エジプト人の福音書(コプト語)

「エジプト人の福音書」という名前は本文書の通称である。文書の最後に書かれている本来の題名は「大いなる見えざる霊の聖なる書」である。文書の最初の部分に「…なる書」(…の部分が欠損している)と書かれているのだが、文書の最後に、写字生による後記が書き込まれており、その部分に「エジプト人の福音書」という言葉が書かれていることから、欠損部分を「エジプト人の聖」と推測して復元している。いずれにしても、「福音書」という言葉を欠損部分に詰め込むだけの空白的な余地はない。

アレクサンドリアのクレメンスなどが引用している「エジプト人の福音書」は本文書とは別ものである。

原本はギリシア語である。コーデックスIIIとIVにそれぞれ1部筆写されているが、保存状態は前者の方が良好である。ただし、コプト語訳は後者の方が理解しやすい。コーデックスIVの「エジプト人の福音書」は、後記二の途中までしか残っていないので最後がどのように終わっているのかは不明である。破損箇所が多かったり、コプト語訳の文意がはっきりしない所も多く、写本の写し間違いが避けられないなどから、不明点も多い。ぞれぞれの文書の欠損部分は両者を比較して推測により補うしかないが、共に同じ原本からのコプト語であるかどうかを決定的にする証拠があるわけではない。

本文の前に簡単な序文が置かれており、また、本文が終わったあとに、賛美(洗礼式文)一、賛美(洗礼式文)二、後記一、後記二、写字生による後記が書かれており、これらの最後に表題が書かれている。また、2つの賛美の部分には古代の魔術文書に見られる呪文が書かれている。

本文は2部に大別される。第1部では、「大いなる見えざる霊」を出発点にしてさまざまな存在が生み出されていく天界成立の神話が書かれている。第2部は、セツの誕生と救済活動を扱っている。「エジプト人の福音書」はセツ派の文書で、セツ派に属する著者が、セツ派の読者に向けて自分たちの自己理解と救済論を、神話の中に織り込んで説明したものである。
最終更新:2016年09月27日 11:46