お姉ちゃん!! By旭ゆうひ
「お姉ちゃん!!」
宇津帆島のとある屋敷、学園生徒からは「葉車屋敷」あるいは
「人形屋敷」と呼ばれる日本家屋に洋館を造設したような
そんな屋敷の一室でこの屋敷の主である女の子―――
かつての女の子は時を経て、今や麗人と称されるようになった
―――麗人は風呂上がりの牛乳を傾けつつ
妹から送られてきたデータを確認しようとしていた。
このデータは発展著しい「葉車グループ」の紹介のために
「十人会議」で話し合い、葉車の現会長である父、京一の承認を経て
発案者である末の妹、 十美恵の管轄としてスタートしたプロジェクトである。
要は、家族会議で決まったお家紹介動画である。
がしかし、そこは世界の「葉車」ちゃんとしたものでなければならないと
気合いを入れて作ったのがこれである。
これと同じものが動画内で紹介されている祖父、父母、兄妹へと配られ
本人たちによるチェックを受けるのだ。
それが今、この屋敷の女主人の前にある。
メイドが傍らの端末を使い、
広間に特設された100インチのモニターに動画を映し出す。
モニターに映るのはポップな感じでデザインされた
『はくるまグループってなぁに?』だった。
広間にはこの動画を見るために主だった使用人たちが集められていた。
彼らの顔には若干の困惑が浮かんでいた。
今やメイド長となった大名東が、女主人の肩へストールをかける。
湯冷めを心配しての事だ。
女主人はそんな大名東へ振り向くと、目礼によって感謝を表すのだった。
広間に流れるオープニング曲
モニターには
「作詞・作曲 大松耕輔 歌 不明 」
どうやら選ばれたのは「葉車の子よ永遠に」という社歌だった。
この曲は創業当時から使われており
やたら勇ましく壮大でそして「葉車」を連呼する内容になっていたはずだ。
いまでも現場では謳われていると聞く。
♪「あおげば~しょうきゅうの~かなた~ほしのぉむこうまで~」
声から察するに、幼く舌足らずな女の子が一生懸命に歌っているのだろう。
♪「はくるまのぉあるかぎ~り~こうこくの~いやさかよ~」
この場に集まった使用人達は
女主人が物心ついたころから仕えている。
この歌声が誰なのかを察することができないのは
当の本人ばかりだった。
曲も終わり
いよいよ本編がスタートする。
モニターの中で着物姿の美少女が深々とお辞儀をし
女主人にとっては久しぶりとなる、その微笑みを
浮かべているのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
私の名前は「葉車 十美恵と申します。
「葉車グループ」あるいは「葉車財閥」と呼ばれる、あの「葉車」です。
この映像を見ていただいている皆様には今更でございますね。
皆様は「葉車」と聞くと何を連想するでしょうか?
「誕生から死後の世界まで」?
「爪楊枝から宇宙ロケットまで」?
それとも……「影のフィクサー」?
「死の商人」なんておっしゃる方もいらっしゃるようですね。
(モニターの 十美恵は苦笑している)
私共「葉車」は取り扱うものにこそ広く宣伝を行ってまいりましたが
「葉車」自体を述べることは、してまいりませんでした。
そこで本日は「葉車」とは何かを、紹介してまいりたいと思います。
(微笑みを浮かべる 十美恵は画面右下にワイプとして表示され)
まずは「葉車の歴史」、順に「葉車の血脈」「葉車の組織」「葉車の未来」と章を分けてご紹介いたしましょう。
(と読み上げて今後の進行を紹介していく)
(中略)
「葉車の血脈」 「葉車の五女:九重」
2008年09月09日生まれ。
葉車 京一の5女、9番目の子として生を受けました。
私の一番近い姉でございます。
(九重の幼少期からの写真や動画が次々に映し出されていく)
名前につく「重」からわかるように、嫡出子でございます。
昔は色々あって仲が良いとは言えませんでしたが、
今ではすっかり仲の良い姉妹でございます。
本当ですよ?
(この年の初めにリモート会議を行った時の兄弟たちの笑顔が映し出される)
では、ご紹介を始めると致しましょう。
(まるで歴史番組のように十美恵が司会進行していく)
私が始めて兄姉を事を知ったのは私が6歳の誕生日でございました。
私は前述のとおり庶子でございますから、
嫡出子の兄姉をはじめ他の庶子の兄姉たちの事も
その瞬間まで知らされていなかったのでございます。
私の詳しいことは次章「葉車の六女: 十美恵」にて紹介させていただくとして
当時は父母と私の3人家族だと思っていたところに一気に9人もの兄姉が増えたのです。
その中で一番、年の近い九重お姉様に、勝手ながら親近感を覚えておりました。
葉車本家で行われる新年の挨拶にて、ご紹介いただけるということでとても楽しみにしていたのを覚えています。
しかし、九重お姉さまだけでなく他の兄姉の皆様も新年のあいさつには現れませんでした。
上の8人の兄姉様たちは遠方のしかも、全寮制の学園へ入学されているので
しかたないこととあらかじめ聞いておりましたけれど……
九重お姉さまに至っては、「お会いするのを楽しみにしています」と何度もメールを送ったにもかかわらず全無視……。
そのうえ新年のあいさつの3日前に学園へ出発。
当時の私からすれば【嫌われている・避けられている】と思ってしまうのも無理はないと思います。
九重お姉さまに対して、敵愾心を抱くようになるきっかけだったのだと思います。
しかし、実際のところは当時からお姉様は「葉車の超天才お嬢様」と
呼ばれて多忙でございましたし、
お姉さまを取り込もうとする邪な者らの蠢動もあり
お姉さまの周りは堅く守られておりました。
ですので私が母のスマホをこっそり借りてメールを送ったとしても、
お姉様の目にとまるのは不可能だったのでございます。
九重お姉さまは当時はまだ9歳。
チビで未発達のお子様でございましたし―――
(大名東はこの時主人のこめかみがピクリと動いたのを見た。後でプリンを用意しようとこころのメモに記したのだった)
―――メールの管理は周りの大人が行っていたからと
後々になって知るところでございました。
それからというもの、九重お姉さまに直接お会いすることが出来ないまま10年が経ち
私の「九重お姉さまに対する親愛の情」はすっかり「九重に対する敵愾心」に代っておりました。
しかし、勘違いなさらないでいただきたいのです。
「葉車の兄妹」は皆さま個性的ではございますが、とても素晴らしい方々です。
特に「葉車の人形使い」と呼ばれる九重お姉さまは誤解されやすいのです。
必用なこと以外しゃべりませんし、見た目が良いことを自覚してるからコみゅにゅケーションを、進んでとるまでもないと思っているのでしょう。
(大名東はプリンのほかにフルーツゼリーを追加することを決めた瞬間だった)
ご存知の方も多いと思いますが
九重お姉さまの専門は「人体の代替部品の研究と開発」でございます。
これは、疾病や事故、老化等により、
機能不全や欠損となってしまった部位を絡繰部品で補完するというものです。
(モニターの少女は誇らしそうに紹介を続ける)
今やこれらを応用する「汎用外骨格」や
「自立式多脚汎用からくり人形」などは日常的に目にすることとなっております。
しかし、これら「汎用外骨格」は「戦闘用強化装甲外骨格」となり
「自立式多脚汎用からくり人形」は「自立式多脚砲台」として我が国の国防軍にも配備されています。
「技術というものは根幹を一人の天才が作り上げ
その枝葉を秀才たちが広げていくもの」
と私は思っております。
その枝葉の一枚がどのようなものであれ、そのすべてを否定するのは間違っていると私は思います。
こういったことを理解しない愚鈍な活動家などは―――
(モニターの少女から激しい感情が伝わってくるこれは……)
―――九重お姉さまを「悪魔」だの「悪魔の人形」などと蔑みますがーーー
(そう、これは怒りだ)
―――九重お姉さまほど、私たちの事を、未来を、真剣に考えている方はおりません。
(姉を侮辱する者に対しての怒り)
(大名東は主人へハンカチを差し出す事を忘れない)
九重お姉さまの学生時代といえば、
9歳から高校へ通い、在学中にいくつもの発明をされた事でも有名です。
(新入生争奪戦の様子を写した写真が紹介される)
しかし、お嬢様の学生時代は研究ばかりしていたわけではありません。
他の兄姉様方と同じように、友人やクラブ活動等に青春を燃やしておられたそうです。
当時のTV番組のマスターデータがありますので、ここで少し見てみましょう。
(TV番組が映し出される)
画面に「葉車の超天才お嬢様!(13)ついに番組へ登場!」とテロップが浮かび
画面の袴姿の美少女は深々とお辞儀をしていた。
蒼い髪の女性キャスターも手慣れたもので、出演者を紹介していく。
そんな中で画面が変わり
「やっ やぁめろぉおおぉぉぉ!!」と九重がジャイアントスイングで
振り回されているのが映る。
シーンが変わり
全力で高い高いされた九重が宙を舞い
挙句に「おろろろろ」と美少女の口から出はいけないものが
ばっちりと映っていた
(画面はスタジオの十美恵へもどる)
このように、お姉さまは青春を謳歌され
(悪戯をやりとげた小悪魔のように微笑みながら)
今もなお学園内にある研究施設で、研究を続けておられます。
入学当初はチビで、未発達なお姉様でしたが
今はモデルも裸足で逃げ出す美貌のお姉様となられました。
私は今年で16歳。
お姉さまのご自宅にお部屋を借りて学園へ通う事となっております。
(この瞬間のこの場の空気を表現するならたったの二文字 『!?』と。)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
つぎの瞬間、モニターはザッと乱れたかと思うと
学園の制服を着た十美恵が立っていた。
「ヤッホーお姉さま! 動画どうでした?……あれ? おねぇ様のお姿が見えないんですけど?」
少女はカメラに顔を近づけて「おーいおねーさまー?」
どうやらライブで繋がっているらしい。
どうやってこの状態を作ったのかは不明だが
「おねーさまー? んー?」
少女はカメラの横の端末を操作してる様子。
「あーカメラもマイクもついてないじゃん! おねーさまの端末ふっる! 受けるんですけどwww
まぁいいやw、動画は再生されたってのはこっちでモニタリングしてるから
だいじょうぶでしょう! というわけで! 明後日にはそっちへつくから! よろしくね!」
と、嵐のように伝えたいことを伝えるとプッっと画面が戻り
『はくるまグループってなぁに?』【九重編】の終わりが告げられていた。
場の空気が「!?」のまま固まっていると
誰かの吹き出し笑いの声がする。
この場にふさわしからぬ楽し気な笑い声が聞こえる。
使用人たちは誰が笑っているのだろうと視線をめぐらし
その声の主を見つけ出す。
久しく聞いていなかった笑い声
それは、政治や社交界の場で見せることのない
彼らの主人の、こころからの笑い声だった。
最終更新:2022年10月19日 18:11