アーノルド・ミンデル

概説

アーノルド・ミンデル(Arnold Mindell、1940年 1月1日- 2024年6月10日)は、アメリカ合衆国出身の心理学者。マサチューセッツ工科大学で物理学を学び、スイスのチューリッヒにあるユング研究所で分析心理学を学び、ユング派分析家となった。プロセス指向心理学、プロセスワークの主な創始者の一人。

プロセス指向心理学

アーノルド・ミンデルは、シャーマニズム、老子の思想や禅、易経、量子力学、コミュニケーション理論などの様々な研究や市民社会運動などの考え方や活動からも大きな影響を受けた。夢、からだ、対人関係、シンクロニシティ(共時的現象)を通して経験される出来事をひとつの理論的枠組み及び心理療法という形でまとめる上で「情報のプロセス」という考え方が有効ではないかと考えた。このようなプロセスの観察に基づき、かつ理論的で実践的なテクニックに発展したのがプロセス指向心理学(Process Oriented Psychology、略称はPOP)であり、後述のドリームボディが展開するのを手助けする。プロセス指向心理学の発展には、錬金術、原始宗教、タオイズム、そして神話など数多くの心理学、思想、哲学が影響を及ぼしている。

一次プロセスと二次プロセス

クライアントが自ら意識的である表現領域、自己同一化している部分を一次プロセス、無意識的であったり自己同一化してなかったりする領域を二次プロセスと呼んでおり、プロセス指向心理学では両方を扱う。ミンデルによれば、意識と無意識というそれまで使われてきた用語が、精神病のような状態や、臨死体験、深い身体的経験の中で意味を失ってしまうと言い、用語の再定義の必要性を説いている*1。また、日常のアイデンティティとしての一次プロセスと立ち現れようとしているアイデンティティとしての二次プロセスの境界のことをエッジと呼んでおり、エッジは学びや成長にとって豊かな場所となる。
そして、プロセス指向的なアプローチは心理学のみならず、デヴィッド・ボームの言う外在秩序に姿を現す内在秩序という理論を具体的に実現したものであり、観察者の気付きや訓練や勇気を通して、夢の内容や内在秩序の解明を促す一つの方法なのだという。*2
ミンデルは、脳の器質的な問題に関連して、生のプロセスがどのように形成されるかは、心理的な要因が決定すると言い、脳と心については以下のように述べている。

 器質性の脳障害と昏睡状態には、単純な関連性はない。なぜなら器質性の脳障害のある人の誰もが同程度のトランスに入るわけではないからだ。器質的な問題に関連して、生のプロセスがどのように形成されるかは、心理的な要因が決定する。脳と心は完全に同一なものではない。脳の機能をテレビ、心をテレビ局にたとえるのは、脳に傷を負った人々の多くに適用できる有効なアナロジーである。テレビの故障は、送信者(心)が機能していても、音や映像が得られない状態を意味する。*3

ドリーム・アップ

意図せずして、自らの内的現実や夢、外的現実に相手を巻き込むことをドリーム・アップと言う。デジャヴやテレパシー、その他の形態をとるシンクロニシティのように、物体や遠く隔たった時空が個人のプロセスに属するようにふるまう場合、世界そのものをドリーマーのチャンネルとして捉えることが出来る。シンクロニシティはドリーム・アップの一般化であるという。

ドリームボディ

ミンデルは、身体症状の背後にある意味を重視し、その意味を探り、それを単に生理的、病理的な疾患以上の深い意味や目的をもつものと考える。人間の背後にある「ドリーミング」と呼ばれる広大な無意識世界、森羅万象に浸透する夢のような現実からの働きかけが「ドリームボディ」であり、身体感覚にフォーカスしているとそれが夢に反映されているのを発見したり、夢について考えていると身体のある部位や身体の症状が気になってくるといった「夢と身体のつながり」を表現したりした言葉である。ミンデルは、これを「心」「体」に続く第三の概念とする。
ドリームボディ・ワークの核に当たる部分として、チャンネル・スイッチング(切り替え)があり、プロセスが聴覚から感情へ、感情から視覚へ、視覚から動作へと突然切り替わることがあり、身体を出入りするプロセスに従うことができれば、人は生の流れと共に歩むことができるという*4。身体症状と夢との関係やそれらの意味を知ることで、大きな気付きを得て人間として成長し新たな人生を始めるきっかけにもなり得る。

昏睡状態と臨死との関わり

ミンデルは、臨死において死にゆく人々は、ドリームボディを千里眼ないし明晰夢のように体験し、肉体はベッドに横たわったままで、どこかへ行くことができ、往々にして離れた場所で何が起こっているかを本当に見、聞き、感じることができると思うという。また、意識不明であり昏睡状態にある人々との内的な旅をサポートしたり、コミュニケーションをしたりしてきたことを通して、人は複数の非物質的身体をもち、肉体が死に近づくにつれて、それが活性化してくるのではないかと考え、昏睡状態と臨死体験における体験について、以下のように述べている。

 昏睡状態と臨死体験は、まさに千変万化する身体的経験の万華鏡である。昏睡状態において人が遭遇する多様な経験は、「リアル・ボディ(=現実の身体=肉体)」、「サトル体(微細身)」、「アストラル体」、「エーテル体」、「分身」、「体外離脱体験」あるいは、「人間の形の終わり」などという呼び名で知られている。ある体験を説明するのに用いられる用語は、人それぞれの固有の身体感覚や、文化的信念体系によって異なる。*5

そして、ミンデルは身体的な経験を特定の信念体系に偏ることなく、以下のように分類している。

リアル・ボディ

私たちの通常の身体的な経験、私たちが日常的に同一化している身体経験である。

ドリームボディ

最近見た夢の内容を反映している体で、リアル・ボディに対して生じるあらゆる身体的経験を指す。

ミスボディ

深いトランス状態においてしばしば現れるドリームボディの元型的なパターンである。

イモータル・ボディ

元型的で時間を超えたトランスパーソナルな世界の体験である。
死体の諸理論(『昏睡状態の人と対話する』p.164より)

ミンデルによれば西洋における死や死の過程の研究と同様、中国、エジプト、インドのように高度に発達した古代文明における死の理論においても、ドリームボディとミスボディのアナロジーは見出せるという。また、臨死の状態において生じるトランス状態が生の途上のいかなる時にでも起こり得ると言い、今日では実際に死が差し迫っているかに関わらず引き起こされる臨死様体験(near-death-like experience)臨死なき臨死体験に通じてくると言える。

  • 参考文献
  • 参考サイト
最終更新:2025年08月02日 18:33
添付ファイル

*1 ミンデル1985(邦訳 1996)p.36

*2 ミンデル1985(邦訳 1996)p.78

*3 ミンデル1989(邦訳 2002)p.112-113

*4 ミンデル1985(邦訳 1994)p.75

*5 ミンデル1989(邦訳 2002)p.148