光と影





私は「百地忍」を名乗っている
百地忍は私の名前ではない。

本名は分からない。

昔は「う号」と呼ばれていた。

いろは順 ―24番目―だそうだ。

私は里から逃げた。
逃げてさまよって、偶然にも「百地忍」と出会った。
彼女がいなければ、私は此処に居なかった。

地獄のような不運と、一つまみの幸運。
彼女の夢、私に未来をくれた彼女の夢を私は継いでいく。

――新しい名前
此処へ連れてこられたあの日
泣き叫ぶ私に振るわれた暴力
泣けば殴られる
「お母さん」と口にすれば殴られる
「お父さん」と口にすれば殴られる
「帰りたい」といえば殴られる
覆面の男は言う

「今日からお前の名前は『う号』だ」

違うと泣けば殴られた
「__は」と自分の名前を口にしたら殴られる
「う号」これが新しい私の名前。
「う号」これが新しいう号の一人称

「う号(私)は里のために死にます」

これが返事だった。
「はい」ではなく「う号は里のために死にます」
これが返事だった――


新学期、先日まで中学生だった少年少女が
真新しい制服を着て期待と不安を胸に座っている。
新入生、私もその一人だ。
う号には、不安も、期待もない
けれど「百地忍」は違う……
私は新入生らしい顔ができているだろうか

「おはようございます!兵庫県神戸市から来ました!百地忍です!
百地は数字の百に地面の地、忍は忍者の忍です!趣味は写真を撮る事!
どうぞよろしくお願いします!」
私は、彼女をうまくできただろうか。



――孤立調教
体中が痛い 声を上げることは許されない
直立不動のままもう何時間経ったかわからない。
窓もない時計もない狭い部屋、う号のほかに数人の気配がする。
けれど、首を回すことは許されない。
此処に入る前、薬を飲まされた―恐らく何かの毒―
それがいま、全身に痛みを走らせている。

見えないところで呻き声が聞こえる
どさり
倒れたのだろう
肉と骨とが堅い床にぶつかった音がした。
大丈夫だろうか、駆け寄って介抱をしてあげたい
でも、それは許されない――


「大丈夫?」
私は貧血で倒れたクラスメイトを介抱する
貧血で座り込んでる彼女を見かけて保健室まで連れてきた。
彼女の名前は何だったか……
「うん、ありがとう もう大丈夫」
彼女はまだ白い顔で私に笑顔を向ける。
「一応、保健委員の子には連絡してるから、あとはそっちに任せる事になるわ」
「うん…………ねぇ、お友達になってくれない?」
名前も知らないクラスメイトからそんなことを言われた。
私にも、彼女にも得などないはずだけど……
けれど、あの子ならきっとこう言うだろう。
「うん、いいよ」私はベットに横たわる彼女を振り向くことなく
そう、答えた。


――毒と薬
毒、摂取することで不都合を起こす物の総称
覆面の男が毒について講義している。
毒の名前
何に含まれているのか
どうやって作るのか
毒の使い方と防ぎ方
どんな症状が出るのか
そしてどれだけ使えば……何人殺せるか
必死になって覚えた
なぜなら、この後その毒と薬を摂取することになるからだ――


大教室の中央からすこし右後ろに下がった席
今が何の授業だったか覚えていない
教師は黒板に向かってずっと数式を書き込んでいる
室内での雨雲の発生条件とかどうとか
本当にくだらない
何でこんな授業を受けてるのかもわからない。

となりで先日友達になった女子が机に突っ伏してる
「どうしたの?」
「今日重くて……薬飲んでくるの忘れたの」
「ああ……はい、どうぞ」私はカバンから薬を取り出す。
市販の薬の中身を取り替えた手製の薬。
1回2錠を想定して梱包される用のアルミ箔とプラスチックに包まれた手製の薬
頭痛・歯痛・生理痛・神経痛・関節痛・打撲通・外傷通・いろんな痛みに効く
ただし、すこしだけ気分が高揚する。
私もこの薬に何度か助けられた。
これがなかったら、動けなくなっていただろう。
そうしたら、私は此処にいなかった。
「あ そうそうこの薬、1回1錠でいいからね」
「ん?」そういうと彼女はペットボトルのふたを閉めたとこだった。
「1錠でいいのよ」
「……副作用とか?」
「走り出したくなるかも?」
「なぁにそれ」と彼女は笑った
まぁ私もどうなるのかは知らない。
そう聞かされていただけだ。

お昼休みに校庭を走ってる姿を見た時にはその知識は正しかったんだと思った。



――肉体訓練
遠くに町が見える
名前も知らない岩山の頂上
およそ登山とはかけ離れた格好だった
深緑の前合わせの服と足首を絞った袴
里に攫われる前TVでみた忍者のような恰好
そして裸足。
この格好で岩山を上ってきた。
まだ、下の方では岸壁と格闘しているものも多い。

監督している男は言う

「う号は成績優秀だな、これならつぎへ進んでも大丈夫だろう」

私はこの夜、生死をさまよう。
発熱、嘔吐、下痢、悪寒、痙攣、幻覚

毒の講義で扱われる毒をちょろまかしておいたのだ
それを飲んだ
事故に見せかけて。
そうしなければ、より過酷な訓練へ放り込まれただろう
生きるためには、これでよかった――


体育の授業 体力測定 持久走
1000mを走りそのタイムを記録する。
男子は1500mだそうだ。
どっちにしても大した距離ではない。
スタートしてからずっと2番をキープしている。
1番で目立ちたいわけじゃないから。

タイムは……忘れてしまった
こんな遊びに興味はないし。

1位になった女子に声をかけられた
「あなた……私に……ついて……くる……なんて……陸上……部……では……みないけど
何部……なの?」息を整えながら苦しそうに聞いてくる
「奇術部よ」
「は? 嘘でしょう……どんな手品使ったら……日本記録についてこれるのよ……」
「右足」
「うん」
「左足」
「うん」
「交互に出す……以上」
「奇術部?落ち研の間違いでしょう」
そういって彼女はグラウンドに大の字になった。



――隙、すなわち死
ここへ攫われてから10回目の春が来た
今日は戦闘訓練だ
毎日過酷な訓練を課せられている
どれもこれも、一歩間違えは死ぬ内容だ。
今まで何人死んだかわからない。
でも、戦闘訓練だけはまだ、誰も死んでいない。
辛いけど、死ぬほどじゃない一番楽な訓練。

「では、今日は本身をつかって訓練を行う」
監督の男が言う
本身……すなわち真剣のことだ……
寸止めをするのだろうか、いままでそんな訓練はしたことがないけれど……

「2人で組んで殺し合いを行う」

え……殺し合い?

「勝者は別の勝者とやって、最後の一人になるまで続ける」

嘘でしょう?
私たちの中に動揺が走る
けれど、そんなものはお構いなしだ

「いつもの2人組をくんだら合図で始めろ」

隣に立つ男の子を見る

「や号……」

私よりも身長が高い
彼の眼にも同様の色が見える
其処へ映る私にも

合図の笛が鳴った
彼は刀を抜きざま私に切りかかる
それを飛びのいて躱す。
激しい動揺のせいか、太刀筋に精細を欠く
彼からの袈裟・逆風・袈裟・右薙・左切り上げ……
抜刀すら許さないその流れるような連撃に
私の髪が宙を舞う

なんとか距離を取って抜刀するも
彼の優位は変わらない
彼の得物は刃渡り70cm超の打刀
対して私は30cmほどの短刀を2本
2本あっても、使うのは1本だけだ
本気で私を殺そうとしているのがわかる。


彼と仲がいいというわけではないけれど、何度か訓練を共にし
支えあってきた仲だ
己が生きるために殺さなければならないなら
迷うこともない。
彼が正しいのだ。
物心ついたころに攫われて
訳も分からないうちに地獄の訓練を課せられている
そんな境遇は変わらない。
私も彼も。
なら、私が彼を殺すことも正しい。
今は生き残る事こそが正しいのだ――


苦痛、味わったことのない鈍痛が私の頭を襲う
不意を突かれたこの攻撃に私は抵抗するすべを持たなかった
このままでは、私は骸をさらすことになるだろう
あの子には悪いが、どうせいつか死ぬのだ
それがここだというだけだ……

「ねぇ、そんなにキーンって来た?」
いつもどこか体調を崩してる彼女が言う
「一気に食べ過ぎなのよ、本当に初めてだったの?」
足の速い彼女も私を見て笑う
「でも、わかる!美味しいもんね!いっちゃうよね!」
体調不良の彼女、たしか名前は「不建 澪」(さらち みお)
足の速い彼女は「藤矢 弓子」(ふじや ゆみこ)
彼女たちは「百地忍」の友人だ。

私たちの寮の近くに出ている装甲屋台「Strawberry march」へ来ている
イチゴをたっぷり使ったパフェ
どうやら、此奴には私の頭を締め付ける何かがあるらしい。
そんな私を友人二人は楽しそうに笑う。



――房中術の訓練(私的情報収集)

房中術の訓練
里長に言われて外部から来た男達の相手をする。
私はこの男たちの相手を進んで行った。
理由は外の情報を得るためだ。
外での活動を行うために、最低限の情報は他の訓練課程で得ている。
けれど、それだけでは外で「生きていけない」事を知っている。
だから進んで相手をした。

この男たちが言うには、この里は暗殺、情報操作、破壊工作、などを請け負う
昔からある「しゅてん」(朱点)という忍者の隠れ里らしい

この男たちはその客ということだ。
女を抱かせて虜にする。
その客が女を抱くために仕事を依頼しに来る。
客は倫理感を破壊され、欲望に突き動かされてさらに別の欲望も満たす。
客にとっては一石二鳥、里にとっては集客アップで商売繁盛ということだ。

もちろん依頼料は安くない。
それに現金での取引は受け付けない、報酬は必ず「金」だという。
なるほど、堅実だと思う。
私がこの訓練のなかで得た知識は、外で生きていけるだけの物になっただろうと思う
あとはチャンスを掴むだけだ――


授業が終わる
不建は土木研へ
藤矢は陸上部へ
私は夜間写真部、暗器研、奇術部に所属しているけれど
おおぴらに出来るのは奇術部だけだ。
それはそうだ、ゴシップを狙う人間だとわかれば人は警戒するし
暗器を扱うとわかっていれば暗器を警戒する。
だから公表しない。
そして今日は、奇術部は休みだ。
友人二人を見送った後、寮へと向かう。

最近よく昔を思い出す。
思い出したくないことがほとんどだけど。
今が幸せだからだろうか。
この幸せは「百地忍」が獲るはずだった。

もうすぐ衣替えの季節だ
そしてすぐに夏が来る。

「あ あの!百地忍さん!」

「はい」と足を止める。
油断なく振り返る
もうずっと誰かの視線には気が付いていた。
ここ数日は……下手な尾行で里の追っ手ではないことも分かっていた
その尾行の正体が自分から出てきた

「百地さん!入学式でみかけてからずっと貴方の事が好きです!

毎日貴方を見ていました!付き合ってください!返事待ってます!」
男の子はいうだけ言って手紙を握らせて走って去っていく

百地忍 いや私はカワイイ。
最近 どうやらそうらしいということに気が付いた。
思えば、このおかげで助かったことも何度かある。
でも、こうやって告白されたことはなかった。

里を抜けてからすぐ「百地忍」と出会い
彼女としてこの島へ来た。

逃げることに精一杯で、目立たないようにしてきたつもりだ。
たしかに私ほどの可愛さなら言い寄ってくる男がいても不思議ではない。
男の相手など、簡単だ どうということはない、適当にあしらってしまえばいい

「おい2年!そこの顔を真っ赤にしてる2年!ラブレター貰ったまま固まってる2年!寮の門前で惚けるな!」

どうやら寮まで戻ってきていたようだ。
ん?だれの事だろう?私の事か?

「おいおい お前かわいいんだから、いままでラブレターくらいもらったことあるんじゃないか?何を初めて見たいに……初めてなのか?」

そういうとジャージ姿の3年生は私の肩をたたいて笑う

「青春だなぁ!」

私は紅葉を背負うほどに叩かれてからようやく解放された



――忍
いつも私を抱きに来る男に吹き込んで
里長の屋敷で、里長も同席させた。
この瞬間を待っていた。
まずは油断した里長の心臓を隠し持っていた針で一突き。
そして常連の男も。
私は男の持っていた報酬の一部を頂戴しひそかに抜け出した。

走る、走る走る、跳ぶ、また走る
何かに引っ掛けたのかいつもの服はところどころ、裂けて血が滲んでいる

腰には2本の短刀と、数本の棒手裏剣、そして懐には金塊を。

山の中を走り続けた。
何日そうやって走ったかわからない。
突然目の前が開けたかと思うと
強い衝撃を受け宙を舞っていた。
どうやら、車にはねられたようだ……遠のく意識の中
これで少しは休めると、安堵した。

「あら 気が付いたのね。今先生を呼ぶから少し待っててね」

彼女、看護婦はそう言って部屋を出ていく。
清潔感のある部屋、病衣を記せられてベットに横たわる私

「やぁ気分はどうだい?どこか痛むところはないかい?」

若い医者が私にペンライトを向けて検査しつつ聞いてくる

「ここは……?」
「ここはポーアイにある県立総合病院だよ」
「あなたは車に撥ねられて此処へ運び込まれたの。覚えてる?」
「わかりません」
「記憶が混濁してるようだね、まぁ3日も眠りっぱなしだったんだすぐに思い出せるだろうから、心配しなくていいよ」
「先生、後は私が……」
「うん、なにかあればすぐ呼んで」

若い医者は退出してすぐ、看護婦はベット横の椅子に座って
わたしの手を取り
「大丈夫、私がついてるから。今は言いにくいことでも、あなたを守るために必用なこと やらなければいけないことがいっぱいあるの……だから聞かせて頂戴……」

何を聞きたいのか分かっている
全身の裂傷、打撲……そして……
だから 私は時間を稼ぐために演じる
「被害にあったけど、言い出せない女」を
これで数日は時間を稼げるだろう
身元を確認されると思うけど、黙秘すればいい。
なにせ今の私は「可哀そうな女の子」なのだ、厳しくは追及されまい。

夜になって病院内を探索する。
避難経路の確認は重要事項だ。

各ブロックを見て回る
内科、外科、小児科、整形外科……
そして集中治療室と書かれた病室
そんな中で、彼女と出会った。

彼女の名前は「百地忍」――


「しの!しーの!」

私を呼ぶ声がする

「もう!聞いてるの?」

不建澪が私の頬っぺたを左右にひっぱりながら抗議してくる

「えーっとなんだっけ?」
「もう!週末の予定どうするかって話でしょう?」
「ははは、しのはあの男子の事で頭がいっぱいなんだよ」

藤矢がそう言って私をからかう。
お昼休み、教室でだべっている。
不建は将来建築家になりたい普通の女の子だ、メガネでショート
クラスでも指折りのかわいい子だ
藤矢は背が高く日に焼けて健康的、口を開かなければ美人でモテるだろう
将来はまだ決めてないという

週末、OB・OGの職場説明会がある。
それに参加しないかと不建に誘われていたのだ。

「ねぇ?どうするの?将来の為にもある程度話聞いておいた方がいいと思うよ?」
「将来のため……か……」
「ねぇ?しのの将来の夢ってなぁに?」

私には夢がない。
正確には人に言えるような夢がない
(生きたい)なんて言えない

あの子の、『百地忍』の夢はたしか……



――少女は「百地忍」
次の春から高校へ通う予定だった……
それが、入学前に倒れた
白血病だという
診断されてからずっと入院している
彼女に親はなく親戚もいない、南に島の高校へ通うことだけが
彼女の希望だった。
けれどそれはもう叶わない
「ねぇ、あなたは私と同じくらいでしょう?学校は?」
彼女は何気なく聞いてきた。
きっと、自分がかなえられなかった夢を
私を通して見てみたいと思ったのだろう。
高校ってどんなところかと。
でも……私は……

「ごめんね、言いたくないこともあるよね……」

全身、包帯だらけの私を見て「いじめにあった」かしたと解釈したんだろう
彼女は申し訳なさそうに謝罪を口にする
この勘違いを利用してもいいけれど、余命幾許もない彼女に嘘を着くのはなんとなく、気が引けた。

「私、学校行ったことないんだ」
「え?……不登校ってやつ?」
「いや、小さいときに誘拐されて、悪の組織に戦闘員として訓練されてた」
「あははは、なぁにそれぇ」

病に犯されて痩せこけていなければ、とても魅力的な笑顔だろう……
薬の副作用か毛は抜け落ちてより一層、見るものに憐憫の情を抱かせる。

「私ね、子供のころはお父さんとお母さんと3人で幸せだったの」

彼女は語りだす。
さっき会ったばかりの私に、私が彼女に特別な何かを感じたように
彼女もまた何か思うことがあったのだろう。

「それが、事故で両親が死んで、それでも負けるかって頑張って高校へ行けることになって、それなのに、今度は白血病だって……私の人生ってなんなんだろう……私は、何のために生まれてきたんだろう」

涙声。
彼女は幸せな家庭に生まれ、そしていま不幸にも速すぎる死を迎えようとしている。
この時、私は何を思ったのだろうこの子にならすべて話してもいい、何故かそう思った。
不幸にも死にゆくものに、もっと不幸なものもいる
だからまだましだぞって言いたかったのか……

私はすべてを話した
嘘偽りなく。
とても信じられない様子だった。
それはそうだ、私が知る限りこれは異常な話だ。
だけど、手裏剣を投げて百発百中、天井に張り付いたり分身したりして見せたら信じる気になったようだった。

「じゃぁ……人を……人を殺したの?」
「あぁ」
「知らない男の人と、せ……せ……」
「せっくす?」
「なぁ!?……うん……したのも?」
「ああ全部本当だ」

彼女は涙を流す。
私のために。
死を前にして、他人のために彼女は涙を流す

「これからどうするの?」
「……さぁ……」
「さぁって……」
「親の事も分からないし、親戚だってわからない……さっきも話したろ?ずっと山の中だったんだ」
「なんだか……不思議……」
「なにが?」
「幸せに育って不幸にして幕を引く私と、
不幸に育ってこれから人生の幕を開けるあなたと……
私たちが一人なら、幸せに育って幸せに生きていけたんじゃないかって……」
「面白いことを考えるんだな」
「私ね、子供のころお母さんが読んでくれた『王子と乞食』っていう話が好きなの」

長時間話したせいだろうか、息苦しそうだ……

「もういいよ、続きは明日にでも「だめ! ……だめよ……今じゃなきゃ」」

この弱った体のどこにあれだけの気迫が残っていたのか……彼女の意思は堅い

「王子と乞食はね、入れ替わるの……だから……ね?」

それから3日間、彼女の事を知った。
彼女の女の子らしい喋り方
彼女らしい仕草
彼女の考え方
何が好きで何が嫌いか
得意な科目や苦手な科目
好みのタイプ
子供の頃の思い出
口座番号
あらゆることを……

しかし協力者がいる。
彼女が退院し、身元不明の事故にあった少女が急変して死亡したと
そう整えてくれる協力者が。

これは思いのほか簡単だった
あの若い医者と看護婦には金塊を握らせた。

手筈は整った。

「先生、看護婦さん……ごめんなさい……ありがとう……」
「うん……でも……治してあげられなくて……」
「どうか……てはず……ど……うりに……」
「ええ……大丈夫よ、安心して」

「ねぇ……あなたの…………名……前……考え…………」
「ん?」
「あなたはもうすぐ……『百地忍』に…………けれどそれは私・・・貴方だ……けの名前を」
「ああ……」
苦しそうな彼女の手を取る

「あ …… あなたの……なまえ……は…………」 




「わたしの夢は、写真家になる事」
「写真家?」
「そう、世界一の写真家!何処へでも行って写真を撮って来る。誰も見たことのない景色を写真に収めるそんな世界一の写真家になりたい」

これがあの子の夢だった。
私じゃないあの子の夢。
もういない、もう一人の忍の夢。

私は「百地忍」を名乗っている
百地忍は私の名前ではない。

本名は分からない。

彼女に「     」と呼ばれていた。



                         了

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最終更新:2022年10月19日 18:12