錬金術とキリスト教文化

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錬金術とは

錬金術は学問である。その究極の目標は「真理を解明する」ということである。アリストテレスの時代は、錬金術は公認の学問だった。アリストテレスはすべての物質は「火・気・水・土」の四元素からなると説いていた。その考えが基本となり、錬金術はこの世界がどのように神によって造られたかを研究する。そして最終的な目標は、神に近づくためには、さらには神となるにはどうすればよいかを研究した。その一つの方法として金を鉄などから精製することにより物質の構造変革を解明し、ある物質から全く異なる物質を造ることで神になる第1歩を踏み出そうとした。このように金を造るということは錬金術師にとって目標ではなく単なる通過点にしか過ぎなかった。

神になる方法は他にもあった。人の精神を昇華させることによって、人間とは何かを追求し、人間の精神を解明することで神に近づく、神になるという哲学思想や、人や動物の構造を解明する医学的な見地、封印された容器内に金属などを入れ化学反応によって内宇宙を創造するという科学(化学)的アプローチ、天体を詳しく調べることによって天空の構造を求める天文学見地など多数ある。「真理を解明する」という目標のためには多角的方面よりアプローチする必要があったため、一口に錬金術といってもその範囲はとても広いのである。

ところが「真理を解明する」ことというのは、キリスト教にとっては重大な罪である。「この世界はすべて神が創ったものであり、人は神を造ることでもなく神になることでもなく、すべては信仰により神が自分たちの魂を導いてくれる」と説いているためである。キリスト教にとっては神は人が触れてはいけない存在である。そのため、ローマ帝国にキリスト教の力が強くなったとき、錬金術師達はローマを追われることになった。そして錬金術はイスラム諸国に逃げ込み、そこで新たに錬金術が発展していった。

錬金術の発祥

錬金術の発祥の地はエジプトだと考えられている。錬金術思想には、エジプトの神官達の秘教思想の影響があり、バビロニアの占星術を取り込み、各種ギリシャ哲学を取り込み、果てはヘブライの旧約聖書すら取り込まれている。ことに重要なのが、1~2世紀頃に思想形成され、3世紀頃から書かれるヘルメス文書である。一説には、ヘルメスを著者に冠した文書は2万巻を越えた(新プラトン主義者のヤンブリコスの記録)と言われている。

また、当時のアレキサンドリアの哲学の中心であった新プラトン主義も多大な影響を持つ。この新プラトン主義は、ヘルメス文書の思想からも影響を受け、次第にキリスト教グノーシス的な思想へとなってゆく。こうしたキリスト教グノーシス思想もまた、錬金術の形成に不可分である。彼らは、宇宙論や神聖の説明に寓意を用いたが、これも錬金術との間に交感を生んだ。錬金術で好んで用いられるシンボルの「ウロボロスの蛇」も、もともとはグノーシスの一派が用いていた象徴である。

このように錬金術は、こうした哲学や思想を背景にして形成されていった。

錬金術の西ヨーロッパ伝来、キリスト教と生命の水

8世紀ごろイスラム軍のスペイン侵略や10世紀の十字軍遠征などを経て、錬金術はその中心地コルドバからヨーロッパ各地に伝えられた 9世紀ごろの十字軍の遠征などによって錬金術は広くヨーロッパに知れ渡ることになった。その時、金を精製する方法も注目されたが、もう一つ注目されたのが「生命の水(Aqua Vitae)」である。元々、錬金術師はアランビックによって化学物質を蒸留していたが、ある錬金術師がワインを蒸留させたところ、そのワインの味わいが強くなることに気づいたと思われる。13世紀スペインの錬金術師アルナルドゥスは「蒸留で抽出したブドウ酒の精には生命を永らえさせる不思議な力がある」として「生命の水」と名付けたという。

意外なことだが、「生命の水」を広めたのは実は修道士だと考えられている。錬金術はキリスト教にとっては迫害の対象である。しかし、迫害の対象は「神に近づく、神になる」という目標であり、その技術までも迫害したのではなかった。そして「生命の水」はヨーロッパのキリスト教会にとって非常に都合の良い技術だった。当時、修道院ではビールとワインが造られていた。キリストは最後の晩餐で「ワイン(葡萄酒)は私の血であり、パンは私の肉体である。」と言っている。つまり、修道院でワインを造ることは神の子キリストの血を造ることだとキリスト教会は考えた。また、パンの原料は麦であることから、当時はパンを発酵させてビールを作っていた。つまりビールは「液体のパン」とみなされ、ビールを修道院で造ることは液体のパンですのでキリストの肉体となり問題なかった。当時の修道院の收入はお布施とワインやビールの売り上げだったため、貴重な収入源だった。

そして、そこに「生命の水」が伝わった。「生命の水」の造り方は醸造酒を蒸留させることであり、醸造酒とはワインとビールのことである。それを元にさらに蒸留機で高濃度に抽出した液体はキリストの血と肉体をより純粋に取り出しているということで「神聖な液体」であると考えられた。そのため、修道院で「生命の水」が造られたと考えられる。
このようにして、錬金術師は神になるための方法として「生命の水」を誕生させたが、キリスト教会はキリストの血と肉体として「生命の水」を造ったのである。

キリスト教会にとっては錬金術は忌むべきものだったが、「生命の水」は何ら問題がない錬金術の技術であり、非常に都合が良いものだったのである。そのため、その技術は瞬く間に錬金術師ではなくキリスト教によってヨーロッパ各地に広がっていったのだと考えられている。

ヨーロッパの錬金術と錬金術師

キリスト教から迫害を受けている中世ヨーロッパの錬金術師は、貴族や商人に匿われた。さらに錬金術師は副業を持つことによってその身を世間から隠した。医者や建築家、商いを生業とし、あるものは画家となり、あるものは学者となった。

貴族や商人が彼らを匿った理由として、一つは金儲けのためである。錬金術の初歩的な技術として錬金という金を造る方法がある。これは実際は出来ないのだが、これが成功すれば大金持ちになることは確かであった。そして錬金術は実験に非常にお金がかかるため、これを口実に錬金術師はスポンサーに彼らを選んだとも考えられる。もう一つは、知的好奇心である。キリスト教では御法度とされた秘法と知識を彼らは身に付けていた。貴族や裕福な商人は当然、この知識に魅かれたと考えるのは不思議ではない。

更に、初期の頃(10世紀頃まで)は修道士が錬金術師になっていることが多くあった。「生命の水」の技術を学んだ修道士がそれだけで終わることはなかった。キリストが亡くなって1000年近く経つのに神は一向に現れることがなく、このままでは信仰が薄れると考える者も現れてきた。そのため、錬金術を用いて神を再現しようとした修道士も居たのである。当然、これはキリスト教からは迫害もしくは破門、最悪の場合は死刑になる重罪である。そして、錬金術に魅了された修道士や修道院で発見した知識は外に漏れることを恐れ門外不出として修道院に封印されることもあったし、見つかった場合は焼却処分となっていた。こういった背景から、フランスの古い修道院では柱に秘文書を隠しておく仕掛けが見つかっている。

貴族や商人に匿われた錬金術師もその知識・技術を残しておかなくてはいけなかった。しかし、これが簡単に読めてしまうとすぐにキリスト教に見つかって弾圧されてしまった。そのため、彼らは非常に難解な文章であえて錬金術師しか理解できないように特殊な言い回しを用いて本に残している。そのため、現代ではこれを読むことは出来るものの理解することが非常に困難になっている。

錬金術師が「生命の水」を使って造ろうとしていたのは人間である。人間は神が創ったものである。そのため、「生命の水」を用いて人工的に人間(ホムンクルス)を造ろうとした。12世紀ごろまでは盛んに行われたと考えられる。また、ホムンクルスのほかに不老不死の妙薬(エリクサー)も造っていたと考えられる。例えば、16世紀の錬金術師パラケルススは「賢者の石」や「ホムンクルス」の生成に成功したと言われていた。

科学の発展と錬金術の衰退

ところが錬金術は15世紀辺りには廃れ始めてくる。実際は廃れたのではなく、科学に変貌したのである。15世紀にはレオナルド・ダ・ヴィンチがおり、16世紀にはガリレオ・ガリレイ、アイザック・ニュートンなどが誕生している。錬金術が細分化し、天文学、化学、物理学、機械工学、薬学、医学、土木、芸術工芸などにより高度に専門的に分化されてきた。錬金術が科学を生み出したのである。ちなみに、ニュートンは錬金術の研究も行っていた形跡がある文章が残されており、最後の魔術師とも言われている。

こうして、18世紀頃には錬金術はその存在が文字通り闇の中に消えていったが、彼らが残した技術は今も残っているのである。



最終更新:2017年08月04日 09:55