フィリオクェ問題

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フィリオクェ問題とは、ニカイア・コンスタンチノポリス信条の解釈・翻訳をめぐる問題である。キリスト教の神学上最大の論争のひとつで、カトリック教会と正教会の分離、いわゆる大シスマ(東西分裂)の主因となった。

730年、東ローマ皇帝レオーン3世は、イコン崇敬を禁じる聖像禁止令を出した。しかし、この勅令にローマ教皇は真っ向から反対し、東西教会の対立が始まった。863年には「フィリオクェ問題」でコンスタンティノープル総主教フォティオスとローマ教皇ニコラウス1世が激しく対立した。


フィリオクェ問題とは

聖霊に関するキリスト教の教義の違いで対立した。
  • 東方教会:「聖霊は父より出で」
  • 西方教会:「聖霊は父と子から出て」 ラテン語で ex Patre Filioque procedit
「フィリオクェ」という語はラテン語で「子もまた」を意味する “Filioque” の音写である。Filioque とは、「子」を意味する名詞 filius の奪格 filio に、「~もまた」を意味する接尾辞的接続詞 -que が附加されたものである。

ニカイア・コンスタンティノポリス信条のギリシア語原文では
ἐκ τοῦ Πατρὸς ἐκπορευόμενον
父より出で
としていた。しかし、9世紀になってからカトリック側が、このラテン語訳の「父から (ex Patre)」の後、「出で (procedit)」の前に「と子(から)((ex) Filioque)」と付け加え、全体で
ex Patre Filioque procedit
父と子から出て
とし、これを正文であると主張したためにコンスタンティノポリス教会側が反発した。