臨終の言葉
死が近づいた人が既に亡くなった人の事を急に話し始めたり、直ぐ側に誰かがいるかのようにお喋りを始めたりする事があるとも言われるという事に関連して、言語学者のリサ・スマートは人生の終わりに見られる謎めいた言葉を集め、解釈する
ファイナル・ワーズ・プロジェクトを創設している。ファイナル・ワーズ・プロジェクト及び、その
ウェブサイト、
facebook、Eメール、電話でのインタビュー等を通して、1500件を超える最期の言葉が蒐集されており、その中には1語だけのものもあれば、完璧な文のものもあり、言葉が発せられた時期も亡くなる数時間前から数週間前まで様々である。
スマートは死期が近づいた人が複雑で詩的ですらある発言をする事に対して、普通なら頭脳と肉体が衰えるにつれて言語能力も衰えると思われがちであるが、複雑な言葉を発するようになるのはなぜかという事を探求している。スマートは死に瀕した人が口にする言語は三次元の世界に関して五感を通じて理解している物事に照らして意味をなさないという点で
「ナンセンス」(言語学で使う「ナンセンス」という言葉に軽蔑的な意味はないという)であるが、それは活力に満ちた言語現象で、理解可能な言語同様に正当な言語であり、一貫した構造や規則、機能を持っているのだという。また、他の人に良く分からない
非指示的言語で語られる事があり、この点は
筆舌に尽くしがたい経験をしたという臨死体験者の話とも一致している。スマートと数年間に渡る共同研究をした
レイモンド・ムーディはナンセンスについて、生後学んだ言語の世界と死後の領域に存在すると見られるある種のテレパシー的言語の世界の中間的な言語と考えているようである。そのような事からも、死期の迫った人々は、他の人々には理解できないものが理解でき、目に見えない世界を垣間見る事ができるという事を示唆していると言えるかもしれないと言え、ファイナル・ワーズ・プロジェクトによって判明した結果から、スピリチュアルな側面でしばしば言われている死が近づくと全ての源であるソースへと戻り始め、別の次元に移る(新しい次元への扉を開く)という説は強ち根拠なきものではないとも考えられている。
重大な事を表す比喩
人生の終わりの言葉には、比喩が多用され、大きな出来事が間もなく起きることを隠れた表現で聞き手に警告するというケースがある。例えば、「今夜、大きなダンスパーティに出席するの。だから一番いいドレスと靴を病院に届けてくれない?会えるのを楽しみにしているわ」と言った人や、「大きなダンスパーティがあるから、準備しているの」と言うとベッドに横たわり、息を引きとったという人、他には妻に「デイヴがおれのことを待っていると言うんだ。一緒にゴルフをしたいらしい。4人目のプレイヤーが必要なんだよ」と言った人、妻に「君を通じて、航空機運航本部と交信しているが……私にも特別な瞬間が訪れそうだ。つまり……その時が来たら……我々も諦めなければならないだろう」と言った人などもいる。大きな出来事の告知をするだけでなく、何かの完成や完全性を求める比喩を口にするというケースもあり、3人のグループに加わり、4人目のプレイヤーになるというゴルフの話の他、完全性がテーマとなった言葉を発した人は少なからずいるようである。このように、死に瀕した患者は非常に比喩的な言葉を話す事が多いということがホスピスの職員や医療関係者によっても指摘されている。
また、人々が使う比喩が、死が近づくにつれて発展していくという報告もある。多くの人々が迫りくる死を実際の旅として捉えているということもしばしば指摘されるが、死に関する準備教育を行っているマーサ・ジョー・アトキンスによれば、死に近づくにつれて人々が使う比喩は発展していくのだといい、最初は例えば「地図がないの…」と言い出すが、それが「私のスーツケース、誰が持ってるの? スーツケースが必要なのよ」に変化し、「荷造りはできたわ。出発準備完了」と言うこともあるという。イギリスの医学者ピーター・フェンウィックは、このような体験では、自分は死ぬという表現を用いず、「迎えられている」「連れて行かれる」あるいは「旅立つ」という表現を用いると言い、終わりではなく継続を示唆する楽観的なメッセージであるという。また、旅にまつわるものの他、「ワインをつぐと、遅かれ早かれ、大きな出来事の告知が行われる」や「今日はシャワーを浴びないといけないの。体を洗ってちょうだい。介護士さんはどこ? 身支度を整えないと。ディナーにふさわしい格好にね!見えないの?もうテーブルの準備もできているでしょう」などといったように、食事や食卓の準備に関わるものや、旅立つ話だけでなく到着する話も多かったという。
力のこもった言葉
人生の終わりには、同じ言葉を繰り返したり、声を張り上げて何かを言ったりすることが良くあるとも言いわれる。その中で、様々な反復表現が現われ、スマートが集めたデータの中には、安心感、感謝、終わり、抵抗、統合、輪、数を繰り返し表現したものが見られる。数の事例のうち、「8」と「3」という数字は、最期の言葉にたびたび登場するらしく、「8」は再生や変化と関連付けられ、「3」は変形や統合へと向かう動きと関連しており、「4」は完全性や全体を意味するという。
また、反復するのは1つの単語や言い回しだけではなく、数日あるいは数週間に渡って同じテーマが繰り返し登場することもある。このようなことからも、亡くなる人が私たちの知っている世界とは違った世界で展開する物語に参加しているとも考えられ、単語やフレーズが繰り返されるたびに、その言葉に込められた力が増し、最期の言葉が継続するうちに持続的な物語が現われ、同じテーマやシンボルが繰り返し登場するようになる。
最終更新:2025年04月01日 13:50