ジャンヌ・ダルク

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ジャンヌ・ダルク(フランス語: Jeanne d'Arc、古綴:Jehanne Darc 1412年頃1月6日 - 1431年5月30日)は、15世紀のフランス王国の軍人。フランスの国民的ヒロインで、カトリック教会における聖人でもある。

ジャンヌが生まれたのはバル公領の村ドンレミで、当時のバル公領は、マース川西部がフランス領、マース川東部が神聖ローマ帝国領で、ドンレミはマース川西部のフランス領に属していた。ジャンヌの両親は20ヘクタールほどの土地を所有しており、父ジャックは農業を営むとともに、租税徴収係と村の自警団団長も兼ねていた。当時のドンレミはフランス東部の辺鄙な小村で周囲をブルゴーニュ公領に囲まれてはいたが、フランス王家への素朴な忠誠心を持った村だった。ジャンヌが幼少のころにドンレミも何度か襲撃に遭い、焼き払われたこともあった。

後にジャンヌは異端審問の場で自分は19歳くらいだと発言しており、この言葉の通りであればジャンヌは1412年ごろに生まれたことになる。さらにジャンヌが初めて「神の声」を聴いたのは1424年ごろのことで当時12歳だったと証言している。このとき独りで屋外を歩いていたジャンヌは、大天使ミシェル、聖カトリーヌ、聖マルグリットの姿を幻視し、イングランド軍を駆逐して王太子をランスへと連れて行きフランス王位に就かしめよという「声」を聴いたという。聖人たちの姿はこの上なく美しく、3名が消えた後にジャンヌは泣き崩れたと語っている。

ジャンヌは16世紀にフランスのカトリック同盟の象徴となっていった。1849年にオルレアン大司教に任命されたフェリックス・デュパンルー (en:Félix Dupanloup) がジャンヌを大いに賞賛する演説を行い、フランスのみならずイングランドの耳目も集めた。デュパンルーのジャンヌに対する高い評価と功績の紹介は、1909年4月18日にローマ教皇ピウス10世からのジャンヌの列福となって結実した。さらに1920年5月6日には、ローマ教皇ベネディクトゥス15世がジャンヌを列聖した。そしてジャンヌはローマ・カトリック教会におけるもっとも有名な聖人の一人となっていった。