概説
中村雅彦(なかむら まさひこ、1958年2月22日-)は、日本の心理学者、超心理学者。兵庫県出身で、神戸大学教育学部卒業、名古屋大学教育学部研究科修了。元愛媛大学教授で、1990年代には死後の諸問題や
超心理学、
トランスパーソナル心理学について研究をした。また、先祖代々、四国の「拝み屋」(民間の祈禱師)だったという人物の取材をしていく中で、日常とはまったく違う生き方をしている人がいることに気付いたという。そして、四国のシャーマン、霊媒を対象にフィールドワークを行い、呪術的世界で仕事をしている人達への取材の成果を
『呪いの研究 拡張する意識と霊性』に纏めている。退職しているが、愛媛大学教授時代の2002年4月、奥四国にある龍王神社で権訓導の資格を取得し、2003年4月に本格的に拝み屋として仕事を始めた。2008年時点では、拝み屋の仕事はしておらず、霊的な相談は一切受けていないという。
死後存続について
中村雅彦は
『臨死体験の世界 死と再生の心理学』において、高齢社会は死の社会問題に直結するといい、人間の究極のテーマである死の真相の問題について、
臨死体験、
体外離脱体験、
生まれ変わりに関するデータに基づいて考察している。
そして、人間の肉体が死と共に滅びる事を明確に示した証拠は現在のところ存在しない一方で、人間の精神が肉体の死後も存続するかもしれない事を示す証拠「状況証拠」はこれまである程度得られていると述べている。
また、
臨死体験や
体外離脱体験、過去生記憶のデータの中には、体験者や関係者の
ESPや
PKが関与していたと解釈した方が、筋が通りやすいものが数多く含まれているといったことから、
死後存続と超能力の関係について、
超心理学的に考察している。
宗教と科学
中村によれば、科学的研究の条件の第一は事実をありのままに観察し、記述する事であり、超心理学はこの条件を満たすために様々な装置や方法を導入しているが、それだけでは、そのような現象を説明し、予測する理論上の根拠が明らかになっていないという点から、科学の条件の第二である再現性を十分に満たすことはできず、科学の条件に合格できないと述べている。しかし、そもそも科学だけでは十分に解明できないこともあるといい、人間の精神(心)について科学的な認識の方法で全て判断できると信じ込んでしまっている事に問題の本質があるとしている。そして、超常現象の理論的根拠を確立するには、現象の根本的な原因をはっきりさせる作業につながるといい、「なぜ」そのような現象が起こるのか、「何のために」起こるのかといった答えを見つけなければならないといい、このような問いに対する理論的根拠は東洋の伝統的な思想や哲学、宗教に求める事ができるとしている。また、宗教はこれまで神の存在や人間の魂といった目に見えないもの、形のないものを追求し、科学は形のあるものを扱ってきたという点で、両者は全く性質の異なる領域として位置付けられ、時に対立する見解を提出してきたが、両者の歩み寄りと融合によって死の真相を解明する糸口が見つかるのではないか考えている。
死と再生の理論
中村によると、英国の哲学者であるチャーリー・ブロードは
「Ψ要素理論」という死後存続に関するモデルを提案しているという。それによると、人の脳や神経系が消滅した後もΨ要素が存続し、それが生命体の特徴や輪郭を暫くの間、保ち続けるのではないかとしている。そして、中村は、このような精神状態の一部が、
臨死体験や
体外離脱体験の現象として報告されるのではないかと述べている。時間や空間の観念が失われ、恍惚とした意識状態は、トランスパーソナル意識の状態であると言い、Ψ要素はインドの大乗仏教の教えである唯識論に記述される阿頼耶識に通じる部分があるとも述べている。中村は、唯識論を元に死と再生のプロセスにおける意識の状態を以下のように纏めており、
ケン・ウィルバーの言う仏教心理学と
意識のスペクトラムにも対応していると言える。
死と再生のプロセスにおける意識状態の変化(『臨死体験の世界 死と再生の心理学』p.303より)
拝み屋としての活動
中村は、拝み屋の人たちが通っている神社に入り、継続的に祝詞を唱えるということを通して、意識のコントロールができるようになったことがあったと言い、精神集中や精神統一状態がどのようなものか分かってから、感覚が鋭敏になったと述べている。祈禱を行ってから、相談者が劇的な恢復をしたということがあってから、一人前という自覚が出てきたという。そして、資格を取得し、本格的な仕事を始めるが、印象深い最初の頃のケースとして悪魔憑きの事例を挙げている。憑依状態を経験したという30代の女性は、精神科に行ったりカウンセリングを受けたりして、何かが憑いていると言っても相手にしてもらえず、薬を処方されても解決できなかったが、祈禱で劇的に恢復したという。
中村にとって、四国は修行の場、学びの場であったというが、新しいアイデンティティを作っていく必要性から四国を去っている。また、四国を去った理由の一つとして、拝み屋の世界にいて、一部の宗教組織の脅しや詐欺などを始め宗教的世界のあまりにも醜い側面を見過ぎてしまったことや、そのような組織からの嫌がらせや脅迫、霊的な攻撃も何度も受けてきたこともあり、拝み屋の世界から足を洗いたいと思うようになったこともあるのだという。
最終更新:2026年03月30日 19:21