集合的無意識

概説

集合的無意識(独語:kollektives Unbewusste, 英語:collective unconscious)は、分析心理学(ユング心理学)に於ける中心概念であり、個人的ではなく集合的なもので、無意識の深層に存在するという人類や動物にさえ普遍的な(共通し繋がっている)構造領域である。集合的無意識の層を考えるのもユングの特徴であり、この点もフロイトから袂別していく原因となった。ユングは『元型論』の中で集合的無意識について、以下のように記している。

集合的無意識とは心全体の中で、個人的体験に由来するものでなくしたがって個人的に獲得されたものではないという否定の形で、個人的無意識から区別されうる部分のことである。個人的無意識が、一度は意識されながら、忘れられたり抑圧されたために意識から消え去った内容から成り立っているのに対して、集合的無意識の内容は一度も意識されたことがなく、それゆえ決して個人的に獲得されたものではなく、もっぱら遺伝によって存在している。*1


無意識の階層 『ユング心理学入門』p.77より
そして、意識を支配するものは言葉であると言えるが無意識に言葉はなく、ユングは集合的無意識の内容は、神話的なモチーフや形象から成り立っており、この内容は神話やおとぎ話、夢、精神病者の妄想、未開人の心性等にも共通に認められるという。更にその殆どは時代や地域を超えて、未開の部族あるいはギリシャ、エジプト、古代メキシコの神話、そして、そのような伝承を全く知らない現代の個人における夢、ヴィジョン、妄想にもそれらは同様に見出し得る。そして、集合的無意識の内容の表現の中に、共通した基本的な型を元型*2と呼んでいる。この層の存在が生まれ変わりや前世の記憶を人間が信仰する起源になっているとの指摘もある*3。因みに、1906年にユングは分裂病患者が「太陽のペニスが見える、さらに頭を左右に動かせば太陽のペニスも動くであろう、そしてそれこそが風の起源である」と述べたという事に注目しており、1910年に神話の研究に没頭している時に入手したミトラ信仰の祈禱書に書かれた内容と一致していたという。ただ、笠原敏雄は、それを集合的無意識の裏付けと考えるのは、控えめに言ってもかなりの無理があるという立場のようである。*4

思想とその影響

瑜伽行派の阿頼耶識(アーラヤ識)や近代神智学のアカシックレコード(阿迦奢年代記)など、現代にいたるまで、様々な分野でユングの仮説と類似した仮説や概念が提唱されている。ユングの考え方は様々な評価を受けていると言え、例えば神話の類型についての研究は、クロード・レヴィ=ストロースらの構造人類学、さらに記号論者の物語構造論等へも発展した。
レンマ的知性とユング的無意識(『レンマ学』p.185より)
中沢新一は、ユングの言う超大脳的な思考と知覚は確実に存在していると言い、集合的無意識とはのレンマ的知性の別名であると考えている*5。レンマ的知性とは、ギリシャ哲学において重視されたロゴス的論理に対し、大乗仏教が非ロゴス的で超大脳的な思考と知覚による知性作用を取り出したもので、縁起的論理によって世界を捉えようとするものであると言える。そして、シンクロニシティなる概念をレンマによる科学が拓く思考の中に置き直してみると、現代社会でひどく孤立しているように見えるユングの思考が、むしろ未来の科学の側にある有力な思考であるという事実が見えてくるという。*6

また、1937年、フロイトの個人的に抑圧された無意識の層とユングの集合的無意識の層の中間にハンガリーの精神医学者であるレオポルド・ソンディによる運命分析(Schicksalsanalyse)という深層心理学的理論が出現してきた。ソンディの考え方については、両者の中間というよりは、集合的無意識が関係しているらしき現象をフロイト的概念の延長上で解釈しようと見る方が実態に近いとする意見もあるが*7、その研究はフロイトの個人的無意識の層とユングの集合的無意識の層との間の断裂を先祖から遺伝する無意識とされる家族的無意識(familiäre Unbewusste)の層によって架橋するものであるとも言われる。家系の中に伝わる無意識の傾向(趨性)が、恋愛、友情、職業、疾病、および死亡における無意識的選択行動によって運命を決定する事実を研究の対象としている。

さらに集合的無意識の概念は、宇宙に於ける情報が蓄えられているという何等かの記録層と関連付けられる事も多々ある。


ホログラフィー宇宙モデルと集合的無意識の仮説(『理想的な死に方』p.187より)
物理学者のデヴィッド・ボームが、素粒子の不可解な振る舞いを説明するために提示した「ホログラフィー宇宙モデル」に接した土井利忠は、ボームの定義した暗在系(implicate order)とユングの提唱した集合的無意識は、かけ離れた概念であるように見えるが、我々の知覚できない「もうひとつの世界」の存在、分割できないひとつの宇宙、時間の超越、「東洋哲学」との類似性等、驚く程の共通点がある事を指摘している。土井は、暗在系と集合的無意識の違いを、富士山を東から見て記述するか北から見て記述するかの違いにたとえている*8。そして、ボームが提唱した内蔵秩序という考えも、宇宙の各部分は、全宇宙に存在するすべての情報をその中に含んでいるというものであると言える。

世界賢人会議「ブタペストクラブ」創設者であるアーヴィン・ラズロは、量子真空は単にエネルギー場であるだけでなく宇宙の記憶である豊かな情報場であると考えており、人間の脳や心を結び付ける私たちが共有している情報のプールなのだと述べ、ユングの言う集合的無意識、テイヤール・ド・シャルダンの言う精神圏、そしてエルヴィン・シュレディンガー、デヴィッド・ボームウィリアム・ジェームズ、ヘンリー・スタップなどにとっての根底的な集合的無意識との同一性を指摘している*9。田坂広志も量子真空の中のゼロ・ポイント・フィールドにこの宇宙の全ての出来事の全ての情報が記録されているというゼロ・ポイント・フィールド仮説を支持し、肉体の死後、我々の意識は集合的無意識、さらに地球意識へと広がっていく事を主張している。*10

生物学者のルパート・シェルドレイクは、記憶が個人に留まらず時間と空間を超えて他人とも同調する事を持ち出して、ユングの集合的無意識との類似性を指摘し、形態共鳴の考えは集合的無意識に対する革新的な再確認であると指摘している*11。一方で、シェルドレイクの仮説とユングの集合的無意識の大きな違いの一つとしては、集合的無意識は主として人間の経験や集合的記憶に適応されるのに対し、シェルドレイクの仮説は人間だけでなく宇宙全体に適応され得ることを挙げている。*12
なお、集合的無意識の内容である神話的なモチーフや形象は、「形の共鳴」によって伝わると考えもある。ユング自身は、人間の頭脳が世界的に似通っている事を持ち出して、集合的無意識の生理学的根拠を脳の機能の類似性に求めていると言えるが、元型が遺伝情報に因って受け継がれるとは考え難いとも言える。しかし、この点について、シェルドレイクの仮説(形態形成場仮説)に基づくと、過去の多くの人々にとってありふれたものであり、共通であった考え方や経験は「形の場」をなしており、後から現れる人はその「形の場」に共鳴し、過去に於いてありふれた考えや、共通のイメージであったものが、恰も祖先からの遺伝のように、後の人に継承されるというものである*13。喰代栄一は、シンクロニシティは「形の場」の中で起こると指摘しており、無意識の奥には客観的外部である自然界と繋がる領域がある、そのような内部世界と外部世界との交差でシンクロニシティは起こると述べている。*14

  • 参考文献
天外伺朗『理想的な死に方 「あの世」の科学が死・生・魂の概念を変えた! 』徳間書店 1996年
西平直『魂のライフサイクル ユング・ウィルバー・シュタイナー』東京大学出版会 1997年
山根はるみ『やさしくわかるユング心理学 あなたの深層心理を読み解く一歩』日本実業出版社1999年
喰代栄一『なぜそれは起こるのか 過去に共鳴する現在 シェルドレイクの仮説をめぐって』サンマーク出版 2001年
河合隼雄『ユング心理学入門』岩波書店 2009年
岸根卓郎『見えない世界を科学する』彩流社 2011年
湯浅泰雄『湯浅泰雄全集 第十七巻 ニューサエンス論』ビイング・ネット・プレス 2012年
中沢新一『レンマ学』講談社 2019年
笠原敏雄『人間の「つながり」と心の実在 意味のある偶然あるいは超常的な事実の心理学』すぴか書房 2020年
田坂広志『死は存在しない 最先端量子科学が示す新たな仮説』光文社新書 2022年

カール・グスタフ・ユング著、アニエラ・ヤッフェ編『ユング自伝2』河合隼雄・藤繩昭・出井淑子 訳 みすず書房 1973年
C・G・ユング『自我と無意識の関係』野田倬 訳 人文書院 1982年
C・G・ユング『元型論』林道義 訳 紀伊國屋書店 1999年
アンソニー・ストー『エセンシャル・ユング ユングが語るユング心理学』山中康裕監修 菅野信夫・皆藤章・濱野清志・川嵜克哲 訳 創元社 2020年
アーヴィン・ラズロ『叡智の海・宇宙 物質・生命・意識の統合理論をもとめて』吉田三知世 訳 日本教文社 2006年
Rupert Sheldrake, “Mind, Memory, and Archetype Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part I” Psychological Perspectives (Spring 1987), 18(1)
Rupert Sheldrake, “Society, Spirit & Ritual: Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part II” Psychological Perspectives (Fall 1987), 18(2)
Rupert Sheldrake, “Extended Mind, Power, & Prayer: Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part III” Psychological Perspectives (Spring 1988), 19(1)
最終更新:2025年04月07日 01:40

*1 ユング 1921(邦訳 1999)p.12

*2 ユングは当初、普遍的な漠としたイメージを「原始心像」と名付けたようであるが、1936年のハーバード大学の講演『人間の行動を決定する心理学的要因』から「元型」という呼び名に変えたようである。

*3 ストー 1983(邦訳 2020)p.238

*4 笠原 2020 p.384

*5 中沢 2019 p.200

*6 中沢 2019 p.432

*7 笠原 2020 p.397

*8 天外 1997 p.220

*9 ラズロ 2004(邦訳 2006)p.142

*10 田坂 p.267-268

*11 Sheldrake 1987

*12 Sheldrake 1987

*13 喰代 2001 p.196-197

*14 喰代 2001 p.208 -209