退行催眠・前世療法


概説

生まれ変わりの研究は大きく分けて2つあると言え、1つはイアン・スティーヴンソンを中心とするグループによって始められ、子どもが自発的に語り出した記憶について調査していくものであったと言えるが、もう1つは退行催眠により、個人の過去の記憶を辿るものである。

稲垣勝巳は、催眠状態を改めて定義しようとすると中々、捉える事が困難なものであるとしながら、敢えて一こと口で定義するとすれば、「言葉による誘導(暗示)によって引き起こされた意識の変容状態である」としている*1。催眠術は、患者に忘れている記憶を思い出させるための方法であり、訓練を受けた専門の催眠療法士の誘導により、患者の身体が十分にリラックスすると忘れていた昔の記憶が蘇ってくるといえる。催眠状態において、記憶を前世にまで逆行させ心的外傷、さらに慢性の病気を取り除く事もあることが、アメリカの精神科医ブライアン・ワイスや、カナダのトロント大学のフロイト派の精神科医、ジョエル・ホイットンによって提唱された。このようなアプローチは、今日では催眠療法(hypnotherapy)の一種として位置付けられ、前世療法(past-life therapy)とも呼ばれる。なお、ワイスによれば、催眠の目的の1つは、論理や時間や空間に縛られない潜在意識へ到達する事であるといい、潜在意識は日常の能力を超えた知恵を表層意識にもたらすという。また、ワイスは退行催眠により過去生を物語形式に思い出す場合もあれば、キー・モーメント・フロー(主要場面想起)と呼ばれ患者の隠されたトラウマに関わりの深い場面(キー・モーメント)を潜在意識が選び出すという場合もあると指摘している。*2

ブライアン・ワイスは、キャサリンという女性と出会い、彼女の病状を改善させようと催眠療法を試していく中で、キャサリンが自分の過去生を想起したり、非常に進化したマスター達(肉体に宿っていない非常に進化した精霊達)からの情報を伝えたりするといった現象に直面している。また、ジョエル・ホイットンは、催眠療法の中で過去生の死から生まれ変わるまでの間の中間生という存在を発見し、中間生における超意識(Metaconsciousness)の体験は前世療法に於いて治療上有意義だと分かっていると示唆している。

退行催眠を用いた過去生研究の歴史

退行催眠を用いた過去生研究の歴史については、飯田史彦「生まれ変わりに関する科学的研究の発展が人生観に与える影響について」『商学論集』第64巻第1号において、生まれ変わりに関する実証的研究の系譜として詳述されているが、それを簡単に纏めると以下の通りである。

退行催眠を用いた過去生研究の起源は、1890年代にアルベール・ド・ロシャが行った研究にまで遡る。被験者たちは、過去に存在したと思われる場所や家族の名前をあげて信頼できそうな証言をしたが、その人生が実際にあったものかどうかを証明できなかったと言われ、当時の精神科医や心理学者たちは、被験者が過去生を思い出したのは精神の錯乱が原因だと考えた。

20世紀の中頃になると、アレクサンダー・キャノンにより、この分野の研究が再開され、キャノンは催眠を用いて、1300人以上の被験者を、紀元前何1000年という昔の記憶に退行させることに成功した。そして、キャノンは、被験者が信じているものが異なっているにも関わらず、同じような話をしている事を発見し、1000件を超える事例の分析を通じて生まれ変わりの存在を認めるに至っている。そして、被験者たちの精神症状(原因不明の恐怖症等)が治癒される事に着目し、この事実は前世療法に繋がる。この点に関して、臨床心理学者のイーディス・フィオレは、「もしも誰かの恐怖症が、過去の出来事を思い出すことで即座かつ永久的に治癒されたら、その出来事が実際に起きたに違いないと考えるのが理にかなっている」と生まれ変わり仮説を支持している。

1978年には、モーリス・ネザートンが生まれ変わり仮説を認めざるを得なくなった経緯を告白し、「自然は一千万年かかってグランドキャニオンを創りあげたのに、人間の魂が70年や80年で形成されるとは信じられない」と述べた。そして、翌年の1979年になると、臨床心理学者のヘレン・ウォムバックによって、生まれ変わり仮説を統計的に実証する画期的な研究結果が発表された。何百人もの被験者に退行催眠を行い、現在の性別には関係なく、紀元前2000年にまで遡って退行した時の複数の人生の性別を記録したところ、50.6パーセントが男性、49.4パーセントが女性として生きた時の記憶である事が判明したという。このように、男女比にしてほぼ同数であったことは、彼らの記憶が各人によって創作された嘘ではないことを物語っていると結論付けている。また、ウォムバックの被験者は白人の中流アメリカ人であったにもかかわらず、過去生の記憶の数々は、世界における人種や階級、人口分布と言った歴史事実を正確に反映するもので、当時の人生で使用していた衣服、履物、食器等の報告は、みな歴史的事実と一致していたという。この統計的研究の結果、ウォムバックは、「道路の脇のテントにいるあなたに、1000人の通行人が『ペンシルベニア州の橋を渡った』という話をしたならば、あなたはペンシルベニア州には橋があるという事を納得せざるを得ないでしょう」という例え話を用いて、生まれ変わり仮説の客観的実証性を認めた。

そして、1986年になると、ジョエル・ホイットン中間生の存在や、生まれ変わりの仕組みについての研究を集大成し、1988年にはブライアン・ワイスにより『Many Lives, Many Masters』(邦題:『前世療法』)が発表され、同書が全米でベストセラーとなり、退行催眠を用いた過去生研究が広く認知されていく事に寄与した。

ブライディー・マーフィーの事例

しばしば最も有名な退行催眠による過去生の事例としてブライディー・マーフィーの事例が挙げられる。ブライディー・マーフィーは、1952年、アメリカ合衆国コロラド州プエブロの実業家でアマチュア催眠術師のモーリー・バーンスタインが、主婦のヴァージニア・タイエに対して退行催眠を行った際に登場し彼女の前世であると称した19世紀のアイルランドの女性とされる。バーンスタインはこの経緯を“The Search for Bridey Murphy”(邦訳:『第二の記憶 前世を語る女ブライディ・マーフィ』)にまとめて出版、大ベストセラーとなった。そして、ブライディ・マーフィーの実在性を巡り、論争が起こり調査が行われた。また、その後、多くの著書が退行催眠中の過去生の記憶について報告しているが、証拠として挙げられている事実や論証に問題のあるものも少なくないと言われる。

ブライディ・マーフィーは、1798年にアイルランドで生まれ1864年に死去した人物とされ、ヴァージニアは当時の生活や日常の出来事、風俗、習慣についても詳細に軽いアイルランドなまりで話したという。ところが、アイルランドでは1800年代から誕生や死亡に関する記録が戸籍として残っており、そこにブライディの名前はなかったという。そして、この話の元ネタは、ヴァージニアが子どもの頃シカゴに住んでいた時に近くに住んでいたアイルランド系女性のブライディ・マーフィー・コーケルだと考えられている。それ故、本人の意識下にあった幼い頃の記憶が退行催眠で呼び覚まされた事により創作された架空の女性であると結論付けられた。このような事から、越智啓太は、断片的な記憶が、パッチワークのように貼り合わされていき、次第に現実感のある記憶が完成し、それらを反芻する事によって一貫したフォールスメモリーが完成してしまうという事を指摘している*3。一方、笠原敏雄はブライディ・マーフィーの事例を本当の記憶らしいと考えている*4。また、大門正幸もタイエ自身にはブライディ・マーフィー・コーケルと話をした記憶はなく、また仮に話をしたことがあったがそれを忘れていたに過ぎなかったとしても、タイエが語ったアイルランドの記憶はあまりに詳細で多岐に渡っており、ブライディ・マーフィー・コーケルがその全てをタイエに伝える事ができたとはとても考えられないと結論付けるのが妥当だとしている。*5

退行催眠への批判と応答

退行催眠・前世療法による前世記憶の厳密な科学的検証がなされていないという批判もあり、また厳密さについて意見の分かれるところもある。イアン・スティーヴンソンは、前世療法家は、患者の発言を歴史的事実と照らし合わせる作業をしておらず、患者の口から、歴史的に正しい事実が語られたとしても、それが前世の記憶なのか、それまで本などの情報から得たものなのかは分からないため、前世の記憶とは言えないといった事を指摘している。実際、前世療法家の根本恵理子はクライアントの前世として、動物や木、野菜、岩、宇宙人、高次元存在、布、五角形などであったという多様な前世を紹介しており*6、これらは前世が人間に限定されない可能性を示唆していると言える一方で、その厳密な科学的検証という点にこだわるならば、前世の厳密な証明は困難なものであることを示していると言えるだろう。
笠原敏雄は、超常現象研究という分野において前世療法の中で語られる前世記憶の問題点は次の2つに集約できるとしている。*7

1、催眠状態では、被験者は施術者の要求に極力従おうとして、「生まれる以前」に戻るよう暗示をかけられると、その記憶があればそれを出すことがきわめて稀にはあるとしても、圧倒的多数は、それらしきものを、過去の知識や空想などを用いて作りあげるため、被験者の発言内容を歴史的事実と厳密に照合したうえ、生後に得た知識ではないことが証明できない限り、それを文字通り受け取るのはナンセンスであること。
2、心理的原因の疾患では、原因そのものに触れなくても、症状が消えることは非常に多いので、それが被験者というか患者の口から語られたことによって、それまでの症状が消えたとしても、それだけでそれを原因と考えることはできないこと。

ジョナサン・ヴェンというアメリカの臨床心理学者は、1914年8月に、ベルギー上空でドイツ機の機銃掃射にあい、胸を撃たれて戦死したフランス空軍のパイロットであった前世を、催眠療法中に想起したオクラホマ州在住の男性の事例を詳細に検討した結果、催眠状態の中で話したフランス語の発音が不正確で、外国人が話すフランス語の域を出なかった事や、第一次世界大戦について簡単には調べられない点については間違っている事が分かったという*8。他にも、催眠感受性の高かった主婦ジェーン・エヴァンスが退行催眠にかけられると、前世として何人もの人物を想起したが、ローマ時代の記憶については、1947年に書かれた『生きている樹』が種本であると考えられたといった話もある*9。このように、本人が過去生の記憶として語ったものが、実は、現世のどこかで入手可能なもので、それが本人の意識下ににしまい込まれたに過ぎないと解釈され得る事例もある。

しかし、笠原敏雄も前世療法により本当の前世の記憶と思えるものが出てくる事は稀にはあると指摘しており、前出のブライディー・マーフィーの事例の他に、イギリスのエドワード・ライアルの事例やイアン・スティーヴンソンが研究した真性異言の2例などもそれに当たるという。大門正幸は前世療法で体験される過去生が本当である事を示唆する証拠として次の3つを挙げている。*10

1、本人しか知り得ない情報を知っている。
2、複数の人が退行催眠中に思い出した記憶が一致する。
3、催眠状態にある時に、現世の人格が身につけたとは考えられない技能(たとえば外国語を話す)を持っている。

このうち、本人しか知り得ない情報を知っているという事を立証するのは困難であると言えるが、複数の人々が別々に過去生の記憶として語った内容が一致するというケースはしばしばある。ブライアン・ワイスの患者であったメキシコ生まれのペドロとアメリカのミネソタ州生まれのエリザベスは、互いに全く面識がなかったが、それぞれ治療を続けていくと、それぞれが思い出したパレスチナでの過去生に奇妙な一致がある事に気づいたと言い、2人は過去生で父と娘という間柄であったという。催眠療法家のギャラップ・オッペンハイムもグループで退行催眠を行うとメンバー同士が過去生で知り合いだと分かることもあると指摘している*11。また、現世で身につけたとは考えられない技能をもっているという事に関連し、ジョエル・ホイットンは前世の信憑性を納得させ得る論証となるものとして、ハロルドという被験者が退行催眠によって過去にヴァイキングであった人生を想い出しながら口にした言葉を書き留めておいたといい、アイスランド語とノルウェー語に詳しい言語学の権威が、それらのうち10の語句について、ヴァイキングが当時使用した言語で現代アイスランド語の先駆となった古北欧(ノルド)語であ事とを確認した。カナダの環境省の研究員、ソー・ジェイコブソンは、ハロルドの書いた「嵐」「心臓」「氷山」を含む語はアイスランド語に起源をもつ語であると結論を出している。また、語の幾つかは他の言語に起源をもつものもあったというが、ヨーロッパの隅々まで放浪していたヴァイキングが当時の外国語を含む言葉を話していたのは当然であるとも指摘されている。一般人であるハロルドが現存していない言語を今生で知り得たとは考え難いため、この事は退行催眠によって導き出された過去生の信憑性を証明する強力な証拠となり得る。前世療法により外国語を使って話す被験者が増えているが、その中には古代中国語やジャングルで使われる方言までもが含まれていたという。*12

また、前世療法がもたらす記憶の歪みについて、ブライアン・ワイスは、催眠で幼少期を思い出すよう指示し、呼び覚まされた記憶と実際の過去に細かな相違点があっても、間違ったソースから来ている記憶とは言えないとし、同じように、過去世の記憶は一種の歴史小説といった性格をもっており、ファンタジーや創作、歪み等が沢山あっても、その核心は正確な記憶であり、それらの記憶は皆役に立つものであると述べている。

(以下、管理者の見解)
退行催眠により想起される記憶が客観的な歴史上の事実と一致している事が確かめられているケースは多くないと言え、過誤記憶、虚偽記憶の一種であるというケースがある事は否定できない。しかし、退行催眠により想起される記憶の全てが荒唐無稽であるかと言えば、そうとも言い難いと言え、ワイスの私生活について全く知らなかったキャサリンがセッション中に「小さな息子が心臓の病気で亡くなった」といった事を述べた事や、別のセラピストによる退行催眠や複数の人が退行催眠中に思い出した過去生の記憶が一致するという事例があること、ホイットンらが報告している前述の真性異言稲垣勝巳が調査した前世記憶が史実と符合していること、そして退行催眠を通して見出される世界観の整合性などを総合して考えると、退行催眠によって何らかの真実が伝えられるケースがある事もまた否定できないだろう。そして、笠原敏雄や石井登も示唆している通り、前世療法によってもたらされる情報の扱いには慎重であるべきだと言えるが、イアン・スティーヴンソンらの生まれ変わり事例の研究や臨死体験研究などとの整合性を考えていくと、見方によっては共通点がある事が窺える。そして、退行催眠を通して見出される世界観は、中間生魂の進化、生まれ変わりの仕組みなどについて、生まれ変わり事例の研究や臨死体験研究を補完する情報を提供する可能性もあると考えられる。

  • 参考文献
モーレー・バーンスティン『第二の記憶 前世を語る女ブライディ・マーフィ』万沢遼 訳 光文社 1959年
J・L・ホイットン/J・フィッシャー『輪廻転生 驚くべき現代の神話』片桐すみ子 訳 人文書院 1989年
ブライアン・L・ワイス『前世療法 米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』山川紘矢・山川亜希子 訳 PHP文庫 1996年
ブライアン・L・ワイス『前世療法2 米国精神科医が挑んだ、時を越えたいやし』山川紘矢・山川亜希子 訳 PHP文庫 1997年
ブライアン・L・ワイス『魂の伴侶 傷ついた人生をいやす生まれ変わりの旅』山川紘矢 訳 PHP研究所 1996年
ブライアン・L・ワイス/エイミー・E・ワイス『奇跡が起こる前世療法』山川紘矢・山川亜希子 訳 PHP研究所 2013年

片桐すみ子編訳『輪廻体験 過去世を見た人々の証言』人文書院 1991年
飯田史彦「生まれ変わりに関する科学的研究の発展が人生観に与える影響について」『商学論集』第64巻第1号 福島大学 1995年
稲垣勝巳『前世療法の探究』春秋社 2006年
稲垣勝巳『「生まれ変わり」が科学的に証明された! ネパール人男性の前世をもつ女性の実証検証』ナチュラルスピリット 2010年
大門正幸『スピリチュアリティの研究 異言の分析を通して』風媒社 2011年
越智啓太『つくられる偽りの記憶 あなたの思い出は本物か?』DOJIN 選書 2014年
根本恵理子『セルフ前世療法 改訂版』クラブハウス 2023年
坂井祐円「死後の世界を前提とする死生観について」『南山宗教文化研究所 研究所報』第28号 南山宗教文化研究所 2018 年
坂井祐円「生まれ変わりをどのように考えるか」『仁愛大学研究紀要人間学部篇』第19号 仁愛大学 2020年
  • 参考サイト
最終更新:2024年03月01日 13:06

*1 稲垣 2006 p.3

*2 ワイス 1992(邦訳 1997)p.40

*3 越智 2014

*4 http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/parapsy/therapycriticism.html

*5 大門 2011 p.27

*6 根本 2023 p.90-103

*7 http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/parapsy/therapycriticism.html

*8 http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/parapsy/therapycriticism.html

*9 越智 2014

*10 大門 2011 p.25

*11 片桐 1991 p.29

*12 ホイットン・フィッシャー 1986(邦訳 1986)p.214