四つの獣の幻

これらはダニエルの時代移行の4つの帝国について述べた記述である。

わたしダニエルは大いに憂い、頭に浮かんだこの幻に悩まされた。そこに立っている人の一人に近づいてこれらのことの意味を尋ねると、彼はそれを説明し、解釈してくれた。
「これら四頭の大きな獣は、地上に起ころうとする四人の王である。
しかし、いと高き者の聖者らが王権を受け、王国をとこしえに治めるであろう。」

ただし、その解釈についてダニエル書にははっきり書いていないため、諸説存在する。

マケドニア王朝第四帝国説

ダニエル記が書かれたとされる下限は前2世紀半ばであり、この時点までの帝国で想定されるのは以下のとおりである。

  • 第一帝国:金の頭=獅子=カルデア(新バビロニア)
  • 第二帝国:銀の胸=熊=羊の角=メディア
  • 第三帝国:青銅の腹=豹=羊の角=ペルシア
  • 第四帝国:鉄と陶土の足=「第四の獣」=山羊=ギリシア(マケドニア)

エウセビオスのローマ第四帝国説

ダニエル書」には4番目の世界帝国が滅ぶ時に終末が訪れるとあり、それは先に述べたようにギリシア人のマケドニア王朝と考えられてた。しかしエウセビオスが生きた2世紀後半から3世紀にはマケドニアは既に滅び、5番目の帝国・ローマ帝国の属州(マケドニア属州)となっていた。この問題に対してもエウセビオスは聖書に「解釈」を加え、8章の記述からメディアとペルシアを纏めて2番目の帝国と解説した。
ダニエル書8:20
お前の見た二本の角のある雄羊はメディアとペルシアの王である。
それにより、ギリシアは繰り上がり3番目の、そしてローマを4番目の帝国と読み替え対応した。このようにエウセビオスは、第四世界帝国を以下のように読み換えた。

  • 第一帝国=(旧)アッシリア
  • 第二帝国=メディア・ペルシア
  • 第三帝国=ギリシア(マケドニア)
  • 第四帝国=ローマ

この過程で、聖書に記載されたプル王(ティグラト・ピレセル3世)以降のアッシリアと、バビロン捕囚や「ダニエル書」の舞台となったカルデア(新バビロニア)が四世界帝国の座から脱落した。アウグスティヌスもエウセビオスの見解を引き継いだ。

オットーの神聖ローマ帝国=ローマ説

中世の時代に、最初に普遍史を再構築した人物がオットー・フォン・フライジング(1114-1158)だった。ドイツのフライジンクに置かれた司教座聖堂で司教を務めるまでになった彼は、ハインリヒ5世の甥にしてフリードリヒ1世の叔父という、皇帝と非常に近い血筋であった。彼は、古代普遍史を基本的に引き継ぎながら、著作『年代記』にてアウグスティヌス以降の時代を説明した。

第四の世界帝国・ローマ帝国は既に滅んでいた。東ローマ帝国(ビザンティン帝国)は存続していたが、このローマの分裂を普遍史観で解明することにオットーは挑んだ。彼は、世界帝国の主権は一時的にギリシア人のビザンティン帝国が継承したものの800年にカール大帝が戴冠を受け「ローマ皇帝」となってからはフランク人がこれを引き継ぎ、さらに神聖ローマ帝国が後を受ける形で、「第四世界帝国」そのものは崩壊を迎えず現存していると主張した。このようにオットーは「ローマ帝国」を拡張させて普遍史を弁護した。

第一帝国=(旧)アッシリア
第二帝国=メディア・ペルシア
第三帝国=ギリシア(マケドニア)
第四帝国=ローマ~神聖ローマ帝国

ヨハネス・スレイダヌス

歴史家ヨハネス・スレイダヌス(1506?-1556)は、プロテスタントの普遍史解釈を代表する『四世界帝国論』(1556年)を執筆した。基本的に従来の普遍史を踏襲してはいるが、同書の年代はヘブライ語版聖書に基づいて記述されている。この点を以ってしてもスレイダヌスそしてプロテスタントが中世的カトリックに批判的立場を取っていたことを示す。
また、四世界帝国の解釈についても、ヒエロニムス以来の伝統を覆した。具体的には、聖書記述にありながら古代以来の普遍史では意図的に外されていたカルデアに第一帝国の地位を与えた。そして、アッシリアを古代ローマで認識されていたニヌス王やセミラミスに始まる伝説の国「旧アッシリア」と、聖書記述にあるプル王以後の国「新アッシリア」の二つに分けて解説し、聖書「ダニエル書」との整合性を持たせた。ただし第二帝国以後について、スレイダヌスはオットーの『年代記』を引き継ぎ、ローマについても神聖ローマ帝国まで皇帝権が継承されているとした。彼自身は宗教弾圧を加えたカトリック教会やカール5世を批判する立場にいたが、ダニエル書に則り第五の帝国は生まれ得ないという原理から、皇帝や教会を否定することはできなかった。

第一帝国=カルデア(新バビロニア)
第二帝国=メディア・ペルシア
第三帝国=ギリシア(マケドニア)
第四帝国=ローマ~神聖ローマ帝国

小さな角

第四の獣については「小さな角」があったとの記載がある。

この夜の幻で更に続けて見たものは、第四の獣で、ものすごく、恐ろしく、非常に強く、巨大な鉄の歯を持ち、食らい、かみ砕き、残りを足で踏みにじった。他の獣と異なって、これには十本の角があった。
その角を眺めていると、もう一本の小さな角が生えてきて、先の角のうち三本はそのために引き抜かれてしまった。この小さな角には人間のように目があり、また、口もあって尊大なことを語っていた。
なお見ていると、
王座が据えられ
「日の老いたる者」がそこに座した。
その衣は雪のように白く
その白髪は清らかな羊の毛のようであった。
その王座は燃える炎
その車輪は燃える火
その前から火の川が流れ出ていた。
幾千人が御前に仕え
幾万人が御前に立った。
裁き主は席に着き
巻物が繰り広げられた。
さて、その間にもこの角は尊大なことを語り続けていたが、ついにその獣は殺され、死体は破壊されて燃え盛る火に投げ込まれた。

この部分の意味については、ヨハネの黙示録19章に記載から、反キリストのことだとキリスト教では考えられた。

わたしはまた、あの獣と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方とその軍勢に対して戦うために、集まっているのを見た。
しかし、獣は捕らえられ、また、獣の前でしるしを行った偽預言者も、一緒に捕らえられた。このしるしによって、獣の刻印を受けた者や、獣の像を拝んでいた者どもは、惑わされていたのであった。獣と偽預言者の両者は、生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。
最終更新:2020年09月25日 12:47