胎内記憶 > 誕生時記憶

誕生時の脳は体積、重量が大人の脳の4分の1程度であり、未発達で、未熟であるので、考えたり記憶したり高度な機能はもちえないという仮説が何百年もの間、医学、心理学界に幅をきかせてきた*1。しかし、誕生時の体験は、潜在的には大抵の人が記憶に残しており、催眠や心理療法などをきっかけに記憶が蘇るという研究がある。

スタニスラフ・グロフは、LSDを用いた療法により、患者たちが誕生体験の一部を垣間見ている事を発見し、分娩や出産が人格や性格に深い作用を及ぼすことを確認するに至っている。また、デーヴィッド・チェンバレンは、1975年に心身の問題の根本原因を探るため、患者を催眠状態に入れた際、患者たちは出生の記憶を口にしたといい、それを切っ掛けに研究と調査に着手し、赤ん坊の複雑な記憶や意識の存在を発見した*2。誕生時記憶とされるものとして、具体的には、手術用の緑のマスクやライト、呼吸器なども知らず、それらを目にしたことがあるとすれば生まれた時だけであるはずの子どもが、「自分の生まれた時については分からない事がたくさんある」「どうしてあの明かりは円くてあんなに眩しかったんだろう」「あの人たちはどうして顔の下の方を緑のハンカチで隠してたの?」などと発言している事例などがある。*3

誕生時記憶の実在性について、子どもが語る記憶が、親の記憶と符合するかを調査した研究がある。チェンバレンは10組の親子(子どもの年齢は9歳から23歳にわたる)を呼び、親子別々に催眠をかけ、子どもが誕生したときの状況に関して記憶している事を語ってもらうという実験を行っている*4。そして、両者の記憶を比較してみたところ、話が一致していた点は137点に及んだが、食い違っていた点は9つしかなかったという。そして、一致していた点についても「プラスティックのベビーベッドに寝かされた」という状況を子どもが「ツルツルしたプラスティックかガラスの壁があった」と表現していたり、母親が赤ちゃんを抱きあげてにおいをかいでいるという状況を「お母さんが私を抱いて見つめている……においをかいだりして……」など具体性をもって一致している。なお、間違いについても、その幾つかは思い違いによるもので、全体から見れば例外的であり、人間の記憶の限度からそれ以上に信頼性は高いと考えられる。

誕生時記憶の解釈には、これまで3つの説が持ち出されてきたという。*5
1つ目は誕生時記憶は実は母親の記憶であり、小さい頃から聞かされたものが知らず知らずのうちに蓄積したという説である。しかし、記憶に母親が知らなかった事や母親が言いたくなかった事が含まれていたり、時には母親より子どもの記憶の方が正しいと証明されることもある。さらに、子どもの報告には大人が使いそうな専門用語は含まれていない。
2つ目は、誕生後の年月に断片的な情報を集めて編集された空想物語だとするものである。しかし、この仮説では上記のように母子の報告に共通の事実が現れる事を説明できない。
そして、3つ目は現在の自分が催眠で、誕生時に退行し、印象としての外傷体験を見ているに過ぎないという考えである。しかし、この考えは誕生時にも意味深いコミュニケーションが行われるという数々の証拠を無視している。
このような事実を考え合わせると、誕生時記憶は、本人の出生体験の記憶であると考えられるという。そして、誕生時記憶が真実であるとすると、胎児が脳の発達以前から知性を発揮している事や、赤ん坊が多くの能力を身につけている事となり、そのこともまた脳を超えた心の働きを示唆しているように思える。

最終更新:2023年04月24日 11:10

*1 チェンバレン 1988(邦訳 1991)p.13

*2 チェンバレン 1988(邦訳 1991)p.21

*3 チェンバレン 1988(邦訳 1991)p.153

*4 チェンバレン 1988(邦訳 1991)p.162-163

*5 チェンバレン 1988(邦訳 1991)p.186