レニングラード写本

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基本的に、新約聖書の底本はレニングラード写本となる。レニングラード公立図書館所蔵の写本。旧約聖書の完本として残る写本では最古のもの。BHK第3版以降の底本。

レニングラード写本は、ティベリアのマソラ本文によれば、出版された完全体のヘブライ語聖書の最古の写本のひとつである。マソラ本文の出版記録によると作成は1008年となっている。レニングラード写本の作成年が修正されるまで、アレッポ写本のほうが最古の完全体の写本で数十年古いとされてきたが、1947年以来アレッポ写本の一部が紛失し、レニングラード写本が、今日まで無傷で現存している、ティベリアのマソラ学者による最古の完全体の写本となった。

コロフォン(奥付)によれば,「エジプトの大いなる都市」(=カイロ)で、シェムーエール・ベン・ヤァーコーブが子音本文、母音、アクセント記号、マソラすべてを書いたとされている。また、ベン・アシェル本文を土台にして作成したとされている。

ビブリア・ヘブライカ

ビブリア・ヘブライカ(Biblia Hebraica)はヘブライ語聖書を意味するラテン語の熟語。この語は伝統的にタナハの印刷版の表題に用いられた。
現代の学術的な用法では、ルドルフ・キッテルが編纂したヘブライ語聖書の12の版のことを指すことが多い。

キッテル著ビブリア・ヘブライカ(Kittel's Biblia Hebraica)の最初の二つの版は1906年から1913年にかけて登場した。その二つの版の違いは軽微であり、第2版で誤記一覧が修正された。第2版は数回にわたり印刷された。どちらの版とも、1524年にヴェネツィアのダニエル・ボンバーグにより発行された Mikraot Gedolot のヘブライ語本文を複写した。この2つの版にはマソラ本文が載せられていないが、ボンベルグ版にはそれが載せられている。
主な特徴は脚注にヘブライ語本文に可能な限りの校正を記していることである。その多くはサマリア五書や七十人訳、ウルガタ訳、ペシタ訳といった初期の聖書翻訳に基づいており、他にもそれに類した校正がなされている。

第3版はヘブライ語本文と完全に改訂された脚注との間で軽微な違いがあった。当初、その書はレニングラード写本の本文を複写したものだった。その写本を使うという発想はPaul Kahleの功績であった。この写本は1929年から1937年にかけて分冊されて登場し、1937年に初めて一つにまとまった版として登場した。

これは何度も再刷され、後の版には死海文書のイザヤ書とハバクク書の異文が載せられた。一方で、レニングラード写本のマソラ本文は編集されることなく正確に複製された。

ビブリア・ヘブライカに言及する時には、通常BHまたはBHK(Kはキッテルの頭文字)という略号が用いられる。特定の版に言及する際には、BH1~12という記号が用いられる。

ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア

『ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア』(Biblia Hebraica Stuttgartensia;略称BHS)は、レニングラード写本に保存されたヘブライ語聖書マソラ写本の版であり、マソラ本文と本文批評の注釈の付録が載せられている。シュトゥットガルトのドイツ聖書協会により発行され、日本では日本聖書協会から販売されている。

BHSはルドルフ・キッテルが編纂した『ビブリア・ヘブライカ』(Biblia Hebraica;BHK)の改訂版である。BHKはその初期から、レニングラード写本に基づいて印刷された聖書であった。BHSの脚注は完全に改訂された。BHSは1977年に1冊にまとめられ、その後幾度も再刷された。

BHSの本文はレニングラード写本に記されたマソラ本文の(わずかな誤写を除けば)正確な複写である。ヘブライ語聖書各書の順番はレニングラード写本に倣っており、聖文書(ケトゥーヴィーム)でさえ、最も一般的なものの順番とは異なっている。そのため、ヨブ記が詩篇と箴言の間にあり、五つの巻物はルツ記、雅歌、伝道の書、哀歌、エステル記の順に並んでいる。しかし、歴代誌はユダヤ人の一般的なヘブライ語聖書と同様、巻末に移されており、レニングラード写本では、詩篇より重視されている。