スタニスラフ・グロフ


概説

スタニスラフ・グロフ(Stanislav Grof、1931年7月1日‐)は、チェコスロバキア生まれの精神病理学者。チャールズ大学を卒業したのち幻覚剤であるLSDを用いたサイケデリック・セラピーを研究し、LSDの医学実験が法律で禁止された後は呼吸法を用いたホロトロピック・ブレスワークを開発した。アブラハム・マズローと並び、トランスパーソナル心理学会の創始者の1人である。

グロフは、彼自身の研究から、分娩前後のレベルに重点を置いた意識の作図学と呼ばれるトランスパーソナル心理学における意識の地図を作成し、物質主義科学と機械論的世界観の基本的な仮定を揺るがすものであることを指摘している。また、1992年に催眠という方法以外に、薬物を投与しトランス状態へと導く事により、被験者を過去生の記憶にまで遡らせる事ができるという研究結果を発表し、過去生の体験をした人々を長年観察した結果、過去生という現象が極めて妥当なものである事を確信するに至っている*1。グロフもまた、意識と脳に密接な相関関係はあっても、意識は脳の産物ではないという事を番組とテレビのたとえを持ち出して以下のように述べている。

これらの知見は、意識と脳との間にまぎれもなく密接なつながりがあることを示している。しかしながらそうした知見は、かならずしも意識が脳の産物であることを裏づけるものではない。機械論的科学の導きだした結論は論理的にたいへん問題が多いし、また既存のデータに全く異なった解釈をほどこすような理論体系を想定することもまちがいなく可能である。このことはテレビ受信機という簡単な例で示すことができる。画像や音声の質はすべての構成部品の正しい機能に決定的に依存しており、そのいくつかが調子を狂わせたり、壊れたりすれば、きわめて特殊な故障が現れるだろう。テレビ修理工はその故障の性質にもとづいて調子のおかしい部品を探しあて、それを交換したり修理したりして問題を解決することができる。これを、番組がテレビから生ずることの科学的証明だなどと思う人はいまい。テレビは人工的なシステムであって、そのはたらきはよくわかっているからだ。ところが、脳と意識に関して機械論的科学が下した結論はまさにこの種のものなのである。*2

神秘体験

スタニスラフ・グロフは1956年にLSD-25の初期の被験者の1人となり、彼の個人的生活とプロとしての生活を根本から変える宇宙意識の体験を得ている。その体験は以下のように描写されている。

この実験の間、私は、原子の爆発の中核をなす光に例えられるような、あるいは、東洋の経典に述べられている死の瞬間にあらわれる超自然的な光に例えられるような光輝に打たれた。この電光は私を身体から放り出した。私は研究助手や研究所のこと、そしてプラハでの学生生活のこと、そうしたことの意識を一切失った。私の意識は爆発し、宇宙的次元に広がったかのようだった。

それまでならどんなに想像力の羽根をはばたかせてもとうてい及ばなかったような、宇宙的なドラマの真只中につき進んでいく自分を見出した。ビッグバンを体験し、宇宙のブラックホールとホワイトホールを猛スピードで通過し、私の意識は爆発する超新星、パルサー、クエーサー、その他の宇宙的出来事になったかのようだった。

自分が経験しているものが、世界中の偉大な神秘的経典で読んだことのある「宇宙意識」の体験に極めて近いことを心の中で確信した。精神医学の手引書では、そのような状態は深刻な病理の兆候と定義されていた。体験の真只中で、それが薬物によって引き起こされた精神異常の結果ではなく、日常的なリアリティを超えた世界を垣間見ている結果だということを知った。*3

また、グロフは、ジョン・ボーガンの「トランスパーソナルな体験は、存在の謎を解決し、宇宙がどうやって、なぜ創造されたかを解明できるだろうか?」という問いかけに対し、「解決しない」「わたしたちは、結局的に説明できない神秘的な謎からは、離れられないのだ」と答えつつ、幾つかの神学上の疑問についてはトランスパーソナルな啓示によりかなり正確な答えが得られる可能性を指摘している。*4

ホロトロピック・ブレスワーク

ホロトロピックとは「全体性に向かう」という意味であり、ホロトロピック・ブレスワークは、LSDによらず変性意識状態へ導く方法として開発されたものである。臨死体験をしたバーバラ・ハリスもグロフのもとを訪れて、ホロトロピック・セラピーを受けたと言われ、臨死体験ほどドラマチックではないが、それに似た意識の変容状態を引き出すことができるという事を述べている。また、橘隆志もホロトロピック・セラピーのセッションに3度ばかり参加していると言い、そのうち1度はグロフがインストラクターを務めたセッションであったという。
また、1998年にグロフが来日した際に土井利忠は昼食を共にしており、その後にホロトロピック・ブリージングのワークショップに参加しているという。*5

スピリチュアル・エマージェンシー

スタニスラフ・グロフとその妻であったクリスティーナ・グロフは、急激なスピリチュアルな成長の途上にある人が得体のしれない不思議な体験に突然襲われる事があるということに気づいた。そして、精神病とみなされてきた劇的な体験や並外れた意識状態の中には、精神的な変容の危機といった意味から、魂の危機(スピリチュアル・エマージェンシー)と呼びうるものがある。スピリチュアル・エマージェンシーは、人間の存在全体に関わる深い心理的変容をもたらし、苦難として体験される決定的な諸段階であると定義され、非日常的意識状態という形で現れ、強烈な感情やヴィジョン、その他の諸感覚の変化、通常と異なった思考、さらにはさまざまな身体的兆候を引き起こす。このような進化的危機の発現は個人的なものであるため、2つとして同じものはないが、いくつかの主要形態を定義する事は可能であるとしている。グロフは以下のように重要なリストを提示している。なお、各種形態の境界線は曖昧なところもあり、組み合わさったり重なったりすることも通例である。*6

1 シャーマン的危機
2 クンダリニーの覚醒
3 統一意識の発現(至高体験)
4 中心回帰による精神の刷新
5 超感覚的知覚の覚醒
6 過去生の体験
7 霊的ガイドとの交信とチャネリング
8 臨死体験
9 UFOとの接近遭遇体験
10 憑依状態

クリスティーナ・グロフ自身もスピリチュアル・エマージェンシーの体験者であり、スタニスラフ・グロフの助力によりそれを克服しており、グロフ夫妻は1980年にこのような体験をした人々を支えるネットワーク組織、SEN(スピリチュアル・イマージェンス・ネットワーク)を開設した。

  • 参考文献

スタニスラフ・グロフ『脳を超えて』吉田伸逸・星川淳・菅靖彦 訳 春秋社 1988年
スタニスラフ・グロフ/ハル・ジーナ・ベネット『深層からの回帰』菅靖彦・吉田豊 訳 青土社 1994年
スタニスラフ・グロフ/クリスティーナ・グロフ『魂の危機を超えて 自己発見と癒しの道』安藤治・吉田豊 訳 春秋社 1997年
スタニスラフ・グロフ/クリスティーナ・グロフ『スピリチュアル・エマージェンシー』高岡よし子・大口康子 訳 春秋社 1999年
スタニスラフ・グロフ「死後の生―現代の意識研究から」『死を超えて生きるもの 霊魂の永遠性について』井村宏治・笠原敏雄・菅靖彦・橋村令助・上野圭一・鹿子木大士郎・中村 正明 訳 春秋社 1993年 所収
ジョン・ボーガン『科学を捨て、神秘へと向かう理性』竹内薫 訳 徳間書店 2004年
最終更新:2024年01月30日 13:37

*1 飯田 1995

*2 グロフ 1988(邦訳 1988)p.32-33

*3 グロフ 1992(邦訳 1994)p.28-29

*4 ボーガン 2002(邦訳 2004)p.244-255

*5 天外 1999 p.127

*6 グロフ 1989(邦訳 1999)p.19-20