ジェーン・ドゥの夢 By旭ゆうひ
「...ル......ウル...ウル!」
......私を呼ぶ声がする。
「ウル!起きなさい!」
父上?これは確か、父上の声?
「ウル...寝ぼけてないで、速く支度しなさい」
「支度?」私ははっきりしない頭で体を起こすと目をこすりながら聞き返した。
「はぁ...忘れたのかい?今日はお前が神殿へあがる日だろう?」
ああ...そうだ...そうだった
私のもっとも古い記憶をたどり...思い出した。
私の名前はウル・アスタルテ。
神々へこの身を捧げ、民のためにこの力をふるう、大神殿の司祭。
今日は司祭の叙任後、初めての日。
式典の予行演習は十分すぎるほどにした。
神にささげる祝詞も何万回も暗唱した。
民への宣誓も。
(すべてが懐かしい...)
生まれてからずっと他人にはない力を持っていた。
この力を正しく民のために使い、神に仕えることができる喜びに思わず笑みがこぼれる
神殿への道中、民の喝采をうけた。
愛すべき民に、敬愛する神々に仕える喜びをかみしめていたのを覚えている。
(これは儂が司祭へ叙任したときの記憶じゃな)
神殿での暮らしは
一年の半分を神殿で祈りを捧げ、もう半分は各地を巡り、畑に祝福を授けていく。
こうすることでやせた土地でも、作物は力強く芽吹き豊作となる。
病人やけが人がいればこれを癒して、死者には正しき道への標となった。
これを神々から与えられた寵愛だと人々は言っていた。
神々を直接この目で見たことはないけれど、私が持つこの力の説明をするならば
それ以外に説明のしようがない。
数年に一度しか会えない家族も、使用人も、奴隷たちでさえ私の神殿への奉仕を喜んでくれている。
(楽しかったのぅ、毎日が充実していたしやりがいもあったしの)
民が健やかである事こそ、無上の喜びだと感じる。
そんな私が神殿へあがりこの力をふるうのは自然なことだ。
最初は何の問題もなかった。
神殿で勤めに励み、各地で祝福を授けて回った。
5年、10年と順調だった。
私が廻った土地はどこも豊作になった。
(始めてビールを飲んだ時は衝撃的だったな!今はずいぶんと様変わりしたけど、今でも飲まれてると知ったら驚くだろうのぅ)
けれど、それが20年を超えるころからだったろうか...
同期の司祭達が老いを感じさせる中、私だけが変わらず若いままだった。
それでも最初は、豊穣と戦と愛と美の女神イシュタルの寵愛を受けているからだとされていた。
けれど...いつしか......
それでも私は、神々に仕え、民の健やかなることを祈り続けた。
けれど父上が逝き、生家の権勢に陰りが見えると、私への負の感情は次第にあらわになってきた。
私とて、ただ祝福を授けていただけではない。
民の悩みを聞き、神々の法に基づきこれを裁いてきたのだ。
私への嫉みや嫉妬を躱す方法を思いつかぬわけもない。
私は2年の間神殿の奥にこもり誰にも会わなかった。
出てきたときにはフードを目深にかぶり、さらには顔の半分を布で覆い隠しをしていた。
私を見た者たちは驚きはしたものの、私の言を疑うことなく信じてくれた。
日頃の行いがものを言ったのだろう。
私曰く「病にかかり相貌が崩れ、さらには光も音も失った。ゆえに顔を隠しているのだ」と。
この策は思いのほかうまくいった。
他の司祭たちは私の幸せよりも不幸を望んでいるのだ。
だからこそ、この嘘は受け入れられた。
私の不幸を望むものの中にはこの嘘を信じて、私のいるところでも罵詈雑言を浴びせる者も出てきた。
私がどれだけ、民のために尽し神々へこの身をささげてきたか...
それがこの仕打ちなのかと毎晩泣き暮らしたものだった。
(かかか これすらも懐かしいの)
しかしこれには、嬉しい誤算もあった。
目隠しをしていようがイシュタルの寵愛によって、目で見る以上に世界を見ることができた。
視覚だけではない、五感のすべてが以前よりも鋭く成っていた。
いや...今思えば...力の使い方を覚えたといったところか。
とはいえ、これも神々の思し召し...。
ジリリリリ ジリリリリ ジリリリリ ジリリッ
枕もとの目覚まし時計が小さな手で止められる。
シーツから出てきたのはチョット発育の良い女子小学生。
ではなく、こう見えても高校三年生だ。
銀髪金眼の少女は朝の沐浴をする。
(3000年も前の記憶とは...ずいぶん懐かしいものをみたわい)
鏡に映る己の姿を見て当時の己の姿を比べる
(いつものように、あと20年もすれば背も伸びて本来の力を十全に使うことができる...それまで同族と会わないように祈るしかあるまいな...)
彼女は不老転生体、人間ではない。
それゆえに成長の仕方も人間とは違うのだ。
とはいえ、このような成長パターンをもつ同族を彼女は見たことも聞いたこともないのだが。
最後に右目を隠すように布を巻き身支度完了
鏡をもう一度見る。
(無事に成体まで行けるとよいのじゃがな...それにしても)
「かか ずいぶんと可愛らしくなったの...先に逝った、皆はなんというじゃろうか...」
彼女は3000年を超える時を生きている。
いまだに、神そのものに会ったことはない。
「よう!白い藪医者!」
彼女の顔が苦虫を噛み潰したように歪む
あと少しで教室というところで厄介な友人とばったり出会ってしまった。
「ちっ セブンか。朝から嫌なものを見たの」
「そうつれない事いうなって!俺とお前の仲だろう?」
セブンは身長175cm、少女は135cm
その身長差から一方的に肩を抱き寄せられる。
「かか!今すぐにでも縁を切りたいところだがの!」
「おやぁ? いいのかなそんなこと言って?」
「...どういう意味じゃ?」
「今日の3限目、イワン先生の室内天候学、課題やってないだろ?」
「あ...」
「......此処に課題のノートがあるんだがなぁ?」
女生徒はノートをひらひらと振って見せた。
「お前が神か」
「その代わり、お願いがあるんだけどなぁ?」
「悪魔じゃったかぁ...」
3000年 いまだに神にあったことはない。
が、友人には出会った。
了
最終更新:2022年10月19日 18:15