(おじいさんが所持していた日誌。日付は、30日程度前の日付だ。)

 わしに何かあった時のために、この文章を残す。
 まずは何から記すべきか。全ては若かりし日の、いくつものわしの過ちから始まっておる。しかし、すべてを書き記す時間もない。要点だけ記す。
 近いうちに、稲羽市で未曾有の災害が起きる。それは決して自然現象などではない。人知の及びも付かないような、異形なる概念・思想・存在によってそれは引き起こされる。始まりは気温の低下。数日のうちに、街は吹雪に見舞われる。それは少しずつ規模を広げていき、二月もあればついには日本列島を覆う。日本国中で氷点下を下回る気温が観測され、それが永劫に続く。日本は無くなる。とても信じられない話だろうが、私はその光景をこの目で「見た」。
 これもまた荒唐無稽な話であろうが、わしは若かりし頃、時間を支配した偉大なる種族と邂逅したことがある。彼らの問題を運よく解決できたわしとわしの友人たちは、一度だけ、彼らの時間を操る術によって、未来を知り、望ましい未来を導くための方法を聞くことができる権利を得た。わしはその権利を行使することなく、この年まで生きてきた。
 わしらは、彼らを助ける過程で、とある"本"を入手した。目にするのもおぞましく、考えるだけで暗鬱となる呪わしき知識がまるで汚泥のように詰め込まれたそれを、彼らを助けるために使った。その後、"本"はわしが引き取って処理することになったのだが、わしはこれを処理せず隠し持った。何故そんなことをしたのか、うまく説明できはしないと思う。誓って、それを何かに使うつもりは無かったのだが、禁忌の知識を、人外の英知を、自分の手元に置きたいような、暗い悦びがあった。これはわしの罪だ。罪の告白だ。
 重大な罪を犯しながらも、わしの人生には何の障害も生まれなかった。息子が出来た。孫が出来た。その間、一度たりとも本を開きはしなかったが、わしは歳を取るにつれ、その"本”を征服したような感覚に陥った。地球上のどんなものよりも危険なそれを、わしが手元で転がしているような、そんな気になっていた。そしてついに第二の罪を犯した。わしは、わしの孫に、うっかりその"本”にまつわる話をしてしまったのだ。その時の孫はまだ小学校に入って間もない年だった。酒も入っていた。ひとつの武勇伝として、孫が大人になる頃には忘れられるおとぎ話のようなものとして。しかしわしがその話をしたことをわし自身が忘れてしまうほど時が経ってなお、彼は覚え続けていたらしい。
 2-3ヶ月ほど前の話だ。大人になった孫がわしを訪ねてきた。彼は例の"本”を見せて欲しいといった。わしは驚き、しどろもどろに、そんなものは無いというと彼は素直に帰って行った。その時にでも、"本”を処分するべきだったのに、わしはまだその”本”を所持することにこだわった。数日のうちに、盗人がわしの家へ入った。家の中を散々荒らし、蔵まで荒らしていった。不思議と取られたものはなかった。蔵に厳重に保管していた、あの"本”以外は。
 わしは孫を探したが、連絡が通じることは一度としてなかった。既に親元を離れ、都心で働き始めていた彼を見つけるすべがわしにはなかった。徒労を繰り返し取りうる手の無くなったわしは、ついにわしが持つ「権利」を行使することを決めた。久方ぶりに出会った偉大なる彼らは、待ち受ける未来の姿を見せてくれた。未来を選ぶための選択を、仔細に教えてくれた。
 孫は、とある宗教集団の幹部となっている。彼が何を考えているかは分からぬが、彼はわしの"本”から得た知識で、災厄をこの日本に降ろそうとしている。孫を止め、未来ある日本を残すのであれば、稲羽市へ向かえと彼らは言った。稲羽市で、力あるものを頼れと。この事象は、もはやわし自身の力ではどうにもならぬほどの規模になっており、わしは誰かの助けを頼るしかないとのことだった。
 彼らは言った。この選択の過程次第では、わしは途中で命を失う、と。その証拠にわしは、既にわしの権利を行使した際、時間の間に潜む、よく分からん化け物に目を付けられてしまっているらしい。20日ほど後にそれは現れることと、それに対処する方法を彼らは教えてくれたが、老い先短い身、今更死を恐れることはない。しかし、この未来が誰にも知られることなく、実現してしまうことをわしは何よりも恐れている。だから、この文章を残す。
 どうかお願いだ。あんたとわしにはきっと、何の縁もなく、そんなことを頼まれる筋合いはどこにもないのだろう。それでもわしはあんたに救いを求めるしかないのだ。どうか、どうか日本を救ってほしい。孫を止めてほしい。わしの過ちを正してほしい。助けてほしい。どうか。


…日誌には、老人の孫がいると思われる教団の住所、
そして山で行われる冒涜的な儀式についての概要が書かれている。

教団の住所:2つほど隣の市の、山の中。稲羽市から片道2時間程度。

冒涜的な儀式:
 これは、「偉大なる種族」から未来を見せられた老人が、その様子をメモしたもののようだ。
山の中央に儀式場を作り、そこで何十人もが祈りを捧げ、呪文を唱えている。その中には、明らかに人間ではない、異型なるものの姿も見られる。彼らは数日間その行為を続け、やがて気温が下がり始める。数日のうちに吹雪はじめると、儀式場を囲むように作られた祭壇に、人間を生け贄に捧げる。その後呪文を唱え続け、ついには災厄の体現者が召喚される。ただし召喚された偉業の生物については、精神を害するという理由から、見せてもらえなかったようだ。
 この儀式は、①まず気温を下げ、吹雪を起こす儀式と、②災厄の体現者を召喚する儀式のふたつにわかれている。災厄の体現者を召喚するために、気温を下げる必要があるようだ。
 ②の儀式では、多くの、質の良い人間の生け贄が必要になる。質の良いとは、精神力の高さであり、魔術適正があるものが求められる。多くの優秀な人材を一度に集めることは普通では難しいので、しばらくは大丈夫のはずだ。
 儀式の詳細な手順までは不明。教団から情報を得れば、儀式を止める方法、あるいは召喚者を還す方法がわかるかもしれない。









~老人から聞き込んだ話~
(これは、老人が生きていたことによるボーナスです。)
 彼は、偉大なる種族のアドバイス通り、稲羽市に来ました。そこで偶然"悪魔寄生体"を、ヴィシャスを目撃します。彼は、偉大なる種族の言っていた「力ある者」が彼らのことだと思い、彼らに全てを話し、協力を求めました。彼の話をよく聞いてくれた男(=アジトのボス)は、老人に、このアジトにいつまでも居て良いと言ってくれたのですが、彼はその後めっきりアジトに来ることがなくなりました。これが15日ほど前の話です。
 老人は、きっと男が災厄を防いでくれると信じ、自身はティンダロスの猟犬から逃れるため、男から使用の許可を得た地下室にこもりました。しかし、何日たっても男はアジトに来ることはなく、そして気温は下がり続けました。ついには吹雪始めたという話を手下から聞いた老人は、自分が何かを誤ったのではないかと考え始めました。
 老人は、彼の手下からそれとなく話を聴きこみ始めました。その中で、男が、「世界を転覆させたい」と願っている話を聞き、自分が致命的な間違いを犯したことを悟りました。男はおそらく、教団に協力することを選んだのだと。しかしその頃には、彼はいつ猟犬に襲われてもおかしくない身になっており、また男の手下は男のことを慕っているようでしたので、どうすることもできませんでした。日誌は手元にあれど、それを書くための鋭い鉛筆は、ティンダロスの猟犬を恐れて手放した後であり、どうすることもできませんでした。
 だから彼は待つしかありませんでした。自分の思いが間違いであって、男が災厄を防ぎここへ帰ってくることを。それとも何か…全く別の救いの手が差し伸べられることを。

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最終更新:2023年01月07日 20:04