イスラム教

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唯一絶対の神アッラー(アラビア語で「神(deity)」を意味する一般名詞である"ilāh"に定冠詞(the)である"al-"をつけた形の"al-lāh")を信仰し、神が最後の預言者たるムハンマドを通じて人々に下したとされる預言書クルアーン(コーラン)の教えを信じ、従う一神教である。

イスラム教はアラビア語を母語とするアラブ人の間で生まれ、神がアラビア語をもって人類に下したとされるクルアーンを啓典とする宗教であり、教えの名称を含め、宗教上のほとんどの用語はアラビア語を起源とする語である。

イスラム教の教典(聖典)としてすべてのムスリムが認め、従うのは、アラビア語で「朗唱されるもの」という意味をもつクルアーン(コーラン)唯ひとつである。クルアーン(コーラン)はムハンマドが最後の予言者として語った内容が、ムハンマドおよび後継者の代によって編集され、書物となったものである。

アダム・ノア・アブラハム・モーセ・イエスなどの預言者たちが説いた教えを、最後の預言者であるムハンマドが完全な形にしたとされている。

クルアーン自身の語るところによれば、クルアーンとは、唯一なる神が、人類に遣わした最後にして最高の預言者であるムハンマドを通じて、ムスリムの共同体(アラビア語でウンマ)に遣わした啓典(キターブ)であり、ムスリムにとっては、神の言葉そのものとして社会生活のすべてを律する最も重要な行動の指針となる。

イスラム教では、神(アッラー)が、預言者を通じて人類に下した啓典が、人類にとって正しい信仰の拠りどころになると考えている。

聖典は預言書クルアーンで、これに加え、預言者ムハンマドの言行録であるハーディスが補助的に読まれる。

イスラム教の成立

元々アラブでは、アッラーを最高神とする多神教が信仰されていた。
考古学的見地では、ヤハウェとイスラーム教の唯一神アッラーは別の起源であり、イスラム教の唯一神アッラーは、630年以前は、カアバ神殿に祭祀されていた最高神の呼称であった。イスラム教でいうジャーヒリーヤ(無明時代)に、カアバ神殿に祭祀されていた360の神々の最高神がアッラーフとされていた。アッラーの下には、アッラー娘とされるのアッラート、マナート、アル・ウッザーの3女神が付き従っていたという。これらの女神はアラブの部族神であり広く信仰されていた。

伝承によると、ムハンマドの6世の父祖クサイイの時代にメッカの支配権とカアバの管理権をクライシュ族が掌握し、代々クライシュの一門の当主たちが合議によって統治と管理を行っていたという。天使ジブリール(ガブリエル)により啓示を受けたムハンマドは、クライシュ神殿の最高神アッラーを唯一の神とし、他を神として実在しないものとして排斥した。

630年に預言者ムハンマド率いるムスリム軍がアブー・スフヤーンを筆頭とするクライシュ族のメッカを無血開城して征服した。この時、アッラートの「御神体」とされていた「黒石」( حجر الأسود‎ Ḥajar al-Aswad)を除く359の聖像が全て破壊されて名実共にイスラームの聖殿となった。

聖典

クルアーン(コーラン)

ムハンマド以前から、神はさまざまな共同体に預言者を遣わして、啓典を下してきた。しかしそれらのうちでもクルアーンは、神が人類に啓典を伝えるために選んだ最後にして最高の預言者であるムハンマドに対し、天使ジブリールを介し、最も明瞭な言語であるアラビア語を用いて人々に与えた啓典であり、アラビア語で書かれたクルアーンの言葉は神の言葉そのもので、最も真正な啓典であるとされている。

クルアーンは、他の聖典(モーセ五書や福音書)と異なり、神がムハンマドを通じてアラブ人にアラビア語で伝えた神の言葉そのものであるとされ、聖典としての内容、意味も、言葉そのものも全てが神に由来する。

クルアーンが神の言葉そのものであることを信じることはイスラーム教の信仰の根幹である。イスラーム神学では、クルアーンは神の言葉そのものである以上、神に由来するもので、神の被造物には含まれない。クルアーンを記した文字や本、クルアーンを人間が読誦したときにあらわれる音は、被造物である人間があらわしているので被造物の一部であるが、その本質である言葉そのものは、本来被造物の世界に存在しない神の言葉である。従って、神の言葉であるクルアーンが地上に伝えられていることそれ自体がムハンマドに対して神がもたらした奇跡であると主張される。

ハディース

イスラームの教典としてすべてのムスリムがその内容を認める(認めることがムスリムとしての絶対条件とされる)のはアル=クルアーンのみであるが、実際にはアル=クルアーンに次ぐ事実上の聖典と言える書物が存在する。

そもそも預言者ムハンマドの在世中から、ムスリム達はムハンマドが神の言葉として語ったアル=クルアーン(として後に纏められる物)についで、ムハンマドが自分自身の言葉として語ったものや、ムハンマドの行動をスンナ(慣習)として尊び、アル=クルアーンに次ぐ指針としてきた。預言者ムハンマドの没後には、これらのスンナが識者達の伝承として伝えられていく。この伝承を、ハディースとよぶ。9世紀にはブハーリーやムスリムをはじめとする学者達がこれらのハディースの収集と記録に取り掛かり、ハディースの真偽を問うハディース学も発展した。

スィーラ(預言者伝)

預言者ムハンマドの伝記は特に『スィーラ』(al-Sīra)と呼ばれる。
イスラムの伝承学者であるイブン・イスハークは、預言者ムハンマドに関する伝承を集大成して預言者の伝記を著わした。その原本『マホメット伝(Sīra Rasūl Allā)』は今日に伝えられていないが、イブン・ヒシャーム (834没) が改訂して注を付した『神の使徒の伝記(Kitāb sīrat rasūl Allāh)』が残っている。タバリーをはじめ多くの歴史学者によって引用されており,ムハンマドに関する最良の史料である。

イスラム教では聖書は読まれない

イスラームではアル=クルアーン以前にも啓示を記した書物としてユダヤ教とキリスト教の聖書があるとしている。このことだけ見れば、これらの書物(特に、モーセ五書、詩篇、福音書)も、アル=クルアーン同様神の言葉であり、聖典として尊ばなければならないということになる。

クルアーン2:87
こうしてわれはムーサー〔モーセ〕に啓典を授け、使徒たちにその後を継がせた。またわれはマルヤム(マリア)の子イーサー(イエス)に、明証を授け、更に聖霊でかれを強めた。 
クルアーン4:163
本当にわれは、ヌーフ〔ノア〕やかれ以後の預言者たちに啓示したように、あなたに啓示した。われはまたイブラーヒーム〔アブラハム〕、イスマーイール〔イシュマエル〕、イスハーク〔イサク〕、ヤアコーブ〔ヤコブ〕および諸支族に(啓示し)、またイ―サー〔イエス〕、アイユーブ〔ヨブ〕、ユーヌス〔ヨナ〕、ハールーン〔アロン〕ならびにスライマーン〔ソロモン〕にも(啓示した)。またわれはダーウード〔ダビデ〕に詩篇を授けた。
クルアーン3:3
かれ〔神〕は真理をもって、あなたに啓典を啓示され、その以前にあったものの確証とし、また(モーセの)律法と(イエスの)福音を(先に)下され、この前にも人びとを導き,(今)また(正邪の)識別を御下しになる。
クルアーン5:46
われはかれらの足跡を踏ませて、マルヤム〔マリア〕の子イーサー〔イエス〕を遣わし、かれ以前(に下した)律法の中にあるものを確証するために、導きと光明のある福音をかれに授けた。これはかれ以前に下した律法への確証であり、また主を畏れる者への導きであり、訓戒である。

現にクルアーンには、聖書を確証するためにクルアーンがあるという節がある。

クルアーン5:48
われは真理によって、あなたがたに啓典〔クルアーン〕を下した。それは以前にある啓典〔聖書〕を確証し、守るためである。それでアッラーが下されるものによって、かれらの間を裁け。

しかし現実には、ムスリムとユダヤ教徒やキリスト教徒との敵対関係、続くイスラームによる両教徒の制圧と従属民化に伴い、ムスリムの間では現実にユダヤ教徒やキリスト教徒が用いている聖書は改竄と捏造を繰り返されたもので、聖典としての価値を失っているとみなす教義を発達させた。そのため現在に至るまでムスリムが聖書を読むことは、宗教知識人などを除けばほとんどない。聖書が禁書となっているイスラム教国もある。聖書が禁じられている国を参照。また、聖書とクルアーンの関係も参照されたい。

イスラム教独自の預言者

イスラム教では、ユダヤ教・キリスト教の預言者(イエスを含む)に加え、アラブ独自の預言者であるサーリフ、フード、シュアイブ、そして最後の預言者ムハンマドを含む。

イスラム教の教義

イスラム教の教義は以下の通りである。
  1. 神は唯一絶対の神である
  2. 世界は神によって創造された
  3. 偶像を造ったり、拝んだりしてはならない
  4. 人間は罪人である
  5. 神は慈悲、恩寵、力に満ちたかたである
  6. 神の前には、民族を越えて万人が平等である
  7. 人は終末の日に、最後の審判を受けるために復活する。そして神は、万人を正しく裁かれる

これは、キリスト教の教義から、「イエスによる罪の贖い」「イエスによる罪からの救い」「イエスが救い主である」と信じることを除いたものである。従って、イエス聖霊を神と同一とする「三位一体」も信じない。

六信五行

イスラム教では「六信五行」が重要とされている。イスラム教徒が信ずべき六つの信条と、実行すべき五つの義務のことである。
  • 六信:アッラー・天使・啓典・預言者・来世・定命
  • 五行:信仰告白・礼拝(サラート)・喜捨(ザカート)・断食(サウム)・巡礼(ハッジ)
六信については、クルアーン中に6つを同時に述べた箇所は無い(5つないしは4つに言及している箇所はいくつかある。2-177、4-136など)が、イスラーム初期の段階から「六信」として定式化していたようである。
五行については、5つともクルアーン中でたびたび取り上げられているが、5つを一箇所でまとめて述べている章句は無い。

信仰告白(シャハーダ)

「アッラーの他に神は無い。ムハンマドは神の使徒である。」と証言すること。

礼拝(サラート)

一日五回、キブラ(カアバ)に向かって神に祈ること。
  1. ファジャル(Fajar):明け方、薄明が現れる時刻
  2. ゾフゥル(Zohar):正午の後、太陽が最も高い地点から傾き始める時刻
  3. アッサル(Asar):昼すぎ、物体の影の長さがその物体自身と同じ長さになる時刻
  4. マグリブ(Maghrib):日没直後
  5. イシャ(Isha):日暮れ、薄明が無くなる時刻
日の出、正午、日の入りには礼拝してはならない。

喜捨(ザカート)

収入の一部を困窮者に施すこと。

断食(サウム)

ラマダーン月の日中、飲食や性行為を慎むこと。

巡礼(ハッジ)

経済的・肉体的に可能であれば、ヒジュラ暦第十二月であるズー=ル=ヒッジャ月(巡礼月)の8日から10日の時期を中心に、マッカのカアバ神殿に巡礼すること。

キリスト教との対立

イエスについて

クルアーンにはイエス(イーサー)について以下に書いている。(コーラン19章 マルヤムの章 34-35節)
そのこと(イーサーがマルヤムの子であること)に就いて,かれら(ユダヤ教徒,キリスト教徒)は疑っているが本当に真実そのものである。アッラーに子供が出来るなどということはありえない。かれに讃えあれ。かれが一事を決定され,唯「有れ。」と仰せになれば,即ち有るのである。

対して、キリスト教では聖書で次のように述べている。(ヨハネの手紙一2:22)
偽り者とは、イエスがメシアであることを否定する者でなくて、だれでありましょう。御父と御子を認めない者、これこそ反キリストです。

したがって原理上、キリスト教とイスラム教は対立する運命にあるのである。しかしながら、神は同じであるという事実を忘れてはならない。

聖霊について

クルアーンでは、聖霊はガブリエル(ジブリール)と同じとする記述がある。

クルアーン19章 マリヤム章 17節
かの女(=マリヤム)はかれらから(身をさえぎる)幕を垂れた。その時われはわが聖霊(ジブリール)を遣わした。かれは1人の立派な人間の姿でかの女の前に現われた。