ジェーン・ドゥの風





青田風が吹き抜ける。
飛ばされそうになる帽子を抑えて、ジェーンは目の前の光景に目を細める。
夏の照りつく太陽は、命の輝きを際立たせている。
首を垂れるにはまだ早く、とはいえすでに穂はその形を成している。
眼前に広がるのは、8月の稲田。

此処は農家が営む水田ではない。
島の西側にある試験場の一つだ。
田んぼとしては広いとは言えないこの土地は、昨今増え続ける生徒たちの為に建てられた大黒寮の一部とすべく、規模の縮小を迫られている。

ジェーンは此処が好きで、季節を問わずよく眺めに来る。
今では試験場を管理する生活委員会や共同管理の、お料理研の部員とも顔見知りだ。
皆、日に焼けた顔で楽しそうに田んぼの世話をしている。

ジェーンはこの長閑な風景がとても好きだ。
誰かに進めたくなるほどに。
(以前にこいつを連れて来た時には、退屈だとほざいておったが...この退屈がよいのにのぉ...子供にはまだわからぬか...)欠伸をするセブンを横目にして、周囲の気温を少し下げてやる
帽子を目深にかぶりベンチに浅く座ると、昨夜の夜更かしのせいか自然と瞼が重くなる。



「司祭様、司祭様のおかげで今年も豊作になりました。本当に有難うございます」村民一同が平伏する中、村長と名乗った初老の男が女司祭に感謝を述べている。
一際立派な椅子を薦められた司祭は「私は祝福を届けただけ。いわば配達人です。感謝はイシュタル様へ」
そういって彼女は両の掌を胸の高さへ、天を仰ぐ。
(やはり、会話が出来るのはいいですね。耳が聞こえないと言ったのは失敗でした...あれは遣りすぎでした...)

村民は司祭の許しを得て、音楽を奏で歌を歌い、酒を飲み料理を楽しんでいる。

司祭と村長は1つのテーブルを挟んで、この収穫祭の様子を眺めていた。
「司祭様?どうかされましたか?」
「いえ、我らが神々へ祈りをささげてました。この村に祝福があるようにと」
(神々の祝福として耳が聞こえるようになった...という...事にして正解でした。もともと聞こえているのですが...先日の村では好評でしたし、此処でも聞かれれば同じように...)
「おお!司祭様...有難うございます...しかし...そこまでしていただいても...」
「?...どうされました?」
「お布施を...そこまでの、お布施を用意できません...」
テーブルに額を付けるほどに下げ、村長は懐事情を述べる。
「そのようなこと、気にせずとも大丈夫ですよ」司祭は顔の上半分を布で覆っているためその表情を読みづらく、台詞だけでは不安が拭いきれなかった。
「しかし...」
「あれを...」司祭は広場を指す。
村の広場では大きな焚火がたかれ、その周りでは若い男女が手を取り合って踊っている。
満月と焚火とで照らし出されるそれは神聖で、それでいて艶めいていた。
他の村人たちも銘々に酒を飲んだり料理を食べるなどして宴を楽しんでいる。
「これが、この光景こそが我らが望みなのですよ」そういった口元はたしかにほころんでいた。

宴も夜半を過ぎて家路につく者が出始めたころ。

村長はこの司祭に感謝と疑問を抱いていた。
感謝は豊穣神(イシュタル)へと言われたが、その祝福を届けてくれる彼女にも感謝を禁じ得ない。

そして、疑問とは...

村長は胸に痞えた疑問を、意を決して口にする。
「司祭様は...死と疫病の神ネルガル様の勘気をこうむって...光と音を失ったと聞いております」
村長はこの女司祭の風の噂で耳にしていた。
曰く、神の怒りに触れて天罰を下されたと。
天罰により目が見えなくなり、耳が聞こえなくなった...はず。
しかし、普通に受け答えをし、まるで見えてるかのようなふるまい。
これはどういうことなのかと。
「そうですね...確かに....」
(やっぱりやりすぎてたぁあああ!!話が大きくなってるぅう!ネルガル様どっからでてきたぁああ!)
「司祭様?」
(どどどどうしよう・・・)
「......司祭様?」
「...ネ....ネルガル様には...諦めていただきました...」
「おお?... さすが......しかし.....諦めて...とは?」
(あああぁあぁ!諦めてってなんなの!?そりゃぁ聞かれますよね!?)
「私は...イシュタル様にお仕えする身...ネルガル様のお傍にお仕えするわけには...」
(どうだ!?これでどうだ!?上手くごまかされてくれませんかぁぁぁ!イシュタル様たすけてぇええ!)
「...つまり...ネルガル様に見初められた(司祭として)けど、イシュタル様に仕えてるからと辞退された結果、天罰が下されたと!?」
(そ れ だっぁあああ!)
「ネルガル様にはエレシュキガル様(奥様)がいらっしゃいますから」
「エレシュキガル様...見初められたってそういう!?」
(あれ?なんかおもってたのと反応ちがわない?)
「そ...それで...天罰はどうなったのですか?」
「え?...どうとは?」
「目と耳が...」
「ああ...それはですね、幸いイシュタル様の寵愛を頂く身、お慈悲により耳は回復したのです」
「なんと!?...ああ..さすがでございます.....わが村にお越しくだされたのが貴女様のような方で本当によかった」村長は改めて感謝を示す。

乾いた喉をビールをで潤す村長。
釣られて盃を重ねる司祭。
(そろそろ眠たくなってきました)
「司祭様、司祭様の様な方でも目を直してはいただけなかったのですか?」
「目はまだ見えませんが、いずれ回復すると信じておりますので、大丈夫ですよ。心配いただきありがとうございます」
村に到着したばかりの頃は固く挽き結ばれていた。
しかし今、酒の力もあって余分な力も抜けている。
口元は絶えず緩み、一種妖艶な雰囲気を醸している。

「司祭様、司祭様!起きて下さい!宿へお連れいたします」
村長はにやにやと笑うと司祭の肩を揺さぶる。
「司祭様!....司祭様!........司祭.........様!」



「ジェーンさん!ジェーンさん!」
「(寝てもうておったか...なんじゃ...セブンもか......全く人の帽子を勝手に日除けに取りおって...まぁ良い、久しぶりにあの村のことを思い出したわ)
「ジェーンさん!」
生活委員がジェーンを呼び起こす。
「なんじゃ騒々しい」
「そろそろ夕方ですよ」
(もうそんな時間か、セブンの奴め、こうして寝ておると可愛げのがあるのぅ)
寝てるセブンから取り戻した帽子をかぶりながら、彼女の脚を蹴飛ばすのを忘れない。
「ほれ 起きよ。...セブンよ!時間じゃ!」
「...痛ってぇ...」
「そろそろ仕事の時間じゃ」
「ああ…テキトウに終わらせて帰ろうぜ...」
「かかか 田畑を護るのは我らが使命ぞ。テキトウなどあるものか」
「...しゃーねーなぁ」

今日も今日とて凸凹コンビは仲が良かった。




エピローグ

仕事を終えそれぞれ帰宅した凸凹コンビ。
ちっちゃい方ことジェーンは汗を流すためにシャワーを浴びる。
(ふぅ...汗をかいた後のシャワーは最高じゃなぁ...っとずいぶん顔がヒリヒリするのぅ)
何気に鏡を見るとそこには、顔の下半分が日に焼けて赤くなったジェーンの顔があるでは無いか!
「な...なんじゃぁこりゃぁ!」
愕然とするジェーンは思い出す。
日除けににかぶってた帽子を、セブンに取られていたことに。
「あんの悪魔め!」
そういうとジェーンは壁抜けの魔法を使って隣に住むセブンの部屋へ殴り込みをかけたのだった。

今度こそ 了

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最終更新:2022年10月19日 18:16