概説
超心理学(parapsychology)は、「超能力」のようなこれまで知られている科学法則では説明のつかないような人間が発揮する能力や、心と物あるいは心同士の相互作用研究対象とすると学問だとされる。超心理現象という用語は、いわゆる「超能力」を指すが、個人が発揮する能力という先入観を避ける意味合いで、学術的に使用される。
超心理学の研究対象
超心理学の典型的な研究対象は
PSI(サイ現象)と
サバイバルに大別され、前者には
ESP (Extrasensory Perception、超感覚的知覚) 、
PK(psychokinesis、念力)を含む。さらに、
ESPには、
テレパシー、
予知、
透視などが含まれ、
PKには、肉眼で観察できないレベルの念力現象である
ミクロPKと肉眼で直接的に観察できる念力現象である
マクロPKが含まれる。ただし、
ESPと
PKは、論理的にも実験的にも一体化している側面があると言え、区別を明確に行えることは稀であると言え、ロバート・H・タウレスは両者を包含する総称としてサイという用語を提案した。
そして、サバイバルは
死後生存を裏づけるような現象の研究であり、
臨死体験や
体外離脱、
生まれ変わり事例や憑依、心霊現象をも研究対象に含む場合がある。これらは人間が体験報告する現象のうちで、幻覚などの心理的説明以外に、通常の物理学では説明のつかないような現象の一部分をなしている。超心理学が対象としない超常現象としては、例えばUFOの飛来、ネッシーの生息、占星術、雪男、ピラミッドパワーなどが挙げられる。因みに、占星術、心霊現象、超能力、UFOなどの現象を秘教的知識や神秘的、超自然的な力を借りて実践し解明できるという思想は、オカルト(occultism)に含まれるが、超心理学は心霊現象や超能力と称する現象を人間のもっている未知の心理作用に起因するものとして(学術的なアプローチによって)検証する事を目標とする学問と言える。
超心理学の研究方法は主に3種類あり、科学的に厳密に管理した実験を行う「実験研究」、日常生活で偶発的に起きた超常的体験や、超常現象を信じる度合いなどを調査する「調査研究」、記録資料や文献にあたって過去の研究動向や社会動向を考察する「歴史研究」がある。
超心理学の起源
広く超常現象研究の起源は、中世ヨーロッパのルネサンスに遡る。18世紀に入るとスウェーデンの科学者であるエマヌエル・スウェーデンボルグがスウェーデン南部の港湾都市ゴッテンバーグから400キロメートルほど離れた首都ストックホルムでの火災を透視した事で知られ、スウェーデンボルグは霊界を霊視したという記録も残している。
超心理学の基本的方法論は19世紀の心霊主義のなかで培われ、実験的に調べる着想も発展した。しかしながら、心霊主義はある意味で信仰に基づく教義及び活動であり、心霊研究は科学的研究分野である定量的、統計的超心理学とは共通する面もある一方で異なる面もあると言える。また、交霊会の場でトリックなどを用いた演出や詐欺行為が発覚するに至って1910年を過ぎたころから心霊研究は低迷期を迎える。
超心理学の成立と発展
ESPカード(『超常現象を科学にした男 J.B.ラインの挑戦』より)
超能力の問題が近代科学の方法論に則って取り組まれ、
超心理学(parapsychology)という言葉が用いられるようになった起源は、1920年代に遡る。神学校から改組され、心理学部が設置されたデューク大学に研究スタッフとして植物学者であった
ジョゼフ・バンクス・ラインが心理学者のウィリアム・マクドゥーガルによって招聘された。それまでの心霊研究は、霊魂の作用とされる現象を交霊会の場で霊媒を介して引き出し研究する方法がとられたが、ラインはその問題点を実感していたので、交霊会を開くのではなく、実験室で透視などの超心理現象として研究できないかと、新しい方法を模索した。そのような中で、ラインは5種類の図柄を印刷した
ESPカードを開発して一般人を対象に実験を行なった結果、
ESPの存在が有意に示された。ラインは1934年、『ESP』という著書でその結果を発表し、世界の注目を集めたが、心理学と並走する「パラー心理学」という意味を込めて「超心理学(parapsychology)」という言葉もこの頃から使われ始めた。
ラインの登場は、超心理学の対象や方法論に大幅な変更をもたらしたと言え、透視とテレパシーの区分などサイ現象の概念が明確化された事や、
ESPや
PKの研究領域に大半の関心が移行した事、定量的統計的実験法がサイの証明の最有力手段とされた事、実験法が定式化され同一の方法を用いた実験が世界中で行われるようになった事、能力者ではなく一般人を多数用いた実験が大勢を占めるようになった事などが挙げられる。
1965年にラインはデューク大学を退官し、自ら設立していたFRNM(The Foundation for Research into the Nature of Man)という財団で研究を続けた。また、1957年に設立されていた超心理学協会(PA)は、1969年、ガードナー・マーフィーらの尽力で全米科学振興協会(AAAS)に登録され、学術団体として認知され、その頃には、超心理学の研究拠点は全米各地に拡大していた。また変性意識状態との関連性などに関する多くの研究がなされ、今日ではコンピュータ技術の発展により有力な証拠を提示する実験手法が確立されてきた。
日本では、東京帝国大学心理学助教授であった福来友吉が科学的な意味での超心理学研究を最初に行った事で知られ、透視の研究に入り、念写という可能性を世界に先駆けて考えるに至る。福来は、大学を退職に追い込まれた後も研究を続けた。現在の日本では、日本超心理学会(初代会長、小熊虎之助→2代目会長、大谷宗司)や日本サイ科学会において、行動科学から認知心理学、さらには素粒子物理学を基にした検証や論究が継続されている。
超心理学の現状
超心理学の現状として、心理学との間に大きな溝があると言え、米国科学振興協会(AAAS)のメンバーへの調査では、
ESPを信じている人の割合が工学者の40パーセント、生物学者の34パーセント、医学者の28パーセント、物理学者の18パーセントであったというが、心理学者は5パーセントで最も少なかった。
超常的な能力については、過度な思い込みや社会の対応が封印している虞もあるといえる。また、超常現象の研究に対しては、没論理的論理を用いて、その研究や研究領域を、高飛車に否定する人が多いのも否定できないと言え、超常現象の実在を裏付ける完璧に近い証拠が提示されたとしても、それを声高に要求していたはずの否定論者達がそのことの重大性に瞠目するという展開になるとは考えがたいということもある。科学者に因る超心理学批判の圧倒的多数は極めて不当なもので、その戦略として、感情的レベルであからさまに拒絶する、哲学的トリックを利用して拒絶する、超心理学を非科学的信仰と関連付ける、サイ現象を取るに足らないものだとする、超心理学の方法論を槍玉に挙げる、正統科学が満たすべき要求が満たされていないとする、インチキが横行しているので全て間違いだとする、超心理学者に対して人身攻撃を行う、データとして逸話的証拠を取り上げているとして批判する、正統的専門誌への掲載を拒絶する、正統的専門誌に掲載された超心理学論文の価値を低めるような策略を用いるなどが挙げられている。
超常現象の「とらえにくさ」と実験結果に関わる要因
超常現象には「とらえにくさ(elusiveness)」とでも言うべき特徴がある事が100年以上昔に研究が開始された当初から知られており、典型例として人の視線やカメラのレンズなど客観的な証拠を残さないような形で現象が起こりやすいと言われる。このような傾向は目撃抑制(witness-inhibition)や「恥ずかしがり」現象(shyness-effect)等と言われる。英国の超心理学者ケネス・バチェルダーは、PKを起こりにくくする原因として、目撃抑制と保有抵抗の2つの心理的要因を挙げているが、具体的にはポルターガイスト現象での物体移動やPKによる金属変形も人の視線やカメラのレンズの行き届かないところで起こりやすく記録しようとすると現象が全く起こらなくなったり、証拠にならない程度の記録しかできなかったりするという。当然の事ながら、批判者から見ればこれは「逃げ口上」に過ぎないと考えられ、事実、超心理学実験の成果の中にはミスとインチキと思い込みによって成り立っているものが含まれる事を示しているのかもしれない。しかし、必ずしもそう言い切る事は出来ないという意見もあり、実際、不正やミスなどが原因とされるものもあるが、笠原敏雄は自身で観察した事実からPK現象が稀ながら実在する事を確信しているという。
また、石川幹人は超心理学において、意識のコントロールを離れた無意識が幽霊の正体として捉えられる事もあるが、こうした無意識の現れ方には、遠慮がちな印象を受けると言え、超能力を無意識に発揮する構図の実験の方が、成功率が高い。また、外向的な性格の人が超能力を発揮しやすい、開放的な状況に於いて実験の成功率が高まるといった心理的・社会的傾向も判明しているという。。
超能力実験において重要視される要因として、俗に「羊と山羊の問題」と呼ばれるものがあり、超能力の信奉者(羊)が主催した実験では超能力の存在が証明される結果が出るのに対し、懐疑論者(山羊)が実験すると理論的期待値をわずかに下回る結果となる。ニューヨーク市立大学のガートルード・R・シュマイドラが1958年に報告したのが最初であるが、かなりの追試が行われ、実験状況でのサイの生起を肯定する者は成績が良く、否定したがる者では低い成績を示すという現象はサイの重要な一側面を示していると考えられている。
さらに、超常現象は全般医的に再現性が低く、誤解や研究者としての能力欠如、自己欺瞞、不正行為が稀ながら存在する事も否定できない。超心理学がいまだに一人前の科学として認められていない事も認めておかなければならない。
哲学的展望
超心理学の証拠、サイの実在を受け入れる理論的方向について、ジョン・ベロフはこれまで提出されてきた多数の理論は便宜的に、物理的カテゴリーないし準物理的カテゴリーと超越的カテゴリーに分類される事を指摘している。ここでの物理的理論とは現代物理学と矛盾しない理論の事であり、準物理的理論とは、現行のパラダイムをある程度拡張すれば物理学と矛盾しなくなるような理論の事である。一方、超越的理論とは心的なものであれ、霊的なものであれ、物質的実在を超えた別の存在様式を前提とする理論を指している。また、ベロフは心の哲学における学説について、心を実在しないものとみなしたり、脳内の情報処理と等価なものとみなしたりすることについて以下のように述べている。
二十世紀の世界観の際立った特徴と言える、心をこのように軽んずる傾向に対して、通常科学を超える要素を考慮することなく、異議申し立てを行なう主張は、概念的なものであれ経験的なものであれ、数多く存在する。しかしながら、サイ現象を考慮に入れると、心の還元主義的見解を擁護する主張は支持されえなくなる。脳を無線送信の送受信機とするアナロジーを、当然のことながら放棄すると、私たちは、ESPやPKを行使する能力を脳が持っていることをわずかであれ正当化してくれるような、器官としての脳に関する知識を、まったく持っていないことがわかる。
そして、ベロフは、最近、弱い二元論(随伴現象仮説)、強い二元論(相互作用仮説)、一元論的唯物論という3通りの心の哲学の仮説を改めて掲げ、最後の仮説を「はなはだしく直観に反している」として却下し、著しく直観に反し、不合理な結論に帰着するのみならず、これまで知られている脳の特性を考えると説明できない超常現象が存在するという理由から、随伴現象仮説を棄却するに至っている。
最終更新:2025年04月07日 00:37