30本塁打・8年連続打率3割・11年連続100打点を記録。ベネズエラ人選手初のMLB通算3000安打を達成し、WBCも2006年の第1回から5回大会連続で出場するなど、文句なしのオールタイムベストプレイヤーの1人。
かつては飲酒絡みのトラブルが多く、練習嫌いでも有名だった。2013年11月にはPS4を購入し、Xに目を輝かせてプレーしている写真を掲載している。
2023年に引退。2026年の第6回WBCでは打撃コーチとして優勝に貢献。
○
アーマンド・ガララーガ(投手)
2009年の第2回WBCにも出場したベネズエラ出身投手。
2010年のインディアンス戦では9回2死まで完全試合を展開し、最後の打者を一ゴロに抑えて快挙達成……と思いきや一塁塁審はまさかのセーフ判定。完全試合はおろかノーヒットノーランも逃してしまったが、それでもメジャー初完投を完封勝利で達成した。
映像上は明らかにアウトのタイミングであり、つまるところ
誤審にほかならないが、彼自身は苦笑しつつも抗議せずに判定を受け入れ、試合後には当該塁審を気遣う大人の態度を示した。
☆ジャック・フラーティ(投手)
2024年途中にドジャースへ移籍し、ヤンキースとのワールドシリーズでも先発して4年ぶりの世界一に貢献。
2025年から古巣へ復帰しており、開幕直後のドジャース戦でチャンピオンリングを贈呈された。
☆ハビアー・バエズ(遊撃手・二塁手・外野手)
スペイン語で魔術師を意味する「エル・マーゴ」の異名を持つ守備の達人。
カブスで108年ぶりの世界一に貢献した後、メッツを経て2022年から6年契約でタイガースに加入したが、移籍から2年は不振に陥る。2025年は後半戦に絶不調に陥ったもののある程度持ち直し、カブスでの世界一時の同僚が引退や不良債権化する中で奮闘している。
☆
ジャスティン・バーランダー(投手)
4球団を渡り歩いたエース。
かつては平均球速が150km/hを超え、最速164km/hに達するストレートが武器のメジャーを代表する剛腕投手だったが、年を経るにつれて変化球も多く交えるようになり、現在では全ての球が一級品と称される。
加えてサイ・ヤング賞を受賞した2011年には250イニングを超えるなど、8年連続を含む通算12度も年間200イニングを投げるタフさも持ち合わせている。
40代になっても元気で、さすがに全盛期ほどとはいかないまでも余裕で一線級の成績を残し、2026年にはタイガースに復帰。現役最多勝男の挑戦はまだ続く。
◇カンザスシティ・ロイヤルズ
(マック鈴木:1999~2001, 2002、薮田安彦:2008~2009、野茂英雄:2008、青木宣親:2014)
略称は「KC」。本拠地球場はカウフマン・スタジアム。チーム名は地元で行われている「アメリカン・ロイヤル」という家畜祭に由来する。1994年よりホワイトソックスとともに西地区から移籍。
1969年の球団拡張によって誕生した、ロイヤルブルーをチームカラーとする比較的新しい球団。本拠地のカウフマン・スタジアムはメジャーでも指折りの美しい球場として名高く、王冠型のスコアボードやイニングの合間に吹き出す外野席の噴水が名物として知られる。
1985年に1勝3敗からの大逆転で球団史上初の世界一を達成するなど、新興球団の中で安定した強さを誇り続けたことから「拡張球団の理想」と称されたが、元々資金力に乏しかったこともあってかその後は一転して2013年まで28年連続でポストシーズン進出を逃したばかりか、その間にシーズン100敗を4回記録するという長い低迷期を過ごしたが、若手の成長とトレードが実を結んだことで復活。2014年には29年ぶりのリーグ優勝を達成すると、続く2015年はメッツとの史上初となる「拡張球団同士のワールドシリーズ」を制して30年ぶりの世界一に輝いた。
○ジョージ・ブレット(三塁手・一塁手)
21年のキャリアをロイヤルズで全うしたフランチャイズ・プレイヤー。通算試合数・打数・得点・安打・二塁打・三塁打・本塁打・打点・四球の各部門で球団記録を保持している。
通算3154安打・317本塁打・打率.305を記録した強打者で、首位打者に1976年・1980年・1990年と3度輝き、特に1980年は.390というハイアベレージを記録してMVPも受賞した。3つの年代(1970年代・1980年代・1990年代)で首位打者を獲得した唯一の選手でもある。
新興チームであったロイヤルズの顔としてチームを強豪へと牽引したことから地元でも絶大な人気を誇り、引退後は98.2%もの圧倒的な支持を得て殿堂入りを果たし、背番号「5」は球団の永久欠番に指定されている。
○リッチ・ゲイル(投手)
身長198cmを誇る長身右腕。1978年にメジャーデビューするといきなり14勝を挙げた。
1985年から日本の阪神に加入すると、シーズン中にリリーフ転向を申し出るほど負けが込んだ時期を抱えながらも13勝を挙げてリーグ優勝に貢献。
西武との日本シリーズでも2勝を挙げ、王手のかかった第6戦を完投勝利して球団史上初の日本一の胴上げ投手になった。しかし翌年は首脳陣との再三の衝突もあり、この年をもって退団。そのまま引退した。
その後はメジャーからマイナーまで多数の球団でコーチを歴任し、2011年にリタイアして以降は夫人と悠々自適の暮らしを送っている。
当時を知る阪神ファンからは今もなお頻繁に手紙が届くといい、ナショナルズ傘下に所属していた2009年には幼少期阪神ファンだった岩村から「日本一ありがとう」「一緒に写真を撮ってください」と頼まれたという逸話もある。
○ザック・グレインキー(投手)
サイ・ヤング賞1回に最優秀防御率2回・ゴールドグラブ賞6回のタイトルを持つ2010年代を代表する投手。通算9本塁打と打撃も得意。
デビュー当時は最速160km/h近い直球で押すパワーピッチャーだったが、球速の低下につれて徐々に技巧派へとシフトしていき、2015年には平均150km/h弱ながらピッチトンネルを巧みに通す変化球を操り、防御率1.66を記録した。
自ら志願してトレードでロイヤルズを離れたが、その際のトレード相手がロレンゾ・ケインとアルシデス・エスコバーであり、その2人がロイヤルズの世界一に貢献したために影の功労者とされることもある。
他者との関わりを好まずに我が道を行く変わり者として知られるが、2021年に自ら大谷に話しかけたことで現地メディアの間で話題になったことがある。
○トレイ・ヒルマン(監督)
現役時代にメジャー経験はなかったが、日米韓の3か国で監督を歴任した唯一の人物。
日本では2003年~2007年に渡って日本ハムの監督を務め、リーグ連覇と2006年の日本一に導く。退任後は3年間ロイヤルズの監督を務めたもののチームの再建には至らず、2010年5月に解任。2017年からは韓国リーグの監督を務め、2018年の8年ぶりの韓国一を花道に勇退した。
現在は日本ハムのコンサルタントを務める。
○アルシデス・エスコバー(遊撃手)
2015年の世界一に大きく貢献した遊撃手。過酷なMLBにおいてショートストップとしてフル出場を続ける脅威のタフネスを誇った。
打撃では長打力に欠けるもののミート力に優れ、俊足を活かしてリードオフマンとして活躍。
2020年には日本のヤクルトにも所属したが、
往時からは特に守備面で衰えが隠せず、1年で退団した。
彼を含めた「エスコバー一族」はベネズエラ随一の野球一家で、多数のプロ野球選手を輩出した名家。オフには一族総出でソフトボール大会が行われるらしい。
主に日本のDeNAで活躍したエドウィンもいとこの1人で、2020年には何度か両者の対決が行われたが、全てエドウィンが勝利している。
○ロレンゾ・ケイン(外野手)
高校から野球を始めてメジャーリーガーに登りつめた、
漫画の主人公のような選手。
無類の身体能力で走攻守に渡ってチームを牽引し、2015年の世界一に大きく貢献した。
○テレンス・ゴア(外野手・代走)
MLBでは非常に珍しい「代走屋」として知られる選手。通算打席数はたった102打席で通算15安打、長打はわずか3本と打力はお察しレベルだが、類まれなる快足と圧倒的な走塁技術を持ち、ロイヤルズ・ドジャース・ブレーブスの3球団で世界一に貢献。いずれの年もポストシーズンでは一度も打席に入っていない。
そのあまりに尖りすぎた実績ゆえ、「チャンピオンリングの所有数と通算長打数が同じ」「打点(通算1)より多い世界一回数」「安打より盗塁の方が多い」などの珍記録を多く持っている。
常時ロースター入りさせていると枠の無駄遣いになるため、セプテンバー・コールアップの後に登録されるという光景が日常茶飯事だった。
☆サルバドール・ペレス(捕手)
2006年のプロ入りからロイヤルズ一筋を貫く、攻守に優れたベネズエラ出身捕手。
2015年にはワールドシリーズMVPに輝く活躍で30年ぶりの世界一に大きく貢献し、2021年には当時の捕手としてのシーズン最多となる48本塁打を叩き出して本塁打王と打点王に輝いた。
2026年の第6回WBCではキャプテンを務め、優勝に大きく貢献した。
通算打率.264に対して出塁率は.301と低く、多少のボール球だろうと早いカウントから積極的に打ちに行く典型的なフリースインガー。
☆ボビー・ウィットJr.(遊撃手)
5ツールを兼ね備えた若きショートストップ。父もMLB通算142勝を記録した投手。
2022年にメジャーデビューすると、2023年に30-30を記録し、2024年には弱冠24歳にして遊撃手初となる2年連続30-30に加えて首位打者・ゴールドグラブ賞・シルバースラッガー賞にも輝くなど一気にMVP争いを演じる超一流の選手へと登り詰めた。
☆マイケル・ガルシア(三塁手)
2023年にメジャーデビューして三塁手に定着したベネズエラ出身選手。
2026年の第6回WBCでは侍ジャパンとの準々決勝で2点差に迫る2ラン、準決勝のイタリア戦で決勝打、アメリカとの決勝でも先制犠飛を放つなどペレスとともに優勝に大きく貢献し、大会MVPに選出された。
実は「エスコバー一族」の一人。
◇ミネソタ・ツインズ
(マイケル中村:2003、西岡剛:2011~2012、前田健太:2020~2023)
略称は「MIN」。本拠地球場はターゲット・フィールド。チーム名は本拠地のミネアポリス市と対岸にあるセントポール市が双子都市と呼ばれることに由来する。帽子やヘルメットの「TC」はTwin Citiesの頭文字である。1994年よりホワイトソックス・ロイヤルズとともに西地区から移籍。
1894年にカンザスシティで結成された後、ア・リーグ創設の1901年に首都ワシントンD.C.へ移転。1905年~1955年まではナショナルズ(ナッツ)の愛称も用いられており、最初の2年間はホーム用のユニフォームに「NATIONALS」のロゴが入っていた。
人気の低迷もあって1961年からミネソタに移転。かつての本拠地であるメトロドームは空気圧で膨らませる屋根が特徴で、日本の東京ドームのモデルになったことでも知られる。
1987年にミネソタ移転後初の世界一を達成し、1988年には球団史上最多となる303万人を動員。1991年にはMLB史上初となる前年最下位からの世界一も達成したが、その後は振るわない時期が続いて球団削減が取り沙汰されたこともあった。
2019年にはMLB史上初のシーズン300本塁打を達成したが、地区シリーズで天敵ヤンキースに3連敗で敗退。2004年の地区シリーズ第2戦からポストシーズン16連敗となり、北米4大スポーツのワーストタイ記録を樹立してしまった。
最終的には2023年のブルージェイズとのワイルドカードシリーズ第1戦に勝利し、何とか18連敗でストップした。
○ロッド・カルー(二塁手・一塁手)
首位打者7回・15年連続打率3割・シーズン200安打4回の実績を誇るパナマの安打製造機で、アメリカ以外の選手では長らく歴代最高となる通算3053安打の記録を持っていた。
背番号「29」はツインズとエンゼルスでそれぞれ永久欠番に指定されている。
○カービー・パケット(外野手)
ツインズ一筋のキャリアを送り、黄金期を牽引してミネソタ移転後初の世界一にも貢献したフランチャイズ・プレイヤー。
ずんぐりした風貌と愛嬌ある笑顔でファンから愛され、キャリア12年と短いながら通算打率.318・2304安打・ゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞を6回ずつ、首位打者と打点王を1回ずつ、オールスターにも10年連続選出と圧巻のインパクトを残し、後に史上3番目の若さで殿堂入りも果たした。
1995年に打率.314・23本塁打・99打点を記録しながら、緑内障によって右目を失明してしまったことでキャリアを絶たれてしまった。
引退後は家庭内トラブルを抱えるなど順風満帆とはいかず、脳卒中に倒れ45歳の若さでこの世を去ってしまった。
背番号「34」は球団の永久欠番に指定されている。
○バート・ブライレブン(投手)
球速差や落差の異なるさまざまなカーブを操り、歴代5位となる通算3701奪三振を記録するなど「カーブボールの芸術家」の異名を取ったオランダ出身の投手。
イニングイーターとしても優秀で、通算685試合に先発しながらそのうち約35%にも達する242試合で完投を収めている。
一方でフライボールピッチャーとしても知られ、1986年にはシーズン50被本塁打のMLB記録を打ち立ててしまった。
早い段階での殿堂入り間違いなしとも言える成績を残していたが得票数が伸び悩み続け、殿堂入りを果たしたのは資格喪失まであと2年と迫った2011年であった。
背番号「28」は球団の永久欠番に指定されている。
○トリー・ハンター(外野手)
強打堅守の外野手。2001年~2009年まで9年連続でゴールドグラブ賞を受賞し、イチローとともに2000年代のア・リーグのゴールドグラブ賞の外野手部門はほぼ指定席になっていた。
特にフェンスをよじ登ってホームラン性の打球をキャッチすることにかけては他の追従を許さず、「ホームラン・ハンター」「スパイダーマン」などのニックネームで呼ばれた。
○ヨハン・サンタナ(投手)
サイ・ヤング賞2回に最多勝1回・最優秀防御率3回・最多奪三振3回などの輝かしい経歴を誇る、2000年代を代表するベネズエラ出身左腕。
ノビのある直球と同じ腕の振りから繰り出されるチェンジアップは「パラシュート」と形容されるほどの球速差・落差を誇り、強打者たちをきりきり舞いにさせた。
2026年の第6回WBCでは投手コーチとして優勝に貢献。
○ジャスティン・モルノー(一塁手)
カナダ出身の主砲で、WBCにもカナダ代表として4大会連続出場を果たしている。
強打でありながら100三振以上を記録したシーズンが1度しかないほどコンタクト能力にも秀でており、リーグ優勝を達成した2006年には打率.321・34本塁打・130打点とチームを牽引。カナダ人史上2人目となるMVPにも選ばれている。
○ジョー・マウアー(捕手→一塁手)
出身地も出身高校もミネソタ州で、プロとしてもマイナー時代を含めてツインズ一筋を通し、2018年の引退後には背番号「7」が永久欠番に指定された、正真正銘のフランチャイズ・プレイヤー。
2010年代から故障もあって一塁手での起用が多くなり、2014年にそのままコンバートされた。
打撃面ではMVP1回に首位打者3回、守備でもゴールドグラブ賞を3年連続で受賞するなど攻守ともに評価が高く、史上最高の捕手と称されることもある。
○ウィリアンス・アストゥディーヨ(内野手・外野手)
2023年に日本のソフトバンクに所属し、この年
チーム外国人唯一の本塁打を放ったベネズエラ出身選手。
成績よりもその言動から
ネタ助っ人として定着している。
☆バイロン・バクストン(外野手)
健康さえ維持できれば圧倒的な身体能力を誇るダイナミックな選手。特にスピード面に秀でており、全体でも最上位クラスの評価を受けているが、いかんせん100試合以上出場できたシーズンが3回しかない深刻なスペランカー体質も特徴。
2021年には怪我で規定打席には届かなったが、254打席でOPS1.005という成績を残しており、2025年にはサイクル安打やホームランダービー出場といった活躍もあり、35本塁打・OPS.878とキャリアハイとなるシーズンを送った。
☆コディ・クレメンス(内野手・外野手)
ロジャーの四男。父とは異なり主にユーティリティプレイヤーとしてプレーしているが、2025年にツインズに移籍してからは打撃好調で112試合に出場し19本塁打・OPS.726とブレイクした。
なお野手登板という形ではあるが父と同じくマウンドに立った経験もあり、通算13試合に登板。メジャー初奪三振は大谷から奪っており、記念球をもらっている。
西地区
1969年の球団拡張によって創設。2013年にアストロズが編入されるまでは全地区中最小の4チームで構成された地区だった。
◇アスレチックス
(藪恵壹:2005、岩村明憲:2010、松井秀喜:2011、岡島秀樹:2013、藤浪晋太郎:2023)
略称は「ATH」。本拠地球場はラスベガスに建設中で、暫定の本拠地球場としてサクラメントにあるジャイアンツ傘下3Aの本拠地球場であるサター・ヘルス・パークを使用している。
ア・リーグ創設の1901年にフィラデルフィアで創設され、カンザスシティを経て1968年から約60年近くに渡ってオークランドを本拠地としてきた。
映画にもなったビリー・ビーンGMの「マネー・ボール」でも知られ、緊縮財政により大物選手を次々と放出していることからこれといったスター選手はいないが、マイナーで四球を選ぶ選球眼を磨く英才教育を行っているために効率的に得点を獲得することができるのがチームカラー。
しかし、かねてから人気の割に動員が低い年も多く、オークランドでの晩年は成績不振に加えて本拠地がアメフト兼用で野球観戦に適さず、球場周辺の治安の悪さなどによる観客動員数の低迷もあって移転話がくすぶり続けていたが、2025年にラスベガスへの移転が正式に決定。新球場が完成する2027年まではサター・ヘルス・パークを暫定本拠地にするとともにチーム名も「アスレチックス」名義になり、合わせて略称も変更された。
○リッキー・ヘンダーソン(外野手)
いずれもMLB記録となる通算2295得点・1406盗塁・シーズン130盗塁・盗塁王12回の偉業を持つ世界の盗塁王にして史上最高のリードオフマン。異名は「Man of Steal」。
打者としても通算3055安打・297本塁打と高水準であり、先頭打者本塁打の通算81本も歴代1位である。さらに盗塁王を盗塁王たらしめる要素として通算で4割を超える抜群の出塁率を誇り、通算2190四球もボンズに次ぐ歴代2位ととにかく出塁しまくっている。しかしながらゴールドグラブ賞を獲得したのは1981年の1回のみとその俊足に反して守備力はそれほど高くなく、平凡なフライを見失って安打にしてしまうこともしばしばだったという。
ちなみにノーラン・ライアンがMLB史上初となる通算5000奪三振を達成した時の打者でもあり、彼がMLB新記録となる938盗塁を達成した1991年5月1日にはライアンも史上最多となる7度目のノーヒットノーランを達成するなど妙な縁がある。
さまざまな球団を渡り歩いたジャーニーマンでもあり、しばしばフラッグシップ・ディールによって有力球団に移籍しているがアスレチックスの在籍が最も長く、背番号「24」は球団の永久欠番に指定されている。
○クリス・デービス(外野手)
外野手かつ「K」のクリス・デービス。
2016年~2018年には3年連続同一打率(打率.247)というMLB初の珍記録を達成。規定打席に到達しなかった2015年も含めると4年連続で打率.247を記録している。
○
藤浪晋太郎(投手)
エースとして2012年の大阪桐蔭高校の春夏連覇に大きく貢献した、大谷の元祖ライバル。197cmの長身から繰り出される日本人最速タイとなる165.1km/hの速球が武器。
その一方で制球難も顕著で、特に右打者への死球が多いことから彼の先発時には対戦相手がスタメン選手に可能な限り左打者を並べる傾向も目立っている。
2023年からポスティングシステムでアスレチックスへ入団したが、 環境を変えても元々の課題だった制球難は直らず、先発としては大失敗。しかしリリーフへ転向してからは徐々に投球も安定し、その実力を買われて7月にオリオールズへ電撃トレードで移籍。プロ初セーブを挙げるなど地区優勝に貢献したが、その後はメジャーに昇格できなかったことで2025年7月に帰国し、DeNAに入団した。
よくも悪くも豪快でギャンブル性の高いその投げっぷりは現地メディアでも多くの話題を作った。
☆シェイ・ランゲリアーズ(捕手)
2022年8月にデビューを迎えた期待のホープ。
翌年にはショーン・マーフィーの移籍もあって135試合と出場機会を大きく増やし、リーグ最多の盗塁阻止を記録している。
☆ニック・カーツ(一塁手)
2024年にドラフト全体4位で指名されたトッププロスペクト。
2025年にメジャーデビューを果たし、6月には月間12本塁打、7月には新人史上初となる1試合4本塁打の離れ業を演じた。
その勢いは留まることなく最終的に117試合に出場して36本塁打・86打点・OPS1.002を記録してシルバースラッガー賞を受賞。さらに満票で新人王にも選出された。
フルシーズン換算で200三振を超える扇風機ぶりで、左投手を苦手とするなど粗さは残るものの、センター方向に150m弾を放つなど怪物スラッガーとしての片鱗は大いに見せており、ラスベガス移転後の未来を担う存在として注目されている。
☆ジェイコブ・ウィルソン(遊撃手)
卓越したバットコントロールを誇る若きヒットメーカー。
2023年にドラフト全体6位で指名されると2年目の2025年には正遊撃手の座を射止め、開幕から安打を量産。夏場に故障したことで失速したものの、最終的にリーグ3位となる打率.311を記録し、新人王投票でもカーツに次ぐ2位に入った。
こちらも守備力や選球眼など課題は残るものの、カーツとともにチームの未来を背負って立つ選手である。
父のジャックはパイレーツで活躍した遊撃手。かつて4歳だったジェイコブの投げる球を父が捕手として受けた始球式が時を超え、2025年には現役を退いた父の投げる球をジェイコブが捕手として受けるという形で行われた。
◇ヒューストン・アストロズ
(
松井稼頭央:2008~2010、青木宣親:2017、菊池雄星:2024、
今井達也:2026~)
略称は「
HOU」。本拠地球場はダイキン・パークで、初となる日系企業によるMLB本拠地の命名権取得である。
1962年の球団拡張によってナ・リーグ西地区に「ヒューストン・コルト
45's」として誕生した、テキサス州はヒューストンを拠点とするチーム。
地元にNASAの宇宙センターがあることから、1965年より宇宙飛行士を意味するアストロノーツ(Astronaut)を意味する「アストロズ」に改称。その立地から高温多湿の気候であり、蚊の発生などの問題に悩まされていたことから創設以前より屋内型球場の建設が計画されており、これと同時に本拠地も
世界初のドーム球場であるアストロドームに移転。その機能と近未来的な形状から大きな注目を集め、観客動員数も200万人を突破するなど商業的にも大きな成功をおさめた。
しかし、当時はエクスパンション・ドラフトが充実しておらず、フリーエージェント制度もなかったことから長らく苦しい戦いが続いており、コルト45's最終年の1964年には
無安打に抑えながら敗戦というMLB史上初の「ノーヒットアリラン」の珍記録を樹立。
1994年からは中地区に移籍し、2005年に球団史上初のリーグ優勝を達成したが、それ以降は主力の引退・放出が相次いだことで若手主体のチームで再び低迷が続いた。
2012年にア・リーグ西地区へ移籍してからは若手の台頭と積極的な補強によって2015年に移籍後初のポストシーズン進出を果たすと、2017年にはドジャースを下して球団史上初の世界一を達成。MLB史上初となる両リーグからのワールドシリーズ出場の快挙も達成した。
だが、後になって球団ぐるみのサイン盗みが発覚したことで一大スキャンダルになり、世界一の正当性にも疑問符がつけられる事態に発展。日本のMLB中継ですらも関与者に観客から浴びせられるブーイングに対しては、サイン盗み騒動に触れざるを得なくなっている。
とはいえ、その後も8年連続ポストシーズン出場・地区優勝6回・リーグ優勝3回の強豪「アストロズ王朝」になり、2022年には
実力でフィリーズを下して汚名を返上した。
なお、2020年にはア・リーグ史上初となるレギュラーシーズンを負け越しからポストシーズン進出を決めたチームになっており、このおかげで連続ポストシーズン出場記録が継続していた。
かつてはレインボーカラー(赤・朱色・オレンジ・黄色)のユニフォームという非常に派手な出で立ちが特徴だったが、ダイキン・パークが開業した2000年から現行のレンガ色と黒のカラーリングに代わっている。
○ボビー・フェンウィック(内野手)
あくまでアメリカ国籍だがアメリカ統治下の
沖縄県出身であるため、その意味では
日本出身野手初のメジャーリーガーと言える。
○クレイグ・ビジオ(捕手→二塁手)
キャリアをアストロズで全うしたフランチャイズ・プレイヤーにして、歴代25位となる通算3060安打を記録した安打製造機。
捕手としてキャリアをスタートさせながら、5年目に二塁手としてコンバートされてからも抜群の守備力でゴールドグラブ賞を4度受賞している。
リードオフマンとして俊足に加えて粘り強い打撃も持ち合わせて高い出塁率を誇っていたが、時に狙って当たりに行く姿は「当たり屋」と揶揄されるほど死球が多く、通算285死球は歴代2位の怪記録。
背番号「7」は球団の永久欠番に指定されている。
○ジェフ・バグウェル(一塁手)
通算449本塁打・1529打点・1401四球の球団記録を持つ、15年間のメジャー生活全てをヒューストン一筋で活躍したフランチャイズ・プレイヤー。
広角に打ち分ける強打に加えて通算出塁率4割を超える抜群の選球眼を誇り、史上初となる6年連続30本塁打・100打点・100得点・100四球を記録。
一塁手でありながら脚力を備えており、シーズン30盗塁を2度、通算202盗塁を記録している。
同世代のアストロズには彼に加えてビジオ、デレク・ベル、ランス・バークマンなど頭文字がBから始まる強打者が揃っており、他球団からは「キラーB's」と恐れられた。
背番号「5」は球団の永久欠番に指定されている。
○ビリー・ワグナー(投手)
約178cmとMLBの投手としては低身長ながら左腕から160km/h以上の剛速球と切れ味鋭い
スライダーを投げ込み試合を締めくくったファイヤーボーラー。愛称は「
Billy the Kid」。
最多セーブこそ1度もないものの通算422セーブは左腕としては歴代2位であり、2025年には資格最終年に滑り込んで殿堂入りを果たした。
背番号「13」は球団の永久欠番に指定されている。
○
松井稼頭央(遊撃手・二塁手)
日米通算2705安打・465盗塁を記録するなど走攻守で高い身体能力を発揮した「ミスターレオ」。日本人初の内野手メジャーリーガーでもある。
2023年から西武の監督に就任したが、2024年5月末の交流戦直前に休養になり、オフに正式に退任した。
○マーウィン・ゴンザレス(内野手・外野手)
スイッチヒッターかつバッテリーを除く全ポジションを守れる超ユーティリティープレイヤー。
2013年に完全試合寸前のダルビッシュから安打を放ったのが彼で、2017年はキャリアハイの成績で球団史上初の世界一に大きく貢献し、MVP投票でもわずかながら票を獲得した。
2023年からの2年間は日本のオリックスに所属。打撃こそまずまずながらも内野の全ポジションを合計2失策という高い水準で守り、リーグ3連覇に貢献。
阪神との日本シリーズでも本塁打を放ち、史上5人目となる日本シリーズとワールドシリーズの両方で本塁打を放った選手になった。
2024年をもって引退した。
○ダラス・カイケル(投手)
2015年にサイ・ヤング賞を受賞した、打たせて取るピッチングが持ち味の技巧派左腕。
2019年以降はさまざまな球団を渡り歩き、2024年途中には日本のロッテに入団。史上3人目となるサイ・ヤング賞選手のNPB入りになった。
○
ユリ・グリエル(内野手)
2017年までは「ユリエスキ・グリエル」の登録名を使用していたキューバ出身の内野手。2006年の第1回WBCでは決勝で侍ジャパンと対戦し、大塚晶文のスライダーに倒れた最後の打者としても有名。
○ロベルト・オスナ(投手)
2019年にはセーブ王に輝くなどMLB通算155セーブの実績を持つ一方、ブルージェイズ時代の2018年には女性への暴力問題も起こしたお騒がせクローザー。
2022年途中に来日してロッテに入団し、2023年からソフトバンクに移籍。2024年以降は4年総額40億円以上という超大型契約を結んでおり、NPB史上初の年俸10億円に到達した。
好物は
ラーメン。ロッテ時代は「走ることで体が温まる」「来日前最後に乗った時に決勝本塁打を打たれた」という理由でリリーフカーに乗らずに自ら走って登場していた。
○ダスティ・ベイカー(外野手・監督)
2020年~2023年にアストロズの監督を務め、4年連続ポストシーズン進出に地区3連覇、2022年には北米4大プロスポーツリーグを通じても史上最年長となる73歳で世界一に導いた。
退任後の2026年の第6回WBCではニカラグア代表の監督を務めた。
☆ヨルダン・アルバレス(外野手・指名打者)
プロ入りはドジャースだったが、守備難を理由にアストロズにトレードされ、その後打棒のみで成り上がったキューバ出身スラッガー。2019年に新人王、2022年にシルバースラッガー賞を獲得している。
2026年は開幕から打ちまくり、前半戦時点で六冠状態。三冠王獲得も現実的に囁かれる好成績を残している。
☆ホセ・アルトゥーベ(二塁手)
約168cmという小柄を感じさせない看板選手。5年連続を含む6回のシルバースラッガー賞を受賞し、盗塁王も2度獲得している。
☆カルロス・コレア(遊撃手・三塁手)
2012年にプエルトリコ出身選手として初めて全体1位指名された、アルトゥーベとコンビを組む遊撃手。プラチナグラブ獲得経験もある高い守備力に加え、ここ一番のチャンスに強い打撃も持ち味。
一度ツインズに放出されものの2025年に電撃復帰。アストロズとであればトレード拒否権を破棄できるという契約が結ばれていたことが明かされるなど、ヒューストン愛が強い彼にとってはまさしくアストロズは相思相愛だった。復帰後はチーム事情により三塁手を務めることもある。
☆クレイグ・キンブレル(投手)
2018年に史上最年少となる29歳11か月で通算300セーブを達成したクローザー。基本的には最速164m/hの速球とカーブだけで打者を捩じ伏せる剛腕。
2013年にはキャリアハイとなる50セーブを挙げるなど、2011年~2014年まで4年連続セーブ王を受賞している。
2025年途中にアストロズへ加入。
☆イサーク・パレデス(三塁手)
指標上はホームランバッターらしくないが、左翼ポール付近へ絶妙なフライを打つ能力で本塁打を放つ風変わりなアーチスト。実際にチャートを見ると安打は比較的満遍なく出ている一方で、本塁打は清々しいくらいに左翼方面のみである。
それゆえに成績が球場の特性に左右されがちであり、本拠地のポール際の狭いレイズ時代に活躍し、カブス時代は全く活躍できなかった。2025年から所属するアストロズでは本拠地のダイキン・パークが比較的左翼側が狭い構造であるため、復調傾向にある。
☆今井達也(投手)
直球とスライダーのコンビネーションで高い奪三振能力を持つ西武の新たなエース。
かつては制球難に苦しんだが、開幕投手を務めた2024年・2025年は大きく改善され、2024年には初のタイトルとなる最多奪三振を受賞。2025年には球団新記録となる1試合17奪三振を達成した。
オフにポスティングシステムで渡米し、3年5400万ドルの契約でアストロズに入団。投球回数によるインセンティブや1年ごとにオプトアウトが付く異例の契約と報じられた。
◇ロサンゼルス・エンゼルス
(長谷川滋利:1997~2001、松井秀喜:2010、高橋尚成:2011~2012、
大谷翔平:2018~2023、田澤純一:2018、
菊池雄星:2025~)
略称は「
LAA」。本拠地球場はエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム。「エンジェルス」と表記されることもある。
1961年の球団拡張によって創設された、アメリカ第2の都市ロサンゼルスを拠点とするチーム。
2002年に初となる「ワイルドカード同士の対戦」になったジャイアンツとのワールドシリーズを制して球団史上初の世界一を達成し、その後も安定した成績を収めていたが、2010年代以降は大型契約で加入した選手が失敗に終わるケースも多く、長期の低迷に突入。
2018年からはポスティングシステムで移籍してきた大谷の連日の活躍によって日本での知名度も急上昇したが、結局一度もポストシーズンに進出することなく終わり、2023年を最後に同じ街のドジャースへ移籍してしまった。
大黒柱を失ったチームは2024年に球団ワーストとなる99敗を記録し、シーズン前半には待遇改善を求めて球団の売店の従業員たちがストライキを起こすという異常事態まで発生。その割には中途半端な打開策に終始していたが、2026年のTDLでついに主力の放出に踏み切り、本格的な再建モードに突入した。
○ノーラン・ライアン(投手)
脚を大きく上げる独特のフォームから投じられる豪速球とカーブ・チェンジアップで三振と四球・暴投の山を築き、通算324勝を挙げた稀代のドクターK。いずれもMLB記録となる通算5714奪三振・シーズン383奪三振・ノーヒットノーラン7回を誇る一方、2795与四球・277暴投もまた歴代1位とよくも悪くも豪快な投手。
背番号「30」はエンゼルスで、背番号「34」はアストロズとレンジャーズでそれぞれ永久欠番に指定されている。3球団で永久欠番に指定された史上初の人物でもある。
○ドニー・ムーア(投手)
「カリフォルニア・エンゼルス」時代の1986年にクローザーとして4年ぶりの地区優勝に貢献し、レッドソックスとのリーグ優勝決定シリーズでは球団史上初のリーグ優勝に王手をかけて迎えた第5戦。9回2死から登板した彼は2ストライクまでこぎつけるものの、痛恨の2ランを被弾したことを機にまさかの逆転負け。悪夢のような敗戦のショックを引きずったチームはそこから連敗し、あと1球のところで栄冠を逃してしまった。
ファンから厳しく非難され、1987年は登板するたびにブーイングを浴びるなど心身ともに振るわず、1988年途中にエンゼルスを解雇されてしまう。
その後は生活が荒み、1989年に35歳の若さで拳銃自殺するという非業の最期を遂げた。
○ベンジー・ギル(二塁手・遊撃手・コーチ)
2022年からは一塁コーチを担当する傍ら、2021年の東京五輪以降の国際大会ではメキシコ代表の監督を務めた。
中でもWBCでは当時の教え子である大谷を擁する侍ジャパンと準決勝で激突し、あと一歩のところまで追いつめるなど「歴代ベストゲーム」と称される死闘を繰り広げた。
試合後に語った「日本が勝った。しかし、今夜の試合は野球界そのものの勝利だ」という名言は有名。
○フランシスコ・ロドリゲス(投手)
2002年9月にメジャーデビューすると、そのままポストシーズンまで凄まじい勢いで奪三振の山を築いて球団史上初の世界一に貢献し、その名を一気に轟かせた「K-Rod」。
センセーショナルなデビューの後はクローザーとして活躍。シーズン62セーブのMLB記録を持ち、通算でも歴代6位の437セーブを挙げている。
「カートゥーン・スライダー」と呼ばれる驚異的なスライダーを持ち、異名の通り奪三振力が非常に高いものの、荒れ球で与四球も多いといういわゆる「劇場型」の投手でもあった。
○アンドレルトン・シモンズ(遊撃手)
遊撃守備なら歴代でもNo.1候補に挙がるオランダ領キュラソー島出身の遊撃手。
全盛期は驚異的な守備範囲の広さと恐ろしいほどの強肩を兼ね備えており、超人的なプレーを連発。2017年にはDRSで2002年以降の歴代野手最高となる42という値を叩き出す一方、攻撃面でも打率.278・OPS.752にキャリアハイとなる14本塁打を放つ活躍を見せた。
しかし、2019年以降は怪我で苦しみ、ツインズ・カブスと転々。2023年に一度引退を表明したが、2025年にメキシカンリーグで現役復帰している。
この間に他のメジャーリーガーらとともにアラブ地域で開催される新リーグ「ベースボール・ユナイテッド」の立ち上げに携わっており、自身も選手として出場している。
☆アンソニー・レンドン(三塁手)
2019年には打点王に輝く活躍でナショナルズの球団史上初の世界一に貢献し、7年2億4500万ドルの大型契約でエンゼルスに加入した選手。
しかし、2021年以降は毎年のように度重なる負傷に見舞われるスペランカーぶりで、いずれも60試合未満の出場にとどまるなど全く振るわず、日本の野球ファンからはその死刑囚ぶりをネタにされており、現地メディアからも「MLB史上最悪の契約」「北米スポーツ史上最大の強盗」などと辛辣な評価を受けていた。
2025年に至っては早々に全休が決定し、年末にとうとう事実上の退団が決定。2026年は形式的にロースターに残り続けるものの、実際には負傷者リスト扱いとしてチームに復帰することなく契約満了を迎えるという。
在籍6年間の257試合で打率.242・22本塁打・125打点に終わり、2019年のたった1年にも及ばないものだった。
☆マイク・トラウト(外野手)
3度のMVPを受賞するなど大谷以前に「惑星最高の野球選手」と呼ばれたスーパースター。なおエ。
右打者ながら一塁までの到達が驚異の3.8秒を誇るスピードを武器に2012年には49盗塁で盗塁王に輝き、新人王にも選出された。デビューからわずか2年で走攻守全てに優れた5ツールプレイヤーとして台頭した。
その後は年を経るに従って徐々に打撃型の選手にシフト。毎年のようにOPS1.000前後を記録する強打者になり、2018年から6年間チームメイトだった大谷とのコンビは「トラウタニ」として日本でも親しまれた。
2023年の第5回WBC決勝での大谷との対戦は世界中の野球ファンの注目を集めた。
野球以外ではNFLのフィラデルフィア・イーグルスの代表的なファンとして知られ、彼自身も幼少期はフィリーズファンで2008年の優勝パレードに参加していた。
☆菊池雄星(投手)
マリナーズやブルージェイズへの所属を経て2024年途中にアストロズに移籍すると、奪三振能力がそれまで以上に向上してポストシーズン進出に大きく貢献。オフに3年6300万ドルの契約でエンゼルスに入団した。
移籍1年目からMLB初の開幕投手に指名されたが、チームの低迷脱出の立役者になれるか。
◇シアトル・マリナーズ
(マック鈴木:1996~1999、佐々木主浩:2000~2003、イチロー:2001~2012, 2018~2019、長谷川滋利:2002~2005、木田優夫:2004~2005、城島健司:2006~2009、川﨑宗則:2012、
岩隈久志:2012~2017、青木宣親:2016、菊池雄星:2019~2021、平野佳寿:2020)
略称は「
SEA」。本拠地球場はT-モバイル・パーク。MLBで最北端に位置するチームにして、30球団で唯一リーグ優勝およびワールドシリーズ出場経験がないチームでもある。
シアトルでは先行して1969年の球団拡張の際に「パイロッツ」というチームがロイヤルズとともに誕生したが、活動1年目にして早くも財政的に行き詰まったことでミルウォーキーに移転しており、1977年の再拡張によってブルージェイズとともに改めてシアトルのチームとして創設された経緯がある。
かつてはイチローのいたチームとして日本でも非常に知名度が高く、
任天堂が親会社だった時期もあったためかア・リーグ最多となる11人もの日本人選手を獲得している。
彼が加入した2001年はア・リーグ記録となる
シーズン116勝を挙げて3度目の地区優勝を果たすが、以降は新たに就任したビル・バベシGMによる
理解不能な主力の放出・引退により長らく苦戦を強いられた。
2010年代後半から本格的に再建が始まり、2022年には大型ルーキーのフリオ・ロドリゲスなどの台頭もあって21年ぶりのポストシーズン進出を果たし、2025年は24年ぶりの地区優勝を達成。ブルージェイズとのリーグ優勝決定シリーズでは第7戦の激戦の末に惜しくも敗れたものの、初めて3勝を挙げて王手をかけるなどシアトルに歓喜が湧き起こった。暗黒時代の脱出も近い。
本拠地のT-モバイル・パークはその立地から打球が飛びにくく、深い左中間に代表されるように広いフィールドとなぜか三振が増えやすいという特性を持つことから右打者の墓場とも言うべき打者地獄の球場として有名で、これがチームの不振の理由の1つともされる。
2013年からは左中間を中心にフェンスを手前に動かしてフィールドを狭くしており、そのおかげで本塁打だけは多少出やすくなっている。
○エドガー・マルティネス(指名打者)
その年の最高の指名打者を称える「エドガー・マルティネス賞」にその名を残すスラッガー。シアトル一筋でキャリアを過ごしたフランチャイズ・プレイヤーでもある。
MLBの歴史において実質的に初めての本格的な指名打者と称されており、1990年代はグリフィーやA-Rodらとともに脅威の中軸を形成し、右打者の墓場であるT-モバイル・パークに本拠地を移転してもその影響を感じさせないくらいには打ちまくっていた。
1995年にはほぼ指名打者専任の選手としては当時最高となるWAR7.0を記録した。
背番号「11」は球団の永久欠番に指定されている。
○ケン・グリフィーJr.(外野手)
1990年代を象徴する5ツールプレイヤーの1人で、マリナーズの2度の地区優勝に貢献したシアトルの英雄。
父のケン・グリフィーSr.は主にレッズでアベレージヒッターとして活躍しており、晩年はマリナーズに親子揃って在籍し、2人でスタメンに並んでアベックアーチを放ったこともある。
かつての球団記録であるシーズン56本塁打を2度達成し、4度の本塁打王に輝くなどタイトル面もさることながら、ドーピング告発者の側から薬物疑惑が絶対にないと太鼓判を押されたほどの「クリーン」な選手としても知られる人格者でもあった。キャリアハイとなる1997年の彼は並み居る「アンナチュラル」なスラッガーらを抑えて本塁打王と打点王の2冠を獲得し、さらに最多敬遠・リーグトップの長打率を記録する凄まじい成績を残している。
後に父のキャリアの大半を過ごしたレッズとホワイトソックスに移籍し、最後はマリナーズに戻って引退した。背番号「24」は球団の永久欠番に指定されている。
イチローの憧れの選手でもあり、2度目のマリナーズ時代にはチームメイトにもなった。そのイチローも他球団移籍後、最後マリナーズに戻って引退しており、奇しくも似たような道を歩むことになった。
○ジェイミー・モイヤー(投手)
球史に残る遅咲きの投手。
33歳までの9年間で59勝と目立った成績は残せなかったものの、1996年途中にマリナーズへの移籍が転機になって打たせて取る投球に磨きがかかり、そこから在籍11年間で145勝と当時の球団記録を更新する活躍を見せた。MLB史上最高齢となる49歳151日での勝ち星を挙げるなどキャリア通算269勝を記録し、息の長い選手生活を送った。
最速でも130km/h半ばの球速に加え、ステロイドが蔓延した打高時代にプレイしたこともあって通算522被本塁打は世界記録であり、ギネス記録にも認定されている。
一方で通算防御率は4.25で、調子が普通以上のシーズンでも防御率は3点台半ばから4点台前半程度を推移しており、その代わりに規定投球回数14回・シーズン200イニング9回を記録しているため、一定以上の見識を持つ野球ファンからは「強いというより必要とされるタイプ」と評価されている。
○
佐々木主浩(投手)
NPB歴代2位となる日米通算381セーブを誇り、1998年には守護神として
横浜を日本一に導いてMVPと正力松太郎賞に選出された「大魔神」。
海外FAで2000年からマリナーズに加入し、新人王を受賞。2001年にはシーズン116勝目を45セーブ目で飾り、地区優勝に大きく貢献した。
○
イチロー(外野手)
日本人野手初のメジャーリーガーの1人で、説明不要の日本が誇る安打製造機。彼にとっては始まりも終わりもマリナーズだった。
2009年の第2回WBCでは不振を極めつつも、韓国との決勝で延長10回に放った連覇を決める一打は今なお名シーンとして語り継がれている。
現在は会長付特別補佐兼インストラクターを務める。2025年には惜しくも満票には届かなかったがジーターと同じく野手史上最高得票率でアジア人初のアメリカ野球殿堂入りを果たし、背番号「51」もアジア人初となる永久欠番に指定された。
未だに趣味として野球を続ける程度には元気であり、2025年にはチームの練習試合に出場。愛弟子であるフリオとの夢のコラボが実現している。
○ホセ・ロペス(内野手)
イチローと同時代に若手内野手として台頭し、打者不利の本拠地で25本塁打を放ったこともある強打者。
しかし、日本の野球ファンにとっては2013年に来日し、巨人やDeNAで正一塁手として8年間活躍した姿の方が印象的だろう。一塁手として1632守備機会連続無失策はNPB記録である。
頼れる兄貴分としての側面が強い名助っ人だったが、マリナーズ時代は割と血の気が多かったというのは当時を知る人の裏話。
○城島健司(捕手)
地元のダイエー→ソフトバンクで育ち、2006年~2009年にマリナーズに所属した日本人初の捕手メジャーリーガー。2009年の第2回WBCでは全試合でスタメンマスクを被り、大会連覇に大きく貢献した。
しかし、MLB時代は打撃はともかく捕手守備の評価は決して芳しくなく、特にリードはチームメイトたちから揃って「アイツがリードするなら投げたくない」と散々な評価を受けていた。これは捕手がリードする方針は投手が球種を決めることが主流のMLBの手法とは合わなかったためであるとされ、特にボール球を過剰に要求する配球が最も嫌われていたと言われる。
一方でアメリカのMLB公式サイト『MLB.com』が選出する「マリナーズの歴代最高捕手ランキング」では歴代4位にランクインしており、後年に伝わる「ダメリード」「守備軽視型捕手」のイメージは一部の日本の週刊誌筋による誇張の影響の可能性もある。
帰国後は阪神に所属し、2012年をもって引退。一時期は釣りおじさんをやっていたが現在はソフトバンクでCBOを務める。
○フェリックス・ヘルナンデス(投手)
キャリアの大半をマリナーズで過ごしたベネズエラ出身投手。愛称は「キング」。
シャーザーやバーランダーなどといった球史に名を残している名投手たちと互角に渡り合い、2010年にサイ・ヤング賞を受賞。2012年にはMLB史上23人目にしてベネズエラ出身選手・球団史上初の完全試合を達成した。
しかし、当時のマリナーズはポストシーズン進出にかすりもしないことが多い低迷期だったためにトレードやFAによる退団が噂されていたが、マリナーズファンたちが彼の登板日は「キングス・コート」で全力サポート。その熱意が実ったのか2013年に7年総額1億7500万ドルで契約延長を選択し、マリナーズファンを歓喜させた。
だが、2016年以降はケガや年齢による球速低下で成績が低迷していき、契約満了とともに退団。その後はオリオールズやブレーブスとマイナー契約を結んだもののメジャー昇格を果すことはできなかった。
それでも低迷し続けたマリナーズの絶対的なエースとしてチームの希望であり続けた功績が評価され、2021年のマリナーズの久々のポストシーズンの試合で始球式を務め、2023年には球団殿堂入りを果たしている。
○ウラディミール・バレンティン(外野手)
主に日本のヤクルトでプレーし、2013年には長らく王貞治らが保持していた記録を塗り替えてNPB記録となるシーズン60本塁打を放ったオランダ出身スラッガー。
この年のヤクルトはリーグ最下位ながら史上初めてMVPに輝き、セ・リーグ史上2人目となる3年連続本塁打王にシーズン長打率.779のNPB記録も持つ。
○
岩隈久志(投手)
今は亡き近鉄最後のエースにして、それと入れ替わるようにして創設された楽天最初のエース。
2001年の近鉄最後のリーグ優勝に貢献して頭角を現し、2004年には開幕12連勝を達成。アテネ五輪でも銅メダル獲得に貢献した。
オフの球団消滅後は紆余曲折を経て新設された楽天に入団し、球団最初の開幕投手としてマウンドに上がった。2008年には20勝を達成し、チームは5位ながらもMVPを受賞するなど黎明期のチームを支えた。
2012年から海外FAでマリナーズに加入。2015年には日本人2人目となるノーヒットノーランを達成したが、2017年のシーズン序盤に故障してからはメジャーに復帰できなかったために2018年をもって退団。
帰国後はWBCで共闘した原監督が復帰した巨人に入団したが、シート打撃の際に1球投げただけで右肩を脱臼してしまうほど身体が限界を迎えており、登板することなく2020年をもって引退した。
日本にいた頃、特に近鉄時代は当時の流行から「投げる
ジャニーズ」と言われたほどにスラッとした細身だったが、海を渡ってからは筋肉質な体に変貌している。それでも整った顔立ちは今でも変わらない。
○李大浩(一塁手)
2016年にマリナーズに所属した、身長194㎝・体重130㎏という大柄な体格から力強い打球を飛ばす韓国の大砲。
2015年には日本のソフトバンクでリーグ・日本一連覇に大きく貢献し、韓国人初の日本シリーズMVPに輝いている。オフの第1回プレミア12では侍ジャパンとの準決勝で値千金の逆転打を放ち、「ウブロ・プレイヤー・オブ・ザ・ゲーム賞」を受賞。4番として優勝に大きく貢献した。
その活躍からソフトバンク史上最強外国人の1人としても名高い。
メジャー挑戦は失敗に終わったが、日本では素晴らしい実績を残したことから「若い頃にメジャーに挑戦していればよかった」という発言もあながち傲慢なものではないと日本の野球ファンから概ね肯定されている。一方でその体格から「メジャーではどこを守れたのか?」という厳しいツッコミも存在しており、「若い頃に有望株としてメジャーに挑戦していたら、絶対球団にダイエットさせられて史実とは別人になっていたに決まっている(=史実のあのパワーはきっと消えたのでは?)」という正論も聞かれる。
MLBでは2026年に村上に記録を更新されるまで「メジャーデビューから10長打連続で本塁打」という珍記録を持っていた。
○カイル・シーガー(三塁手)
シアトル一筋で活躍したフランチャイズ・プレイヤー。マリナーズ暗黒期において三塁手の座を守り続け、打者不利の本拠地で242本塁打を放った。
2021年にキャリアハイとなる35本塁打・101打点を記録したが、そのオフに電撃引退した。
弟のジャスティンとコーリーもプロ野球選手であり、ジャスティンはMLBに上がることなく引退したが、コーリーは兄が辿り着けなかったポストシーズンで大活躍し、2度のワールドシリーズMVPを獲得している。
☆カル・ローリー(捕手)
長打力と高い守備力を併せ持つ、マリナーズの若き両打ち正捕手。
2022年からメジャーに定着すると21年ぶりのポストシーズン進出を決めるサヨナラ本塁打を放つ活躍を見せ、翌年から2年連続で30本塁打をクリア。2024年にはゴールドグラブ、さらには球団初のプラチナグラブを獲得した。
2025年はただでさえ高かった長打力が爆発し、打者地獄の本拠地をものともしない勢いで本塁打を量産。最終的にはMLB史上7人目となる60本の大台に到達し、24年ぶりの地区優勝に大きく貢献。MVP投票でもジャッジに肉薄するなど充実した1年を過ごした。
☆フリオ・ロドリゲス(外野手)
高い身体能力を誇るドミニカン「J-Rod」。イチローの弟子としても知られる。
マイナー時代の2021年には東京五輪に出場し、銅メダル獲得に貢献。2022年にメジャーデビューを果たすと一瞬のうちに中堅手のレギュラーを掴み、ルーキーイヤーからいきなり25-25を達成し新人王とシルバースラッガー賞を受賞。同年中に最大17年契約という異次元の大型契約を結ぶと、翌年以降も安定して20-20をクリアし、2023年と2025年は30-30まで達成。マリナーズの顔として申し分ない活躍を見せている。
彼もまた『NARUTO』の大ファンであり、2024年のオフに訪日した際にはアニメ版の制作会社である株式会社ぴえろを訪問した。
☆ランディ・アロザレーナ(外野手)
キューバ出身で夜のカリブ海をボートで8時間かけてメキシコに亡命した苦労人。
2020年にトレードでレイズに移籍するとシーズン後半の初出場からポストシーズンにかけて大暴れし、新人野手では史上初となるリーグ優勝決定シリーズMVPに選出。
2023年の第5回WBCではメキシコ代表として出場。侍ジャパンとの準決勝でもたびたびファインプレーを見せるなど「ドヤ顔腕組みパフォーマンス」ともども大いにブレイク。シーズンでも初出場となったオールスターでホームランダービー準優勝の成績を残し、試合でも1回表にいきなりWBC準決勝を彷彿とさせるファインプレーを披露した。
2024年のTDLでマリナーズへ移籍。
☆J.P.クロフォード(遊撃手)
カールを従兄に持つ良血選手。
2013年にフィリーズからドラフト1巡目(全体16位)で指名後、プロ4年目の2017年で初出場を決め、8年目の2021年目にレギュラー定着を決めた苦労人。
一般的には「どんな体勢からも型も何もなく身体能力に飽かせて捕殺を決める送球」としてSNSでクローズアップされるが、MLB評論界隈では守備職人タイプとされる。肝心の守備もレギュラー定着以降は平均程度を推移する。
カールとは違って盗塁自体も少なく、打撃面でも出塁率は優秀ながら打率や長打率が低いため、打力向上が課題と評される。
☆セランソニー・ドミンゲス(投手)
2025年7月29日にトレードでオリオールズからブルージェイズに加入したが、奇しくも両チーム間のダブルヘッダー中に成立したものであり、第1試合でオリオールズの選手としてベンチ入りしていた彼はそのままブルージェイズのクラブハウスへ徒歩で移動し、第2試合で古巣相手に登板するという珍しい光景になった。
2026年よりホワイトソックスに加入したが、TDLでマリナーズへ移籍。メジャーではよくあることだが2年間で4チームを渡り歩くジャーニーマンとなっている。
◇テキサス・レンジャーズ
(伊良部秀輝:2002、大塚晶文:2006~2007、
福盛和男:2008、建山義紀・上原浩治:2011~2012、
ダルビッシュ有:2012~2014, 2016~2017、
藤川球児:2015、有原航平:2021~2022)
略称は「
TEX」。本拠地球場はグローブライフ・フィールドで、2020年に開場した最も新しい球場である。チーム名は地元の公安組織に由来する。
1961年の球団拡張によってエンゼルスとともに誕生。前年を最後にミネソタへ移転した「ワシントン・セネタース」の名前を受け継ぐ形で結成されたチームで、人気の低迷もあって1972年からテキサスに移転するとともに東地区から移籍した。
その乾燥した立地から元々は強打が売りのチームだったが、ライアンがオーナーに就任した2010年代から投手力も向上し、球団史上初のリーグ優勝を含めた連覇を達成した。
ダルビッシュを獲得した2012年は2位に13ゲーム差をつけて西地区首位を快走していたが、最終戦でアスレチックスにまさかの逆転優勝を許してしまい、オリオールズとのワイルドカードでも敗退して終戦。
その後も厳しい戦いが続いたが、2023年はアストロズと最後までデッドヒートを展開し、地区優勝こそ逃したもののポストシーズンでは勝ち上がってリーグ優勝。ダイヤモンドバックスとのワールドシリーズでは史上初となる「2年前の100敗以上チーム対決」になり、4勝1敗で下して悲願の世界一を達成した。「史上最高の下克上」と評したメディアもある。
○フランク・ハワード(外野手・監督)
生え抜きでこそないが草創期のセネタース時代を代表するスラッガーで、大学時代にはバスケットボールでも全米選抜に選ばれていたほどのアスリート。ドジャースでデビューした1960年には23本塁打を放って新人王を受賞し、1968年には現在でもMLBタイ記録として残る週間10本塁打を記録した。
1972年にタイガースに移籍するも振るわず、現役メジャーリーガーで集客を狙う日本の太平洋クラブライオンズと契約して1974年に鳴り物入りで入団したが、
来日時点で故障していた膝が限界を迎え、開幕戦の3打席のみで帰国。そのまま引退した。
帰国後はさまざまな球団で監督やコーチ、育成インストラクターを務めた。ワシントンに34年ぶりにメジャー球団が戻った2005年にはナショナルズとして最初の試合の始球式の際に左翼の守備位置につき、観客から大歓声を受けた。
2023年10月30日に死去。レンジャーズが球団史上初の世界一を達成する2日前の出来事だった。
○イバン・ロドリゲス(捕手)
捕手としてMLB記録となる通算2427試合出場・ゴールドグラブ賞受賞13回の実績を誇る、1990年代以降のMLBを代表するプエルトリコ出身の名捕手「I-Rod」。
背番号「7」は球団の永久欠番に指定されている。
○
ジョシュ・ハミルトン(外野手)
1999年にA-Rod以来となる高卒野手の全体1位指名でプロ入り後、交通事故の影響でアルコールとコカインの依存症に陥りながらも克服して苦節8年目でメジャーデビューした苦労人。
レンジャーズに移籍してからは走攻守に優れた5ツールプレイヤーとして台頭し、2008年に打点王・2010年に首位打者とMVPのタイトルを獲得するなどリーグ連覇に大きく貢献。2008年8月17日のレイズ戦ではア・リーグ107年ぶりとなる
満塁敬遠の偉業を達成。
しかし、2012年10月3日のシーズン最終戦で平凡なフライを落球したことで大逆転を喫し、結果的にチームの歴史的V逸が決定。日本の野球ファンの間では「
世界の野球の歴史に刻まれし人類の超特大超特別A級最終戦犯ジョシュ・ハミルトン特別終身名誉死刑囚」とネタにされてしまっている。
その後は5年1億2500万ドルの大型契約でエンゼルスに移籍するが、不振や故障もあって大きく期待を裏切る結果に終わり、2015年にはコカインの摂取が発覚したことでファンを失望させてしまう。開幕直後に古巣へ復帰したものの、2016年以降はメジャーに出場することなく事実上の引退状態にある。
2019年10月31日には娘への虐待容疑で
本当に逮捕された。
○
福盛和男(投手)
球団最初のセーブを挙げた楽天の初代クローザー。
海外FAで2008年から2年契約でレンジャーズに加入。球団初のメジャーリーガーになったが、野村克也監督の懸念通り4試合で防御率20.25と振るわず、2009年6月に放出されたことで帰国。
入団テストを経て古巣に復帰し、球団史上初のAクラス(2位)に大きく貢献した。
○エイドリアン・ベルトレ(三塁手)
打率3割・30本塁打を4度記録し、守備でも強肩を生かした送球が高く評価されたドミニカン。ゴールドグラブ賞も4度受賞し、ドミニカ共和国出身選手としては史上初の通算3000安打を達成した。
背番号「29」は最後に所属したレンジャーズで永久欠番に指定されている。2024年には95.1%と高い得票率を得て資格初年度にして殿堂入りを果たした。
高い実績もさることながら珍プレーや面白エピソードに事欠かないネタ選手としても有名であり、殿堂入りの際にはMLB公式から珍プレー集を出されたほど。
○ルーグネッド・オドーア(二塁手)
2017年の第4回WBCにも出場したベネズエラ出身の強打の二塁手。一方で通算出塁率が3割を切るなどフリースインガーとしても知られ、30本塁打を放ちながらOPSが.650を切るという珍記録を残すなど選球眼にはかなりの難がある。
気性が激しいためによく乱闘を起こしており、2016年にはバティスタを自慢の右ストレートでKOしたことで話題になった。
MLB通算178本塁打の実績を買われて2023年オフに巨人に入団。MLBでもほとんど守っていない外野手としての起用が見込まれていたが、
二軍スタートに納得できなかったことで開幕3日前に電撃退団した。
○
スペンサー・パットン(投手)
2017年~2020年の4年間に渡って日本のDeNAに所属し、外国人選手では史上3人目となる通算100ホールドを挙げたセットアッパー。通算219登板は球団助っ人記録でもある。愛称は「将軍」。
2024年の第3回プレミア12では初のアメリカ代表入りを果たし、侍ジャパンとの試合にも登板した。
○ジョーイ・ギャロ(三塁手・外野手→投手)
アッパースイングと優れた選球眼で三振・四球・本塁打を量産する選手。
2019年にはア・リーグ史上最速となる377試合で通算100本塁打を達成したが、この時点では単打は93本しか打っておらず、100単打よりも先に100本塁打に到達するというMLB史上初の珍記録になった。
2025年からは投手転向を表明。
○有原航平(投手)
日本ハムで新人王や最多勝のタイトルを獲得した後、2021年からポスティングシステムでレンジャーズに加入。
移籍初年度は開幕直後こそ好投したものの、右肩動脈瘤で手術して以降はメジャーでもマイナーでも打ち込まれてしまう。続く2022年も振るわず、2年間の15試合で3勝5敗・防御率7.57という結果に終わったことで帰国。
この年、あと一歩のところで優勝を逃すという辛酸を舐めたことで大補強に走っていたソフトバンクに3年12億円の大型契約で入団し、リーグ連覇と2025年の日本一に大きく貢献。
しかし、本来であれば国内FA権取得未満の実働年数ながら、MLBを経由すれば無補償でNPB他球団へ移籍できてしまうことが「有原式FA」と揶揄されて議論を呼んだ。
契約が満了した2026年より日本ハムに復帰。
○梁玹種(投手)
2021年に所属した韓国出身左腕。日本では2019年の第2回プレミア12決勝にて山田哲人が逆転3ランを放った時の投手として知られる。
MLBでは結果を残せなかったが、母国では通算2076奪三振の韓国記録を樹立した名投手である。
○ブルース・ボウチー(捕手・監督)
1998年にはパドレスで14年ぶりのリーグ優勝を達成し、2007年~2019年にはジャイアンツの監督としてサンフランシスコ移転後初を含めた3度の世界一、2023年にはレンジャーズを率いて球団史上初の世界一に導くなど、MLBを代表する名将の1人として知られる。
史上初となる監督として3球団でのリーグ優勝、史上3人目となる両リーグでの世界一監督、史上6人目となる監督として世界一4回という業績から今後の野球殿堂入りが確実視されている。
☆コーリー・シーガー(遊撃手)
マリナーズ一筋で活躍したカイルの弟。
ドジャース時代の2020年にはリーグ優勝決定シリーズとワールドシリーズの両方でMVPに選出される大活躍で32年ぶりの世界一の立役者になった。
2022年から加入したレンジャーズでも球団史上初の世界一に大きく貢献。両リーグでワールドシリーズMVPに選出された史上初の人物になった。
打撃時の選球力が非常に優秀であり、彼の打撃スタイルにどれだけ近いかを示す「Simply Seager」なる指標が考案されるほど。
☆ジェイコブ・デグロム(投手)
メッツ時代の2018年・2019年に2年連続でサイ・ヤング賞に輝いた実績を誇る、「デグロミネーター」の愛称を持つ投手。一方で驚異的な無援護でも知られ、2018年には防御率1.70を記録しながら10勝にとどまっており、短縮シーズンを除くとサイ・ヤング賞受賞投手としては史上最小。自責点1以下に抑えながらも勝利投手の権利がつかなかった試合が12試合もあった。
2023年よりレンジャーズに加入したが、シーズン中にトミー・ジョン手術を受けたことから6試合の登板に終わり、9年連続100奪三振の記録もストップ。2025年には6年ぶりに2桁勝利や規定投球回に到達するなど復活し、カムバック賞を受賞。
☆ダニー・ジャンセン(捕手)
2024年7月27日にトレードでブルージェイズからレッドソックスへ移籍したが、8月26日に行われた古巣とのダブルヘッダー第1試合は6月26日の同カードでのサスペンデッドゲームの続行試合であり、その時点ではブルージェイズの選手として打席に入っていた2回表に中断したため、MLB史上初となる「同じ試合に両チームの選手として出場した事例」になった。
この試合の2回裏にはレッドソックスの打者として打席に入ったため、こちらもMLB史上初となる「同一イニングの表裏それぞれで打席に立つ」という珍事になった。
2026年よりレンジャーズに加入。
☆アレクシス・ディアス(投手)
MLBを代表するクローザーの1人であるエドウィンの弟。MLB初セーブを記録した2022年5月17日には史上3例目となる「兄弟同日セーブ」を達成。
2023年の第5回WBCでは兄弟揃ってプエルトリコ代表として出場。メキシコとの準々決勝では負傷した兄の登場曲を使用して登板したが、無死満塁のピンチを招いて降板。逆転負けを喫してしまった。
2026年よりレンジャーズに加入。
追記・修正はメジャーリーグで活躍した人がお願いします
- PITには優勝してほしかったなー -- 名無しさん (2013-10-22 05:59:32)
- やっぱメジャーは勢力図の移り変わりが激しいわw数年前までレイズやタイガースなんて最下位常連だったし、近年だとオリオールズやナショナルズが躍進している。一方でヤンキースやフィリーズは主力の高齢化・高年俸・自前の若手の少なさでこれから落ちていく予感が・・・ -- 名無しさん (2013-10-22 08:22:14)
- 昔のヤンキースはメジャー知らなくても名前だけでも聞いたことある一流選手がズラリと並んでたのになぁ…。 -- 名無しさん (2013-10-22 15:58:34)
- ナショナルリーグはあまり知らないので詳しい方居たら追記お願いしますm(。。)m -- 名無しさん (2013-11-14 21:04:23)
- フィルダーとキンスラーの電撃トレードには驚いたわ -- 名無しさん (2013-11-21 22:20:43)
- ↑メジャーは選手の移籍が多いから、リベラとかの様に1球団で最低10年以上の野球人生終える方が珍しい -- 名無しさん (2013-11-22 00:56:46)
- ↑知ってるけど贔屓の球団のレギュラーが実際そうなると急に非現実的になっちゃうわ・・・・ -- 名無しさん (2013-11-22 02:50:01)
- ハラデー引退やね。まだ36歳なのが惜しい。 -- 名無しさん (2013-12-10 10:07:21)
- なおマリナーズは -- 名無しさん (2014-01-13 12:41:09)
- 内野手(特にサードとショート)の肩が変態すぎる。内野安打かな?→余裕でアウトでした。←こんな場面が当たり前のようにある。 -- 名無しさん (2014-05-26 13:47:48)
- ATLのシモンズの肩がおかしい -- 名無しさん (2014-06-06 00:16:18)
- 地味だけどNL中地区が超激戦地区と化している -- 名無しさん (2014-07-12 19:03:58)
- KCもPITも強くなったよなあ。両方とも数年前まで弱小チームの代表格だったのに。 -- 名無しさん (2014-10-20 19:17:47)
- 上原とかいうモンスター。マンガみたいなコントロールって頭おかしい(褒) -- 名無しさん (2015-11-24 14:18:18)
- 内容がえらい古いまんまだな・・・ -- 名無しさん (2015-12-02 01:08:01)
- 今季今季っていつだよ -- 名無しさん (2018-12-08 23:03:27)
- シンシナティ・レッドストッキングスは今のレッズの前身って言えるのか…? -- 名無しさん (2019-02-06 21:02:24)
- 化石みたいな内容と最新(2023年)の内容が混ざりあっててある意味読み応えある記事だな -- 名無しさん (2023-08-23 11:57:03)
- 誰か千賀の事も付け加えておいてくれ… -- 名無しさん (2023-08-31 00:23:57)
- 何故黒田の項目がないんだ…… -- 名無しさん (2025-04-21 17:30:15)
- あれ、まだスキーンズの項目って無いんだな -- 名無しさん (2025-06-27 23:22:08)
- ヤクスワより弱い球団あるってマジか -- 名無しさん (2025-07-02 01:27:19)
- ランディジョンソンは流石にDバックスで載せるべきじゃない?本人が全盛期はDバックスと公言してるし、殿堂のキャップもDバックス選択してるし -- 名無しさん (2025-10-28 23:31:15)
- 追記しようとしたら文字数オーバーになった、アとナで分割が無難ですかね -- 名無しさん (2026-02-20 18:22:23)
- ↑でも出た通り文字数オーバーになっていた期間があるので、再発防止のため異論がなければリーグごとで分割しようと思いますがいかがでしょうか? -- 名無しさん (2026-03-03 11:22:36)
- 反対意見がなかったため記事の分割を行う予定です。こちらの記事を「メジャーリーグのチーム一覧(アメリカン・リーグ)」にし、ナ・リーグ部分を新規記事に移す予定です。3/13までに異論がない場合は実施したいと思いますが、ご意見ありますでしょうか? -- 名無しさん (2026-03-11 09:00:16)
最終更新:2026年08月17日 12:40