『墜ちる、落ちる、堕ちる』





■天野遥:航空部と海洋冒険部に所属。IF世界の彼は流され系のヒロイン(笑)。

■星河空:遥の幼馴染でSS大尉。IF世界の彼はいろいろと拗らせている。



これは、あり得るかもしれない物語。
小さな小さな、でも決してゼロではない、そんな可能性の物語。
どこかで何かの歯車がずれれば、起こりえるかもしれない。その歯車がずれることはほとんどないけれど、それでもその可能性は決してゼロではない。
そんな、小さな物語。

「Take Off!」
蒸気カタパルトが機体を放り出す。
遥はぐっと歯を食いしばってGに耐えながら、上昇を続けた。
小型の飛翔体‥‥そのデザインは地球上のものではあり得ない‥‥から続けざまにレーザー光線が放たれる。
遥はサーカスじみた機動でその光線を避けながら、20mm機関砲を発射した。

びしゃり!

機関砲に装填されていたペイント弾が飛翔体にぶつかって弾け、緑色の液体をまき散らす。撃墜とみなされた飛翔体は、そのままゆっくりと降下していった。
そのとき。

ズガガガガガッ!

「な、何だっ!?」
緊急回避しながら、遥は見た。
南部密林の端に駐車している四輪駆動車と、その荷台に搭載された地対空ミサイル。
「アベンジャー!?まさかそんな!」
目を疑ったその瞬間。

スティンガー地対空ミサイルが、F-14の翼端を貫いた。
一気に失速するF-14。遥は緊急脱出装置を作動させた。キャノピーが開き、座席が射出される。そのときパイロットにかかる加速度は、人間の耐久限界を超えた15Gから20Gにも達する。
パラシュートが開いたとき、遥は意識を失っていた。

☆ ☆ ☆

遥は砂浜に倒れていた。
その両足首を波が洗っている。
そこへ歩み寄るいくつかの足音があった。
「間違いない」
「ああ、天野遥少佐、空母計画の中核だ。これはラッキーだったな」
「月光洞での軍の動向を調べられるぞ」
「よし、連れて行け!」

☆ ☆ ☆

ざばっ!

頭から水をかけられ、遥は意識を取り戻した。
「!」
耐Gスーツは剥ぎ取られ、薄いズボン1枚だけ。その状態で木製の椅子に後ろ手で縛り付けられている。
その遥を見下ろす、黒ずくめの男が3人。
「‥‥SSか‥‥」
絞り出すように出した声は、もう1杯の水で答えられた。
「お前に質問は許可されていない。お前に許可されているのは、我々の質問に答えることだけだ」
「‥‥無駄だ。俺は何も答えない」

どすっ!

重い、腹への一撃。気が遠くなったところへ、また水が浴びせかけられる。
「航空部、そして海洋冒険部、天野遥少佐だな?」
「‥‥そうだ」
うなずく遥。
「第61艦上戦闘飛行隊長、間違いないな?」
「間違いない」
この程度は公開されている情報だ。正直に答えても問題ない。
しかし。
「月光洞への基地の建設計画について答えてもらおうか」
遥の身体がびくりと震えた。石猿魔術砦近くに秘密裏に基地を建設する計画はある。しかし答えるわけにはいかない。
「‥‥知らない。俺が知りたいぐらいだ」

びしぃっ!

今度は鞭の一撃が入れられた。打たれた箇所がミミズ腫れになる。
うめく遥に、もう一撃。
「お前に許可されているのは、質問に答えることだけだ」
「‥‥はっ‥‥SSじゃなくてSMだったのかよ‥‥」
さらにもう一撃。しかし遥は、もう声を上げなかった。
「答えろ!月光洞への基地の建設計画は!?」
「‥‥」
歯を食いしばって声を上げない遥。SSの男たちは逆上した。
「答えろ!答えろ!」
叫び声の合間に、鞭の音が響く。しかし遥は口を開かない。
「答えろ!!」
ついに遥は、意識を失った。縛られたまま顔を伏せ、ぐったりとしている。
「‥‥一時中断だ。殺してしまってはまずい。我々も少し冷静になる必要がある」
男たちは遥を放置し、闇の中へ消えていった。

☆ ☆ ☆

どれほどの時間が経ったか。
ぐったりしたままの遥のもとへ、歩み寄る影が1つあった。
「おい‥‥おい!」
「ん‥‥」
顔を上げる遥。霞のかかる目をこすろうとしてかなわず、数回瞬きする。
「お前は!」
「しっ!」
叫びかける遥を押し留め、影はその場にしゃがみこんだ。ナイフを取り出し、遥を縛り付けているロープをぶつぶつと切り離していく。
「なんで‥‥」
「黙ってついて来い」

☆ ☆ ☆

がちゃり。
とある一室に入り、カギをかける。
そこでようやく、影は遥に向き直った。
「‥‥空」
空は黙って、遥を睨みつけている。
「なんで俺を?」
「黙れ」
遥を睨みつけたまま、空は手を振り上げた。
殴られる!
身を固くした遥は、しかし次の瞬間柔らかく包み込まれていた。
「そ、空?」
空が自分を抱きしめている。
「馬鹿野郎!‥‥お前を撃墜できるのは俺だ。俺だけなんだ。それがこんな‥‥馬鹿野郎‥‥」
「空‥‥」
空はゆっくりした動作で、遥をベッドに座らせた。
「手ひどくやられたもんだな」
「途中からは俺も意地になってたからさ」
ミミズ腫れだらけの身体を見下ろし、遥は苦笑した。
「俺が墜とされてから、どのくらい経ったんだ?」
「2日だな。ほぼ丸一日殴られ続けていた。よく耐えられたものだ」
「やせ我慢も良し悪しってことだな。水をぶっかけられるたびに少しずつ飲んでたからなんとか生きてるって感じだ」
「ああ、そうだったな」
空はベッドの脇にあるテーブルから水差しを取ってコップに注ぐと、遥に渡した。
「ありがとう」
受け取ったが、手が震えて少しこぼしてしまう。その水がミミズ腫れにかかり、遥は顔をしかめた。
「馬鹿だな。さっさと白状してしまえばいいものを」
「そんなことができるなら、俺は少佐になってないさ」
「それもそうだな」
それは奇妙な光景だった。捕らえられた航空部員と、捕らえたSS。その2人が笑いながら語り合っているのだから。
「しかし空。なんで俺をここに?」
「‥‥見ていられなかった」
「え?」
「気づかなかったのか?あそこにいた3人のうち1人が俺だったんだ」
遥は尋問されていたときのことを思い返した。尋問役、拷問役、そして書記役。
「そうか、メモを取っていたのがお前だったのか」
「お前が何も喋らないから何も書けなかったがな」
苦笑した空は、突然まじまじと遥を見つめた。
「どうしたんだ?」
「遥。俺はときどき、お前を見ていた。お前、ずっと悩んでいただろう?」
「‥‥ああ、悩んでいた」
うなずく遥。
「お前と戦わなきゃならないのか、殺し合いをしなければならないのか。ずっと悩んでいた」
「本当に馬鹿だな」

空は再び、遥を抱きしめた。そのままベッドへ押し倒す。
「戦わなくてすむ方法があるじゃないか」
そう言うと、上半身を埋め尽くしたミミズ腫れの1つに舌を這わせる。
「くっ‥‥!」
突き刺すような痛みと、それを追いかけるような痺れる感覚。遥は思わず息を漏らした。
「なあ、お前もこっちに来いよ。そうすれば俺たちが戦う必要なんかなくなる」
「‥‥それは‥‥」
「お前ももう悩まなくてすむんだ」
言いながらミミズ腫れの1つ1つに唇を這わせていく。腕にも。腹にも。胸にも。
「空‥‥俺は‥‥」
「わかってる。お前は航空部員だ。俺たちとは敵同士だ。でも、俺はお前が大切なんだ」
「俺だって!俺だって、お前が大切だ」
「なら、争う必要はないだろう。俺と来い、遥。お前の腕と軍の知識があれば、すぐにでも幹部になれる」
「でも俺は‥‥」
「今は喋るな」
言葉と同時に、唇が重なった。

☆ ☆ ☆

翌朝。
「じゃあ、それでいいんだな?」
「ああ。撃墜からもう3日経つんだろう?それでも見つからないんだから、俺はもうMIA扱いだ。戻る必要はない」
「学園には戻れないぞ?」
「構わないさ‥‥お前がいるんだから」
「わかった、歓迎しよう。SSへようこそ、天野遥“元”少佐」

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最終更新:2022年10月18日 23:56