使徒教父文書

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新約聖書の正典化の際に漏れた文書のうち、使徒に由来しないことのみが問題とされた文書。
これらの文章は使徒ではなく使徒教父に由来する

使徒教父とは、1世紀末から2世紀前半にかけての、新約聖書に収められた文書以外の、主要な文書を執筆した者達の総称であり、新約聖書時代あるいはその直後に書かれたキリスト教文書の著者の中で使徒たちの直接の弟子と信じられていた者たちの呼称である。

一般に使徒教父とは、ローマのクレーメンス(著作年代は1世紀末)、アンテオケのイグナティオス(2世紀初め)、スミルナのポリュカルポス(2世紀初め)、「ポリュカルポスの殉教伝」の著者(2世紀中頃?),ローマのヘルマス(2世紀前半)、アレキサンドリアでバルナバの名で書かれたと推測される手紙の著者(2世紀前半)、「ディダケー」(12使徒の教訓)の著者(2世紀中頃)、「クレメンスの第二の手紙」の著者(2世紀中頃)、「ディオグネトスへの手紙」の著者(2世紀末―3世紀初め)、パピアス(2世紀)を言う。

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