概説
宇宙意識(Cosmic Consciousness)とは、普通の人間が持っている意識を超えた、より高次の意識形態で、少数の個人によって所有される。トランスパーソナル・レベルの意識の総称という意味で用いられる事もあるが、リチャード・モーリス・バックによれば、自己意識が高等動物によって所有されている単純意識の上方に位置する事と同様、宇宙意識は自己意識の遥か上方に位置する第三の意識形態である。意識の形態についてのバックの説明は以下のようなものである。
高等動物は、単純意識と呼ばれる意識を所有し、単純意識の働きにより、犬も馬も自身に関する事柄を感知する。そして、人間は単純意識の上に自己意識をもっており、自己意識により、自分自身が木、岩、川や湖、自分自身の手足や体を感知するだけでなく、自身が世界のあらゆるものと違う別個の存在であると知覚するようになる。さらに、その遥か上方に位置する宇宙意識は、宇宙、つまり森羅万象の生命と秩序に関する意識であり、宇宙意識をもつことにより、新しい種の一員にしてしまうような知的な光明、啓示が起こる。これに、道徳的な高揚状態、形容しがたい上昇の感覚、幸福と喜び、倫理観の高まりといった特徴、要素が加わり、永遠の生命の意識とも呼べるようなものが到来するという。なお、自己意識が獲得されても、単純意識が存続する事と同様に、宇宙意識が獲得されても単純意識、自己意識は存続する。
1872年にバック自身も宇宙意識を瞬間的に体験しているといわれるが、バックは、宇宙意識を意識の進化、自然な成長に基づいて捉えており、超自然的、あるいは超常的なものとして捉えられるべきではないとしている。また、このような成長の観点から、人間世界に宇宙意識がより一般的になった時には宇宙意識の上に新たな世界が構築されると思うとも述べている。宇宙意識の誕生には、前提条件として高い人格が存在している必要があると言い、完全に成熟した段階で年齢に伴う下降が始まる前に獲得されるらしく、30歳~40歳という時期に宇宙意識に達している事を指摘している。
宇宙意識に入った人の経験・特徴
バックは宇宙意識に入った人の経験は多種多様であるとしながら、幾つかの事例を紹介しており、宇宙意識の特徴を以下のように簡単にまとめている。
a 主観的な光。
b 倫理観の高まり。
c 知的啓示。
d 不死の感覚。
e 死の恐怖の消滅。
f 罪の意識の消滅。
g 突然の瞬間的な覚醒。
h その人の以前の性格―知的、道徳的、肉体的。
i 啓示の年齢。
j 人格に対する魅力の増大。そのため、人々は常に(?)その人に引きつけられる。
k 実際に宇宙意識が現れている時の、他の人から見てそれと分かるその人の変貌。
バックは、精神そのものが雲か霧に満たされたような感覚や、喜び、確かさ、勝利、「救い」の感激に浸るといった事を挙げている。また、そのような感覚と同時、あるいは直後に、筆舌に尽くし難い知的啓示がもたらされるといい、閃光のように宇宙の意味と潮流の輪郭に関する明確な理解がもたらされ、あらゆる生命は永遠で人間の魂が不死であることなどを理解するという。そして、このような啓示を何かと例えると、目も眩むばかりの闇夜の稲光のようであるという。なお、吉福伸逸は、1985年に国立京都国際会議場において開かれた第9回トランスパーソナル国際会議において、発表者の多くが宇宙意識と呼ばれる自我意識を超えた全生態系、全惑星、全宇宙へと広がるアイデンティティの移行には個々人の人格の変容の問題が関わるという認識があったと指摘されている。
宇宙意識の体験
宇宙意識は、トランスパーソナル・レベルの意識の総称とみなされる事もあり、
スタニスラフ・グロフによれば、全ての体験を創造する能力と至高の知性を備えた純粋意識としての宇宙意識の体験は歴史上の多くの宗教的経典に記されているという。そして、グロフは、長年体系的な自己探求に関わってきたという人による宇宙意識の記述を紹介している。
その時、体験していることが、すごい力にあふれた動きのある宇宙樹の体験に変わった。それまで体験していた宇宙エネルギーの統一場は、今や空間に浮かぶ光り輝くエネルギーの巨大な樹になっていた。最大の銀河よりももっと大きいそれは、全体が光でできていた。樹の中心部はその輝きで見えなかったが、枝や葉の輪郭は見えた。私は一枚の葉を自分自身として体験した。私の家族や親友の人生は、小枝にいる私の周囲を取り囲む葉っぱたちだった。このような観点からすれば、われわれを個人として存続させている、われわれ一人一人を区別する特徴のすべては、この根本的なエネルギーのほとんど恣意的なバリエーションであり、まったく取るに足らないものに見えた。
私は樹のあちこちに連れていかれ、一人の個人の体験から別の人の体験へ移動する方法を教えられた。それはばかばかしいほど容易だった。地球の中の異なった人生は、その樹がたいけんしているさまざまな体験に過ぎなかった。選択がすべての体験を支配していた。〈存在〉の部分をなすいろいろな存在は、ただこれらの多様な体験を選択しただけなのだ。この時点で、私は樹であった。自分がその存在のすべてを所有しているということではなく、自分がこのたったひとつの包括的な〈意識〉であることを知ったのだ。
私は何年も前から一元論を受け入れていたが、今、実際に、継目のない意識の流れが、具体的なものとして結晶化するのを体験していた。意識が統一されたまま、自らを分離した形態として現わす様を体験していた。根本的に宇宙にはたったひとつの〈意識〉しか存在しないことを私は知った。このような見方からすれば、私の個人的なアイデンティティや他人のアイデンティティは、はかないほとんど取るに足りないものに思えた。真のアイデンティティを体験した私は、奥深い神秘的な出会いの感覚に満たされた。
臨死体験と宇宙意識の目覚め
バックが挙げている宇宙意識に入った人の特徴の多くは、
臨死体験による意識の変容の特徴と重なると言える。ブルース・グレイソンのアンケート調査によれば、
臨死体験中に宇宙との合一感を体験したと報告した体験者は42名(57パーセント)いたと報告している。また、
臨死体験は、肉体的、精神的に死に近づいた人の人生観を根底から変えてしまうという事はしばしば指摘され、その中には宇宙の全一性や宇宙との一体感という感覚を見出すことができる。この事はバックが、宇宙意識が「宇宙が意識を持たない固定的な、意思のない法則に支配された物質からなるのではなく、完全に非物質的な、完全に霊的な、完全に生きた存在であると教えてくれる」と述べている事に通じる。多くの臨死体験者の他者への気遣いは人間に限られず、あらゆる生命に及んでいると言え、ケネス・リングは
『Heading Toward Omega』(オメガに向かって)の中で、
臨死体験は生命の内的一体性とその神聖さへの気づきを深め、地球の未来と生態系への関心を高めていく体験なのではないかと考え、人類に霊的な気づきという点で進化をもたらす体験であるという仮説を出している。また、フィンランドの医師で
臨死体験をしたラウニ・リーナ・ルーカネン・キルデは、人類が全ての存在は一つであるという全一的な宇宙意識を獲得するようになる新しい進化段階に入ったと述べている。そして、キルデはシャーマンが陥るトランス状態、神秘主義の体験、ヨガの瞑想などは宇宙の全一性を直観的に把握するという本質においては同じだという。一方、
レイモンド・ムーディは元々、このような仮説には批判的であった。
しかし、少なくとも
臨死体験は「自己」という殻を破って宇宙全体へと開かれていく自己超越体験や宇宙の全一性の感覚とつながっていると考えられ、石井登は悟りや覚醒と言っても良いような根源的な変容とも共通すると指摘している。
宇宙との一体感(ワンネス)の感覚について、鈴木秀子は、「……大宇宙のさまざまなものがすべて、素晴らしい秩序の中にあって、それぞれが一つひとつの役割を果たして調和している、そうして燃えている」と述べている。また、脳神経外科医のエベン・アレグザンダーも
臨死体験をした際に「……私はその場所で、無数の宇宙に豊かな生命が息づいているのを見た。…(中略)…言い換えれば、高次元の世界はこの世界と完全に隔絶しているわけではない。あらゆる世界がそれらすべてを包み込む神聖な〝真理〟の一部を構成しているのである。」と述べている。さらに、NGO「地球村」代表の高木善之の
臨死体験も、宇宙の全一性という感覚、宇宙との一体感を伴っていると言え、過去現在未来のすべての出来事、すべての記憶がある全体意識だけがある光の世界において、地球の未来を見た事を証言している。
石井登は、このような
臨死体験における「宇宙との一体感」と自己への執着や欲望からの解放は、同じ事実の表裏であるという可能性を指摘している。このような「宇宙との一体感」は、人生に対する態度が劇的に変化したり、生きる目的を自覚するに至ったり、周囲の人々への愛や思いやり寛容さが増大したり、社会的成功や物質的なものを追い求めるということが重要ではなくなったりといった
臨死体験が齎す意識の変容の他の側面と混然一体となっていると言える。そして、そのような変容、精神的な成長は
臨死体験が一種の幻覚とみなすことでは十分に説明ができない。
最終更新:2025年02月03日 12:23