葉車九重に関する報告書 by旭ゆうひ
hundred
以前は調査を依頼されてターゲットを監視していたけど
3週間ほど前に、依頼主と連絡が取れなくなった
報酬も振り込まれないままだ……
何故か同時期に、葉車から大金が入金がされてあったけど……
もらえるものはもらっておこう
返せと言われても、もう貯金したから ない。
間違えたアッチがわるい。
身寄りのない私は学費を稼がないといけない
奨学金も貰っていないから全額自己負担だ
だから、あの仕事は助かっていたのだけど……
とりあえずは、葉車のお嬢様に何かあったら
それをどうにかしてお金に変える この路線でやっていこうと思っている
そして何時もの監視が始まる
ここまではいつも通り
不登校、とときどき爆発
ネタ帳は白いままだとおもっていたら
今夜は動きがあった
2020.11.30
PM 08:03
裏口から女と子供が出てきた
この屋敷に住んでる子供なんてターゲットの葉車九重くらいのはずだし
たぶん、あれがそうでしょう。
女は白いポンチョにパンツスタイル
子供は同じく赤いポンチョにショートパンツ
12月も近いからサンタっぽい
いかにも子供らしいじゃない
この時間から出かけるなんて この調査を始めて初めての事
当然尾行を開始するけど、どうにもお忍びのような感じ
これはいい飯のタネになりそう
PM 08:30
新町の裏路地へ入っていくターゲットとおつきの女
たしかこの先は治安だってよくはないはずだけど
そこは女を観察して合点がいった
あのポンチョの下には恐らく武装してる
足音からするにそれなりの重量と予想
確認するつもりはないけど、拳銃とサブマシンガンくらいは携行してるはず
この武装の女を護衛に着けて
こんな時間に
「葉車九重」が人目を忍んで
繁華街とはいえ裏路地へ入っていく
狭い路地には所狭しと店が並び
まるで悪徳大路にでも迷い込んだかのよう
路地の奥、階段を下りて
猫の額ほどの公園を抜け
赤提灯の壊れかけの自販機を右に曲がり
タロイモ料理専門店の入るビルを地下へ
PM 08:55
ビルの地下への入口の看板は蛍光灯が切れかけていて明滅している
看板には文字が入っていない
怪しい……
こんなところへ超お金持ちで超天才と名高いターゲットがお忍びでくる?
これはきっと……グレたわね
親の愛情を感じられず、兄妹とすら会うこともなく
不登校……可哀そうに……グレる要素は十分だわ
きっとこの中でタバコやアルコール
いずれは違法ドラッグ漬けにされて……
欲望の餌食になっていくんだわ
でもここで突入して救助すれば
葉車から謝礼がもらえるかもしれない?
だとしたら突入するしかない!
いや もしかしたらあの護衛の女が騙して連れてきている可能性も……
なんてね ジョークですよ?
わたしの調査だと、上記のようなことはない
ターゲットは相変わらず人形にしか興味を持たないし
使用人の忠誠度は何故か非常に高い
とりあえず、入ってみないことには……
地下への階段
壁には所狭しとチラシが張られている
よくよく見れば古い映画のチラシのようだけど
わたしには分からないわ
洋画や邦画も入り乱れて節操のない感じ
まるで、どこかのライブハウスのよう
階段を下りていく2人を見送り
後を追う前に装備に抜かりはないか確認する
懐の手裏剣、愛用の短刀を2本、煙玉、死んだふりに使う偽死薬
痛みや止血に効く万能丸、アクションカムと予備バッテリー
お財布の中には……色々と大丈夫なはずだ
薄暗い階段を下りていく
扉は一つしかなく
そこには小さな文字で【You, be you】と 書かれてる
……えーっと……君は君だ かな? ははは…わかんないわ……
ドアに近づいて聞き耳を立てるも
全く聞こえてこない
このビルの敷地から考えるとそんなに大きな地下室ではないはずだ……
入ってすぐターゲットと鉢合わせ……可能性がないでもない
しかし、虎穴にルンバ虎児を得ず?ともいうしね!
いざ!ドアおーぷん!
PM 09:00
重い扉を開ける
かなり分厚い扉は防音機能も高そう
中は薄暗く
パット見確認できるのは
ターゲットと護衛の女と他数名
どうやらバーのようだがカウンターの正面の壁にスクリーンが張られ
今まさに映像を流す準備中のようだ
予想外の光景に一瞬固まる私に カウンターの奥から
「いらっしゃい お好きな席へどうぞ」
私はターゲットが確認できる位置にあるテーブル席へ
ターゲットはスクリーンの真正面 一番いい席だろう
店内には8つのテーブルとそれぞれに4つの椅子
カウンターには8つの椅子があり 席数40といったところか
「なんにします?」
こういう時はあせらず無理な意地は張らず素直に演じるのが良い
「えーっと 此処なんの店です?」
「あー ここはですね、映画好きによる映画好きのための映画館ですよ」
「映画館?」
「ええ、チケット代は頂いてませんがワンドリンク制、最初の1杯は1000円
2杯目からは1杯250円です」
「何があるんです?」
「映画に合う者しか置いてないからね、今日は『ルミーマルタン ルイ13世』を出してます」
「え……?るい?」
「ええ、ルミーマルタン ルイ13世です 美味しいですよ?」
「それだけ?」
「ドリンクは今日はそれだけですね、おつまみにはスモークチーズを用意してます
これも美味しいですよ ドリンクについてきますから、おつまみを追加の場合はドリンクで頼んでくださいね」
結局 そのなんとかルイ13世という髭が生えていそうなお酒を注文したんだけど
なんだこれ……なんだこれ!
めっちゃおいしい!鼻から抜けるいい香りと口の中に広がるすっごい美味しいあじがもうすっごい! 幸せが口から生まれそう!
え?これが1杯1000円!?2杯目から250円?
は? 馬鹿じゃないの? お店つぶれるでしょう! もっと取れるでしょう!?
結局、映画よりもお酒が美味しくて映画は頭に入ってきませんでした
AM 02:03
店内が明るくなり映画が終ったことに気が付く
ターゲットは店内の隅っこにあるソファで横になり護衛の女に膝枕されて寝ている
他の客はそれぞれに映画の感想を言い合って杯を傾けている
私はといえば、何人かの男に声をかけられたけど
「オタクは趣味じゃない」って追っ払ったわ……
あーこれは 眠い……とはいえまだ寝るわけないはいかない……
結局ターゲットの謎の行動も、たんに映画見たさだったということだ。
あの年頃の、夜中まで起きて何かをするという
チョッとした冒険のような、大人になったような感覚 きっとあれだろう。
「あの子が気になりますか?」
ドキッとしたまさか後ろにいるとは思わなかった
酒精のせいかな、だいぶん来てるようだわ
全員の位置は把握していたはずなのに……
「ふぅ」と吐息を漏らす
背後を取られることが死を意味していたのは、
もう昔のことなのに。まだ癖は抜けない……
「いや……こんな時間だし子供には辛かったんだろうなって」
振り返ると、この店のマスターがにこやかに立っていた。
「今夜の作品はいかがでしたか?」
マスターは手に持っていた2つのグラスの片方を私の前に置き
隣の椅子に座る
アルコールのせいだろうか妙にマスターの声が心地よい
よく見れば どことなく見たことあるような気がする……
何処だったか……思い出せない……
「私、映画とか詳しくなくて……此処へも偶然 入ったんです……
ただ、このお酒がとってもおいしくて……映画 どころじゃなかったです……」
「そうでしたか、これは嬉しい偶然ですね」
「というと?」
「貴女と こうして知り合えた」
そういってマスターはグラスを持ち、わたしのグラスとカチンと鳴らす
「……よく そんなセリフが出てきますね?」
「ははは、似合いませんでしたかね?」
マスターは照れくさそうに笑う
ステキな笑顔だと思う、上品だし、笑った顔が懐かしく感じる……
わたしに、懐かしく感じる人なんて居ないはずなのに……
店内は落ち着いた調度品とほの暗い証明……なんだか映画で見たバーのよう
他の客も少しずつ帰っていく中、相変わらずターゲットはソファで寝ている
護衛の女は同じく寝ているように見えるけど
ああ見えて実は寝てないんだろう。
常に利き手が懐に入っている 流石だと思う
あれが敵に回らないことを祈ることにしよう
さて、どうしたものか……今から店を出てターゲットが出てくるのを待つか
それとも、このままここで監視を続けるか……
いやいや、店の営業時間だってあるだろう……
「えっと、此処って何時までです?」
「特には決めていませんね、いい映画を見て感想を言い合うこともまたたのしいものなので」
「営業とかよくわかりませんけど、大丈夫なんですか?」
「え?」
「いえ、なんか物凄く美味しいお酒とおつまみもとっても美味しかったですし、わたしなら3倍の値段は取ってますね!」
酒精のせいか少し興奮ぎみに言ってしまった……変な女と思われなかっただろうか……
「ああ、それなら大丈夫ですよ、あくまで趣味なので」
にこやかに言う彼の笑顔から目が離せない
「店を開けること自体、月に数度気が向いたらやるくらいなので」
経営の事はよくわからないし、趣味だっていうくらいだから本業で儲けてるんだろう
これだからお金持ちってのは、訳が分からない。
……今夜はもうあがろう、お酒でどうにも調子が狂う
席を立ち会計をしようとすると
マスターは少し寂しそうな顔をした
私はかわいいからな……だいたいの男はそうなる……
けど、そう思うと今度は私が 少し寂しくなる
やっぱり、酒精のせいだ
ターゲットと護衛の女はそのまま残るようだ
店内にはもうマスターと彼女たち3人しかいない……
もやっとする、湯浴みをして床につこう……
扉をあけようとノブに手をかけた時、グイっと扉が惹かれバランスを崩す
「恋愛消防団だ!此処から恋愛の気配がした!よっていまから爆破する!」
簡単に言うと、あのテロリストどもは、わたしと護衛の女で鎮圧した。
けれど、店内は弾痕や爆発の跡で見るも無残な姿になっていた
酒精の入った状態で大立ち回りをしたものだから
酔いが回って足に来た……それからはあまり覚えていない
マスターに介抱されてたような気もするけど……
PM 00:15
気が付けば、白と黒を基調としたなんだかおしゃれな感じの部屋のベッドに寝かされていた
高級マンションか高級ホテルみたいな部屋だ
服は着替えさせられていた……
重い頭を抱えて起き上がると
「やぁ起きたね、調子はどうだい?」
と、シャワーでも浴びて出てきたような格好のマスターが部屋に入ってきた
お……男の……扱いなんて か 簡単な……
顔が熱い、動悸がする……明らかに挙動不審
そんな私に彼はまず、かってにつれてきたことを謝り
何もしていないこと、わたしが吐いたもので汚れたから着替えさせたこと、
それは女護衛(名前を「小明戸」というらしい)がしてくれたということを説明してくれた
ああ、そうか……それはそうだ、わたしなんかを抱く価値はない
私は生きるために何でもしてきた
だから、乙女でもなければ清らかでもない
むしろ自分を貶めて自称することで男を喜ばせてきた
そんな私が……すこしでも夢を見たのが間違いだ
あれは酒精のせいで、それ以外の何物でもない
「朝ごはん……といっても、もう御昼だけどね、食べるだろう?」
彼がそういうと、酔ってなどいないはずなのに胸が高鳴る
顔が熱い、胸が苦しい
「あー……取り合えず、座って 座って」と席を薦めてくれる
彼も緊張しているみたい
「ここは?」
なんとか平静を取り戻さないと……そのためには時間を稼がないと
「ここは僕の部屋でね、寮代わりに使ってるんだ」
「寮? あなた学園生徒なの?」
「そうだよ、3年生」
「そう……」
ふーん そうなんだ……へぇ……
「でさ、昨日の事……覚えてる?」
「……覚えてない」
介抱してくれてたくらいしか、でもきっとこのことじゃない気がする
「えっと…酔いが…………け…………に………………つき………………」
「へぇ」
あんまり耳に入ってこない、そんなことより今は冷静になることが先決
「真面目な話なんだ、これ以上にないくらいに」
「ふーん」
よしよし、落ち着いてきた 彼が入れてくれたコーヒーを手に取る
「でさ、その約束なんだけどさ、今、いいかな?」
彼を見ないようにしよう、見てしまうとまた落ち着かなくなる
「いいよ」
生返事だ よくわからないけど、彼は人柄もいいし
優しさもある、「百地忍」のタイプに近いものがあるし、
私自身懐かしくて温かい気持ちになる、そんな彼の話だ
ひどいことにはならないだろう
すると彼は
わたしの前に膝曲づいて
「「百地忍」さん、「う号」さん、「月陽」(つきひ)さん
貴女の過去をすべて聞いても貴女への思いは変わりません
貴女の事が好きです。
どんな名作映画よりも貴女とともに歩む人生を見ていきたい。
結婚を前提に付き合ってください」
彼はそう言ってわたしの手を取った。
そのあとはよく覚えていない
おもわす、勢いで「はい」と答えてしまったように思う
部屋にターゲット いや 九重が飛び込んできて
「おめでとうございます!お兄様!義姉様!」と
祝福してくれていたような気もする
夢だろうか……?
心の中で「百地忍」に問いかける
別に二重人格でもなければ憑依されてるわけでもない
ただ、わたしの中の忍はどう言うだろうって思っただけだ
「忍」がつけてくれた わたしの名前「月陽」
どんな思いが込められたのか、もう今となってはわからないけれど
わたしにとっては特別な名前
誰にも明かさない秘密の名前それを……
私はこんなにも彼に心を許したのか……
温かい気持ちになると同時に、恐ろしくなる
酔っていたとはいえ、今まで過去の事を話したことはなかった
きっと彼に迷惑をかけてしまうだろう
だから、去ろう 此処は居心地が良すぎる
あの人たちはいい人過ぎる
巻き込むわけにはいかないから……
その日の夜、私はコッソリ彼の部屋を出て隠れ家へと帰る
道中、抑えきれずに涙があふれる
これは何の涙だろうか……
私は「う号」何人もの命を奪い汚れた女だ
幸せなど望むべくもない
「忍」なら……どういうだろうか…………
また、わたしを救ってくれるだろうか……
涙が止まらない
隠れ家までは後もうあと少しだというのに
しゃがみこんでしまった
まるで、幼い日の私のように
「だれか……たすけて……」
了
最終更新:2022年10月19日 18:12