其処へ至る道 by旭ゆうひ





小学3年生。
大人か子供か。
100人に聞けば100人が「子供」だと答えるだろう。
ランドセルを背負い、元気に学校へ通い、笑顔で授業を受け、友人と語らい遊ぶ。
そんなイメージのあるのが小学3年生。
いや小学生にとどまらず子供なら共通したイメージだろう。

私立神戸山手学院初等部。
とある女の子が通う小学校。
日本中から超が付くほどの富裕層の子弟が集うエスカレーター式の学院。
その初等部。
初等部生徒は200人足らずの1学年は30人前後。
つまり1クラスしかない。
卒業生は一流企業や官僚など上流社会へと旅立つ事を期待されている。
ゆえに教師・学校側らは細心の注意を払い生徒たちに接することになる。
担任教師以外にもカウンセラーやトレーナーなど専門職が常駐する。
成績はもちろん人格形成にも重きを置いているからだ。

にも拘らず、彼女はクラスで浮いていた。
それは、あらゆる意味でだった。
黒髪、黒い瞳、日本人の特徴を持っていながらどこかエキゾチックな容貌。
大人になればさぞかし男を惑わすであろうが、今はまだあどけない女の子。
クラスで話題になるどころかすでにファッション誌等にも取り上げられ、常に芸能界入りの噂が付きまとう。
当然、クラスの女子たちには面白くない。

テストを受ければ常にトップだった。
小学校。中学校。高校。大学、あらゆるテストで満点を取る。
それはまるで子供向けのパズルを与えられた大人のように、いとも簡単に解いて見せた。
教師の彼らですら溶けない問題も、笑って解いてみせるのだった。
これでは教師たちも下手に扱えない。

家柄でマウントを取ろうとしたクラスメイトは即日後悔をすることになった。
彼女の家は古く名家であり且つ巨大企業の創始一族だった。
マウントを取ろうとした相手が親会社の令嬢だったのだ。
女の子をいじめ自分の優位を確立しようとしたその生徒は
親に引きずられその日の夕方、女の子の自宅まで謝罪に来た。
だれも家柄では女の子にかなわなかった。

同年代の子と比べれば、その体は小さく力も弱かった。
色も白く深窓の令嬢というにふさわしかった。
クラスの男子からは守りたくなる女の子。
女子からはやっかみを受ける女の子。

朝、家の者に見送られて校門をくぐる。
周りでは友人同士、生徒と教師がそれぞれに挨拶を交わす。
しかし、女の子に挨拶をする者はいない。

朝礼、出席を確認される。
教師は生徒の名前を五十音順に呼んでいく。
女の子の番が来た。
返事をする。
女の子の声は小さく教師には聞こえないが居るものとして出欠はとられた。

座学が始まる。
順に回答を求めらる中、彼女の順番は回ってこない。
どうせ正解しか出てこない。
教師にとっては関わりたくない生徒だからだ。

体育の授業では少し事情が違う。
人よりも身体が弱く力もない彼女は授業についていけなかった。
だから、いつも見学だった。
何より無理をさせて怪我でもされたら……教師たちは彼女の家を恐れていた。

可愛くて、頭がよく、家柄も良い。
体育のような疲れることは免除され
男子からの好意は独り占め。
とはいえ女の子に声をかけれた勇者はいなかったのだが……。

しかしだからといってクラスの女子から好かれることもなかった。
だから、その女の子は友達と遊んだことがなかった。

女の子は友人がいなかった。
「生きた」友人がいなかった。
だからだろう彼女の趣味は「人形遊び」だった。

学校が終れば迎えの車に乗り家路へと着く。
クラスメイトが談笑している姿を眺めながら。

帰宅すれば家の者に傅かれ風呂に入れられる。
まるで老舗高級旅館の風呂のようだが、女の子にはありがたみを感じることはなかった。
風呂から出れば用意された服を着て、習い事の時間が始まる。
お茶、お華、お琴と師範を招いて稽古が行われる。
どの習い事も目を見張る成長を遂げ、どこに出しても恥ずかしくない腕を得るに至ったが
師範は皆「心がこもってない」と評価した。

夕食の準備ができて稽古が終わる。
食卓を囲むはずの父母、兄弟姉妹の同席はない。
父母は忙しく兄妹は全寮制の学校へ通っている。
卓を囲むのは厳格な祖父と女の子だけだった。
女の子は祖父と挨拶しか交わさない。
女の子は祖父に甘えたことがなく、また祖父も女の子を甘やかそうとはしなかった。
それぞれの本心がどうであれ、甘えたことも甘やかしたこともなかった。

夕食が終ればもう一度風呂に入れられ就寝までのあいだが、ようやく自由時間となる。

女の子は祖父に就寝の挨拶をして離れに向かう。
そこは自室兼人形工房兼、女の子の家の歴史資料庫となっていた。

此処には所狭しと大小様々な人形やそのパーツが並べられ、天井からは整備中であろう人形の上半身がつられている。
前述したとおり、女の子の趣味は「人形遊び」だ。
だが、ままごとをするわけではない。
それは、この空間を見れば一目瞭然だろう。
これら全てが世界中から集められた「からくり人形」なのだ。
中央の整備台に寝かされた人形に、女の子は微笑みかけ整備を始める。
人形の名前は「紅桜」といった。
正式には「紅桜型自動人形肆式」という。
見た目は女の子と同じくらいの身長で遠目に見るならば、人間の女の子に間違えるくらいには精巧にできていた。
女の子は人間のような人形を作ろうとしていたが
ここ最近はその研究も進んでいない。
サイズは人間の子供並みに抑えることができたが動きはぎこちなく重量も300kgを超えるものだった。
これではとてもではないが一緒に遊べない。
滑らかに動き、人間並みの重量の人形が作りたい。
様々な素材を入手し、加工し、実験し、取り付けてきたが、女の子が理想とする人形にはまだ遠かった。
ここ数か月、女の子は紅桜を解体しては組み立てを繰り返し、研究に明け暮れていたがやはり進展はなかった。

夏休み。
寮に入っていた兄姉たちが珍しく帰ってきた。
久しぶりに会う兄姉に緊張をしてしまう女の子。
兄姉たちはやさしく接してくれる。
学校の事、友達の事、恋や女の子の趣味の事。
いろんな話をした。
離れ離れだった時間を埋めるかのように。

兄姉たちは末の妹を大事に思い、なにかとかまってくれている。
女の子はそんな兄姉たちの事が大好きだったが
どうしても不可解なことがある。
それは兄姉たちの通う学校での話し。
どれをとっても信じられない話ばかりだった。
いつもは女の子に誠実に向き合ってくれる兄姉たちが
なぜかその学校の話になると嘘を話す。

やれ【生徒が飛行機を飛ばす】
やれ【生徒が電車を運用する】
【日本刀を持った生徒や銃を持った生徒もいる】
【お祭り騒ぎに興じて施設を破壊しても、翌朝にはその施設は元通りになっている】
【図書館には世界を7回滅ぼすことができるという古代文明が残した書物があり】
【学園の地下には巨大ロボットや巨大からくり人形が出撃の瞬間を待っている】

嘘ばかりだった。
ばかばかしいと思った。
兄姉たちはきっと女の子の事が嫌いになってしまったに違いない。
だからこんな嘘をつくのだ……。




でも……果たしてそうだろうか?
兄姉たちは女の子が知る限り、いつも誠実で女の子を一番に扱ってくれていた。
たしかに女の子は愛されている。
そんな兄姉たちがこんな見え透いた嘘をつくだろうか?

もし……もし本当なら?

【生徒が飛行機を飛ばし】
【生徒が電車を運用し】
【日本刀を持った生徒や銃を持った生徒がいて】
【お祭り騒ぎに興じて施設を破壊しても、翌朝にはその施設は元通りになり】
【図書館には世界を7回滅ぼすことができる古代文明が残した書物があって】
【学園の地下には巨大なロボットやからくり人形が出撃の瞬間を待っている】としたら?

もし、それらが全部本当だとしたら?

この瞬間、女の子の心臓は動き出す。

壊れたゼンマイだと思っていた心臓が、生まれて初めて主張を始めた。
何事にも冷静に余裕をもって対応してきた。
其れなのに、いま心臓は早鐘のように打ち始め、焦燥感すら覚える。
女の子は兄妹たちに学校の話をせがみ一晩中聞き入った。

翌朝、朝食を済ました女の子は始めて祖父に甘えてみた。



「お爺様、わたくしを蓬莱学園へ入学させてください!」



葉車九重の冒険が始まった瞬間だった。

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最終更新:2022年10月19日 18:10