ヨシュアがアイを占領し、またギデオンの住民と和平を結ぶと、エルサレムの王は恐れた。ギデオンの人々は巨体で大きな町を持ち、男たちは皆勇士だったのにヨシュアの前に屈したからである。そこでエルサレムの王は、ヘブロンの王、ヤルムトの王、ラキシュの王、エグロンの王と協力して、ギデオンにいるイスラエル人をうち滅ぼそうとした。
しかし、主の力により、イスラエルはこれらの国々の連合軍に勝つことができた。このときのことについて、
ヨシュア記には次のように書かれている。
ヨシュア10:12-14
主がアモリ人をイスラエルの人々に渡された日、ヨシュアはイスラエルの人々の見ている前で主をたたえて言った。
「日よとどまれギブオンの上に
月よとどまれアヤロンの谷に。」
日はとどまり
月は動きをやめた
民が敵を打ち破るまで。
『ヤシャルの書』にこう記されているように、日はまる一日、中天にとどまり、急いで傾こうとしなかった。
主がこの日のように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった。主はイスラエルのために戦われたのである。
日食説
カナン征服は現在の主要な聖書訳では「太陽と月が動きを止めた」と訳されている。しかし、ヘブライ語のテキストを見るとその内容は「太陽と月は通常の働きをやめた」とある。これは「光ることをやめた」の意味をも示しうる。ヘブライ語で言う「stand still(停止する)」はバビロニアの天文学のテキストで日食を示す言葉と同じルーツを持っており、太陽が止めたのは「動き」ではなく「光ること」であるとする解釈が正しいと考える学説もある。その場合、紀元前1207年10月30日午後の金環食を意味する可能性が高いという。
カナンの伝説
人間が天体の運行に直接呼びかけるという考え方は、イスラエルの伝承からではなく、周辺のカナン神話からの影響であろうと考えられる。この部分には、
申命記史家によって、古いカナン神話の資料が用いられているのである。注目すべきなのは、申命記史家の語りの根拠が、イスラエルの伝承から出ていることだけではなく、異民族の文書からも引用されていることである。だから、申命記史家は、このような資料を用いるにあたって、資料それ自体の根拠に基づいて語っているのではなく、「主が働いたこと」を証しするために、カナンの神話をも含むすべての資料を用いているのが分かる。
最終更新:2018年01月03日 20:50