聖霊論

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聖霊(希: Άγιο Πνεύμα[Hagio Pneuma]、羅: Spiritus Sanctus、英: Holy Spirit)は、キリスト教において、三位一体の神の位格の一つである。

聖霊はイエスの洗礼に関する際の記載から、鳩に例えられることが多い。

マルコ1:9-11
そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

ペンテコステ(聖霊降誕)に関する記載から、炎に例えられることもある。

使徒2:1-4
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

聖書では聖霊を指して「もうひとりの助け主」(口語訳、ヨハネ14:16)である、と記している。

ヨハネ14:15-21
「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。
わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」

この文脈を読み解くと、イエスがまず弁護者(助け主)であり、聖霊もまた別の弁護者(助け主)である、という意味になる。つまり、聖霊は肉体を持たないが、イエスと同じように神性と人格を持つ存在と言える。

聖霊の役割

聖霊の役割については以下のことが言える。

旧約聖書

  1. 聖霊は創造に関与している。(創世記1章2節)
  2. 聖霊は人間の創造にも関与している。神は土地のちりにいのちの息である聖霊を吹き込んで人を創造した。(創世記2章7節)
  3. 聖霊は神が選んだ指導者に与えられる。神が指導者としてモーセを選んだ時に神の霊が与えられた。(民数記11章17節)
  4. 聖霊は預言者に与えられる。サウルに聖霊が臨んだ時に、恍惚状態になって預言をした。(第一サムエル記10章10節)
  5. 聖霊は救済の働きをする。ダビデが罪を犯した時に、神との交わりを回復できるのは聖霊によると告白している。(詩篇51篇11節)

新約聖書

  1. イエス・キリストの誕生は聖霊によった。(マタイ1章18節)
  2. 聖霊が弟子たちに与えられるのは、父の約束による。(使徒言行録1章4節)
  3. 教会はペンテコステの日、聖霊に注ぎによって設立された。(使徒言行録2章1節-4節)
  4. 神の国に属するために必要なものは新生である。新生は聖霊による。(ヨハネの福音書3章8節)

主の七つの霊

イザヤ書によれば、主の霊として次の七つが神に由来するとしている。すなわち、「主の霊」「知恵の霊」「識別の霊」「思慮の霊」「勇気の霊」「主を知る霊」「主を畏れ敬う霊」である。なお、これは主の霊が七つあるということではなく、唯一である主の霊に七つの役割があると解釈されている。
ヨハネの黙示録の記述と合わせ、メノーラーの7つの光と比較される。

イザヤ11:1-2
エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。
知恵と識別の霊
思慮と勇気の霊
主を知り、畏れ敬う霊。

ヨハネの黙示録4:5
玉座からは、稲妻、さまざまな音、雷が起こった。また、玉座の前には、七つのともし火が燃えていた。これは神の七つの霊である。

聖霊の成立(フィリオクェ問題:聖霊は父と子から=西方教会、聖霊は父から=東方教会)

キリスト教内の各教派において、聖霊についての捉え方・考え方には、共通する部分と異なる部分がある。
東方教会と西方教会の間には、聖霊が「父(なる神)からのみ発出する」とするか、それとも「父(なる神)と子(なる神)から発出する」とするかを相違点とするフィリオクェ問題がある。
西方教会と東方教会は聖霊に関するキリスト教の教義の違いで対立した。結果、解決せず、西方教会と東方教会の大分裂に至った。正教会の神学者ウラジーミル・ロースキイは、フィリオクェ問題を東西教会の分裂の根源的かつ唯一の教義上の原因であるとしている。

「異端」とされた考え

以下の考えは正統派より異端とされている。
  • 三神論(聖霊は「三つの神のうちの一つ」)
  • 聖霊は一様式(mode)もしくは「一つの『役』」
  • 聖霊の神性は比較的劣っている
  • 聖霊は神ではない