退行催眠・前世療法 > 真性異言


概説

真性異言(しんせいいげん)は、ゼノグロッシア/ゼノグロシー(英語ではxenoglossia/xenoglossy〈ギリシャ語ではξενογλωσσία〉)と言われ、当人が学んだ事のない外国語や意味不明の複雑な言語を操ることができる超自然的な言語知識、及びその現象を指す。ノーベル生理学・医学賞を受賞したフランスの生理学者シャルル・リシェは、憑依状態にある霊媒が本人が知らないはずの言語を書くという事例を分析し、「奇妙な」や「異国の」を意味するギリシャ語の接頭辞ξένος(xénos)と「舌・言語」を意味するγλῶσσα(glõssa)という語に由来するxenoglossyという造語で呼んだ。なお、古典ギリシャ語で書かれる『新約聖書』において、ガリラヤ人たちが異国の言葉を話したという部分は、glossolalia(glõssa「舌・言語」+lalein「話す」)と表現し、宗教の世界においては本人が知らないはずの言語を使い出すという現象は一般にglossolaliaと呼ばれる。

超心理学の分野では、真性異言を朗唱型真性異言(recitative xenoglossy)応答型真性異言(responsive xenoglossy)の2つに大別する。朗唱型異言は、知らないはずの言語を話したり書いたりできるけれど、それを使って母語話者とコミュニケーションはできないという場合を指し、無意識のうちに記憶していたものが何かの拍子に出てきたという場合が多いらしく過去生に由来するという可能性は薄いとも言われる。一方、応答型異言は母語話者と意志疎通できる場合を指し、過去生の検証手段として有力だと言われる*1。そして、応答型異言の存在はESPによっては伝達できない、いわば暗黙知の範疇に入る技能が関係していると言え、人間のESPを持ち出すことで死後生存を否定するESP仮説を撥ね除け、死後生存の真実性を裏付ける有力な証拠となるとも考えられ、稲垣勝巳もそのように考えている。
前世療法の中で過去生を想起しながら外国語を話すというケースは間々あると言え、ブライアン・ワイスは、初めて北京から来た医者を過去生に退行させたところ、1850年のカリフォルニアの人生に戻ったと言い、彼女は英語が全くできなかったが、前世で夫と議論している場面を思い出したとき、とても流暢な英語を話し、通訳はとても驚いたという。*2
なお、脳科学的見地から、アンドリュー・ニューバーグは、前頭葉は、自分を統制していると感じる働きを手助けしている脳の一部であるが、異言を話しているときは前頭葉に血液の流れが少なく、活動が不活性化している分かったと言い、異言を話す人々の訴えを裏付けているようであると指摘している。*3

イアン・スティーヴンソンが報告している事例

イアン・スティーヴンソンは前世療法の中で語られる前世の記憶の扱いには慎重で、時に前世療法批判は痛烈でもあり、彼の研究の中心は、子どもが自発的に語った前世の記憶であると言える。しかし、大人が催眠下で過去生を想起し、現世で習った事のない言語を話すという真性異言を2例調査し、それらの事例について以下のように述べている。

わたしは、自らの手で調べた応答型真性異言の二例が催眠中に起こったという事実を忘れることができない。このことから私は、催眠を使った研究を決して非難することができなくなった。*4

なお、この研究について、スティーヴンソンは言語学の専門家ではなく言語学的根拠が薄弱であるとの意見もある。

イェンセンの事例

1955年から1956年にかけて、英語を母語とする匿名のアメリカ人女性が催眠状態にあるときにイェンセンというスウェーデン人男性としての過去生を想い出し、スウェーデン語を話したという事例である。
この女性は、ユダヤ系の両親の元、フィラデルフィアで育ち、父親も母親もロシアのオデッサ生まれの移民であり、その生育歴を見た限り、スウェーデン語を学んだ形跡はない。
イェンセンが登場したセッションは8回行われ、スウェーデン語の母語話者と直接会話をしたのは第6~第8回のセッションである。なお、イェンセンの話すスウェーデン語にはノルウェー訛りがあり、また自分の住んでいる場所をはじめ幾つかの地名を明らかにしたが、現在の地図でどこに相当するのかは特定するには至っていない。

アメリカの言語学者セアラ・トマソンによる再調査では、イェンセンがスウェーデン語話者であることを、納得を以て断言することができなかったといい、対話の中で勉学に励んだと語っていたイェンセンの語彙は100語程度しか無く、その内60語ほどは対話相手が先に用いた語であったとも言われる。

グレートヒェンの事例の事例

ドロレス・ジェイという英語しか知らないはずのアメリカ人女性が催眠状態にあるときにグレートヒェンというドイツ人女性の人格が登場し、ドイツ語を話した事例である。ウェスト・ヴァージニア州クラークスバーグで生まれ育ったドロレスは、同州育ちで牧師のキャロル・ジェイ(Carrol Jay)の妻であった。教区の信者の治療のために催眠を用いていたキャロル・ジェイが妻に催眠をかけたところ、ドイツ語を話すグレートヒェン・ゴットリープなる人格が出現した。その発言によれば、町の市長である父親とともにドイツのエーバースヴァルデに住んでいたという。*5

グレートヒェンがドイツ語を話したセッションは19回に及び録音され書き起こされ翻訳された。グレートヒェンの能力という点では、完全に流暢に話せるというには程遠いが、誰かがドイツ語を話している時といない時が判別できる事を主張できるという*6
しかし、セアラ・トマソンによる再調査では、彼女の発言は相手の質問を抑揚を変えて繰り返すものが大半で、その他は1、2語程度の短い言葉のみで、憶えている語彙も、英語と同語源でよく似た形の単語ばかりであったという。
スティーヴンソンは、グレートヒェンはドロレス・ジェイの人格要素と肉体をもたない人格の構成要素とが混ざり合った合成体であった可能性や肉体のない人格がその合成体に顕在したグレートヒェンの諸特性に影響を与えたという可能性を指摘しており、言語能力の不完全性についてはそれを説明する理論が必要になるであろう。

憑依らしき事例

イェンセンやグレートヒェンの事例では、憑依ではなく生まれ変わりとして説明されるのが妥当であるとされるが、それらとは異なり、憑依と考えた方が適切に説明できそうな事例もある。

1973年にインドで発生した事例で、マラーティ語を母語とする女性、ウッタラ・フッダルの顕著な人格変化は全く不随意に起こり、シャラーダと名乗る女性人格が現れた。シャラーダと称する人格はウッタラの母語であるマラーティ語を話せず、ウッタラが話せなかったベンガル語を流暢に話した。シャラーダは、催眠中ではなく覚醒中に突然出現し、言語だけでなくその立ち振る舞い、習慣などがベンガル風で、シャラーダ人格が登場している時はウッタラの人格はどこかに押しやられているような感じであったといい、シャラーダが語った自らの一生に関する事は19世紀初頭のベンガルの村の状態と正確に一致していた。このように、2つの人格が完全に分離しているため、若干の点では生まれ変わりを思わせる事例にも類似しているが、憑依と考えるのが妥当だとも言われる。なお、シャラーダが口にした家族については、西ベンガルの町のひとつであるバンスベリアで発見され、その家族の家長のもっていた19世紀初頭以降の系図にはシャラーダが口にした男性6名の名が語られた続柄通りに書かれ、シャラーダの語った内容は相当確証されたが、系図には男性名しか書かれていないためシャラーダ人格の実在は直接突き止められてはいない。

また、1933年、高い教育を受けた16歳のハンガリー少女、アイリス・ファルザディが自称41歳の労働者階級のルチアというスペイン女性に身体を乗っ取られる(ように見える)事件が起きている。内気で教養溢れるアイリスの性格は、がさつであまり上品とは言えない掃除婦の性格に変わり、アイリスの母語であるハンガリー語はルチアの母語であるスペイン語に完全にとって代わられてしまった。
2003年には、メアリ・バーリントン、オーストリアのペーター・ムーラッツ、オランダのティートゥス・リーファスら3人が、ルチアと名乗る人格に相当する人物がスペインに実在するかどうかという点の確認と、86歳になったルシアの言語能力を調べた。結果、ルチア人格に相当する人物の特定はできなかったが、流暢なスペイン語を話すアイリスの言語能力は再確認され、資料として保存されている。

ジョエル・ホイットンが報告している事例

ジョエル・ホイットンは前世の信憑性を納得させ得る論証となるものとして、ハロルドの退行催眠中の出来事を紹介している。ホイットンの患者であるハロルドは、退行催眠中にソーという名のヴァイキングとしての過去生を想い出し、ホイットンがハロルドにその過去生で使っていた言語を発音通りに書き留めるように指示すると22の語句を書いた。アイルランド語とノルウェー語を話す言語学の権威者たちがこれらの語のうち10語はヴァイキングの言語であり、現代アイルランド語の先駆となった古ノルド語であると確認され、残りはロシア語かセルビア語からの派生語であると確認された。それらのうち、殆どは海に関する語で、以下のようなものが挙げられている。*7
ハロルドの書き留めた語句 対応する言語での単語 意味
YIAK JAKI(古ノルド語) 氷山
LEJNESVKONJA NES VIK(古ノルド語) 2つの湾の間の土地の部分、湾
ROKO ROK(古ノルド語)
VOLNYKIAGE VOLNY(ロシア語)
YIAK LEDDEREN JAK LED(セルビア語) 丈夫な氷
HYARTA HJARTA(古ノルド語) 心臓
VLOGNIA LOGN(古ノルド語) 凪いだ海
NEGI VLOKUSNO LOK LOKS(古ノルド語) 容器、終結、ついに
KIAK 80 SANTI SANTI(セルビア語) 80の浮氷の塊(80は数字で書かれていた)
カナダの環境省の研究員、ソー・ジェイコブソンは、ハロルドの書いた「嵐」「心臓」「氷山」を含む語はアイスランド語に起源をもつ語であると結論を出しており、語の幾つかは他の言語に起源をもつものもあったというが、ヨーロッパの隅々まで放浪していたヴァイキングが当時の外国語を含む言葉を話していたのは当然であるとも指摘されている。また、ハロルドはザンドという名の人物としての過去生も想い出し、その時代の言語で英語の「兄弟」「家」「衣服」「村」などに相当する語を書くよう指示したところ、アラビア風の文字を繊細で稚拙な筆致で丁寧に書いたという。ホイットンがそれをワシントンの国会図書館の近東課の古代ペルシア語とイラン語の専門家であるブラヒム・プアハディのところに持ち込むと、プアハディはそれをササン朝のパーラヴィー語という言語に間違いないと語ったという。古ノルド語もパーラヴィー語も現存していない言語であり、ハロルドが今生で知り得たとは考え難いため、前世を裏付ける有力な証拠になり得ると言われる。なお、大門正幸はこれらの資料の入手可能性やハロルドとの面談可能性についてホイットンに問い合わせているが、ハロルドは既に死去しており、資料も彼に渡してしまたため入手は不可能であったという。*8*9

稲垣勝巳が報告している事例

大門正幸は、日本においてヴァージニア大学の生まれ変わりの科学的研究を継承している数少ない研究者であるが、元々の専門は言語学であり、その影響もあって、前世記憶を持つ日本人が真性異言を語り出したという事例を扱っている。
大門正幸と岡本聡、末武信宏が立ち合いをした事例の中に、稲垣勝巳が治療に取り組んでいた患者で、退行催眠中にネパール語を話し出した日本人の主婦である里沙さん(仮名)の事例がある。里沙さんが思い出した記憶は2つあり、1つは江戸時代に渋川村上郷(現在の群馬県渋川市上郷)で浅間山噴火の際の大洪水の人柱で死んだ少女タエの記憶であり、もう1つはネパール人の村長ラタラジューの記憶である(これらの記録はテレビ番組『奇跡体験!アンビリバボー』で取り上げられている)。独自の「SAM前世療法」を創始し、催眠を用いた生まれ変わりと死後存続する意識体の科学的立証をライフワークとして探究している稲垣勝巳によれば、この「ラタラジューの事例」は、21世紀になってからは世界最初の、しかも証拠映像撮影に成功した応答型真性異言の発見であるとし、YouTubeにも動画を公開している。

ラタラジューの事例

里沙さんが同じセッションで思い出したもう1つの過去生は、ネパール人の村長ラタラジューとしての人生であり、この場合は、自分のもつ記憶を語るというよりもトランス状態で別の人格が出現したという状況で、この時に突然ネパール語を話し始めた。
大門は留学生のネパール人女性とともにこの催眠セッションに立ち会い、ネパール語で会話が成立するのを確認し、映像にも記録しているが、この会話はかなりの確率で成立している。大門の分析によると、質問に対する答えが適切で会話のやり取りが成立しているのが 36.8パーセント、質問に対する答えが適切ではないが、会話のやり取り自体は成立しているのが 37.1パーセント、ちぐはぐなやり取りが8.6パーセント、判断が難しいやり取り15.7パーセントといった結果となった。*10
そして、里沙さんが通常の方法でネパール語を学んでいた可能性について、彼女の生育歴や生活環境に関する調査、周囲の人々の証言、ポリグラフテストによってネパール語を習っていた可能性はないと結論付けられている。なお、古い文書が残っていない事や識字率が低く戸籍のような記録を残す習慣がなかった事から、ラタラジューの存在は公式の記録からは確認できていないが、日本語とネパール語は語彙も文法体系も全く異なっているという事や、里沙さんに関する調査、大門の2010年の現地調査の結果などからラタラジュー人格が実在である可能性は極めて高いと言われている。

  • 参考文献
稲垣勝巳『「生まれ変わり」が科学的に証明された! ネパール人男性の前世をもつ女性の実証検証』ナチュラルスピリット 2010年
大門正幸/稲垣勝巳/末武信宏/岡本聡「「生まれ変わり仮説」を支持する事例の研究 退行催眠中の異言の分析を通して」『国際生命情報科学会誌』27巻2号 2009年
大門正幸『スピリチュアリティの研究 異言の分析を通して』風媒社 2011年
大門正幸『なぜ人は生まれ、そして死ぬのか』宝島社 2015年
坂井祐円「生まれ変わりをどのように考えるか」『仁愛大学研究紀要人間学部篇』第19号 仁愛大学 2020年

Thomason: "Xenoglossy" in Gordon Stein (ed.) The Encyclopedia of the Paranormal 1996
イアン・スティーヴンソン/サトワント・パスリチャ「真性異言を伴った第二人格の一例」『死後の生存の科学』叢文社 1984年  所収
J・L・ホイットン/J・フィッシャー『輪廻転生 驚くべき現代の神話』片桐すみ子 訳 人文書院 1989年
サトワント・パスリチャ『生まれ変わりの研究 前世を記憶するインドの人々』笠原敏雄 訳 日本教文社 1994年
イアン・スティーヴンソン『前世の言葉を話す人々』笠原敏雄 訳 春秋社 1995年
ブライアン・L・ワイス/エイミー・E・ワイス『奇跡が起こる前世療法』山川紘矢・山川亜希子 訳 PHP研究所 2013年
ステイシー・ホーン『超常現象を科学にした男 J.B.ラインの挑戦』石川幹人 監修 ナカイサヤカ 訳 2011年
  • 参考サイト
最終更新:2024年03月07日 23:11

*1 大門 2011 p.34

*2 ワイス 2012(邦訳 2013)p.51-52

*3 ホーン 2009(邦訳 2011)p.132

*4 スティーヴンソン 2003(邦訳 2005)p.106

*5 スティーヴンソン 1984(邦訳 1995)p.20

*6 スティーヴンソン 1984(邦訳 1995)p.39

*7 ホイットン・フィッシャー 1986(邦訳 1989)p.211-213

*8 大門 2011 p.39

*9 大門 2015 p.46

*10 大門 2011 p.65