中世の天体音楽論

「天球」とは天体がその上を運行すると考えられた地球を中心とする球体のこと。古代ギリシャより、天体の運行が音を発し、宇宙全体が和声を奏でているという発想があり、これが「天球の音楽」と呼ばれた。その響きはきわめて大きいが、つねに鳴り続けているため人間の耳には気づかれないとされる。こうした発想の根底には宇宙が数の原理に基づき、音楽はこの原理を体現するという西洋の伝統的思想がある。天球の音楽を着想したのはピタゴラスとされる。プラトン、プトレマイオス、アウグスティヌス、ボエティウスら、多くの思想家がこの発想を受け継いだ。

ピタゴラス

ピタゴラスと彼の弟子たちは、宇宙の調和についての知識の根本として「天球の音楽」を研究した。どのようにして弦が空気を震わすのか、どのようにして倍音が奏でられるか、ある倍音と他の倍音の数学的関係はどうのようなものか…などである。
注意しなければならないのは、これらのギリシア人によってなされた研究が、実際に演奏される音楽を作り出すための厳密な形式についてというよりは、どのように宇宙が構成され、その宇宙をどのようにわれわれは知覚できるかという数学的、哲学的記述であるということである。「天球の音楽」としてピュタゴラスたちが研究したのは、星、太陽、惑星、そして調和の下に波打つすべてのものであった。

ボエティウス

通常私達は音楽を鑑賞する「感動を呼ぶもの」「快いもの」、ミュージシャンによる表現の結果と考えていますが、西洋中世の人たちにとっての音楽はまったく違う相貌を持っていた。中世によく読まれたボエティウスの『音楽綱要(De institutione musica, 『音楽教程』)』では、音楽は以下の3つに分類されている。
  • ムジカ・ムンダーナ(musica mundana, 宇宙の音楽)
  • ムジカ・フマーナ(musica humana, 人間の音楽)
  • ムジカ・インストゥルメンタリス(musica instrumentalis, 楽器の音楽)
このうち、私達が考える「音楽」は3しかない。1は宇宙の調和・季節などに関するもの、2は人間の体・気質の調和を探求するものだった。古代ギリシア~ローマの伝統を受け、中世の自由七科(liberal arts)のひとつとして設定された音楽では、まず響きよりも数的な要素が重視されており、数的な秩序の現れとして音があった。
したがって当然ながら、音楽は人間が聴いて楽しむことが第一の目的ではない。音は世界の現れであり、作曲という行為は「神の国の秩序を音で模倣する」ものだった。

ケプラー


最終更新:2017年07月20日 22:20