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ヨハネの逮捕に伴い、イエスはナザレを離れ、ガリラヤへ帰った。まずナザレへ戻り、それからカファルナウムへ移動している。
マルコ1:14-15
>ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
マタイ4:12-17
>イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
> 「ゼブルンの地とナフタリの地、
> 湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、
> 異邦人のガリラヤ、
> 暗闇に住む民は大きな光を見、
> 死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」
>そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。
しかし、ルカ福音書では時系列に差が見られる。ルカ福音書では、イエスの洗礼よりも前に洗礼者ヨハネは逮捕されている。(ルカ3:19-20)
>ところで、領主ヘロデは、自分の兄弟の妻ヘロディアとのことについて、また、自分の行ったあらゆる悪事について、ヨハネに責められたので、ヨハネを牢に閉じ込めた。こうしてヘロデは、それまでの悪事にもう一つの悪事を加えた。
そしてヨハネの逮捕の後に[[イエスの洗礼]]と[[荒野の誘惑]]があり、荒野の誘惑の直後にガリラヤに移動したことになっている。つまり、イエスがガリラヤへ移動した理由が不明である。(ルカ4:14-15)
>(荒野の誘惑の後)イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。
ヨハネの福音書では、イエスはユダヤでまず[[最初の弟子たち]]を作っており、その後でガリラヤへ移動しており、やはり、順序に食い違いがある。ガリラヤへ戻った理由も、ファリサイ派が原因となっている。(ヨハネ4:1-3)
>さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 ――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―― ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。
**イザヤの預言
この予言は、[[インマヌエル預言>>受胎告知]]と同じ場面で与えられた預言である。
アハズは先王ヨタムの息子として生まれた。紀元前734年頃、アッシリア王ティグラト・ピレセル3世がシリア方面に進軍したために、アッシリアに臣従の姿勢を取り、貢納を収めた。同時期にアッシリアに服属したダマスコ王国(アラム)やイスラエル王国(エフライム)等が同盟を結んで反アッシリアの姿勢を取った。これに対しアハズが親アッシリア政策を維持したため、ダマスコ王レツィンとイスラエル王ペカ・ベン・レマリヤは共謀してアハズ廃位を画策しユダ王国を攻撃した(シリア・エフライム戦争)。
イザヤ書7章は、イザヤが預言者として召されてから5年後に、ユダの王がアハズになったとき、アラムと北イスラエル(エフライム)が連合して連合してユダを攻めてきたときのことである。
イザヤ書7:1-2
>ユダの王ウジヤの孫であり、ヨタムの子であるアハズの治世のことである。アラムの王レツィンとレマルヤの子、イスラエルの王ペカが、エルサレムを攻めるため上って来たが、攻撃を仕掛けることはできなかった。しかし、アラムがエフライムと同盟したという知らせは、ダビデの家に伝えられ、王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した。
動揺したアハズに対し、主は預言者イザヤを介して、それが成功しないことを語った。
イザヤ書7:3-9
>主はイザヤに言われた。「あなたは息子のシェアル・ヤシュブと共に出て行って、布さらしの野に至る大通りに沿う、上貯水池からの水路の外れでアハズに会い、彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。アラムを率いるレツィンとレマルヤの子が激しても、この二つの燃え残ってくすぶる切り株のゆえに心を弱くしてはならない。アラムがエフライムとレマルヤの子を語らって、あなたに対して災いを謀り、『ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう』と言っているが、主なる神はこう言われる。それは実現せず、成就しない。アラムの頭はダマスコ、ダマスコの頭はレツィン。(六十五年たてばエフライムの民は消滅する)エフライムの頭はサマリア/サマリアの頭はレマルヤの子。信じなければ、あなたがたは確かにされない。」
そしてこの後、7章ではインマヌエル預言を含むアッシリアの王についての預言があり、8章ではアッシリアを介して行われるイスラエルに対する神の裁きの預言が続く。そして8章の終わりから9章に、この予言が現れるのである。キリスト教では、この預言は滅ぼされたイスラエルに現れた神の子イエスを預言したものだと考えた。
イザヤ書8:23-9:2
>先に
>ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが
>後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた
>異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。
>闇の中を歩む民は、大いなる光を見
>死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
>あなたは深い喜びと
>大きな楽しみをお与えになり
>人々は御前に喜び祝った。刈り入れの時を祝うように
>戦利品を分け合って楽しむように。
ヨハネの逮捕に伴い、イエスはナザレを離れ、ガリラヤへ帰った。まずナザレへ戻り、それからカファルナウムへ移動している。
マルコ1:14-15
>ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
マタイ4:12-17
>イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
> 「ゼブルンの地とナフタリの地、
> 湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、
> 異邦人のガリラヤ、
> 暗闇に住む民は大きな光を見、
> 死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」
>そのときから、イエスは、「悔い改めよ。[[天の国]]は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。
しかし、ルカ[[福音書]]では時系列に差が見られる。ルカ福音書では、[[イエスの洗礼]]よりも前に[[洗礼者ヨハネ]]は逮捕されている。(ルカ3:19-20)
>ところで、領主ヘロデは、自分の兄弟の妻ヘロディアとのことについて、また、自分の行ったあらゆる悪事について、ヨハネに責められたので、ヨハネを牢に閉じ込めた。こうしてヘロデは、それまでの悪事にもう一つの悪事を加えた。
そしてヨハネの逮捕の後に[[イエスの洗礼]]と[[荒野の誘惑]]があり、荒野の誘惑の直後にガリラヤに移動したことになっている。つまり、イエスがガリラヤへ移動した理由が不明である。(ルカ4:14-15)
>(荒野の誘惑の後)イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。
ヨハネの福音書では、イエスはユダヤでまず[[最初の弟子たち]]を作っており、その後でガリラヤへ移動しており、やはり、順序に食い違いがある。ガリラヤへ戻った理由も、ファリサイ派が原因となっている。(ヨハネ4:1-3)
>さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 ――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―― ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。
**イザヤの預言
この予言は、[[インマヌエル預言>>受胎告知]]と同じ場面で与えられた預言である。
アハズは先王ヨタムの息子として生まれた。紀元前734年頃、アッシリア王ティグラト・ピレセル3世がシリア方面に進軍したために、アッシリアに臣従の姿勢を取り、貢納を収めた。同時期にアッシリアに服属したダマスコ王国(アラム)やイスラエル王国(エフライム)等が同盟を結んで反アッシリアの姿勢を取った。これに対しアハズが親アッシリア政策を維持したため、ダマスコ王レツィンとイスラエル王ペカ・ベン・レマリヤは共謀してアハズ廃位を画策しユダ王国を攻撃した(シリア・エフライム戦争)。
[[イザヤ書]]7章は、イザヤが預言者として召されてから5年後に、ユダの王がアハズになったとき、アラムと北イスラエル(エフライム)が連合して連合してユダを攻めてきたときのことである。
イザヤ書7:1-2
>ユダの王ウジヤの孫であり、ヨタムの子であるアハズの治世のことである。アラムの王レツィンとレマルヤの子、イスラエルの王ペカが、エルサレムを攻めるため上って来たが、攻撃を仕掛けることはできなかった。しかし、アラムがエフライムと同盟したという知らせは、ダビデの家に伝えられ、王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した。
動揺したアハズに対し、主は預言者イザヤを介して、それが成功しないことを語った。
イザヤ書7:3-9
>主はイザヤに言われた。「あなたは息子のシェアル・ヤシュブと共に出て行って、布さらしの野に至る大通りに沿う、上貯水池からの水路の外れでアハズに会い、彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。アラムを率いるレツィンとレマルヤの子が激しても、この二つの燃え残ってくすぶる切り株のゆえに心を弱くしてはならない。アラムがエフライムとレマルヤの子を語らって、あなたに対して災いを謀り、『ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう』と言っているが、主なる神はこう言われる。それは実現せず、成就しない。アラムの頭はダマスコ、ダマスコの頭はレツィン。(六十五年たてばエフライムの民は消滅する)エフライムの頭はサマリア/サマリアの頭はレマルヤの子。信じなければ、あなたがたは確かにされない。」
そしてこの後、7章ではインマヌエル預言を含むアッシリアの王についての預言があり、8章ではアッシリアを介して行われるイスラエルに対する神の裁きの預言が続く。そして8章の終わりから9章に、この予言が現れるのである。[[キリスト教]]では、この預言は滅ぼされたイスラエルに現れた神の子イエスを預言したものだと考えた。
イザヤ書8:23-9:2
>先に
>ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが
>後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた
>異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。
>闇の中を歩む民は、大いなる光を見
>死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
>あなたは深い喜びと
>大きな楽しみをお与えになり
>人々は御前に喜び祝った。刈り入れの時を祝うように
>戦利品を分け合って楽しむように。