せいびんぐ仲村渠
今日も今日とて屯所でのんびりしていた左門に、突然キンキン声がかけられた。
「相馬さんっ、こんなところにいたんですかっ!」
声の主は巡回班の上司である田中さん。
田中さんは学園中央部で大捕り物があることを告げ、左門にも参加するように指示する。
大捕り物の相手は中村渠博文。
悪質? な同人ゴロであり、生徒たち相手に春画を売りさばいているという。
不承不承の左門を含めた巡回班士たちは博文が薄い本を売りさばいている最中の教室へとやってきた。
むしろの上に薄い本を広げ、男子生徒たちに次々と売っていく博文。
その姿はさながら壁サークルのごとし。
しかしながら、「御用だ!」の声がかかるやいなや「おっと、今日はこれで店じまいだよ!」とばかりに、手早くむしろを畳んで逃げにかかる博文。
左門はさっと近づくと「何をやらかした?」と尋ねる。
エロ同人売り程度ならこの学園では珍しくもないはず。
なぜここまでの捕り物になるのだろう。
「ここまで大ごとになると、多少のカネじゃごまかせないぞ?」
「さてはウチの親だな~」
「親?」
訊ねる左門に、博文は左門の袖の下に数冊の薄い本を押し込むと、春画をばらまいて姿を消した。
その日の夕方。
博文の捜索という建前でさぼっていた左門と、買い出しに出ていた敦也がそれぞれ自室の前で出くわした。
軽く挨拶して敦也が自室のドアを開けると、そこには何もない。
研究道具で散らかっているはずの四畳半は、ぱっくりと食われたかのように姿を消している。
「……相馬さん。宿代出すので、今夜泊めてくれません?」
「構わんが、階段で寝るか?」
左門の部屋は、自分たちのいる階へ続く階段へと変化していた。
一方の弁天寮。
露子はお料理研の活動から戻ると、いつものようにオートロックのドアにスマホをかざして自室に入ろうとした。
「あれ?」
普段なら緑のランプが点灯して解錠されるはずなのに、エラー音とともに赤ランプが点灯した。
「あれ?」
すぐそばで同じようにスマホを持って戸惑う三つ編みお下げの少女、百地忍。
と、ふたりのスマホが突然点灯した。
「やーやー、退屈な生徒諸君」
恵比寿寮の男子二人も含め、四人のスマホには狐面に狩衣のような服装の男らしき姿が映し出された。
【退屈翁】と名乗るこの男が退屈しのぎに四人の部屋を封じたのだと言う。
部屋を返す条件は、一晩のうちに、所在もわからない中村渠博文を見つけ出し、実家に帰らせること。
四人は、まず腹ごしらえを兼ねた作戦会議のため、お料理研の部室に向かうことにした。
まずは寮の部屋に博文を訪ねることにした一行。
しかし、薄い本の奥付にあった部屋番号は「魔窟」と呼ばれる恵比寿寮の中でも普通に行くことはできないとうわさされるエリア。
一行は敦也のレーダーを頼りに魔窟へとたどり着くが、生憎、博文は不在だった。
たまたま行き会った漫研所属の生徒から博文の行き先を聞き出すことに成功するが、その行き先とは、なんと学園の難所中の難所と名高い旧図書館。
巡回班の左門と図書委員の敦也は顔をしかめるが、女子生徒二人は旧図書館の脅威を知らないため、男子陣の顔色の理由がわからない。
そんな女性陣を見てため息をつく男子二人だった。
一行は図書委員である敦也のコネを使い、新図書館に本拠を置く特殊図書整頓隊(通称「特図」)の司令コンテチーズ・ゲルゲルに面会する。
事情を聞いたゲルゲルは「午前8時まで」と時間制限をつけた上で一行の行動を黙認し、さらに装備の貸し出しもしてくれた。
忍の能力により、待ち時間ゼロで路面電車を乗り継ぎ旧図書館に到着した四人は、図鑑から飛び出した恐竜や本棚の間を飛び回るシュールな生物、本棚とともに立ち並ぶ木々などに手を焼きつつ、どうにか一心不乱にスケッチをしている博文を発見する。
博文に事情を説明し、帰宅に同意を得た、まさにそのとき、敦也のレーダーが大きな熱源を感知する。
それは戦車と30名はいようかというドイツ兵だった。
が、忍が、たまたまそこに転がっていたのを見かけた本を閉じると、戦車もドイツ兵も消えてしまう。
本のタイトルは「Saving Private Ryan」。映画「プライベート・ライアン」の原作だ。
要するに一行は、旧図書館にからかわれたのだった。
旧図書館を出ると、時刻は午前8時少し前。
特図はすでに旧図書館前に整列していた。
敦也が博文救出を報告するとゲルゲルは大きくうなずき、特図を指揮して図書館の整頓へと進んでいった。
博文を自宅へと送り届け、それぞれ寮の自室へと戻る四人。
女子ふたりは何事もなく部屋に入れたのだが……。
ドアを開けた左門が見たものは、謎の実験器具が散らかる謎の部屋。
敦也が見たものは、家具と呼べるものがほとんどない、がらんとした貧乏くさい部屋。
「椿、この家財道具にいくら出す?」
「相馬さんこそ……って、何もない!?」
ふたりは顔を見合わせると部屋のカギと表札を交換し、何もなかったかのようにそれぞれの部屋に入っていった。
最終更新:2022年10月19日 00:13