ミサ曲

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礼拝(特にミサ)の成立

カトリック教会の一般的な表現として、「ミサ」はキリストの死と復活の記念だといわれている。
Ⅰコリント10:23-24
主イエスは、引き渡される夜(即ち最後の晩餐)、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き『これは、あなた方のための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい。』といわれました。

このようなキリストの命令に基づき、キリスト教徒は最も初期から共同の食事を守ってきた。初代のクリスチャンは自らをユダヤ教の伝統を受け継ぐものと見なしていたので、まずユダヤ教の会堂で行われている礼拝に参加し、その後で信者の家に集まって共同の食事をした。ところがユダヤ教の方では、キリスト教徒を異端者と見なし、会堂から追放した。そこでクリスチャンはやむを得ず礼拝と食事を一緒に行うようになった。これが「ミサ」(聖餐式)の起こりである。

礼拝の部(シナクシス)は洗礼を受けていない未信者でも参加できるが、聖餐の部(ユーカリスト)は「キリストの体と血」であるパンと葡萄酒にあずかるので、信者だけしか参加できない。そこで「シナクシス」の終わりに、司会者は「行け、解散である(Ite, missa est)」と宣言した。そこから、「ユーカリスト」のことを「ミサ(解散)」と呼ぶようになり、ひいてはシナクシス、ユーカリスト両方を含むこの典礼形式そのものを、この名で呼ぶようになった。

はじめは、どちらかというと自由に行われていた典礼形式も次第に定式化、整備され、西方(ローマ)教会では、教皇グレゴリウス一世(在位 590~604)によって正式な典礼文が制定された。グレゴリウス一世の時代から16世紀に持たれたトレント公会議までの約1千年間もミサの本質に変化はなかったが、徐々に儀式としての体裁が重視され、荘厳さ、優美さ、神秘性等が強調され、装飾的な要素が加味されて時にはそれが過剰になることもあった。また、聖遺物の崇拝にも見られるような迷信も横行するようになった。

このような状況の下に、1517年、ヴィッテンベルク大学教授マルティン・ルター(1483~1546)が 95ヶ条の質問状を発することでいわゆる宗教改革が始まり、ヨーロッパ各地に広まっていく。それに対してカトリックの内部でも改革を行うべく招集されたのがトレント公会議で、1545年から18年間にわたって開かれ、グレゴリウス一世の時代への回帰を目指すとともに、ミサの一層の統一と画一化が行われた。使用する言語もラテン語に限られ、1570年にローマ・ミサ典礼書の規範版が出版された。今日、ミサ曲で用いられているミサ典礼文はほとんどがこの時の典礼書によっている。

なお、その後4世紀の間は大きな変革はなかったが1962年に第2ヴァチカン公会議と呼ばれる会議が招集され大きな改革がなされた。音楽の面から言って最も大きな変化は、ミサがそれぞれの国語で執り行われるようになったことで、日常の礼拝ではラテン語のミサ曲は歌われなくなった。

レクイエムの成立

レクイエム(死者のためのミサ)はその名の通り、死者のためにささげるミサで、「ミサ」の中のある特別な形といえる。初期のキリスト教では、信者が亡くなったときにも、死によって失われることのないキリストとの永遠の交わりを感謝して「ミサ」の祭りをささげた。
このように、初期のキリスト教においては、葬儀のための「ミサ」でさえも祝祭的なものであった。しかしやがて中世も末期に近づいてくると(9世紀頃)、政情不安や飢饉、疫病など暗い世相の影響を受け、死生観も次第に陰鬱なものとなった。特に「人は死後、煉獄に落とされて厳しい責め苦を受け、罪の償いをせねばならぬ」という「煉獄説」が広く信じられるようになったこと、また本来、共同体の祭りであった「ミサ」の性格が個人の功徳として主観的に考えられるようになったことから、「死者のためのミサ」という形態が生まれてきた。すなわち、煉獄でさいなまれている死者のためにミサを上げてやれば、その功徳によって責め苦が軽減されていく、と考えられたことからこういうミサがしきりに行われるようになった。
このようにして始められた「死者のためのミサ」であるが、広く行われるようになるにつれ、一般のミサとは異なった独特の形式が次第に定着した。そしてこの典礼形式は、冒頭の「入祭唱」をはじめ、旧約聖書続編のエズラ記(ラテン語)2:34~35から取られた「永遠の安息を与え…(Requiem aeternam donna eis…)」という句が、典礼文中に何度も繰り返されることから、この典礼形式は「レクイエム」という通称で知られるようになった。
しかし、もともとグレゴリウスの時代には無かった形式なので、16世紀までは公式に定められた典礼文が無く、地域的に異なった形式も行われていた。ミサの成立のところで述べたように16世紀中頃、トレントで公会議が招集され、ミサの改革がなされた。この会議では、中世に生まれた不純な典礼形式の多くが廃止されたが、「死者のためのミサ」は、煉獄説を否定するプロテスタントに対抗するため逆に整備され、公式な典礼文が制定された。

構成

A.集会の儀(シナクシス)
  1.開催の儀
    イ.入祭唱(Introitus) (固)(歌)  
    ロ.あわれみの賛歌(Kyrie) (通)(歌)  
    ハ.栄光の賛歌(Gloria) (通)(歌) 「レクイエム」には無し
    ニ.集会祈願(Collecta) (固)(司)  
  2.ことばの典礼
    イ.使徒書(Epistula) (固)(司)  
    ロ.昇階唱(Graduale) (固)(歌)  
    ハ.アレルヤ唱(Alleluia)
  または詠唱(Tractus) (固)(歌)  
    ニ.続唱(Sequentia) (固)(歌)  
    ホ.福音書(Evangelium) (固)(司)  
    ヘ.信仰宣言(Credo) (通)(歌) 「レクイエム」には無し
B.感謝の祭儀(ユーカリスト)
  1.奉納の儀
    イ.奉納唱(Offeritorium) (固)(歌)  
    ロ.奉納祈願(Susipe) (通)(司)  
    ハ.密唱(Secreta) (固)(司) 「奉納祈願」の結び
  2.奉献文
    イ.叙唱(Praefotio) (通)(司)  
    ロ.感謝の賛歌(Sanctus) (通)(歌)  
    ハ.典文(Canon) (固)(司) 「叙唱」の結び
  3.交わりの儀
    イ.主の祈り(Pater noster) (通)(司)  
    ロ.平和の賛歌(Agnus dei) (通)(歌)  
    ハ.聖体拝領唱(Communio) (固)(歌)  
    ニ.聖体拝領祈願(Postcommunio) (固)(司)  
  4.閉祭の儀
    イ.終わりの唱和 (固)(司・歌)  
    ロ.祝福(Benedicat) (通)(司) 「レクイエム」には無し
    ハ.ヨハネ福音書序文(In Principio) (通)(司)