概説
ルパート・シェルドレイク(Alfred Rupert Sheldrake、 1942年6月28日-)はイギリス出身の生物学者、超心理学者であり、
形態共鳴仮説(The Hypothesis of Morphic Resonance)の提唱者としても知られる。ケンブリッジ大学で自然科学を学び、1963年-1964年にかけてハーバード大学で哲学を学んだ後、1967年、ケンブリッジ大学で生化学の博士号を取得、1973年までケンブリッジ大学で生化学及び生物学を講じながらロイヤルソサエティの研究フェローとして植物発生学や細胞老化の研究を推進した。1974年から1978年までインドのハイデラバードで国際作物研究協会の半乾燥地帯研究所研究員として熱帯作物の研究に従事、1985年まで同研究所の研究員を務めた。
処女作である1981年の
『生命のニューサイエンス』は『ネイチャー』誌からは主張はばかけたものであり「焚書もの」と糾弾されたが、『ニューサイエンス』誌は真正の科学と評し、アーサー・ケストラーやライアル・ワトソンなどから絶賛され、賛否両論の話題を呼び、形態形成場仮説を検証する様々な実験はテレビでも行われた。
生物学に於ける未解決問題
シェルドレイクによれば、生物学の正統的アプローチを支配しているのは生物機械論であり、生き物は物理化学的機械とみなされ、あらゆる生命現象は原則として物理学と化学の観点から説明できると考えられているという。そして、このアプローチは、遺伝子コードの解読を始めとする幾つもの成果をもたらし、支持者に強力な論拠を与えている。一方で、有機体的(オーガニスミック)、全包括的(ホリスティック)哲学は、機械論に対してより根源的な変更を迫り、宇宙の森羅万象が原子もしくは究極的な仮想粒子の特性によって余すところなく説明できるという考え方を否定し、全体は部分の総和以上のものだと考える。
シェルドレイクは、形態形成を巡る問題、進化、生命の起源などの生物学的問題が全て機械論的アプローチだけの力で解けると考える事は難しいと考え、心理学に於いても機械論が相互作用説より有利だとする明らかな根拠もなければ、超心理現象の実在を裏付ける明白な根拠と矛盾関係にあると指摘している。因みに、超心理学研究者の石川幹人はシェルドレイクの形態形成場仮説(後述)はPSI現象の説明にも適していると評している。
形態形成場仮説
形態形成(生物の個体発生で各部の形態が新たに生じてくる過程)は何もない空白状態では起こらず、組織化されたシステムがあって初めて起こるという。そして、シェルドレイクの提唱する形態形成場仮説には次のような内容が含まれる。まず、形態形成の過程で、あらゆるシステムの形態は過去に存在した同じような形態の影響を受けて、過去と同じような形態を継承する(時間的相関関係)というものである。シェルドレイクは、化学的形態や生物の形態が繰り返し現れるのは、不変の法則や永遠の形態によって決定されるからではなく、過去の同様の形態からの因果的影響のためだと考えられ、この影響は既知の物理学的作用とも異なり、空間と時間を超えて作用するものでなくてはならないと述べている。
そして、離れた場所に起こった一方の出来事が、他方の出来事に影響する(空間的相関関係)という内容も含まれる。また、過去に存在したシステムの形態がその後現れた同様の形態のシステムに影響を与えるプロセスを既存の概念を使って、表現するのは難しく、物理学的アナロジーとして「共鳴」が適切だと思われるとしている。なお、形態のみならず、行動パターンも共鳴するといった内容も含まれるという。
シェルドレイクは、記憶が個人に留まらず時間と空間を超えて他人とも同調する事を持ち出して、
ユング心理学の
集合的無意識との類似性を指摘し、形態共鳴の考えは
集合的無意識に対する革新的な再確認であると指摘している。一方で、シェルドレイクの仮説とユングの
集合的無意識の大きな違いの一つとしては、
集合的無意識は主として人間の経験や集合的記憶に適応されるのに対し、シェルドレイクの仮説は人間だけでなく宇宙全体に適応され得ることを挙げている。
因みに、
集合的無意識の内容である神話的なモチーフや形象は、
「形の共鳴」によって伝わるとする考えもある。ユング自身は、人間の頭脳が世界的に似通っている事を持ち出して、
集合的無意識の生理学的根拠を脳の機能の類似性に求めていると言えるが、シェルドレイクの仮説に基づくと、過去の多くの人々にとってありふれたものであり、共通であった考え方や経験は「形の場」をなしており、後から現れる人はその「形の場」に共鳴し、過去に於いてありふれた考えや、共通のイメージであったものが、恰も祖先からの遺伝のように、後の人に継承されるというものである。
動物たちの超能力
シェルドレイクはこれまで科学上の常識とみなされてきた仮説に対して懐疑的であると言え、
『世界を変える七つの実験』において、形態形成場仮説を実証するためのいくつかの実験を提案している。いずれも巨大な実験装置や予算を必要としない小さな実験であり、「ペットは飼い主がいつ家路についたかを感知するか」などペットや鳥や虫たちのような身近な動物たちをめぐるものによって、ペット動物に不思議な能力がある可能性、鳥の帰巣と渡りが既知の物理学的力によって説明できない可能性、昆虫のコロニーに神秘的な精神や場のようなものが存在する可能性を提唱している。
また、シェルドレイクは2023年、動物の臨終時体験について論文を発表しており、動物の臨終時体験が人間の臨終時体験と類似している事を指摘している。
脳の外へ拡がる心
シェルドレイクによれば、心が頭の中にあって未知のやり方で脳と相互作用するとする二元論者も、心が脳の一面に過ぎない、もしくは脳の生理的な活動から生まれるとする随伴現象に過ぎないとする唯物論者も魂(心)を脳に閉じ込める「縮まる心」の考え方を共有しているという。しかし、機械論的なパラダイムの骨子となる「縮まる心」の考え方は、科学によって保証された議論の余地なきドグマでは決してないという事を主張している。
そして、「見つめられている感覚」が実在している事と「幻肢」に検知し得る作用がある事の2つが証明されれば「縮まる心」のパラダイムは放棄されねばならないという。幻肢体験では、生身の手足を(切断手術などで)失っても、その存在感覚は必ずしも失われるものではないといい、形あるものが空間を占めて動いているという感覚に加え、様々な感覚を身体の一部であるかのようになくなった手足の辺りに体験されるという。このような幻影について霊魂の現れだと主張する人もいるが、「縮まる心」の視点からすれば、神経系の内部で生じた(脳の中で拵えられた)錯覚に過ぎない事となる。この「幻肢」に検知し得る作用に関連して、シェルドレイクは、子犬が脚の欠損部分に入ろうとしない、脚が占める虚空では寝ようとしないという事例を紹介している。
形而上学的理論
シェルドレイクは、来たるべき科学と共存し得る形而上学の理論として、形成的因果作用の仮説の他に唯物論に形成的因果作用の考え方を組み合わせた修正唯物論、唯物論哲学とは反対に意識的自己には物質には還元し得ないものを含む実体が認められているとする立場、意識的自己による因果作用及び自然に内在し個々の有機体を超越する創造的作用因を認める立場、さらに宇宙全体を創造した意識的作用因を想定する立場を挙げている。
『生命のニューサイエンス』刊行時点で、自然科学との共存可能性という見地からこれらのうちどれを選ぶかは全くの自由であると述べている。
また、シェルドレイクが記憶や経験は脳に保存されているのではなく脳は受信機のような役割を果たしているという仮説を提唱している事は良く知られており、1987年の論文“Mind, Memory, and Archetype Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part I”において、以下のように記している(訳は管理者)。
私たちは皆、記憶は脳に蓄えられているという信念の上で生きてきており、脳という言葉を心や記憶と交換可能なものとして使っている。私は、脳は記憶貯蔵装置というよりは寧ろ、チューニングシステムのようなものであると提唱している。記憶が脳に局在する事に対する一つの主要な論拠として、ある種の脳の損傷が記憶喪失を導くという事実がある。もし、脳が自動車事故で傷つけられ記憶を失えば、記憶組織が破壊されたに違いないという事が明白な仮説となる。しかし、必ずしもそうとは言えない。
もう一度、テレビとのアナロジーで考えてみたい。もし、私がある周波数帯域を受信できないようテレビの装置を傷つけたか、映像が観られても音が聞こえないよう、音の生成に関わる部分を破壊しテレビの音が出ないようにしたとしても、この事は音や映像がテレビの中に蓄えられていたことを証明するわけではない。この事は、単に私がチューニングシステムに働きかけたことにより、正確な信号を拾う事が出来なくなったことを示しているに過ぎない。脳損傷による記憶の喪失が、記憶が脳に蓄えられている事を証明する事は最早ない。実際、多くの記憶喪失は一時的なものである。例えば、農震盪の後の健忘症は一時的であることが多い。記憶の恢復は、従来の説の観点から説明する事は非常に難しい。もし、記憶組織が破壊され記憶が破壊されたなら、元に戻る筈はないが、それでも偶に元に戻るのである。
Rupert Sheldrake, “Mind, Memory, and Archetype Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part I” Psychological Perspectives (Spring 1987), 18(1)
Rupert Sheldrake, “Society, Spirit & Ritual: Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part II”Psychological Perspectives (Fall 1987), 18(2)
Rupert Sheldrake, “Extended Mind, Power, & Prayer: Morphic Resonance and the Collective Unconscious - Part III ”Psychological Perspectives (Spring 1988), 19(1)
Rupert Sheldrake, “Experiences of Dying Animals: Parallels With End-of-Life Experiences in Humans” Journal of Scientific Exploration VOL. 37, NO 1 – SPRING 2023
ルパート・シェルドレイク『生命のニューサイエンス』幾島幸子 竹居光太郎 訳 工作舎 1986年
ルパート・シェルドレイク『世界を変える七つの実験』田中靖夫 訳 工作舎 1997年
喰代栄一『なぜそれは起こるのか 過去に共鳴する現在 シェルドレイクの仮説をめぐって』サンマーク出版 2001年
最終更新:2024年04月22日 13:47