メソポタミア神話

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メソポタミア神話はシュメール人、東方セム語アッカド人、アッシリア人、バビロニア人と後に移住してきたアラム人カルデア人の信仰した宗教であり、彼らの共有し、発展させた神話体系である。現代のイラク、クウェート、トルコ南東部、シリア北東部にあたるメソポタミアとよばれる地域で紀元前4千年紀から4200年にわたり支配的な宗教であり続けた。その範囲はメソポタミア全域におよび、その後およそ紀元後10世紀にはアッシリア地域(メソポタミア北部)のみに縮小している[1]。
メソポタミアの多神教は数千年にわたりこの地域の唯一の宗教であり続けたが、1世紀から3世紀にかけて徐々に衰退を始めた。この衰退は東方教会(アッシリア東方教会、シリア正教会などのシリアック・クリスティアニティ)、そしてユダヤ教、マニ教、グノーシス主義との接触によりもたらされた。その後300から400年もするとほとんどの宗教的伝統は失われた。10世紀ごろの僻地のアッシリア人のコミュニティにこの宗教の最後の痕跡をみることができる[1]。

メソポタミア神話と旧約聖書の関係

メソポタミア神話と旧約聖書、特にモーセ五書の間には関連があると考えられている。

エヌマ・エリシュ

『7つの平板の叙事詩、エヌマ・エリシュ、「初めに」』には、天地創造、およびアダムとイヴの創造と関連があると考えられる逸話が残されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/エヌマ・エリシュ
http://ameblo.jp/mikan10000ko/entry-11430809474.html

エヌマ・エリシュ「初めに」 『創世記』より、天地創造(1章)
紀元前1500年頃 高等批評では紀元前6世紀
上にある天は名づけられておらず、
下にある地にもまた名がなかった時のこと。
はじめにアプスーがあり、すべてが生まれ出た。
混沌を表すティアマトもまた、すべてを生み出す母であった。
水はたがいに混ざり合っており、
野は形がなく、湿った場所も見られなかった。

神々の中で、生まれているものは誰もいなかった。
初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、
闇が深淵の面にあり、
神の霊が水の面を動いていた。


ニンフルサグとエンキ

次のように対応している。
  • 地母神ニンフルサグ ― 主YHWH
  • エンキ神 ― アダム
  • 治癒の女神ニンティ ― エバ
メソポタミア神話 『創世記』より、アダムとイブ(2章)
ディルムン(現在のバーレーン)の楽園の地は、シュメールの東に位置していた。神話によると、ディルムンの楽園の地は光り輝く清潔な場所で、病気も死も存在しない命の土地、不滅の土地であったという。
しかしながら、ディルムンの楽園の地にはある物が欠けていた。水である。しかし水を司る神エンキは、ディルムンの楽園の地を豊富な果樹、花や茂みに溢れた神聖な庭に転じる川を創造した。
その後、偉大なシュメールの地母神ニンフルサグが入り、この神聖な庭に8種類の異なる植物を創造した。
とても幸せだったエンキは、これら8種の植物の果実を味わいたいと願い、召使いのイシムード(2つの顔を持った神)に果実を集めて来させ、それらを代わる代わる食べていった。これがニンフルサグを激怒させ、彼女はエンキに致命的な呪いをかけた後に、そこから立ち去った。エンキは、食べた果実に相当する8つの異なる臓器や体の部分を患うことになった。エンキの体調は急速に悪化し、他の神々は唖然としたが、衆望のあるエンキを救う術を持っていなかった。ついに狐がニンフルサグを見つけたが、(この物語の一部が消失しているため、正確にどのような方法によったのかは分からない。)
最終的にニンフルサグは帰還し、エンキを彼女の膝に横たえ、彼に身体のどの部分が悪いのか尋ねた。ニンフルサグが、患っている身体の部分に相当する8人の治癒の女神を創造すると、間もなくエンキは回復した。悪化した身体の部分の1つが肋骨であり、シュメール語で肋骨は「ティ」と呼ばれている。女神はエンキの肋骨を治療するために、「ニンティ」と呼ばれる「肋骨の女」を意味する女を作った
主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。エデンの園には苦しみはなく、老いもない。
主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。
エデンから一つの川が流れ出ていた。園を潤し、そこで分かれて、四つの川となっていた。
アダムはあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。主なる神はそこで、アダムを深い眠りに落とされた。アダムが眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨女(エバ)を造り上げられた
神は禁じていたが、アダムと女(エバ)はいかにも目を引く「善悪の知識の木」の実を食べた。神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」
※「エンティ」は「肋骨の女」を意味するとされる。しかし、シュメール語で「ティ」は「生命」、或いは「生命の創造」という意味も持っており、これを「生命を創造する女」という解釈もできる。


ギルガメシュ叙事詩


『ギルガメシュ叙事詩』にはノアの方舟に酷似した物語も残されている。
次のように対応している。
  • エア神・シャマシュ神 ― 救済神としての主
  • その他の神々 ― 破壊神としての主
  • ウトナピシュティム ― ノア
シュメールの洪水神話 ギルガメシュ叙事詩 『創世記』より、ノアの方舟(6-9章)
壁のかたわらで、わたしはおまえにひとこと話そう。わたしのいうことを聞きなさい。わたしの教えに耳をかたむけなさい。われわれの……により、大洪水が聖地を洗い流すだろう。人類の種をたやすために……。これが神々の集会の決定であり、宣言である。
……あらゆる嵐、しかもはなはだ強大なのが、ひとたばになって襲ってきた。同時に、大洪水が聖域を洗い流した。
七日と七夜、大洪水が国中を洗い流し、大舟は嵐のために大波の上でもてあそばれた。
そののち、太陽神ウトゥがあらわれ、天と地を照らした。ジウスドラは大舟の窓をひらいた。英雄ウトゥは光を大舟のなかにさしこませた。王ジウスドラはウトゥの前にひれ伏した。
お前も知っているシュルッパクの町は、ユーフラテスの河辺にある町。その歴史は古く、そこには神々が住んでいたが、偉大な神々は洪水を起こそうとした。そこにいたのは彼らの父アヌ、彼らの顧問官・英雄エンリル、彼らの式部官ニヌルタ、彼らの運河監督官エンヌギ。
ニンシク・エアもそこにおり、彼らとともにいた。
しかし、彼(エア神)は彼らの言葉を葦屋に向かって繰り返した。
葦屋よ、葦屋よ。壁よ、壁よ。葦屋よ、聞け、壁よ、悟れ。
シュルッパクの人、ウバラ・トゥトゥの子(ウトナピシュティム)よ、家を打ち壊し、方舟を造れ。
持ち物を棄て、生命を求めよ。
生命あるもののあらゆる種を方舟に導き入れよ・・・
私は(ウトナピシュティム)、エア神の仰せのとおりに町の長老や職人を丸め込んで方舟を造らせた。
そしてすべての銀を、すべての金を、すべての生き物の種を方舟に積み込んだ。
最後にわが家族、わが親族、すべての技術者を乗せた。
シャマシュ神は言った。
朝にはクック(パンの一種)を、夕には小麦を雨と降らせよう。さあ、方舟に入り、戸を閉じよ」
シャマシュ神はそのとおりにした。私はそれから方舟の戸を閉じた。

その時がやってきた。
暁が輝き始めたとき、天の基から黒雲が立ち上った。
アダド神は雲の中から吼え、シャラト神とハニシュ神がその先駆けとなった。
エルラガル神が方舟の留め柱を引き抜き、ニヌルタ神が堰を切った。アヌンナキは松明を掲げ大地を燃やそうとした。
アダドの沈黙により全地が暗くなると、続く雄叫びで全地は壺のように破壊された。終日暴風が吹き荒れ、大洪水が大地を覆った。
戦争のように、人々の上に破滅が走った。彼らは互いに見分けもつかなかった。
神々も大洪水を恐れ、アヌ神の天に昇ってしまった。神々はうずくまった。イシュタルは絶叫し、嘆いた。
「いにしえの日が、粘土と化してしまったとは!私が神々の集いで禍事を口にしたからか!どうして禍事を口にしてしまったのか!
人間を滅ぼすために戦争を命じてしまったのか!私が生んだ、わが人間たちが、稚魚のように海面を満たす・・・」
アヌンナキも彼女とともに泣いた。神々は嘆き、食物さえとらなかった。
六日七夜、大洪水と暴風が大地を拭った。
七日目、暴風と大洪水は戦いを終わらせた。大洋は静まり、悪風(イムフラ)は治まり、洪水は退いた。

光が地上に射した。沈黙があたりを支配していた。全人類は粘土に戻ってしまっていた。私はそれを見て、泣いた。
あたりを見回すと、12ベールのところに土地が見えた。
方舟はニムシュ(あるいはニツィル、ニシル)の山に漂着し、止まった。
七日目になって、私はを放した。鳩は飛んでいったが、戻ってきた。休み場所が見当たらなかったのだ。
私はを放した。燕は飛んでいったが、戻ってきた。休み場所が見当たらなかったのだ。
私はを放した。烏は飛んでゆき、水が退いたのを見てついばみ、身繕いし、引き返してこなかった。
そこですべての鳥を四方に放ち、山の頂を前にして供儀をささげた。
は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。
主は言われた。
「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」
神はノアに言われた。
「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす。見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える。
わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。
また、すべて命あるもの、すべて肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這うものが、二つずつあなたのところへ来て、生き延びるようにしなさい。
更に、食べられる物はすべてあなたのところに集め、あなたと彼らの食糧としなさい。
ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。
主はノアに言われた。
「七日の後、わたしは四十日四十夜地上に雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面からぬぐい去ることにした。」

七日が過ぎて、洪水が地上に起こった。
洪水は四十日間地上を覆った。水は次第に増して箱舟を押し上げ、箱舟は大地を離れて浮かんだ。
水は勢力を増し、地の上に大いにみなぎり、箱舟は水の面を漂った。
地上で動いていた肉なるものはすべて、鳥も家畜も獣も地に群がり這うものも人も、ことごとく息絶えた。
神は、ノアと彼と共に箱舟にいたすべての獣とすべての家畜を御心に留め、地の上に風を吹かせられたので、水が減り始めた。

第七の月の十七日に箱舟はアララト山の上に止まった。
四十日たって、ノアは自分が造った箱舟の窓を開き、を放した。烏は飛び立ったが、地上の水が乾くのを待って、出たり入ったりした。
ノアはを彼のもとから放して、地の面から水がひいたかどうかを確かめようとした。しかし、鳩は止まる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰って来た。水がまだ全地の面を覆っていたからである。ノアは手を差し伸べて鳩を捕らえ、箱舟の自分のもとに戻した。
更に七日待って、彼は再びを箱舟から放した。
鳩は夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。
ノアは水が地上からひいたことを知った。
彼は更に七日待って、を放した。鳩はもはやノアのもとに帰って来なかった。
ノアが六百一歳のとき、最初の月の一日に、地上の水は乾いた。
ノアは箱舟の覆いを取り外して眺めた。見よ、地の面は乾いていた。
そこで、ノアは息子や妻や嫁と共に外へ出た。

『ギルガメシュ叙事詩』にはさらに、失楽園に酷似した物語も残されている。
次のように対応している。
  • ディルムン ― エデン
  • ウトナピシュティム ― アダム
ギルガメシュ叙事詩 『創世記』より、失楽園(3章)
大洪水を生き延びたウトナピシュティムは王ギルガメッシュに永遠の命の秘密を教える。水の中に生えている、ある草を食べればよい。その草はディルムンにあるという。ギルガメッシュは壮大な旅をしてディルムンに着くと、その草を見つけて食べようとした。その瞬間、悲劇が起きた。蛇が現れ、その草を横取りしてしまうのだ。人類が永遠の命を得るチャンスは失われてしまった。 主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女(エバ)に、知恵の実を食べるようにそそのかし、さらにエバはアダムを誘った。二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。主なる神は激怒し、二人が命の実を食べて永遠の命を得ることの内容、二人をエデンの園から追放した。

エンメルカルとアラッタ市の領主

旧約聖書ではバベルの塔に相当するエピソードであるが、メソポタミア神話では言語を乱したという部分だけであり、具体的な逸話はない。
  • 神エンリルと神エンキ ― 主
エンメルカルとアラッタ市の領主 『創世記』より、バベルの塔(11章)
かつて、シュブール(Subur)とハマジ(Hamazi)の国には、王子の法によって治められる偉大なる地、シュメールと、同じ言葉を話す人々が住んでいた。また、ウリ(Uri:アッカドをさす)は、すべてがしかるべくあり、マルトゥ(Martu:アムル人の国)は、安らかであった。世界全体は、神エンリルのもとでひとつの言葉を話し、調和のなかにあった。
そのとき、多産・豊穣の主であり、知性の主であり、地を知悉する者であり、神々の指導者である神エンキは、エリドゥの主に知恵を授け、ひとつの言葉を話す人間たちの口から出る言葉を変えさせ、争いをもたらした。
世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。
主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。


サルゴン王伝説

出エジプト記2章におけるモーセの誕生とナイル川からの救出物語は、メソポタミア神話の「サルゴン王の誕生伝説」などの古代オリエントの伝承や伝説と類似性が認められる。
J資料成立をバビロン捕囚後とみるヴァン・セータースによれば、ペルシャ王キュロスの救出物語との類似性も認められるとしている。

サルゴン王伝説 『出エジプト記の』モーセの出自(2章)
サルゴンは女性祭司(恐らく神殿娼婦)の子として生まれたためその出生を隠され籠にいれられてユーフラテス川に流された。そしてキシュ王に仕えた庭師ラーイブム(La'ibum)に拾われて育った。その後キシュ王ウル・ザババの酌を務める役人としてキシュ王国に仕えることとなる。 モーセはエジプトのイスラエル人の子として生まれたためその出生を隠され籠にいれられてナイル川に流された。そしてファラオの王女に拾われて育った。その後エジプト人としてエジプトにしばらくの間仕えていた。

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