屋台の上には鉄華が一人。 by Ka-Boss





今宵は皆既月蝕……24年ぶりというスーパームーンによる月蝕を観察するため、店も早じまいして、屋根に上る。
その時を待ちながら紅茶を片手にバクラヴァを一口齧る。

『うへぇ…甘いわ……』

アルバニアでもメジャーという事で用意をしてみたが、鉄華自身は物心ついた頃には日本で暮らしていたため祖国の味といった感慨はない。
ただただ甘いだけだ。
口中の甘ったるさを濃い目に淹れた紅茶で打ち消し、もうすぐ始まる月蝕に思いを巡らせる。
本土にいた頃はそうでもなかったが、去夏、宇宙人だったと判明してから、
鉄華は空を見上げることが多くなった。

アルバニアの国境付近で拾われて、日本で育って……日本人でもなく、かと言ってアルバニア人でもなく……
まぁ、考えてみれば常にアウェイな空気で育った。
勿論、両親は愛してくれた。
だからこそ一度無くした2人の店を復活させたいと思ったのだ。

それが唯一の存在意義の気がして。

両親の死後、店の再建を夢見て、各地を修行をしながらたどり着いた宇津帆島。
ここにきて鉄華はニンゲンですらない……宇宙人だった事がわかってしまう。

全くアウェイにも程がある……ショックではあったが、なんとなく心当たりもあった。

ずっと、子どもが出来なかった。

自分だって年齢なりに恋愛経験が無いわけではない。
惚れた男の子を成そうとしたこともある。
子を請われたこともある。

まぁ、上手くいかなかったから今があるのだけど。

当時は単純に運くらいに思っていたが、学園に来て一本の線で繋がってしまった感じがする。

『まぁ、人外と言われりゃ納得か……』

ズズッっと音を立てて紅茶を啜る。
フレイヤ辺りには顔をしかめられそうだ。

『鉄華!私のためにエスティが!』
『エスティとの子が出来るかも!いや!出来るのです!』

ふと、先日きたフレイヤのメッセを思い出す。
あの仏頂面のフレイヤがいつの間にか、女主人であるエステルとの艶事に一喜一憂する。

あの人は、私のために男になってくれた、私の所為で、男になったのに、私を心配して泣いてくれた。
あの人は、あの人は……

エステルへの愛おしさと、エステルを独占したい欲望……今までにない彼女の生の感情が文字からも滲み出ていた。

自分からしたら十も若い少女が、あの無表情だった少女が、こうも素直に感情をむき出しにしている事に喜びを感じ、そして同時に不安になる。

自分は死ぬまでこのままなのだろうかと。

そりゃあ、今は子どもが欲しいなんて思ってないが、種族が違うからそもそも作ることができない。
なんて、可能性を突き付けられるとやはり悶々としてしまう。

先日「狩った」同族も食欲はあっても性欲なんて持ち合わせているように見えなかったし、たとえ迫られてもこっちから願い下げだ。
このまま、死ぬまでまともな恋愛はできないのではないだろうか…結果は同じでも「やらない」と「できない」では意味合いが全く違う。

仮にパートナーを得て、子どももできたとしても寿命だって違うかもしれない。
子を産んだら死んでしまうような種かもしれないし、
逆に寿命が長すぎて玄孫すら見送る羽目になるかもしれない。

本土に帰った加賀が、あの頃中尾に対してい抱いていた切なさはそういう事だったのだろうか……
エステルが男になる事を決意した時の気持ちは……

人外だと自覚してからというもの、人の気持ちがますます解らなくなっていく……

……そんな事を考えているうちに月が欠け始める。あと10分もすれば赤銅色の満月が拝めるだろう。

『……しかしなんだねェ……月を楽しむ時間もくれないのかい?』

屋台の周囲には怪しい輩。生体ビーム能力を狙うSS残党か、解析趣味の実践派狂的科学者か、はたまた喰らいに来た同族か……

『(やれやれ、ニンゲンらしく悩む時間もないのか……)』

闇夜に赤銅色の瞳が怪しく光った。

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最終更新:2022年10月19日 00:23