洗礼者ヨハネ

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新約聖書では、イエスの洗礼洗礼者ヨハネの投獄と宣教の開始獄中のヨハネの質問洗礼者ヨハネの死において、洗礼者ヨハネについて触れられている。

聖書以外の記録

新約聖書以外では、フラウィウス証言とともにユダヤ古代史に記載されている。

ヨセフス『ユダヤ古代誌』18:116-119
しかしユダヤのある人びとには、ヘロデの軍隊の敗戦は神の復讐であるように思われたが、確かにそれは「洗礼者」と呼ばれたヨハネになされた仕業に対する正義の復讐であった。というのはヨハネは立派な人であり、ユダヤ人に正しい生活をおくり、同胞に対する公正を、神に対する敬虔を実行し、洗礼に加わるよう教え勧めたのに、ヘロデは彼を死刑に処したからであった。ユダヤ人たちが洗礼を受ければ神に嘉納されるであろうが、それは彼らが犯した何らかの罪の赦しを得るためではなく、肉体の浄化のためであった。霊魂は正しい行いによってその前に浄められていたからである。
さてその他の人びとも彼の言葉を聴いて大いに奮起させられて彼のもとに集まったとき、ヘロデはヨハネの民衆に対する大きな影響が騒乱をひき起こしはしないかと恐れた。彼らはヨハネが勧めることなら何でもしようという気持ちになっていたからである。 そこでヘロデは実際に騒乱が起こって窮地に陥り、そのとき後悔するよりも、彼によってひき起こされるかも知れない反乱に先手をうって、彼を殺すほうが上策であると考えた。そこでヘロデの疑念のためにヨハネは前述した砦のマカイルスに送られ、そこで処刑された。