Task Force





~第1話~

薄暗い会議室。
俺はいつもの席に腰を下ろした。
「遅かったな、μ(ミュー)」
「φ(ファイ)よりは早い」
声をかけてくるα(アルファ)にむっつりと答え、行儀悪く椅子の上に胡坐をかく。
どうせ今の俺の姿は10歳くらいの少年だ。胡坐をかいたところで椅子の外にはみ出す箇所などたかが知れている。
対するαは20代半ばほどの青年。だがこれは彼、もしくは彼女の本来の姿ではない。
「待たせたわね」
ゆらりと空間が揺れ、φが現れた。今回の姿は普通っぽい女子高生だ。
一応3人とも、学園の制服に身を包んではいる。
「そろったな。会議を始めるぞ」
モニターからω(オメガ)の声が響いた。

「今回は公安に潜入しているSSについてだ」
モニターが点灯して、顔写真が現れた。ωではない。ωが俺たちに顔を見せることはないのだ。声もボイスチェンジャーを使っているのではないかと俺は思っている。
ωは俺たちの部隊長ではあるが、超能力者ではない。俺たちを統括し、執行部の指示を伝えるだけの普通の人間だ。
モニターに顔写真が何枚も映し出される。だがそれをプリントアウトする必要はない。俺たちはそれを意識下に刻み込み、いつでも引き出すことができる。
「処理していいのか?」
αが尋ねた。俺たちの「処理」は、テレキネシス(念動力)で血管を止めて窒息させるなど、事件と見られる要素が一切ない方法で行われる。
「今回は処理は見送る。むしろ背後関係を突き止め、SSへ情報を送っているところを押さえてもらいたい」
「なぁんだ」
φが不満げに呟いた。血の気の多い奴だ。
「今回は以上だ。次回もいつも通りに」
「了解」
俺たちは立ち上がると姿勢を正した。敬礼などはしない。俺たちはあくまでも、軍ではないのだ。

俺たちは生徒会直属の特殊任務部隊。部隊に名称はない。ただ「部隊」もしくは「チーム」と呼ばれている‥‥ごく一部に。
なぜなら俺たちの存在は極秘だからだ。執行部の3人と、部隊長を務めるωだけが、俺たちが存在していることを知っている。
ただし、俺たちの顔も名前も、誰も知らない。メンバー同士であっても。
メンバー同士であっても名前を明かすことは禁じられており、お互いはギリシア文字のコードネームで呼び合っている。
また、俺たちは自分の姿を思い通りに操ることができる。光学的処理のようなまがい物ではない。遺伝子レベルで思いのままに組み立てることができるのだ。
そのため、俺たちは何度この会議室で会っても同じ姿をしていたためしがない。姿で見分けることができないので、相手を判別するために席順が固定されているくらいだ。

そう、俺たち3人は超能力者。ほとんどの超常心理学研部員のようなお遊びではない、本物の超能力者だ。
超常心理学研の中にも、数人は超能力者と呼べる者はいる。だが、操れる能力はせいぜいテレキネシスぐらいなものだろう。俺たちにとっては子供だましレベルでしかない。

俺たちの能力は多岐にわたる。
テレキネシス、テレパシーは言うに及ばず、バイロキネシス(発火能力)、テレポート、プレコグニション(未来知)、ポストコグニション(過去知)、クレアボワイヤンス(千里眼)。
先に述べた遺伝子情報を操作しての変身能力、電子情報の流れを観測してコンピュータを操ることもできる。
他にはテレポートの応用で空間のねじれを発生させて作り上げるマイクロブラックホールなどなど。
およそ漫画に登場するエスパーができるようなことはほぼ俺たちにもできるわけだ。
αとφは知らないが、少なくとも俺は超常心理学研には所属していない。
彼らがやっているようなESPカードでの訓練など、俺にとっては児戯に等しい。俺ならカードを並べたりせずとも箱に入ったままでその順番を正確に答えられる。それこそ雑談をしながらでもだ。集中の必要すらない。
目の前の数枚のカードを汗水たらして集中して、しかも外すような馬鹿馬鹿しいお子様たちにつきあう気など、さらさら起こらないのだ。

(俺はこいつとこいつを調べる)
(私はこいつらね)
(じゃあ俺はこいつとこいつだな)
テレパシーでのやりとりは数秒で終わる。
実はこの会議室にはドアがない。通じる廊下もない。俺たちには必要ないからだ。
地下に埋め込まれた箱、他からは完全に隔絶された部屋。俺たちが直接顔を合わせるのは、ここでだけだ。
俺たちはうなずきあうと、一瞬で会議室から姿を消した。

俺は寮の部屋にテレポートすると、布団に寝っ転がった。
サボろうというわけではない。これからかなり深く精神集中するので、座った状態では倒れる危険性があるのだ。
意識下に刻み付けたSS残党のデータを呼びだす。
「島田雄吾、3年壬戌組、か‥‥」
精神集中。深く、深く。俺の意識は俺の肉体を離れ、意識下に刻み付けたデータを目標として委員会センターへ飛んで行く。

ぱちりと目が開く感覚。俺は目標の意識に同調していた。
目標が周囲を見回す。委員会センターの1室の風景が、俺の意識に投影された。
「どうした、島田。いきなりぐるぐると」
「いや‥‥何か呼ばれたような気がしたんだが、気のせいかな?」
まだ同調は表層意識の一部でしか行えていない。目標が違和感を覚えるのも当然のことだ。
俺は自分の意識を触手のように伸ばし、ゆっくりと記憶野の中へ侵入していった。
この島田という男は基本的にデスクワーカーらしい。事務関係の書類や数字が乱雑に記憶の中を去来している。
俺の意識の触手は、それらをかき分けかき分け深奥へと向かっていく。

お‥‥見つけたぞ。
一つ目の仮面をかぶった少年。あれはネオSSの総帥、アーゴイルとかいう奴だ。
事務方である島田が現場で直接ネオSSと遭遇することはほぼないはずだ。その証拠にこいつの記憶にあるアーゴイルは1人。周囲に護衛だの戦闘員だのがいる様子がない。
つまり、こいつはネオSSからのスパイというわけだ。これで容疑は固まった。後はいつ情報を流しに行くかだが‥‥
と思った次の瞬間、俺は呆れ返った。
なんて大胆な奴だ。こいつ、書類に視線をを落としたまま、自分がかけている眼鏡のフレームを神経質そうな手つきでいじり始めた。当然そのフレームにはマイクロカメラが仕掛けてある。
他の委員が周囲にいる状態で堂々と情報の盗撮か。おそらく普段から意味もなく眼鏡をいじって、それがこいつの癖だと周囲に思わせているのだろう。

俺が意識を通じて監視している間に、島田は7枚の書類を盗撮した。そして交代時間が来る。
「お疲れ、島田。申し送りはあるか?」
「いや、特にないよ。お疲れ様」
交代に来た委員に笑顔で答える島田。その様子はまったく自然で、疑いを持てそうな要素はどこにもない。
勤務中の様子も、ときどき眼鏡をいじる他は真面目に仕事をしており、これもまた疑えそうな要素がない。
なるほど、これでは尻尾をつかめないわけだ。内心うなずきながら、それでも俺は監視を緩めない。まだ情報をどうやって送るか確認していないのだ。
が、それもあっけにとられるほど簡単だった。
委員会センターから出た島田は、またせわしなく眼鏡をいじり始める。と、そこから無線通信で近くのビルへと情報が飛ばされた。
飛ばされた情報はいくつかのビルを中継しつつ、最終的には秋葉原方面へ。

「‥‥呆れたもんだ」
自分の布団の上で目を開き、俺は呟いた。
調べてみれば、実にお粗末な手段で情報が流されている。眼鏡のフレームに仕込んだマイクロカメラなんて、数十年前のスパイ小説かと言いたい。
しかもそれをスクランブルもされていない無線通信で流しているとは。
一番呆れるべきことは、そのお粗末極まる手段が功を奏しているということだ。
実際委員会センターのセキュリティは日々最新の手法に対応すべくアップデートを繰り返している。それが裏目に出て、数十年前でも小説にしか登場しないような子供だましがスルーされてしまっているのだ。

「μ、聞こえるか?」
突然αのテレパシーが流れてきた。
「ああ、聞こえる。どうした、α?」
「俺が調べた奴はネオSSだったんだが、情報の流し方がひどくお粗末でな。罠かと思ったんだが」
「実は俺もついさっきまでネオSSの奴を調べてた。眼鏡のフレームにマイクロカメラなんてお粗末な方法だったよ」
「ふむ、俺も同じだ」
そのとき。
「ちょっと、どういうことよ?」
φのテレパシーも乱入してきた。
「私のところもまったく同じよ。ネオSSに眼鏡のマイクロカメラ。お粗末すぎて話にならないわ」
俺たちの調査対象となったのは全部で6名。そのうちの半分がネオSSで、しかもまったく同じ手段を使っている。
「罠だな」
「ああ、罠だ」
「違いないわね」
俺たちの正体が露見したわけではないだろう。ただ、何か得体のしれない方法で自分たちの身辺が調査されている。だから調査している人員を焙り出すために、お粗末な囮をぶら下げてみたというところだろう。
「‥‥馬鹿にされたもんだな」
αのテレパシーが冷笑的な響きを帯びる。
「やっちゃっていいわよね、これ」
φのテレパシーが剣呑に嗤う。
「ωに連絡してからだ」
と、釘を刺すのが俺。
「とりあえず、明日の会議を待とう」
「了解」
「つまんないわね。まあいいわ」
αとφとのチャンネルが閉じるのを感じる。φが暴走しなければいいが。
俺は脳裏で今日の報告をまとめつつ、眠りについた。

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最終更新:2022年10月19日 00:03