臨死体験 > 他者との出会い

臨死体験中に遭遇した他者に、まだ死期が訪れていないから、物理的肉体に戻るべきだと告げられたという話や、自分のそばに霊的生命がいるという事に気づいたという話はしばしば耳にする事があると思われる。

マイクル・セイボム『「あの世」からの帰還』の中では、臨死体験中に他者が近くにいるのを感じたという例があった事が述べられ、見えない存在か、目に見える霊の何かであったと言われる。このような存在との交信方法として、大きな声や言葉などといった言語的なものもあれば、テレパシーのような非言語的なものもあったということが述べられている。そして、交信の内容は、死ぬべきか物理的肉体に戻って生きるべきかの決断に関係していたといわれる。

臨死体験中に神やキリストの存在を感じたという人もいれば、すでに亡くなっていた友人や親族と出会ったという人もいる。また、臨死体験中に出会った存在が誰なのかはっきりとは分からなかったという事例もあったようで、体験者は、天使か神かは分からないがが、完全に通じ合う、全く違和感のない存在が近くにいたと証言している。カール・ベッカーは、人物の幻影を見る、誰かに会うという体験は、臨死体験の一部、臨終時体験、お化け(霊体の出現)や夢枕の3種類に分けなくてはならないと述べている*1カーリス・オシス『人は死ぬ時何を見るのか 臨死体験1000人の証言』の中では、すでに亡くなった他者や霊的存在を感じるという現象は、臨死体験者だけでなく、臨終を迎えた人にも起こりうるものだという研究結果が紹介されている。カーリス・オシスとエルレンドゥール・ハラルドソンの研究によれば、現れる人物として、すでに亡くなっていた人、まだ生きている人、キリストやヤムラージといった神話的人物の3パターンがあったという事が報告されている。橘隆志は、インドでの臨死体験の報告には、ヤムラージが出てくる事が多く、臨死体験には体験者が育った環境が反映されている場合が多いという事を指摘している。

臨死体験での他者との出会いも人間には死者と再会したいという願望がある事などから脳が作り出したイメージに過ぎないと考える人もいるかもしれない。実際、そのようなイメージが病める脳が生み出した幻覚の一種に過ぎないと解釈され得る事例もある。立花隆『臨死体験 上』の中で紹介されている中原保は、1988年に急性膵炎で倒れ、2箇月間、生死の境を彷徨ったが、部屋に飾ってあった額に入った写真のイメージの祖母がそのまま出てきて、「こっちにきてはまだダメだ。向こう岸にかえりなさい」と大声で叫んでいたという。そして、写真そのままのイメージで祖母が口を動かして喋っているのを見たわけではなかったため、部屋に飾っていたものをいつも見ていたから、それが夢の中に出てきたのではないかと思うと述べている*2。しかし、このように写真そのままの動かないイメージが出てきたという話は稀であると言え、臨死体験での他者との出会いがそのような単なるイメージとして説明できない事例もある。例えば、肉体の五感や脳では知り得ない情報と結びついている事例として、近年、有名になったエベン・アレグザンダーの事例が挙げられる。アレグザンダーは、脳神経外科医であり最初は死後の世界の存在を否定していた人物だったが、細菌性髄膜炎に罹り、大脳皮質の機能を完全に失った際に臨死体験をした。アレグザンダーは、臨死体験中に天使のような女性に出会ったという。アレグザンダーは、生後間もなく養子になり妹がいた事を全く知らなかったが、退院した後に、死んだ実の妹の写真を見て、臨死体験中に出会った女性が実の妹だったと知ったという。脳神経科学の専門家であるアレグザンダーは、入院中のCTスキャン、臨床検査や神経学的検査の研究などを詳細に調べて研究した結果、自分の体験を脳内現象として説明する事は神経学的、医学的観点から見ても不可能であると結論付けている。

また、深い臨死体験をした人として有名である日本の彗星探索家の木内鶴彦も、臨死体験中に喪服を着た中年の女性に出会い、「鶴彦、お前は何をしに来たんだ」と聞かれたという。そして、臨死体験から蘇生した後に両親らが机の上に古い写真を広げ、昔話をしていた時、机の上の写真に目をやると臨死体験中に出会った喪服を着た中年の女性が写っていて、その女性は、木内の伯母に当たる人で、木内が生まれて間もなく若くして他界しているため、会ったこともそれまで写真を見たこともなかったようである。

他にも、臨死体験者が、この世で生きていた時には、知らなかった先祖や親族に臨死体験中に出会い、そこから蘇生し、通常の意識状態に戻った後に、自分の親族であったという事を知ったという事例は報告されている。また、これはお迎え体験にも言える事であるが、人の直近の記憶を占めるのは、生きている人物である可能性が高い一方、臨死体験中に出会うのは死者である確率が高いと言える。これらの事からも、臨死体験時における他者との出会いの全てを臨死体験者本人の想像による幻覚とみなす事には、無理があると言え、斎藤忠資「臨死体験者が地上で会ったことはなく、肉体の五感・脳では知りえぬ情報を入手した臨死体験例」の中では、臨死体験の世界では脳と肉体を超えた意識は、グループ意識、ソウル・ファミリーを形成していて、地上では知り得なかったグループ意識の死者に関する情報を知る事ができるものと考えられると述べられている。

  • 参考文献

  • 参考サイト
最終更新:2023年04月24日 00:56

*1 立花 1994 p.170-171

*2 立花 1994 p.60