宇津帆島の休日





6月下旬。
いつもなら星祭を前に盛り上がるところ、コロナ騒ぎで今ひとつノリのよろしくない空気の学園に、ひとつのニュースがもたらされた。
日本で行われる国際薬学会に中欧の小国ケルンテン公国から大公公女セルマ姫が来日していると言う。

もっとも学園生徒にとっては特にバリューのない話でもあり、大々的に広まるほどのものでもなかった。
ただし、公安委員の影人とスパイ研のリンは別である。
学内にいる各国の諜報機関が活発に動き始めているとのことで、対応に追われることが予想される。

一方、突撃報道班の譲はここ数日張り込みで忙しかった……のだが。

「あーーー! そこの人! 受け止めて!」
「また上からかよ!」

またしても、譲の頭上から金髪の少女が落ちてきた。

なんとか無事に少女を受け止める譲。
少女はアン・ヴァン・ウィンクルと名乗り、何者かに追われているので助けてほしいと譲に頼み込む。

ちょうどその頃、影人は非常連絡局長の寒戸文明からケルンテン公国の諜報部員の動きを探るよう指令を受けた。
同時にリンも、スパイ研からセルマ公女を探し出しその身辺警護に当たるようにとの指令を受ける。

そういった動きとは縁のない錬金術研のディアナだったが、公女の写真に写っていたネックレスの石に注目する。
その石はいわゆる宝石ではないが、錬金術界隈では数億の価値があるとも言われるもの。
ディアナは新町まで出かけ、「蓬莱堂」という古書店で公女のネックレスと似たデザインのネックレスを購入した。

その新町では、影人が聞き込みを行っていた。「それっぽい女の子が入っていったきり出てこない」という建物の調査にかかるが、その建物では譲が張り込みの真っ最中。ちょうど向かいのビルから張り込みの目標である任侠・ヤクザ研の若頭がげらげらと笑いながら出てきたところだった。

笑い声を聞きつけて外の様子を伺う影人は、若頭を撮影している譲とその傍らに立つ金髪の少女に気づく。
その少女はどう見てもセルマ公女。
影人は階段を降り、公女たちのほうへ向かった。

撮影を続ける譲。
若頭はやはりげらげら笑いながら黒塗りの高級車に乗り込んだ。

と、そのとき。

八輪装甲車が数輌突っ込んでくると、若頭の乗った車の進路をふさいだ。

「こちらは風紀委員だ!」

その様子を懸命に撮り続ける譲の肩を、突然アンがつかんだ。
盛大にブレるカメラ。
カチンときた譲が振り向くと、そこには影人が立っていた。

「ああ、気にせず撮影を続けてください。私はこちらのレディにお話があるだけですから」と、涼しい顔の影人。

彼がアンの言う追手だと考えた譲はアンをかばうように前に出る。
が、アンはその場を逃げ出した。
影人も譲も後を追うが、アンはちょうどそこに来た路面電車に飛び乗るとそのまま姿を消してしまった。

そして、偶然その路面電車に乗っているアンを見かけたのがリン。
リンは路面電車を追って駆け出すが、人間の足では電車に追いつけるはずもない。そこでリンは奥の手・M60戦車を召喚した。

リン操る戦車は路面電車に追いつき、並走する。

「ちょっとそこのニーサン。そこのお嬢さんを渡すアル」

リアクティブアーマー満載の戦車からそう言われて平然とできる人間は少ない。
そして電車の運転士は少数派ではなかった。

ブレーキをかけて急停止した路面電車の前に回り込む戦車。
そこへアンが毅然とした態度で降りてきた。

「わたしに御用でしょうか?」
「私と一緒に来るヨロシ。大丈夫、痛くないアルよ?」
と、リンがアンを連れ込んだのはケーキバイキングの店だった。

そこへたまたま入ってくるディアナ。
ディアナはリンと一緒にいる少女がセルマ公女だとすぐに気づいた。

一方、アンに逃げられた男ふたりは言い争い……と言うより、一方的に食って掛かる譲を影人がいなしている状態だった。

そこへ、「公女はどこに行った?」と身長2mはあろうかといういかつい大男が鉄パイプや釘バットを持った学園生徒たちを引き連れて現れた。
なんとか逃げ出すふたり。
しかし譲が軽傷を負ってしまった。

と、リンたちのいる店、そして譲たちの目の前の店のドアや窓ガラスが吹き飛び、完全武装の工作員たちが乱入してきた。
ディアナは、そのどさくさに紛れて、アンのネックレスを応石を使って自分が買ったものとすり替える。

乱入してきたのはアン……家出したセルマ公女を連れ戻しにきたケルンテン公国の工作員。

ディアナはティーポットの熱い紅茶を操って工作員に目つぶしを仕掛ける。

「アン、今だ! 向こうに走って!」

その声を受けたアンは譲に向かって走る。
が、そこへ先ほどの大男が立ちふさがった。

「私は君に興味はない。君が持っているものが欲しいだけだ」

そう言うと大男はアンのつけているネックレスを引きちぎった。

「私の仕事はこれで終わりだ。彼女はくれてやる」

しかし本物のネックレスはディアナが持っている、のだが。

こっそり裏口から逃げ出そうとしたディアナは盛大にすっころげ、はずみでポケットに入れていたネックレスが宙を飛び、近くにいた猫の首に引っかかる。

「ねこーねこー!」

ネックレスを首にかけた猫は、アンや大男の足元を走り抜けた。

「え?」
「え???」

そして猫を追いかけるディアナとリン。
どたばた騒ぎを見送った大男はふっと息をつくと、

「今日のところは退くとしよう」と言い残して立ち去った。

そして猫との追いかけっこはリンが勝利をおさめ、ネックレスをアンに渡す。と、突然アンは笑い出した。

「そうよ。私はアンなんだから、その石はいらない。あなたたちにあげる。私はアン・ヴァン・ウィンクル。セルマはかぼちゃの馬車で姿を消したのよ」

そう、彼女はもうセルマ公女ではない。
したがって赤い石……世界大戦時にケルンテン公国を救った人型機動兵器「ウービルト」の動力源も関係ない。

そこにいるのはただの学園生徒、アン・ヴァン・ウィンクルなのだ。

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最終更新:2022年10月19日 00:15