神秘体験 > 病める魂

アメリカの心理学者のウィリアム・ジェームズは、宗教的経験には「健全な心」という喜ばしい経験の他にそれと対をなす経験がある事を主張し、それを「病める魂」と名付けた。また、河原道三は、精神的肉体的に過度に疲労した状態、救いのない絶望的な心的状態を維持し続けた時に発現する神秘体験を神秘体験Bと名付けている。神秘体験Bの特徴として「苦しい経験である」「瞬間的に、前後の脈絡を欠いた状態で、この経験に到達する事である」「それは、見るというよりもどちらかと言うと、「見せつけられる」経験である」「自らの魂の本質を教えてくれる類の経験である」「時間的には、短時間である。が、決して死にはしない」「短時間の経験だが、その記憶はその人の一生涯に渡って、魂に深く刻みつけられる」といった事が挙げられ*1、苦しい事を除けば神秘体験Aの特徴をすべて備えている。それ故、河原道三は、この暗い経験もまた、神秘体験と呼んで差し支えないと考え神秘体験Bの名を与えている。アヴィラのテレサは自身の神秘体験Bを以下のように記している。

おおイエズス! だれか、神父様、あなたにこれをおわからせすることのできる人はないものでしょうか! それがなんであるかを私におっしゃってくださるためだけにでも。なぜなら、私の霊魂が現にいつもとどまっているのは、こういう状態なのですから。通常私の霊魂は、何かの用事にたずさわるのをやめるや否や、ただちにこうした死ぬほどの苦悩のうちにはいります。そして、こういう苦悩が近づいてくるのを感じるや否や、恐怖に捕われます。なぜなら、自分はまだ死ぬべきでないことがわかりますから。しかし、この苦しみのなかに沈むか沈まぬうちに、自分の残りの生涯中、ずっとそこにとどまりたいと思います。とはいえ、苦悩はあまりにもひどいので、天性はこれを忍びがたく、脈はほとんどすっかりなくなってしまうことがあります。こえは、そういう時に、いくたびか、私に近づき、いまでは、この状態がもっとよくわかるようになった修道女がたが私に断言したことです。腕は大きく拡げられ、手はひどく硬直して、時として私はそれを合わせることができません。それゆえ、翌日まで、手くびや、またからだ全体に、たいへん激しい痛みが残り、すっかり骨がはずれてしまったかのように思われます*2

念祷の一致や恍惚の瞬間を神秘体験Aとすると諸能力の停止状態、考えることもできず、記憶の能力も失われた状態であり、これが神秘体験Aを神秘体験たらしめていた特徴であるが、ここに現出し、彼女が体感するのは苦しみそのものであり、この苦痛の状態が、魂のまさしく本質であることをまざまざと見せつけられると言える。
また、ウィリアム・ジェームズ『宗教的経験の諸相』の中で、カトリックの哲学者グラトリ神父の体験、19歳になる教育のない女中の体験、トルストイの『わが懺悔』、ジョン・バニヤンの体験、福音伝道者ヘンリ・アリーンの体験を挙げている。例えば、カトリックの哲学者グラトリ神父が工芸学校の学生であった時の体験について以下のように紹介している。

「私は何もかも恐がるようなはげしい恐怖病にかかって、パンテオン神殿が工芸学校の上に倒れかかってきたとか、校舎が燃えているとか、セーヌ河が地下墓地に流れこんでいるとか、パリがいまにも洪水に呑みこまれようとしているとか、と考えて、夜中にはっと驚いて目をさました。そういう印象が消えてしまうと、私は、終日、間断なく絶望すれすれの癒しようのない耐え難い寂寥感に悩まされた。事実、私は自分が神から見放され、地獄に堕され、永劫の罰を受けている人間なのだと思った。私は地獄の苦しみに似たものを感じた。それまで、私は地獄のことなど思ってみたこともなかったのである。私の心がそういう方面に向かったことも決してなかった。どんな議論も、どんな反省も、そんなふうな印象を私に与えたことはなかった。地獄のことなど私の眼中にはなかった。それがいま、そして突然に、私は地獄でしか受けられないような苦しみを多少なりとも味わったのである。
「しかし、おそらくもっと恐ろしかったことは、天国の観念がすっかり私から消え去ってしまったことである。私はもはやそういう種類のことを考えることができなくなった。天国へ行くなどということは、価値のないことのように私には思われた。それは空虚な場所のようであった。神話にある極楽、この地上ほどにも実在性のない影の国のようであった。そこに住んだとしても、喜びや楽しみがあるとはとても考えられなかった。幸福、歓喜、光明、情愛、愛――こういう言葉が全ていまや意味をもたなくなった。なるほど私はそういう事柄について口にしようと思えば口にすることはできたが、しかし、そこに何かを感じたり、それについて何かを理解したり、それから何かを期待したり、それらが存在することを信じたりすることはできなくなった。そこに私の大きな慰めようもない悲しみがあった! 私はもう幸福とか完全が存在することを認めもしなければ考えもしなかった。裸の岩をおおう架空の天穹。それが、そのとき私に考えられた永遠の住居であった。」*3

また、ノヴァ・スコシアで活躍した敬虔な福音伝道者ヘンリ・アリーンが宗教的憂鬱が高潮した時のことについては、以下のように紹介している。

「私の見る一切のものが、私には重荷のように見えた。大地は、私には呪われているように思えた。すべての樹木、草木、岩、岡、谷は、呪いの重みに押しひしがれて、悲しみと呻きとを纏っているように見えたし、また、私のまわりの一切のものが、私を破滅させようと共謀しているように思われた。私の罪が暴露されたように思えた。そのため、私は、会う人がみな私の罪を知っているにちがいないと思った、そして時々、人々が知っているものと私の思ったいろいろなことを、私は進んで認めようとすることさえあった。そればかりか、時にはまるで誰も彼も私をさして、地上でいちばん罪深い卑劣漢だと言っているように思えた。そのとき私は、全世界が、いや全宇宙でさえが、おそらく私を幸福にすることはできないだろうと私が思ったほど、この地上のあらゆるものが空しくうつろであることを深く感じたのであった。朝、目がさめたとき、私がまず考えることは、おお、私の不幸な魂よ、私は何をすればよいだろう、私はどこへ行けばいいのだろう、ということだった。そして、床につくと、朝にならぬうちに、おそらく私は地獄へ行っているだろう、というのが常であった。私は幾度となく、羨望の眼で獣たちを眺め、獣になって、失う魂をもたない身になりたいものだ、と心から願ったものだった。そして、頭の上を鳥が飛んでいるのを見たりすると、ああ、この危険と災厄から飛び去れたらいいのに! もし自分が鳥であったなら、ああ、どんなに自分は幸福だろうに! と心の内でしばしば考えたものであった。」*4

この他、マルティン・ルターも「その経験の短時間であること」「この経験は、経験した人でなければ理解できぬこと」という特徴を述べ、その内容として、「苦しみの極致であること」「「死」のみが見えること」「助かるためのいかなる糧をも見出せぬ」といった事を述べている。

  • 参考文献
  • 参考サイト
最終更新:2025年03月06日 00:42

*1 http://www.lcv.ne.jp/~kohnoshg/site8/quantm14.htm

*2 http://www.lcv.ne.jp/~kohnoshg/site4/teresa23.htm

*3 ジェイムズ 1902(邦訳 1969)p.222-223

*4 ジェイムズ 1902(邦訳 1969)p.241-242