昼と夜とに新芽は芽吹く by旭ゆうひ





私の名前は「佐藤」と申します。
本名ではございません。
仕事上の呼称。
ただの「佐藤」でございます。
コードネームとでもいうべきでしょうか……。
どうぞ、「佐藤」とお呼びください。
36歳独身。
彼女募集中でございます。

私は、とあるお屋敷のお嬢様にお仕えする執事でございます。
正しく言えば、そのお屋敷の当主であられる「葉車那由多(はくるまなゆた)」様に雇われて、お孫様の九重(ここえ)お嬢様にお仕えしております。

私が知るお嬢様はそれはそれは無口でくら……笑わない、ただとても、利発なお子でございました。

私がお仕えし始めたころの話でございます。
今のお嬢様は、ご存知の通りでございます。

はい、ええ、学園に来る前でございましたね……。

お嬢様にお仕えし始めたのは、お嬢様が5歳のころでございました。
何やら床に落書きをされていたのを覚えています。
しかしそれが落書きなどではなく、設計図だったとは夢にもおもいませんでした。
それが後のあのアレになるとは……。
それがなにか?でございますか?
これについては、堅く口外を禁じられておりまして。
ええ、聞かないほうが御社のためにも、……はい。
非常に良い選択だと思われます。

お嬢様が小学生のころでございます。

いじめにあっていた……というわけではございませんが
教師をはじめクラスメイトも皆、距離を測りかねておられたように思います。
ですので、お嬢様はますます一人でいることが多くなりました。

一人でいることが多くなったとはいえ、より暗くなったとかではありません。
ただ、変わらなかった。
それだけでございます。
ただ、あえて申し上げるなら……あのお姿は「耐え忍んでいる」ように見えました。
小学3年生のお子がです。

私共葉車の者はみな家族と、那由多様はおっしゃられます。
私も、そのように思っております。
ですから、お嬢様の後姿を見るたびに胸が締め付けられるような思いでございました。

私共はみな家族とはいえ、使用人は使用人でございます。
超えてはいけない一線いうものがございます。
お嬢様のなさりように使用人が口出しするわけにはまいりません。

私と「鈴木」は悩んだ末に、私ども二人で考えても解決できないと結論つけました。
いえ、投げ出したわけではありません。
家族なら助け合うのが当然でしょう?

はい、学園にいらっしゃる九重さまの兄姉様方へ御願いしたのです。
もともと、お嬢様も16になれば学園へ通う予定でございました。

しかし、あと6年……あまりにも長い。
兄姉様は私共の願いを聞いていただけました。
なにより、最愛の末の妹様を思ってのこと。

夏休みになりお忙しい中、全員で戻ってこられました。
これには私も「鈴木」も驚いたものです。

あ、「鈴木」というのもコードネームです。

はい、はい、そうです。
皆さま全員が戻ってこられたのです。
九重様のために。

ご兄姉様はそれはそれは楽しそうに、学園の事を語っておられました。
葉車の訓育に「手を引くのは慈悲であり優しさなれども、負ぶって行くのは無惨なり」
というものがございます。
解釈のほどはお任せいたしますが、
ご兄姉様方は九重様ご自身で
決断されることが重要だとお考えでございました。

そこからの展開は非常に早いものでございました。
なにせ翌朝には学園への入学が決まっておりましたので。

しかし9歳の子が高校へ通うのです。
手続きが簡単なわけございませんが、そこは葉車グループ。
いかようにも。
詳しく聞きたい、ですか?

本当に聞きたいですか?

はい、賢明な選択かと。

しかしあれは入学というよりも、転入というほが近いでしょうか。
お嬢様は最初から、高校3年生として入学されたのですから。

あの、小さな背中に不釣り合いなほど大きなランドセルを背負ったお嬢様が
今では……あんなにたくましく成られて……いけませんね、最近は涙もろくなりました……。

さて、そろそろお時間ですね。
私はもう行きませんと。
お嬢様にお待ち頂くわけにはいきませんから。

そうだ、忘れるところでした。
ひとつお話しておかなければいけないことがございまして。
貴方がしている秘密のバイトについて……ええ……いえいえ。
ただ、私共が「葉車」だということをお忘れないように。

それでは、ごきげんよう。

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最終更新:2022年10月19日 18:10