聖書の疑問点

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創世記

太陽の創造の前に3日が経過しているのはなぜか。特に、太陽ができる前に植物が生えているのはなぜか。(創世記1章)

福音派:神が造った特別な光によって時間が経過したため。その光で光合成もでき、植物は成長することができた。
リベラル派:天地創造は旧約聖書の逸話の中でも最も後で書かれた部分であり、比喩的物語ないし神話であるから。

創世記の第1章と第2章では天地創造の順番が異なるのはなぜか。(創世記1-2章)

福音派:第2章は、第1章の6日目を詳しく説明したもので、特に矛盾しているわけではない。
リベラル派:第1章はP資料、第2章はJ資料を使っているため、内容が異なるのは当然である。

主なる神が自らのことを「われわれ」と呼称しているのはなぜか。(創世記1:26,3:22)

これについてはエロヒム(我々)を参照されたい。

アダムとエバの子であるカインが、ノドの地で妻と出会ったのはおかしいのではないか。(創世記4:17)

福音派:そもそも全ての人はアダムとエバから生まれたのだから、カインの妻もこの二人から生まれたはずである。したがっておかしい部分はない。
リベラル派:エデンの園の神話と、カインとアベルの神話はもともと系列の異なる神話である。これはその2つをまとめたために生じた矛盾点である。
その他:創世記1章で神が創造した男女はアダムとイブではないとすれば矛盾はない。

ノアの洪水で滅びてしまったはずなのに、ヤバルが家畜を飼う者の先祖に、ユバルが演奏者の先祖に、またトバルカインが鍛冶屋の先祖になるのはおかしいのではないか。(創世記4:20-22)

福音派:彼らの技術が今に伝えられている、という意味である。
リベラル派:エデンの園の神話と、カインとアベルの神話はもともと系列の異なる神話である。これはその2つをまとめたために生じた矛盾点である。

暦ができたのは出エジプトの時なのに、ノアの方舟の逸話に日付が書かれているのはおかしいのではないか。(創世記7-10章、出12章)

福音派:?
リベラル派:ノアの方舟のほうが出エジプトよりも後で書かれた話だから。

セムの子アルパクサデ(新共同訳:アルパクシャド、新改訳:アルパクシャデ)が生まれた年が「セムが100歳の時で洪水の2年後」というのは矛盾しているのではないか。(創世記5:31, 7:6, 11:10)

これについては創世記の年表を参照されたいが、つまりまとめると次のとおりである。

創世記5:32
ノアは五百歳になったとき、セム、ハム、ヤフェトをもうけた。

創世記7:6
ノアが六百歳のとき、洪水が地上に起こり、水が地の上にみなぎった。

創世記11:10
セムの系図は次のとおりである。セムが百歳になったとき、アルパクシャドが生まれた。それは洪水の二年後のことであった。

つまり、創世記5:32および7:6の記述によれば、セムが100歳の時に洪水が起きている。
しかし、創世記11:10によれば、セムが98歳の時に洪水が起きている。
この矛盾はどう説明できるのか、というのがこの質問の趣旨である。

福音派:ヘブライ語のマソラ本文では「500歳になって」という表現が用いられている。つまりノアが500歳以降になって生まれた子供という意味であるから得に矛盾はしない。
リベラル派:旧約聖書編集の際のミス。ただし、ノアが500歳のときでも502歳のときでも、全体に大きな影響を与えるような問題ではない。

創世記10章では「言語、氏族、民族に従って」人々が住んだとあるのに、11章でバベルの塔の逸話が出てきて「世界の言葉が一つだった」というのは矛盾しているのではないか。

福音派:まず全体の概要を述べてから、続けて詳細を述べるという構成であるから。創世記1章と2章の構造と同じである。
リベラル派:高等批評に基づけば、元の創世記の物語に後から挿入された物語と考えられる。すなわち、創世記編集の直前のバビロン捕因の時にバビロンのジックラト建設に駆り出されたユダヤ人が、バビロン王国を批判して書いた物であるため。


モーセ五書

神は「神を見たものはいない」というが何人も見た人がいるのはおかしいのではないか。(出33:20)

これについては神を見るを参照されたい。

ノアの洪水で滅びてしまったはずなのに、ネフィリムの出であるアナク人が存在するのはおかしいのではないか。(民数13:33)

福音派:ネフィリムとは巨人の意味である。アナク人は巨人だったが、実際にはアナク人とネフィリムに関係はない。つまり、イスラエル人にとってアナク人は巨人だったのでネフィリムの出だと考えたが、それはイスラエル人の主観に過ぎない。
リベラル派:モーセ五書の編集の際のミスである。つまり、ネフィリムの出であるアナク人の存在をしめすこの記述は、ノアの洪水に疑問を呈するものである。

イスラエル人の旅路について、民数記ではエドムの地を避けたとあるのに、申命記では避けずに通過したような記載がある。これは矛盾しているのではないか。(民数記20章、申命記2章)

これについてはエドムの地の通過を参照されたい。

福音派:?
リベラル派:高等批評での文書仮説によれば、申命記はJE資料が成立した後、ヨシヤ王の改革の際にD資料を用いて書かれたとされる。そのため、申命記の矛盾は、申命記史家が独自の考えに基づいて執筆したために起こったものである。

歴史書

ヨシュア記ではカナンの先住民を惨殺しているにもかかわらず、士師記ではイスラエル人は何度も先住民によって惑わされている。これは矛盾しているのではないか。


福音派:異教徒を全て滅ぼしたということを必ずしも意味しない。神は敢えてイスラエル人を惑わす存在を残すことで、イスラエル人の神への信仰心を試したのである。
リベラル派:考古学的には当時のイスラエル人は民衆レベルでは先住民に影響された多神教崇拝に陥っていた。したがって実態により近いのは士師記の記述であり、ヨシュア記は後から「あの時先住民を惨殺すべきだったのだ」という理想像を書いたものである。

士師記の年数を合計すると410年になるが、これは歴代記上6章の記述と矛盾するのではないか。

これについては士師記の年表を参照されたいが、つまり、士師記の期間の長さが歴史書間で矛盾しているという問題である。

福音派:士師の活動期間が互いに重なっているのが原因であり、矛盾しているわけではない。
リベラル派:歴史的には士師記の期間は200年程度しかなく、史実とかけ離れてるから。

サウル王とダビデの出会いはサムエル記上16章で書かれてるが、なぜか続く17章ではサウル王はダビデに対して忘れている。これはおかしいのではないか。(サムエル記上16章、17章)


サムエル記上16:14-19
主の霊はサウルから離れ、主から来る悪霊が彼をさいなむようになった。
サウルの家臣はサウルに勧めた。「あなたをさいなむのは神からの悪霊でしょう。王様、御前に仕えるこの僕どもにお命じになり、竪琴を上手に奏でる者を探させてください。神からの悪霊が王様を襲うとき、おそばで彼の奏でる竪琴が王様の御気分を良くするでしょう。」
サウルは家臣に命じた。「わたしのために竪琴の名手を見つけ出して、連れて来なさい。」
従者の一人が答えた。「わたしが会ったベツレヘムの人エッサイの息子は竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見も良く、まさに主が共におられる人です。」
サウルは、エッサイに使者を立てて言った。「あなたの息子で、羊の番をするダビデを、わたしのもとによこしなさい。」

サムエル記上17:55-58
サウルは、ダビデがあのペリシテ人に立ち向かうのを見て、軍の司令官アブネルに聞いた。「アブネル、あの少年は誰の息子か。」「王様。誓って申し上げますが、全く存じません」とアブネルが答えると、サウルは命じた。「あの少年が誰の息子か調べてくれ。」
ダビデがあのペリシテ人を討ち取って戻って来ると、アブネルは彼を連れてサウルの前に出た。ダビデはあのペリシテ人の首を手に持っていた。サウルは言った。「少年よ、お前は誰の息子か。」「王様の僕、ベツレヘムのエッサイの息子です」とダビデは答えた。

福音派:サウルはダビデのことを「若者よ」と呼んだだけであり、知らなかったわけではない。父親についても忘れていただけである。
リベラル派:サウルとダビデの出会いに関する2つの伝承があり、その編集がうまくいかなかった結果である。

サウル親子の骨を埋めた木の種類は、サムエル記上31章ではぎょりゅうの木なのに、歴代誌上10章では樫の木なのはなぜか。


福音派:?
リベラル派:先に書かれたのはサムエル記の方なので、後から歴代誌の著者が書き換えたため。

サムエル記下24:1で「主」が行ったことが、歴代誌上21:1では「サタン」が行ったとあるのは矛盾ではないのか。


サムエル記下24:1
主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は、「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われた。

歴代誌上21:1
サタンがイスラエルに対して立ち、イスラエルの人口を数えるようにダビデを誘った。

福音派:?
リベラル派:サムエル記が書かれた時点では、一元論を信じていたイスラエル人は「神の怒りによりイスラエルに災いが与えられようとしていた」と考えた。しかし、バビロン捕囚を経て善悪二元論を学んだイスラエル人は「神に敵対するサタンがイスラエルに災いをもたらそうとした」と再解釈した。詳しくは悪霊論を参照。

ユダ王国の第10代の王は列王記ではアザルヤなのに、それ以降の記録ではウジヤとなっているのは矛盾しているのではないか?(列王記下14:21,15:1など)


アザルヤ(עזריה)からレーシュ(ר)が抜けるとウジヤ(עזיהו)となる。これは、ゼカリヤ(זכריה)の死とかかわっている可能性が有る。


新約聖書

イエスの家系図がマタイとルカで矛盾するのはなぜか。

両者の家系図は、アブラハムからダビデまでは基本的には同じである。マタイ福音書では、ダビデの子ソロモン王の家系となっており、エコンヤ王の後、シャルティエル、ゼルバベルを経てアビウドの家系からイエスに至る。ルカ福音書では、ダビデの子ナタンの家系となっており、しかしながらシャルティエル、ゼルバベルを経てレサの家系からイエスに至る。

福音派:ルカ福音書の家系図は、ヨセフがその妻マリアの父エリの養子とみなせば、母マリアの家系図としてみなせるので、矛盾ではない。
リベラル派:両方ともシャルティエル・ゼルバベル父子を挟んでいることから考えても明らかに矛盾している。いずれかが偽物か、両方とも偽物である。

総論的に四福音書や使徒言行録の間で記述が異なる部分がたびたびあるが、これはおかしいのではないか。

福音派:「誤り(error)」ではなく、「聖書の現象(phenomena)」と呼ばれるものであり、矛盾には当たらない。
リベラル派:それぞれの記者がそれぞれの情報に基づいて書いたため、部分的に矛盾が生じるのは当然である。

共観福音書とヨハネ福音書では最初の弟子になる経緯が異なっているのはなぜか。

共観福音書ではガリラヤ湖でのペトロとアンデレが最初の弟子だが、ヨハネ福音書ではヨルダン川でのアンデレとペトロとフィリピが最初の弟子である。

福音派:ヨハネ福音書の記述のようにイエスの洗礼の直後にヨルダン川でアンデレ達は一度イエスに会っており、その後ガリラヤ湖で弟子になったのである。
リベラル派:共観福音書はある程度歴史的事実に基づいて書かれているが、ヨハネ福音書は創作的に書かれているためである。

イエスが「アビアタルが大祭司のとき」と言っている(マルコ2:26)のは旧約聖書の記述(サムエル上21)と矛盾するのではないか。

福音派:?
リベラル派:矛盾する。マルコの誤記と思われる。
安息日の労働も参照されたい。

イエスが十字架で処刑された日が、共観福音書では過越の日となっているのにヨハネ福音書ではその前日になっている。これは矛盾しているのではないか?

福音派:?
リベラル派:本来の伝承では過越の日だったが、ヨハネ福音書ではイエスを「神の子羊」とみなすため過越の前日ということになった。